表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲイザー  作者: てんの翔
4/20

 4

          4 同日(金曜日)


 立花まりあには、夜七時半という約束で会えることになった。むこうは最初、射殺事件のことだと勘違いしたみたいだが、べつの件なんですが──と告げても、声音からは嫌がる素振りはなかった。

 こちらから警察署に行くつもりだったが、彼女のほうから来てくれるということだったので、待ち合わせ場所をおれが指定した。

 現在、立花まりあの所属する係は、池袋の事件から外れているそうなので、本庁舎にいるということだった。だから霞ヶ関や桜田門駅に近い場所にしようとしたのだが、そのエリアはあまり詳しくない。少し離れることになるが、恵比寿駅前の喫茶店を待ち合わせに選んだ。

 時間どおり、立花まりあは店内に現れた。

「お待たせしました」

 彼女は、丁寧に口を開く。

「いえ。こちらのほうこそ、お忙しいところを……」

「捜査に協力していただいているのですから、当然のことです」

「あの……そのことなんですが……池袋の事件のことでは……」

 一応、電話でそのことは伝えてあったが、ちゃんと伝わったのか心配になっていた。

「あ、もちろん大丈夫ですよ。どんな事件のことでも、警察官なら喜んでお聞きします」

 そう言ってもらえると、緊張がとけた。

 だからというわけではないが、あらためて立花まりあの容姿を確認した。

 記憶のなかの彼女は、とても美しい存在として焼きついていたが、それは自分のなかで美化されたもので、実際に再会すれば、それほどでもなかった、と落胆するものだろうと考えていた。だが、それは彼女にたいして失礼な思い込みだった。

 久しぶりの美貌は、凛々しくて、可憐だ。

 ストレートの黒髪は輝き、エアコンの微風だけでなびくほど、軽くてサラサラだった。

 以前は、ファッション誌の編集者──と形容したが、それを撤回したかった。モデルと言われても、たやすく信じてしまうだろう。

「で、どういう話なんですか?」

「六年前の事件です。これなんですが」

 雨宮沙織から受け取ったビラをテーブルに広げた。ちょうど、紅茶が運ばれたところだった。

 二人とも紅茶には視線も落とさなかった。

 立花まりあは、ビラに真剣な眼差しを送っている。その姿を、固唾をのんで見守った。

「女性が殺されて、部屋を放火された事件ですよね?」

「知っていますか?」

「発生当時、わたしはまだ学生でしたので、捜査には関わっていませんけど、先輩の刑事から話を聞いたことがあります」

 六年前に学生だったということは、おれと同年代──年上だったとしても一学年上、もしくは年下という可能性もあるということか。

「放火されているし、その日は雨が降っていたこともあり、証拠はなにも残っていなかったと……」

 彼女は、細い糸をたぐりよせるように、思い出したことを口に出していた。

「いまだに、凶器もみつかっていません」

 俗に言う『迷宮入り』というやつか。

「この事件で、思い当たることがあるんですか?」

「は、はい……」

 どういうふうに切り出そうかと迷ったが、難しく考えるのはやめて、会話の流れにまかせようと決意した。

「じつは……被害者の女性は、ぼくの元カノの親友でして……」

 年下かもしれない女性に対して「ぼく」というのは、使い慣れていない。しかし、わざわざ話を聞きに来てもらったのだから、「おれ」と言うのも気が引けた。

「そうなんですか」

「ええ。それで、その元の彼女なんですが、事件の当日、殺された被害者の部屋に行ってたみたいなんです」

 まりあの表情は、とくに変わらなかった。

「その話は、本人から聞いたんですか?」

「いいえ」

「目撃されたんですか?」

「いえ……」

 そこで、まりあは首をかしげた。

「話がよく見えないのですが……」

「ですから、ぼくの元カノのことを調べてもらえないでしょうか?」

 とても困惑しているのが伝わってきた。

「残念だけど、なにも根拠がないのに、捜査することはできないわ」

「根拠はあります! 彼女が被害者の部屋に行っていたのはまちがいありません」

「ですから、それをどうやって知ったんですか?」

「それは……」

 予想どおり、そこで詰まってしまう。

《ゲイザーシステム》のことを口外できない以上、それらしい理由をでっち上げるしかない。

「う、噂を……耳にしたんですよ」

 本来なら、皺一つないはずの眉間が歪んでいた。

「ムリです。そんな不確かな情報では動けないわ」

「お願いします。手があいたときでいいので、調べてみてください!」

 おれは頭を下げた。その思いに打たれたのか、立花まりあは、ため息をついてから、こう言ってくれた。

「わかりました。一応は、調べておきます」

「ありがとうございます」

「でも……どうして、そんなに必死なんですか?」

 言われて、軽い驚きをおぼえた。そんなに必死だっただろうか。

「懸賞金、ですか?」

 最初、まりあがなにを言っているのか、意味がわからなかった。

「そ、そういうわけじゃありません」

 お金のために事件を解決しようとしている──そう思われたことが、ひどく不思議だった。そういう発想が、いまのいままでまったくなかったのだ。

 ビラをよく見ると、確かに『懸賞金500万円』と記されている。沙織もそのようなことを口にしていた。500万円という金額は、懸賞金としては破格だ。公的懸賞金の場合、通常は100万、多くても300万程度だ。最高1000万円というふうに決められていたと思うが、そこまで高額になることは、まずない。おそらく公的制度とはべつに、遺族が実費で負担しているはずだ。きっと、実家の山林を売却した一部なのだろう。

 しかし……おれは断じて、金のために事件を解決しようとしているわけではない。それは、本心だった。

 沙織の特徴や住所を伝え、女性刑事と別れてから、東池袋の事件現場に向かった。もうすぐ、九時になろうとしていた。

《ゲイザーシステム》に表示されていた住所を頼りに向かったのだが、非常にわかりづらかった。画面に映し出された地図をそのまま撮影できれば便利なのだが……たぶん、それは禁じられてしまうだろう。

「ここかな……?」

 やっとさがしあてた場所には、アパートはなかった。すでに取り壊されているようだ。二四時間のコインパーキングになっていた。道を挟んだむかいには、小さな花屋がある。

 もう現場が消滅しているのであれば、そこから証拠をさがすことは不可能だ。周辺を歩いてみた。路地を少し行ったところに、コンビニがあった。コンビニの防犯カメラを──とも考えたが、六年も前の映像は残っていないだろう。それに、警察官でもない人間がお願いしたところで、断られるにきまっている。

「当時、警察でも調べてるだろうしな……」

 やはり、おれにできることはないのだ。《ゲイザーシステム》を手に入れたとしても、それを活用できる術がないことを、あらためて実感した。

 途方に暮れたように、駐車場までもどっていた。いつのまにか雨が降っていたが、傘をさすことも忘れていた。折り畳みが鞄のなかに入っていたことを思い出し、取り出そうとしたとき、鮮やかな色が眼に飛び込んできた。

 真っ赤な傘。

 外灯の光に、とてもよく映えていた。

 女性だ。二十代半ばの女性が、花束を抱えて、駐車場の角に花束を置こうとしていた。花束は、むかいの花屋で買ったのだろうか。

 寺尾幸子の関係者?

 いや、そうとはかぎらない。この道で交通事故があったのかもしれない。

 花束を置いた女性がこちらに歩いてきた。

 すれちがう。

 笑っていた。とても、可笑しそうに。

 死者を弔うような表情ではなかった。

 むしろ、歓喜に満ちているような……。

 女性は通りすぎてゆき、路地のかなたに消えた。

 では、なんのために花束を?

 なかば無意識に、花屋へ向かった。ちょうど、店を閉めようとしているところだった。

「あの……」

「ごめんなさい。もう終わりなんですけど」

「あ、いえ……ちがいます! いま、女性が花を買いに来ませんでしたか?」

「え? ああ、そこに供えていく人のことですか?」

 中年の女性店員は手を止めることなく、そう答えてくれた。

「そうです。ここで、なにかあったんですか?」

「さあ……」

 困ったように、女性店員は首を傾けた。

「そこが駐車場になるまえは、アパートだったことを知っていますか?」

「ごめんなさい。三年前、ここへ来たときには、もう駐車場だったから。でも、なにか事件があったんでしょ?」

「そうみたいですね……。いまの女性、その関係者でしょうか?」

「どうでしょう。ただ毎月十二日に、いまみたいに、そこへ花を供えていきますよ」

「今日は、十四日ですよね?」

「そうですね。おとといは、いらっしゃらなかったので、今夜になったんじゃないですか?」

 十二日といえば……。

 寺尾幸子の月命日。

 ならば、やはり寺尾幸子の友人か?

 それにしては腑に落ちない。

 どうしても、あの笑顔が頭から離れなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ