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ゲイザー  作者: てんの翔
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「おれは、後始末をこの女から頼まれたことを認める。それでどうだ? 証拠にならないか?」

 意外にも、キムがそう言いはじめた。

 おれは困惑した。キムの口許は、なぜかゆるんでいた。

「放火は重罪なんだろうが、殺しでもしないかぎり、国のオヤジがどうにかしてくれる。この女の拉致は、なかったことにしてくれ。それで手を打たないか?」

 キムは、取引をもちかけているのだ。

「裁判で証言をしてもいい。このお嬢さんの往生際の悪さには、ほとほと愛想がつきた」

「な、なんですって!」

 一瞬、いまではおれの足元にあるナイフの切っ先よりも尖った眼光が、キムに向いた。

「た、たしかにわたしは、この男に頼んだわ……でも、わたしが殺したんじゃない。殺したのは、沢村学よ」

「フッ、なるほど、死人に口なしか」

 キムの声が、不謹慎に響いた。

「沢村学を殺したのも、この塚田よ。わたしは命令なんてしてない」

 塚田の意識が朦朧としているのをいいことに、山根晶子は言いたい放題だ。

「こいつも、バカじゃない。裁判になったら、おまえから指示されたと証言するさ」

 キムの言葉に、塚田がわずかうなずいたような気がした。

「いいわよ。争ってやるわ。裁判で戦おうじゃない! 証拠は、なにもないんだから」

「実行犯の証言は、充分な証拠だろう。最低でも、沢村学殺害の殺人教唆は覚悟しとくんだな」

 完全にキムは、彼女と袂をわかったようだ。

 しかし、殺人教唆ではダメだ。殺人罪で裁かなければ、こちらの負けだ。

 物的証拠といえば、なにがある?

「まりあさん……六年前の事件、凶器はみつかってませんでしたよね?」

「そうね」

「凶器に、彼女の指紋がついていれば、決定的な証拠になりますか?」

「なるわね」

「みつかりっこないわよ」

 まりあの答えとかぶせるように、山根晶子は言い放った。

 六年ものあいだ発見できなかったものだ。それをいまさらみつけられるはずはないと、彼女はタカをくくっている。

 寺尾幸子を刺し殺した凶器。山根晶子の性格からして、自らがそれを処分するとは考えにくい。

「キム。もし、おまえがこちらの味方を本気でしてくれるのなら、正直に答えてくれ」

「なんだ?」

「凶器を処分したのは、おまえか?」

「知らんね、そんなことは」

 真実だろうか?

 見極めろ。

「べつに、あんたの味方をするわけじゃないが、おれは、おれなりの美学をもっている。そんなチンケな嘘をついてなんになる? 放火した件は、素直に認めてるんだ」

 彼の言うことには、スジが通っていた。

 ならば、塚田健二はどうだろうか?

「塚田もちがうぞ。そのころ、こいつとのつきあいは、まだないはずだ」

 先回りして、キムが言った。こちらの考えがわかっているようだ。さすがに、頭の回転がはやい。

 そうだ……それに、ゲイザーでの検索結果では、犯行現場に塚田はいなかった。

 凶器である刃物を山根晶子自身が持ち出すとも思えない。

 ということは、それ以外で犯行現場にいた沢村学が、どこかで処分したと推理するのが妥当ではないか?

 恋人の殺害に使用された凶器だが、山根晶子の陰謀で、沢村は心を狂わされていた。

 冷静な判断もできず、どこかに凶器を隠したのかもしれない。

 それを探す方法は、まだ残っている。

 処分したのが山根晶子ならば、それができなくても、沢村学なら……。

「まりあさん、あとは頼みます」

「どうするつもり?」

「凶器をさがします」

 その答えに、すかさず山根晶子が笑い声をあげた。

「ハハハ、ムダよ、ムダ」

「凶器を処分したのは、沢村学だろ? キミのことだから、彼をそそのかして処分させたにきまってる」

「だとしたら、なんだっていうの? まさかわたしが、凶器の在り処を白状すると思ってるの? まあ、ホントにわたしは知らないんだけど」

「凶器は、みつける」

「何年かかるかしら? わたしの記憶が確かなら、逮捕されても警察が拘束できるのは、四八時間だけじゃなかったかしら? 送検されたとしても、最大二十日までしか勾留はできなかったはずよ」

 おれは、まりあの表情をうかがった。軽くうなずいていた。

「それまでにみつけられなかったら、証拠不十分で不起訴ってことになるのかなぁ」

「二日もいらない。一日あれば充分だ」

 強気に言い放った。それが可笑しかったのか、キムが笑みを浮かべた。

「おまえなら、やれそうだな」

「やるさ」

 しかし、山根晶子の余裕は崩れていなかった。

「もし、みつかったとしてよ、わたしの指紋がついていても不思議じゃないのよ。沢村くんが刺したナイフに、わたし触ったもの。あたりまえでしょ? 友達がナイフで刺されたんだから。わたしが抜いたのよ」

 この女、些細な希望にまで保険をかけてきた。

「だからわたしの指紋がついていても、沢村くんの指紋もついてたら、結局、彼の犯行になっちゃうのよ」

「その心配はないわ」

 言ったのは、まりあだった。

「人を刺し殺すということは、ドラマのようにきれいなものじゃない。想像以上に血が飛び散るのよ。犯人は、相当の返り血を浴びたはずよ。もちろん、凶器にも」

「そ、それがなんだっていうの!?」

「あなたの指紋が、返り血の上から検出されるか、下から検出されるか。そんなことぐらい、すぐにわかるのよ。もし、あなたの指紋が、返り血の上からしかついていなければ、あなたの言ったとおりだわ。でも……」

 返り血の下から検出されれば、刺したのは──。

「み、みつかりっこないわ! さがしてみればいい!」

 その強気の発言は、動揺を隠すためか。

「必ずみつける」

 言葉とは裏腹に、自信はなかった。

 たとえみつかったとしても、指紋や血液が洗い流されている可能性もある。

 だが、奇跡は残っていると、なにかにすがりたかったのかもしれない。

《ゲイザー》を使う。

 額にレーザーポインターが当たっているのがわかった。

 まりあではない。もう一人のヤコブが狙っている。

 これが、最後の使用になるだろう。

〈バンッ!〉


        * * *


 調べることは、一つだけだ。

 事件後、沢村学がどこに凶器を捨てたか……もしくは隠したか。

 沢村が、何箇所かの繁華街をうろついていたのは、これまでの検索でつかんでいる。

 しかし、重要なものを破棄するのには不向きなところばかりだった。

 しばらく山手線に乗っているのも、以前確認したとおりだ。

 駅のゴミ箱だったら、絶望的。

 コインロッカー? いや、もしそんなところだったら、とっくに発見され、警察が押収しているだろう。

 捨てるとしたら、橋から川に投げ捨てる……公園のごみ箱。とにかく、ごみ箱だけはまずい。すでに埋め立て地のどこかに運ばれて、絶対にみつけることなど不可能だ。

 お願いだから、どこかに隠しておいてくれ……。

 そう願わずにはいられなかった。

 当日の夜十時の段階で、沢村学は西武池袋線に乗っていた。たしか、十一時には帰宅していたはずだ。

 今回は、慎重に動向をさぐっていく。

「ん?」

 家にもどるまえ、沢村学は石神井公園に寄っている。

 沢村が当時住んでいた富士見台のアパートから公園までは、それほど距離はない。

 時間にして、三十分も公園にいた。

 ここか?

 ここにかけるか!?

 沢村学が、同じ場所からしばらく動かない。

 すべてを、ここにかけてみよう。

 いつものように、メモを取った。

 手元が暗闇だからといって、これだけは失敗できない。神経を集中させて、公園内の細かな配置と、沢村学のいた場所を書き込んだ。

 克明に……克明に。

「もういい、ヤコブ」

『もどるのだな?』

「ああ、あなたともお別れだ。もうここには来ない」

『それはムリだな。事件が解決しても、君は必ず、またここに来る』

「いや、おれはただの人間だ。神じゃない。あなたは、神になりたかったのか? それとも、神になりそこねたのか?」

 もう、ヤコブの正体はわかっていた。

 今回、関わり合ったなかで、該当しそうな人物は一人しか残っていない。

「このぼくでも……たどりつけなかったところまで、キミはやって来た」

 機械に通していた声が、あるがままの肉声にもどっていた。初老を予想させた口調も、年相応なものに変わっていた。

 もう演技する必要がなくなったのか……。

「あなたは、金のためにやろうとしたのか?」

「キミは、なんのためだ?」

 答えなかった。

 かわりに、別れの言葉を告げた。

「さよならだ、並木秋人」

 あの射殺事件は、偽装。

 仕組まれていた。

 並木秋人は、死んでなどいない。

「しかし、忘れるな。ぼくが殺されたのは、本当だ。社会的に存在を消された。もう親にも会うことはできない」

「会いに帰ればいいだろう?」

「できないんだよ」

「殺されるのか?」

「そうだ」

 その答えの意味は、こうだ。

 並木秋人が、今度は本当に殺される、という意味ではない。おそらく、並木の親が殺されてしまうのだ。

 なぜだか、それがわかった。

「忠告しておく。これは、本来のルールではないが、ぼくの親によけいなことを言おうとしたら、ぼくの判断で、キミを抹殺する」

「それでいいのか?」

 彼は、答えてくれなかった。

「ぼくの二の舞になるな……いや、キミなら大丈夫か。このシステムを使いこなせるだろう」

 レーザーポインターが額を射抜いた。

「王になれ。この世の神に」


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