表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真説・浦島太郎の最期

作者: 真蛸

 浦島太郎が龍宮城から帰ってくると、住んでいた家はなくなっており、ふた親はもちろんのこと、近所の知っている人すらひとりも見つからない状況だった。道ゆく人をつかまえて話を聞いてみると、大昔に若者が神隠しにあったという事件があったそうで、それはどうやら自分のことのようだ。

 浦島太郎は龍宮城で何十年だか何百年だかを過ごしてしまったらしいということに気がつく。

 ああ、これからどうしよう、と、亀に送ってもらった海岸に戻り、嘆いていると、そのときふと乙姫よりもらったみやげの玉手箱を自分がまだ持っていることに気がつく。

 乙姫から、絶対に開けてはならないと釘を刺されていたが、途方に暮れていた浦島は、そんなことはすっかり忘れていたのだった。玉手箱のなかから煙が出てきてやがてそれが空中に霧散したと思うと、青年だった浦島は白髪、白髭のお爺さんに変わっていた。


 むかしばなしの絵本などはたいていここで終わっている。なかには異説を採用したのか、浦島が鶴に変身して空のかなたに去っていく、というものもある。むかしばなしのもとになる伝承などというものは、人びとの間を口伝えに伝えられて長い期間を経るうちにいろいろと付け足されたり削られたりして改変されてきたものであろうから、バリエーションがあるのは当然で、驚くにはあたらない。

 驚くにはあたらないが、鶴に変化へんげして飛んでいくというのはどうもよくわからない。いやそれを言うならお爺さんになってしまうというのだってわからない話だが、しかし浦島が龍宮城にいた年月の時間を、人知を超えたなんらかの力により玉手箱に閉じ込めてあったのを解放してしまったからである、と考えることによって、まあ納得はできるのである。それに比べて、鶴になるというのは納得のいく説明を思いつかない、という意味においてよくわからないのだ。超展開とでも呼べばいいのか、これは聞く者をびっくりさせることだけが目的であるとしか思えないので、ここでは無視することにしよう。

 もうひとつわからないのは、なぜ乙姫は浦島にわざわざ玉手箱を持たせたのか、ということである。浦島は亀の恩人であり、その礼として龍宮に招いて三日三晩盛大にもてなすということまでしておきながら、なぜそんなひどいめにあわせるのか。

 開けてはならない、という忠告もしくは要請を守らなかった浦島が悪い、ということはいえるかもしれないが、しかしそれならなぜ開けてはならないものなど持たせたのか、という疑問がわいてくる。浦島はショックのあまり茫然としたままついふらふらと玉手箱を開けてしまったが、そうでなくとも忠告を忘れてしまったり、好奇心に勝てなかったり、あるいはちょっとしたミスで落っことしてしまいフタが開いてしまうかもしれないではないか。開けたらお爺ちゃんになってしまうようなそんな危険な箱、乙姫様がどこかに厳重にしまっておいてくれればいいのに、などと思ってしまう。

 しかし乙姫は玉手箱を浦島に渡す。開けたら一気に年を取ってしまうことを承知のうえで、ということは「けして開けてはならない」と忠告することから推定される。これは、どうしても渡さなければならない事情があったと考えるほうが理に適う。すなわち、玉手箱、あるいはそこに収められた浦島の年月は、浦島に付随するものであるから彼が携行しなければならないのだ。ひょっとしたら命に係わるかもしれない。だから乙姫は釘を刺したうえで箱を渡した。もちろん、彼女は浦島が老人になることを望んではいなかったと思う。

 さて、だとすると今度は違う疑問がわいてくる。そもそもなぜ乙姫は浦島を龍宮城へ招待などしたのか。三日いるだけで、浦島の故郷では数十年だか数百年だかが経過してしまうということを、乙姫が知らなかったということなのだろうか。しかし経過した年月を玉手箱に閉じ込めるような技術を持っているということは、この時間ずれについて乙姫は承知していたということを示してはいまいか。

 三日ばかり楽しく過ごしたつもりで家に戻ってみると、その家がなく、父親も母親もとうの昔に死んだ、それどころか友人知人もみな死んだらしく誰もいない。こんな悲劇があるだろうか。亀の恩返しならば、そんなことをせずに、単に宝などを進呈したほうがよほど浦島のためになったはずだ。なぜ乙姫は亀の恩人である浦島に対してこんな、恩を仇で返すようなひどい仕打ちをしたのだろうか。

 想像でしかないが、おそらく形は似ていても人間とはあきらかに種族の異なる龍宮城の住民たちは、人の情というものを解さないのではないか。そもそもそういう感情のようなものを持ち合わせていないのではないだろうか。動物が仲間の死、というものを理解しておらず、単にいなくなったものとして特に悲しんだりはしないように。いや、乙姫たちは知能はあるのだから人の死というものを理解はしていても、それに対して哀惜の念などを抱いたりはしない、ということかもしれない。だから浦島を龍宮城に招待して最大限にもてなすことが一番の恩返しになると考え、その通り実行した。浦島にとってはそれが悲劇になるなどとは思いもせずに。

 最後の疑問。浦島が故郷に戻ったときには、どのくらいの年月が経過していたのだろう。

 浦島がご近所さんに、しかしそれはまったく知らないご近所さんだったが、聞いたところでは、どうも浦島のころから最低でも三世代は経過しているような印象を受ける。なにしろ彼を直接知っている人間が誰もいないどころか、彼の神隠しは大昔の話でほとんど伝説と化しているのだから。

 仮に龍宮城の一日を地球での百年間と考えると三百年となるが、これではちょっと長すぎるので半分の五十年としてみよう。すると百五十年であるからこれならば現実的な数字といえるのではないか。しかしさてそうなると、ラストシーンにおいて浦島太郎は白髪白髭のお爺さんになるどころではないのではないか。

 この考えに基づいて浦島太郎の物語の真のラストについて想像してみることとしよう。


 浦島太郎は玉手箱のふたをとった。するとなかから煙が出てきて彼を包み込んでしまう。玉手箱からは驚くほど大量の煙が発生してなかなか晴れない。仮にすぐそばに誰かいたとしても、浦島の姿は煙にまかれてまったく見ることができなかったであろう。

 しばらく経つと箱のなかから出てくる煙もだんだんと勢いを失い、浦島を取り巻いていた煙が空中に拡散して薄れていく。そしておそらく茫然としているであろう浦島太郎がふたたび姿をあらわす……かと思いきや、そこには誰もいない。老人も、鶴も、とにかく何もない虚空が残されただけであった。

 どういうことだろう。

 もう一度、浦島が玉手箱を開け煙に包まれるところまで時間を巻き戻して見てみよう。そうしてこんどは、煙のなかの浦島の様子を透視してみよう。

 浦島太郎に襲いかかるようにまとわりついた煙の正体は、本来彼に経過しているべき百年を超える時間であった。

 浦島太郎の皮膚がだんだんと張りを失い、黒ずんでいくとともに垂れ下がり、しわだらけになっていく。体の筋肉も脂肪もボリュームをどんどん失ってしぼんでいき、あばらが浮き出してくる。それがわかったのは着ていた服が垢じみていき、ぼろぼろに変わっていくと同時に体に合わずぶかぶかと垂れ下がってきたからである。腰に巻いていた蓑はとうとうずり落ちてしまったが、彼は気にしない。気にするどころではなかった。もう目も白目が黄色く濁り、黒目は逆に白く濁っていたからだ。うわっぱりも色あせ、端から崩れていき、もはや身に着けているのはぼろぼろの雑巾のようになっている。髪の毛と髭はどんどん伸びているその根元から白くなっていき、先の方もぼろぼろと分解していき思ったほどは長くならない。そして抜け毛も増えていったため、地肌の露出が増えていき顔は頭蓋骨の形がはっきりとわかるほどになった。いや顔だけではない、もうほんの申し訳程度に残った着衣の残骸のしたの体も骸骨の形になっている。地べたに落ちた毛髪類も落ちる先から分解して消えていく。ああ、こんな状態でいったい浦島は生きているのだろうか、あらためて顔を見直すと、すでに目玉はとろけてぐずぐずになり、皮膚も黒ずんだ紙ほどの厚さになって頭蓋骨に張りついているだけで、歯がむき出しになっている。その歯もぽろぽろと抜けて隙間だらけだ。と見ている間にも皮はとうとう骨からはがれ落ちてしまい、体の方も骨だけになった浦島は膝をついた、と思ったらがらがらと崩れて積み重なった骨となった。その骨も、ほろほろと粉末化していってしまい、ついには灰のようなものが地面に残っているだけのようになった。そしてその灰も、煙に巻きこまれるかのように霧散していき、ついにはあとには何も残らなくなったころに玉手箱からの煙が途絶えた。こうして浦島太郎はこの世から消失したのだった。めでたしめでたし。

〈了〉


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ