[aliquando obliviscaris] unus
別れ際、彼女はいつも泣く。――(いつも?)
どうして泣くのかと僕がたずねる度に、彼女は答えるのだ。――(そう、たずねる度に)
「あなたに逢えなくなるのが悲しくて泣いているのではないのです」――(ああ、その言葉も僕は知っている)
ではなぜ、と問う僕に、彼女は涙を拭こうともせず、それでも儚く微笑むのだ。
「あなたがここを離れ、悲しむのが分かっているから」――(それが真実であることも僕は理解している)
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そう、理解しているのだ。
ここで生きていくしかない。ここで働いて、たいして多くもない金を稼いで、話しかけてきたくせにこちらが会話に乗ってみれば「一回話し始めたら止まらないよねあの子」と聞こえよがしに陰口を叩く年増の性悪女、入社して半年も経たない人間の失敗を論い、私生活にまでダメ出しをしてきたり、「休みの日は休む日じゃない。その時間を使って仕事の勉強をしろ」と『助言』をしてくださったりする上司に囲まれ、嘲笑交じりの目に体中を穴だらけにされ、昼食の時間さえご高説を賜る日々に、耐えるしかない。僕は奥歯を噛みしめ、ただ作り笑顔で、気にしていない、という顔を作って耐えるしかないのだ。
でも、心が折れそうになる。片っ端から惨たらしく殺して楽になりたい、という気持ちと、もういっそ全部仕事なんか投げ出してしまいたい、という気持ちに頭の中がぐちゃぐちゃのシェイクされたような状態になっていて、だから、殺したい。殺したいのだ。
だから、疲れた。
スーツのまま、ずいぶん掃除もろくにできていない部屋に帰り着き、敷いたままの布団に横になって、やけに白いボード張りの天井を眺めたまま、いつ仕事を辞められるんだろうか、このまま死ぬまで嘲笑の的になって、家庭のストレスのはけ口にされていくのだろうかなんて考えてしまう。
もう嫌だ、と最初のうちは泣いていた。でも、もうそのフェーズは終了してしまって、涙腺も神経も鈍麻した。ただただ、今日一日を早く終わらせて、翌日の朝を迎えて、夜を迎えて、というループの速度を上げて、死に近づいていきたいと思った。
だから、もういいよ、とまぶたを下ろした。
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