今日も世界は泣いている。
主のために。
「...空気が悪いがまだ耐えれる...」
アイアスの仲間であり、ウォアータス大陸までザイス達を探しに来た
1体の氷竜は飛びながらも周囲の状況に驚く。
空は暗く、地上を見下ろすと所々に竜達の死体があったり、
どんよりとした空気が非常に不気味なのだ。
彼らの住んでいたサリーシャは白銀の世界が広がっていて、
空気は澄み渡っていたはずなのだが周りの光景にはもうその面影も
なかった。
(...ザイス様もレイラ様もいないな、さすがにこの状況でここに
残ろうとは思わないよな...)
その竜はある程度見渡すと来た方角を振り返り、戻ろうとする。
(...それにしても太陽さえ顔を出さないのか...この暗さは何が
原因だ...?光が無ければ草木や僅かに生き残った者達も生きれない
はずだな)
全方位、どこにも太陽はない。
光が見えないからか、自分の中の不安がどんどん募っていく事を
彼は感じ始める。
(...誇り高き氷竜族の一員であるのにビクビクしていては
アイアス様に怒られてしまう。
...怖がるな、ザイス様とレイラ様はアイアス様の仔。
あの仔達にはアイアス様から引き継いだ知恵と力がある。
きっと生きているはずだ...)
彼は不安を抑えようとザイス達は生きていると自分に言い聞かせる。
だが何故か、心臓の鼓動はますます早くなる一方で、彼の飛行速度も
どんどん速くなっていく。
(...どこからだ...)
どこからか間違いなく誰かに見られてる気がするのだ。
この嫌な視線は...。
(...後ろかっ!!!)
と突然彼は振り向いた。
だが誰もいない。
もしかしたらこのまま前を向いたらいるのかもしれない...と
彼は少しずつ視線を前方へ戻していく。
それでも誰もいない。
(...ただの勘違いか...ならいいんだ。
情けない...なんて情けないんだ...自分の不安さえ抑えられず、
ありもしないことを...!)
無事であってほしいという願いよりも、ありもしない不安が勝ってしまった
自分を恥じる。
10秒ほど俯いていたが、
(...もう惑わされない!)
と再び翼を動かし始めた。
...
彼は複雑な表情で噛みしめながら飛んでいる。
(...大丈夫、大丈夫、大丈夫、違う...違うんだ...!)
この不安はどこから芽生えたのかを考えていた彼はふと気付いてしまう。
竜達の死体のあった場所から彼女の匂いがしたことに...。
(サリーシャ全体を包んでいたのは...あの匂い...いい匂い...
アイアス様の匂い...。
だけどその一部で濃い匂い...それはレイラ様の匂いなんだ...)
サリーシャで死んでいた何体かの竜達の死体の中にレイラ達の
姿はなかったはずなのだが、彼女の匂いを間違いなく彼の嗅覚は
嗅ぎとっていた。
彼自身信じたくなかった事、それを自分に誤魔化してしまったせいで
不安となって表れたのだ。
「...レイラ様!!!?どこですか...!?」
もうその匂いを放つ者をレイラだと認め、問う。
...
だがやはりどこを見てもレイラはいないのだ。
「...たから...」
だが突然すぐ前方、少し上空から声がする。
それはどこか懐かしい、自分の主の仔である彼女の声そのものだ。
「...レイラ様...!?」
それでも姿はない。
「迎えにあがりました!!!アイアス様が心配していま」
彼の話に耳を貸さず、姿のない彼女が言葉を放つ。
「...お母様...皆、大人達、嘘つき...」
自分の話を遮られ、聞こえてきた低い叫びに彼は一瞬怯んでしまう。
それは彼女の叫びにもだが、見えてきたレイラと何体もの竜達にもだ。
見えていないだけでずっとそこにいて、ずっと彼を囲んでいた。
「...見捨てた...。
あたし...もう大人達の...都合よく生きる人形じゃない...!!!」
その叫びと共に彼女の体は膨張し、瞳は紫色に輝き、息が荒くなった。
彼も氷竜なのでレイラが戦闘時に自分を保てない事は分かっている。
その姿は雄である自分自身にとって非常に危険な状況だということも。
「...レイラ様、アイアス様も皆が心配しています!
アイアス様は王家の帰りにきっとレイラ様達も迎えに行ったはず!
これは本当で...そ、それにしてもこの不気味な周りの竜達は一体
...何ですか...」
レイラの瞳も輝きがなく死んでいるようで不気味だが、
それ以上に自分を見つめる周りの竜達が気になった。
その姿は間違いない...全てザイスなのだ。
「...お兄ちゃん...全部お兄ちゃん...お母様見捨てた、お兄ちゃん。
お兄ちゃん死んだ、パパがお兄ちゃん作ってくれた...」
話し方、姿、その全てに彼の知ってるレイラはいない。
そして彼女の言ってる事も信じられないような話だ。
「...ザイス様...!?」
何故こんなにザイスがいるのか、どれが本物のザイスなのか、
全部偽物のザイスなのか。
本当にザイスは死んだのか...それを見てしまった彼の頭の整理が
追い付かない。
「...やーれーーー!!!ヒーヒーヒーヒー!!!!!」
突然レイラの肩付近に顔を出した老人が叫ぶと、その叫びに反応した
何体ものザイスと同じ外見を持つ竜達が勢いよく襲ってくる。
「...その老人は...?...あ!レイラ様ーーー!?」
すぐに逃げなければ危険な状況で愛しき主の仔を何とかして
連れていきたかったが、彼の叫びにもレイラは無反応で、
背の老人はレイラの首に頬をすりすりしている。
「...レイラーちゃんーもやっちまってーいいーんでーすよー!!!」
突如叫んだ老人が状況を一瞬で変えてしまう。
レイラがとてつもないスピードで向かってきた。
氷竜の雄は肉体的にも雌には敵わない。
「...くそ...!...ごめんなさい...レイラ様...。
生きてアイアス様の元に戻り...いつか、いつか必ずや...
アイアス様達と共に愛しきレイラ様を救いに来ますから!!!」
レイラの姿に彼は涙が溢れるも、彼女へそう叫ぶ。
返答なんて必要ない。
それは彼自身への誓いそのものなのだ。
「さっきー食ったサリーシャーの竜共ーみたいーに、あの竜もー
レイラーちゃんが食べてーいいでーすよ!ヒーヒーヒー!!!」
老人のその言葉にもう彼の涙は止まらない。
サリーシャで死んでいた氷竜達の場所からレイラの匂いがしたのは
彼女がついさっき彼らを...。
あの時にもし母と仔が会えていたのなら...。
運命は大切なモノを容赦なく、奪っていく。
だが大切なモノを必ず守れる方法などありはしない、常に一人一人が
狙われているのだから。
唯一守れるとしたらそれは大切なモノに対する想い出や時間だけ。
この強き龍達の一家を悲劇が襲ったように、明日はこれを見ている
あなた達へ運命は狙いを定めるかもしれない。
何かが起きてからもっと大切にすればよかったと嘆きたくないのであれば、
今そばにある、いてくれる大切なモノに対する一つ一つの時間に...
どうか愛を。




