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剣と翼の騎士団(前編)


 竜の咆哮が大気を震わせる。

 この音だけで失神する者もいるというほどの、おぞましい雄たけびだ。

 しかし、司令官室には、耳を貸す者もいない。慣れているのだ。敵勢の威圧にいちいち動じていては、仕事にならない。

 司令官代理を務めるアレクシスもまた、眉一つ動かさずに正面スクリーンを見つめる。

 敵のレベルはAプラス。平均的な基地なら、緊急警報がレッドゾーンに達し大騒ぎになるだろう脅威レベルだ。

 しかし、この基地に置いては、まあまあ、ありふれているといっていい。

(だが、数が多いな……)

 八分割された画面を見つめながら、アレクシスは奥歯を噛む。

 この基地の兵力がトップクラスの評価を持つのは、人員が多いからではない。その逆だ。防衛規模に比べて、人員はあまりに足りていない。慢性的な人手不足だ。アレクシスは常に本部と戦っている。『人をよこせ、金をよこせ、物資をよこせ!』と訴えても、得られるのはスズメの涙ほどの補充だ。

 それでも、どうにかなるのは ――― なってしまうのは、というべきだろうか? ――― この基地の団長が、いわゆる『桁外れ』だからだ。

 アレクシスは、イヤホンの通話をオンにした。この回線は、出撃しているほかの部下たちには聞こえない。

「団長、私が入りましょうか?」

『いらねぇよ』

 声はクリアに聞こえてくる。

 誰よりも多く竜の鱗に剣を突き立て、誰よりも速く戦場を駆け巡っているというのに、息切れすらしていない。

 まだ余裕があるということだろう。

 しかし、団長であるオリジスはともかく、ほかの兵たちには制限時間がある。

「ここは一息に片づけるべきでは?」

『アレク』

 呼びかけるオリジスの声は笑っている。

 命懸けで戦っているとはとても思えない、と、戦場の団長と交信した誰もがいうが、まったく同感だ。べつにふざけているわけではないのだろう。それは長い付き合いでわかっているけれど、真面目にやれと怒鳴りつけたくもなる。

『大丈夫だ。心配いらない。 ――― 俺がここで嘘をついたことがあったか?』

 ここ、というのはすなわち『戦場で』という意味だ。

 小さく息を吐き出す。

「ないよ」

『なら安心して見てろ。……わかってると思うが、俺の許可なく入るなよ。入ったらメンテした奴を殺すぞ』

「そんな物騒な台詞は、敵に向かっていっていただけますかね、団長」

 皮肉まじりに告げて通話を切る。

 それと同時に、オリジスの漆黒の剣が、竜を頭から串刺しにした。



 戦闘終了後は、全員がメディカルチェックを受ける。

 また、スーツの点検も詳細に行われ、一体ずつすべて報告があげられる。

 副団長であるアレクシスには、現場仕事はない。それでも帰還を必ず出迎えるのは、少しでも兵たちの士気を高めるためであり、メディカルチェックをすぐにサボる団長の首根っこを押さえておくためでもあった。

 今日もまた、一人だけ平然と、医務室とは逆方向へ向かう長身の男に、密かに拳を握りしめて ――― 視界を遮られた。

 突然、美少女が目の前に現れたのだ。

 着ている軍服はまだ新しい。先週配属になったばかりの士官の内の1人だ、と思い出すまでに0.5秒かかった。

「突然申し訳ありません、副団長」

 言葉とは裏腹に、美少女は胸を張り、堂々としていた。

「ユラ・ヴィヴィリーと申します。先週第二部隊へ配属になりました」

 眼だけで先を促せば、ユラはよく通る声で、高々といった。

「私、団長の翼に立候補したいんです。ご許可いただけますか?」





 剣と翼の騎士団、という。

 大災害の後、人類の前に現れた数多の敵 ――― その一つが竜だ ――― に対抗するために作られた戦闘スーツ『エィル』は、一見したところ、シンプルなボディスーツだ。

 しかし、その性能は複雑かつ精緻であり、ひと一人の脳で制御し支配し戦闘を行うのはほぼ不可能だった。それゆえに、スーツを創り上げた博士は、これを二人作業用とした。攻撃と防御の回路を完全に切り分け、攻撃はスーツを纏う者が、防御は後方でカプセルに入る者が担当する。二人の脳はスーツによって同調し、同じ光景を見て、同じ音を聞きながらも、まったくちがう行動を取る。足りない情報はスーツとカプセルが補った。

 ゆえに、一般的に、戦闘スーツ・エィルを着て戦う者を『剣』、その守護を担う者を『翼』と呼ぶ。

 アレクシスが属するのはその剣と翼の騎士団の第8星系15基地 ――― 通称『北の護り』だ。


『団長の翼になりたいんです』

 アレクシスは、執務室で、ふとペンを止めて、ぼんやりと頬杖をついた。

 窓の外はもうすっかりと暗い。短い夏が終わりを告げて、秋がやって来ようとしている。

 食堂に行かなくては夕食を食べ損ねてしまうと思いながらも、仕事に追われてこんな時間だ。ノロノロとした手つきでマグカップを掴む。お茶はすっかり冷めていた。

(団長の翼に、かあ……)

 いいとは思う。彼女のデータを確認した。実に優秀だ。剣にも翼にもなれるタイプだろう。自惚れが強いという評価もあったけれど、これだけの実力を兼ね備えていて、あの若さとなれば、多少の自惚れなどあって当然だ。戦場では自信家なくらいでちょうどいい。

(でも、なあ……)

 悩む。それでもどうしたって悩む。あの団長の翼だ。相性を見るための模擬テストすら命懸けになる。優秀なだけではとても足りないのだ。この基地の誰の翼になれる実力があったとしても、団長の翼になるには圧倒的に足りない。

 ……団長の翼のためのカプセルを、二番目に棺桶に近いと皮肉ったのは誰だったか。口の悪い軍医だったかもしれない。ちなみに一番棺桶に近いのは団長その人を敵に回すことだ。

(どれだけ鍛えれば、無事に模擬テストを受けられるか……。分析官に数値を出すようにいったけど、おそらく ――― というかまず、確実な数字は出てこない……)

 団長が規格外なのだ。

 剣の数値を測れないのに、翼の基準点を出せるはずがない。

(いや、基準点じゃなくていいんだけど……、安全に模擬テストを受けられるだけの数値がわかればなあ……)

 願望を抱きつつも、まあ無理だろうと理性は結論付ける。

 あとは、どちらを選ぶかだ。ある程度の訓練を受けさせた後に、危険を承知で模擬テストを行うか。あるいは、ヴィヴィリー士官の要望を退けるか。

 昼間、彼女の立候補を受けてから、ずっと悩み続けてきたけれど、結論はまだ出ない。

(団長に相談しようかな……。でも、オリーのことだからなあ)

 やりたいならやらせてみろよ、と、簡単にいうだろう。それがどれほど危険なことか、彼だってわかっているのに。本人が望んだことだと、あっさりというだろう。

(あいつ、昔っから、その辺の割り切りが早いんだよね……)

 トップとして必要な素質だろうとも思う。自分はいつまでもグズグズと悩んでしまう。けれど、判断の遅れは致命傷につながるものだ。迅速に、的確に、決断を下していく必要がある。

 はあと、重いため息をついたとき、執務室の扉が勢いよく開かれた。

「アレク! ご飯!!」

「あー……、ありがとう、ララ」

 食堂の主が、お盆を片手に、荒々しい足取りで入ってくる。一つに結んだ黒髪が、尻尾のように揺れている。それでも汁物が零れることもないのだからさすがだ。そう思いながら、アレクシスは、恐る恐る尋ねた。

「どうしたの、ララ。何かあった……?」

 若き胃袋マスターは、無言でお盆を机に置いてから、ぐっと拳を握っていった。

「あんな女に負けちゃダメだからね、アレク」

「えーっと……、誰のことかな……?」

「ユラ・ヴィヴィリーに決まってるでしょ! あの女、よりにもよって団長の翼になりたいだなんてぇええ!! 団長の翼はアレクシス副団長って決まってるの! そんなの騎士団の常識でしょ!!」

「落ち着いて、とりあえず落ち着いて、そうだ、お茶でも淹れようか、ララ」

「お茶ならあたしが淹れます! どーせアレクのことだから、また出がらし飲んでるんでしょ?」

「取り替えるのが面倒で……」

「忙しいのは知ってるけどね。お茶くらい美味しく飲もうね」

「ハイ……」

 ララが手際よく茶葉を取り換えて、二人分のマグカップに注いでくれる。

 湯気とともに、爽やかでほんのりと甘い香りが、室内に満ちる。

 アレクシスは目を細めて、深く息を吐き出した。

「団長の翼は、誰がなってもいいんだよ」

「またそういう弱気なことを」

「いや、これは真面目な話。というか、仕事の話。私の個人的な感情は、この件については忘れて聞いて欲しい、ララ。『剣』が単独でスーツを纏うことは本来禁忌なんだ。負荷がかかりすぎるから」

「それは知ってるけど、でも、団長は例外でしょう?」

「まあね。だけど『翼』がいるに越したことはない。なれるなら誰がなってもいいんだ。なれるなら……」

 そこが問題だと、マグカップを唇に押し付けて、ため息を押し殺しながら思う。

 向かいに座ったララは、納得のいかない顔でいった。

「でも、団長の翼はアレクでしょ。あの団長の翼になれるのはアレクだけよ」

「もっとふさわしい人材がいるかもしれない。いてくれないと困る。私では稼働時間が短すぎるからね。……ただ、人材発掘のためのテストすらリスクが高いのが、ジレンマなんだけどねえ」

 悩ましい息を吐き出すと、ララは、黒い瞳を猫のようにまん丸くして、じっとこちらを見た。

「……なに?」

「剣と翼のカップル率、知ってるよね? アレクなら当然知ってるよね?」

「だから……、そういう問題じゃないんだって」

「アレクの個人的な感情はどうでもいいってこと?」

「そう」

「あたしはどうでもよくない。アレクが団長のことを好きだって知ってるのに、あんな女、絶対に応援しない」

「ご飯の神様は誰に対しても公平であるべき、じゃなかったっけ?」

「あたしはワガママな食堂のクイーンなの」

 つんと澄ましてそういってから、ララがくすくすと笑う。アレクも笑った。

 ララは古びたソファの上で、ぐいっと褐色の腕を伸ばしていった。

「だって、ねえ、アレク。あの女、よりにもよって食堂で団長に迫ったんだよ? 団長の翼にしてください~って。許さんって思ったわ。あたしの食堂でアレクの団長に迫るなんて絶対に許さない~!!」

 思わず耳を疑った。ぞわりと鳥肌が立つ。

「待って、ララ。ヴィヴィリー士官は、団長に直接訴えたの!?」

「そうだよ。知らなかった?」

 椅子を蹴って立ち上がる。机の上のマグカップがわずかに揺れた。

「知らない……! その件は私の預かりにすると彼女にいったのに! 直訴するなんて!」

「うわ、最悪な女ね」

「それで、団長はなんて……!? なんて返事を!?」

「確か……『好きにしろよ』って団長が答えて、そしたらあの女が『それは立候補を認めてくださるということでよろしいでしょうか?』って迫って、それで団長が『ああ』って頷いて……」

 たまらずに立ち上がった。

 床を蹴るようにして扉へ向かう。

「あの馬鹿男 ――― ッ!! ごめん、ララ。ご飯は後で食べるから!!」

「わっ、わかった……、アレク、喧嘩しちゃダメだよ……!」

 それは到底無理な話だ。

 胸の内でそうララに答えて、アレクシスはまっすぐに団長の元へ向かった。



 ※



 団長 ――― オリジスの居場所などすぐにわかる。

 酒の匂いと煙草の煙が満ちる一室で、カードに興じていた男を、問答無用で連れ出した。

 部屋にいた部下たちにとっては、見慣れた光景だ。「また副団長を怒らせたんですか」と笑い声があがっただけで、理由を聞かれることもない。

 人気のない場所を探して外へ出る。星のきらめく夜空を頭上に戴いてから、アレクシスはぎりとオリジスへ向き合った。

「単刀直入にいいます、団長。ユラ・ヴィヴィリー士官へ与えた許可を撤回してください」

「なんで」

「危険すぎるからに決まってるだろうが、馬鹿!!」

 怒鳴りつけても、オリジスはどこへ吹く風だ。堪えた様子もない。

「本人の希望だぜ」

「その件は、最初に、私の預かりにすると彼女に伝えました……!」

「知ってる」

 あっさりといわれる。

 驚いて目を瞬かせれば、オリジスは、唇を歪ませて笑った。

「お前の決定を待たずに俺の所へ来た。いいじゃねえか。お前を無視するくらいだ、肝だけは据わってるんだろうよ? やりたきゃやってみればいい。俺はいつでも模擬テストに付き合ってやるぜ?」

「オリー……ッ!! どれほど危険か、オリーだってわかってるだろう!? 下手をすれば、二度と意識が戻らないかもしれない。まずはそのリスクを、彼女に十分伝えてからでないと、決断はできない!」

「聞きゃしねえよ、ああいうタイプは。つーか、噂だけなら知ってるだろ。知っていて、その上で、自分は大丈夫だと思ってる人間に、なにいっても無駄だ」

 オリジスが肩をすくめて言う。

 それはそうかもしれない、と、納得してしまいながらも、首を振る。

「それでも話をするべきだ。分析官からの数字も見て、総合的な判断を ――― 」

「アレク」

 冷たい声で、男は名前を呼んだ。

「俺にいわせたいのか? これは団長命令だって」

 ぐっと奥歯を噛みしめる。

 オリジスの中ではもう決定していることだ。覆せない。

「用件がそれだけなら戻ろうぜ。……涼しくなってきたから、外は冷える。それにお前、まだ仕事してたのか? 残業しすぎなんだよ。メシは? ちゃんと食ったのか?」

「……どうでもいいでしょう、そんなことは」

 顔を背けて、歩き出す。

 オリジスは、それ以上なにもいわず、ただ無言で後ろを歩いていた。


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