泉の神様(ショートショート48)
六衛門という大どろぼうがいました。
ある日のこと。
六衛門は盗みにしくじり、役人に追われる身となってしまいました。
捕まれば死刑になります。そこで町を出て、六衛門は山の中へと逃げこんだのでした。
いつしか……。
六衛門は森の奥深くへと迷いこんでいました。森から出ようにも、その道がさっぱりわかりません。
腹はすき、のどはからからでした。
そんなとき。
衛門は運よく泉を見つけました。
その泉は大きな岩の下をえぐるようにしてあり、なみなみと水をたたえていました。
ところが、六衛門は二歩も三歩も退いていました。
やはり水を飲みに来たのか、泉の前に大きな熊があらわれ出たのです。
おそわれてはひとたまりもありません。
六衛門は岩かげに身をひそめ、熊が立ち去るのをじっと待つことにしました。
熊は泉の前にすわりました。
ところが水は飲もうとせず、なぜか泉の奥に向かって話しかけました。
「泉の神様。わたしは体がでかいばかりに、いつも猟師にねらわれております。どうかお願いします、わたしをネズミにしてくださいませ」
するとなんと……。
「ネズミより神様になりたくはないかね?」
泉の奥から声が返ってきたではありませんか。
「神様なんてめっそうもありません。ネズミでけっこうでございます」
「では、泉の水を飲むがいい」
「ありがとうございます」
熊が水をすくって飲むと、たちまち小さなネズミに姿を変えました。
この泉の奥には神様がいて、どうやら望みをかなえてくれるらしいのです。
ネズミになった熊が去っていきます。
――よし、オレも……。
六衛門は泉の前に進み出ると、奥に向かって声を出してお願いをしました。
「泉の神様、お願いがあります。オレを神様にしてくだせえ」
「よかろう。で、どんな神様になりたいのかね?」
神様の声が返ってきました。
「ぜいたくは申さねえ。神様であれば、どんな神様だってかまわねえんで」
「では、泉の水を飲むがいい」
「ありがたいことで」
六衛門は泉の水をすくって、ひとくち飲みました。
するとなんとしたことか、たちどころに大きなカワズとなっていました。
六衛門はびっくりして聞きました。
「こいつはいったいどういうことで? お願いしたこととちがうじゃございませんか、オレは神様になるんでは?」
「いや、たしかにオマエの願いはかなえたぞ。カワズは、この泉の神様なのだからな」
「そんなあ。もとのオレにもどしてくだせえ」
「それはならん。神様になりたいと望んだのは、そもそもオマエなのだからな」
「ですが、こんなカワズが神様だなんて」
「どんな神様でもかまわない。オマエはそう申したではないか」
「ではこの先、オレはずっとカワズで?」
「心配するでない。そのうち、もとのオマエの姿にもどしてやる」
「それまでカワズでいろと?」
「ああ、そうじゃ。しばらくの間、ワシのかわりにオマエが泉の神様をつとめるのだ」
泉の水が波打ちます。
そして奥から出てきたのは六衛門でした。いや、それまでのカワズから六衛門に姿を変えた、この泉の神様でした。
「おかげでワシは自由の身になれる。で、これから町へ行こうと思っておる」
「町に行くですって?」
「ああ、ちょいと遊びにな。こうして人間の姿をしておれば、怪しまれることもなかろうからな」
「それであれば、オレの姿じゃまずいことに。オレは役人に……」
六衛門は正直に話そうとしました。
ところが、
「ぜいたくは言わん。人間であれば、オマエの姿でけっこうだ。では、あとはまかせたぞ」
泉の神様はそう言い残し、泉の前からあっというまに走り去ってしまいました。
それ以来。
泉の神様が泉にもどってくることはありませんでした。
六衛門は今もカワズ――泉の神様のままです。