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ゲイザー  作者: てんの翔
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 沙織が犯人でないとすれば、一番の容疑者は、寺尾幸子につきまとっていたストーカーということになる。ただし、親友であったはずの沙織ですら、詳しい話は幸子から聞いていない。無言電話が何回かあったという話しか……。

 立花まりあに連絡をとって、ストーカーのことを質問してみた。担当外の事件のことなので、調べてもらうのに数日かかった。

 どうやら、明確にストーカーのことを語っていたのは、父親だけらしい。その父親にしても、顔や名前を知っているわけではないという。幸子の友人の数名からも、それらしい証言が得られていたというのだが、とても曖昧なものだった。

 そもそも、ストーカーがいたのかどうかを、まずハッキリさせなければならない。

 ついでに、寺尾幸子の死亡推定時刻も教えてもらった。

 午後四時から七時のあいだ──。

 開きがあるのは遺体を焼かれてしまったことが原因で、これ以上、正確には出せないという。刺されていた箇所から、即死ではなく、すくなくとも数分間は息があったであろうとみられている。

 肺に煙を吸い込んだ形跡がないことから、刺殺されてから火をつけられたことはまちがいなく、部屋には大量の灯油がまかれていたという分析結果も出ている。消防に通報があったのは、午後六時二四分。同じアパートに住む住人からの通報だった。

 殺してからすぐに火をつけたと仮定すれば、殺害時刻は午後六時ぐらいだろうか。

「2011年一月十二日。東池袋×丁目のアパート『コーポ南』。寺尾幸子の部屋。時刻は午後五時から。人物不特定」

《ゲイザーシステム》が起動した。

 このまえは、ここまでで検索をやめてしまった。雨宮沙織がいなくなったあとからだ。部屋には、寺尾幸子を示す点滅がある。

 はたして、彼女はまだ生きているのか?

 もし、このときすでに死んでいるということになれば、犯人が沙織ということになってしまう。

 と、左上に出ていたタイマーが、五時五分のところで止まっていた。

『一つ、説明していなかったことがある』

 突然、ヤコブの声が割って入った。

『このシステムで検知できるのは、生きている人間だけだ。心臓が停止した段階で、信号も止まってしまうのだ』

 ということは……。

 心底、ホッとした。

『この説明不足のせいで、どうやら混乱させてしまったらしい。謝っておく』

 つまり、雨宮沙織が帰ったとき、まだ寺尾幸子は生きていた。沙織は、犯人ではない。

 タイマーが動き出した。時間が経過していく。

 五時十六分。

 部屋にだれかが入ってきた。

「ストップ!」

 いや、待て。沙織のときのようなことかもしれない。もう少し様子を見よう。

「進めて」

 五時十八分。

 寺尾幸子の点滅が──消えた。

「ストップ! この人間は、現在どこにいる!?」

 しかし、ゲイザーに反応はなかった。

「……? 現在地は!?」

 どれだけ待っても、画面は変わらない。

 指示の仕方が悪いのだろうか?

「ヤコブ、どういうことなんだ?」

『すでに説明したことだ。答えられない』

 ヤコブの声が、無機質に響いた。

 説明している……。

「まさか、死んでるのか!?」

 その問いには、答えてくれなかった。

「この時刻から、一時間後。部屋に入ってきた人物の位置を検索」

 池袋の東口駅前。皮肉にも、いつも幸子の父親がビラを配っている場所付近に、ヤツはいた。まだ、自宅にもどってはいない。

「午後七時」

 高田馬場駅前。

 午後八時。

 新宿駅。

 午後九時。

 JR山手線車内。

 午後十時。

 西武池袋線車内。

 午後十一時。

 富士見台駅から二百メートルほど離れた場所にある建物。大きさから判断すると、アパート。ここに当時、犯人は住んでいた。

 この人物が、だれなのかを特定しなければ。

「このシステムを使うのに、制限時間とかはあるのか?」

『存在しない。何時間でも、何日でも使用しつづけてかまわない』

「写真は……ダメだよな。メモとかはしちゃいけないのか?」

『察しのとおり、写真を撮ることは許されない。ただし、メモをとることぐらいは、かまわない』

 ここで、選択を迫られた。

 このまま、ゲイザーで犯人の動向を追うか。それとも、この場所に行って、それがだれなのかを調べるか。

 いまわかっていることは、現在この人物は死亡しているということ。そして事件当時、このアパートに住んでいるということ。

 人物の名前から場所はわかるが、場所から人物の名前はわからないというこのシステムのウィークポイントが、如実にあらわれたことになる。

 まずは、このアパートに犯人が住んでいた、おおよその時期を特定することにした。

 一ヶ月ごと(毎月一日)の深夜一時、この人物がどこにいたのかを検索した。2012年の二月までは、このアパートが映し出された。三月からは、毎月ちがう場所にいたようだ。ただし、それは夜に寝ていると仮定した推理になる。夜働いて、昼間就寝する生活をしていたら、成り立たない推測だった。

 さらに検索をしていったが、2013年六月を最後に、システムは反応しなくなってしまった。ということは、2013年六月一日以降に死亡してしまったようだ。

 ここまでの調べで、かなりの時間を費やしてしまった。

 やりはじめると、ついこれも、これもと、検索したくなる。しかし、おれにも私生活があるし、仕事もある。いつまでも、ここにいるわけにはいかなかった。

 撮影ができない──メモを取らなければならないことも、時間がかかる要因だった。

 部屋が暗いから、手元はほとんど見えない。あとで見直してみても、なにが書いてあるか判別できないかもしれない。とはいえ、メモが許可されただけでも、ありがたいことだと素直に感想をもった。無限の情報を引き出せたとしても、それを記憶する容量がなければ、あたえられた特権は無意味なものになってしまう。

 おれは、普通の人間なのだから。

「そうだ……」

 もうやめようと考えたが、もう一つ、気になっていたことを思い出した。

「今月の十四日、夜九時、『コーポ南』があったコインパーキング。人物不特定」

 赤い傘の女……。

 事件の日も、雨が降っていたという。冬の冷たい雨だったはずだ。それにくらべれば、あたたかい春の雨。そのなかで出会った女性が、なぜだか心に引っかかっていた。

「ん?」

 それらしい反応はなかった。細かく時刻を設定しなおしても、やはりない。

「なぜだ?」


        * * *


 四月二三日、日曜──。

 休日にもかかわらず、おれは朝から家を出た。電車を乗り継いで、西武池袋線富士見台駅についた。初めて訪れた土地だ。

 メモ帳に書いた簡易地図は、あまり役に立ちそうにない出来ばえだった。それでも、アパートまでは簡単に行くことができた。こういうことは結局、記憶力がものをいう。

 古びた建物で、築何年なのか見当もつかないほどだった。すくなくとも、若い女性は絶対に寄りつかないアパートだ。

 犯人が、2012年の二月まで住んでいたはずの部屋をノックした。出てきたのは、若い男性だった。

「すみません、突然」

「ダレ、デスカ?」

 片言の日本語で、すぐに外国人だということがわかった。外見は日本人と変わらないので、中国か韓国の人だろう。

「日本語大丈夫ですか?」

「ダイジョウブ」

「この部屋には、いつごろから住みはじめましたか?」

「ナ、ナニモシテナイヨ」

 外国人は、慌てたように声をあげた。

 警察か入国管理局の人間だと思われたのかもしれない。

「あ、そういうことじゃないんです」

 身振りをまじえて誤解をといた。

 その外国人は中国からの留学生で、去年の春からここに住んでいるという。やはり予想どおり、まえの住人については、まったく知らないそうだ。このアパートを管理している不動産屋の場所を教えてもらい、そこへ向かった。

 駅から三分ほどのところにある小さな店舗だった。四十代ほどの中年女性が応対してくれたが、そういうことは教えられないと、あっさり断られた。

 一般人であるおれが捜査活動をするには、障害が多すぎた。アパートに戻って、ほかの部屋の住人にも聞き込んでみたが、住んでいる大半が外国人で、めぼしい成果は得られなかった。

 ならば、あの人に頼るしかない。

 携帯を取り出す。

「立花さん? 紫月です」

 おたがいが、とってつけたような挨拶を交わしてから、本題に入った。

「あの……また調べてもらいたいことがあるんですけど」

『あなたの元カノだった女性のこと?』

「あ、ちがいます。彼女はシロでした」

『え!? どういうこと?』

「ぼくの勘違いでした。彼女は犯人ではありません。犯人はべつにいます」

『は!?』

「調べてもらいたいのは、そのことです。富士見台にある『太平荘』というアパートの203号室に、2012年の二月まで住んでいた人間を調べてください」

『そんなこと、軽々しくできないわ! 雨宮沙織さんの捜査についても、いろいろ問題があったんだから』

 さすがに、怒っているようだった。

『このあいだも、六年前の事件の捜査情報を教えてあげたけど、本当はあれ、いけないことなんですからね!』

「お願いします。不動産屋に問い合わせてもらうだけでいいんです。それで、わかるはずですから。本当にお願いします!」

 不動産屋の名前と、看板に記されていた電話番号を伝えて、なかば強引に通話を切ってしまった。


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