こっちが本物のマイホーム
今からおよそ1時間前、僕、紅月颯人は、暗闇の中、カタカタカタカタという音だけを響かせて、眠い目を必死に開いて……ネトゲをしていた。
いや、今の文章には語弊があった。なぜなら、今はすごく明るい。鳥のさえずり、車が通る音、子供たちの元気な声も聞こえる。
え?どうゆうこと?だって?簡単な話さ。一般人からすれば後者が普通だ。
しかし、颯人からすれば前者なのだ。
理由は?
今日は月曜日。今は朝の8時。学生であれば学校に登校している頃だろう。社会人であれば、会社で働いていたり、家事をしていたり、人それぞれだろう。
故に、空も明るく、様々な音、声が聞こえるのは当然であろう。
颯人も学生である。15歳、中学3年生。しかし、不登校・引きこもり・コミュ障・ぼっち。などとどれも最悪の属性を持ち合わせている颯人は、海外にいる親とは別で一人暮らしをしている家の2階、一番奥の狭い部屋に飲食料を大量に蓄えて、念の為に鍵を閉めて、カーテンも締め切り、光が立ち入る隙間を与えず、真っ暗な部屋の中、汚れているのかもわからない、おそらく汚れている布団の上に寝転がり、ネトゲをしていた。
それが今の颯人の状態である。少し薄い緑のTシャツの上に、軽く誇りをかぶったねずみ色のパーカーを着て、下にはえんじ色のジャージを腰に届かないぐらいの位置で履いていた。そんなだらしない格好の颯人が、操作していたネトゲキャラが死んだのを見て一言。
「俺も死にてぇ~……。」
軽い気持ちで言った一言に、反応する声があった。
「死にたいとか簡単に言ってんじゃねーよぉぉぉぉ!!」
それは明らかに現実世界で聞こえる声で、颯人の妄想でも幻聴でもない。じゃあ、どこから…!?辺りをぐるりと見回す颯人に更に、
「俺らが今まで何回死んできたと思ってんだよ!死ぬ事の辛さ知ってんのか!?あぁぁん!?」
その声の出どころがわかった。パソコンだ。正確に言えば、俺が操作していたネトゲのキャラだ。
短い髪にバンダナを巻き、いかにも硬そうな鎧を装備し、大剣を手にしているそのキャラ。
先程まで死んでいて、復活したばかりのそのキャラ。
頭上に表示されている【レッドムーン】はキャラの名前。紅月という苗字を英語に直訳しただけだろう。
「死ぬ事の辛さ?んなもん知るかよ。こんな世界で生きてる方が辛いわ。」
眠くて機嫌の悪い颯人は、レッドムーンにそう告げると
「そんなこと言うんだったら俺と人生入れ替わりやがれ!!!」
と言われた。そんなこと出来るのかよと思いながら颯人は答える。
「ああー、そんなことが出来るならしたいぐらいだよ。」
今の人生よりネトゲの世界の方が楽しいだろ。と思っていた颯人はそう言う。
「言ったな?了承したな?覚悟はあるんだな?よし、じゃあお望み通りにしてやろう!」
レッドムーンが叫んだ瞬間、視界が揺れ始めた。だんだん揺れが強くなる。そして、何かに吸い込まれるようにして、颯人の意識も途絶えた。
「せいぜい俺らの世界で楽しむといい!!」
てな感じで今の状況に至るわけだ。
「ちょっとカッコイイ感じに三人称視点で語ってみたぜ。」
「……」
「まあ反応してくれる人もいないんだよな…。」
あきらかにテンションがおかしくなっているのは置いといて、悲しそうに1人で黄昏ている僕の耳に、足音が聞こえてきた。
「誰だ!?」
期待と不安を込めた一時。僕の視界に映るのは!!
僕目がけて直進してくる牛のような生物だった。
「……。」
絶望した。失望した。悲観した。
そして僕は誰にも気づかれることなく、はね飛ばされて、死んだ。
流石ネトゲの世界。理不尽すぎるぜっ…!!
そう感じながら次第に意識は薄れていき、やがて消えた。
2つの勘違いをしたまま……。