冬の一ページ
「先輩、ぬくもりが欲しいです」
冬の教室、部活終わりで誰もいなくなった教室の中、俺に向かって後輩は静かにそう呟いた。
窓を見れば外はもう暗く、つい数時間前には顔を覗かせていた温かい太陽も今では見る影もない。
昨今、学校といえども「現代においてエアコンの一つもない環境で勉強何ぞできるか」という話で全国各地の教室にはエアコンが設置されるようになった。
無論この学校でも教室中にエアコンは設置され今も稼働中だが、それでも節電やら何やらで出力はそれ程高くなく、肌寒さを感じる人間も少なくないだろう。
この後輩はそういった部類の人間のようで、よくこうして俺に寒いと言うのだ。
「聞いてますか?いいですから、私を温めて下さい」
だから俺はそれを全力で拒否している。
何故か、と聞かれれば即座に俺はこう答えるだろう。鬱陶しいからと。
良く考えて欲しい。
ことあるごとにこちらにすり寄って来られることを。
始めはいい。うざいとは言ってもすり寄られるのは嫌いじゃない。だが、それが会うたびとなれば話は別。段々と嫌気が指すのも仕方ないことだろう。
だからこそ―――
「せーんーぱーいー……あ」
こうして逃げるのは間違いじゃない。むしろ正解といえよう。
「ちょ、待ってください。まだ私を温めるというお仕事が残ってますよぉ」
そうは言うが、俺には関係ない。
俺の仕事は後輩を温めることではなく、今はただ自宅に帰ることだ。
そこに後輩の入る余地は無い。
「逃がしません」
だが、彼女の行動も早かった。
俺の進行方向であった教室の扉まで駆け寄ると、こちらを待ち伏せする。いつも見る後輩の3倍は早い動きに驚きを隠せない。
そこまでして俺にすり寄る価値があるのかと問いたい気分だが、今はそんなことをしている時間じゃない。
俺は後輩に捕まる前に外へ出ねばならないのだ。
そうでないと俺は捕まって抜け出せなくなる。
「さあ観念してください」
彼女はふふふと笑うとこちらへにじり寄る。うざったいことこの上ないが俺からすると脅威だ。
俺反対側の扉目掛けてが駆けだしても、辿り着く前に後輩に捕まってしまうだろう。
つまり、ここはいちかばちか―――、
「おわっ!?」
俺は後輩の脇目掛けて走り出す。
そしてこれはチャンスだ。
俺が走りだして驚いた隙をついて外に出れれば俺の勝ち。そのまま今日のところは後輩ともおさらばできる、と言う寸法だ。
正に天才的発想に俺自身怖いくらいだ。
そして、扉に辿り着いた。
だが―――、
……俺に扉は開けれなかった。
「ふふふ、残念。ここへ来た時に鍵を掛けておいたのです」
なんと、俺の天才的発想を更に後輩が超えて来たのだった。
それが表すのは、つまり俺が後輩に捕まると言う現実。後輩に負けた瞬間だった。
「さあ、たっぷりとモフられるのです」
そう言って、後輩は俺を優しく抱きかかえる。
「ふあーこの感触……たまりません……」
後輩が俺という猫を抱きかかえた途端、法悦とした表情を見せる。
その表情を前に、俺は暴れる気も起きずにされるがままだ。もうこの際諦めて今日は満足いくまで撫でてもらうことにしよう。それが俺にできる唯一の腹いせだった。
「やっぱり冬には猫にこたつと言いますし、もう猫は日本の文化ですよ。ねー先輩」
答えるのも馬鹿らしくなった俺は、後輩の言葉ににゃーと静かに零すだけだ。
この部活の担任であるご主人には悪いが、うざいうざいと言いつつもここ数年で一番モフるのが上手いこの温かい後輩にはまだ勝てそうになかった。
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