[aliquando obliviscaris] nihil
作り笑顔は得意だった。学校でも、家でも、笑って過ごしていれば、不愉快な事態はたいていすぐに収束した。
まじめで物静かで、優しくて、運動は少し苦手だが、勉強はできる、近所でも有名な、だれにでも自慢できる「○○くん」。
引用符の部分には、方程式のように、生徒、息子、孫、長男、友達、親友、彼氏、先輩、後輩、といった具合に、あらゆる言葉が代入できて、それが〇〇〇〇という名を持つ人間である僕の紹介文になっていた。
だが、しょせん方程式のXは解を求めるための便利な記号でしかない。「Xくん」はただニコニコ笑って、そこに存在し、イコールで正体を暴かれ、周囲が期待していた行動や成果でなければ「そんなやつだとは思わなかった」というお決まりのフレーズで落伍者、裏切者の烙印を押されるのだ。
そして、それは大人になっても変わらなかった。むしろ、20歳を超えてからのほうが、そういったシーンの発生回数が増えてしまった。
僕は、こんなものがほしかったわけじゃないのに。
ただ、普通に、静かに、生きていたかっただけなのに。
どいつもこいつも勝手なことを。
怨嗟の声を上げ、後悔に胸中を覆い尽くされ、網膜は頭の中に澱んだ雑念に黒く染められ、世間一般の明るい事象を認識することもできなくなる。
だから、なのか。
しかし、なのか。
―――幻想が現実に食い込んでくるようになった。