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紡がれし罪の血と偽りの  作者: サン
始まりは希望と絶望から
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変わり果てた姿。






 「気付かないとでも思ったか、盗人め」






 その声にイアが驚いた様子はなかった。


「やっと来てくれたわね、助かるわ。探し物をしているのだけれど

どこにあるか教えていただけるかしら?」


わざと物音を立てながら探し、見張りの男を呼び寄せたのだ。


「盗人に教える事など何もない!」


と、素手にも関わらず男は襲ってきた。

警備も任されているのであろう彼は体格も大柄で、それなりに力のあるイアでも

力では押し負けるほどであった。


「俺と素手でやりあって勝てると思っているのか!小娘がぁぁぁぁぁ!」


男は力を生かして迫ってくるが、そこには一切の隙はない。

ただの警備員や見張りではない気がした。


「すごい力ね...!...ん?...これは...!」


何かを見た彼女は受け止めるのをやめ、部屋中を軽い身のこなしで

避ける。

が、一瞬にして小さな少女の体が宙を舞い、床に叩き付けられた。


「...っ!さすがに分が悪い、イアじゃ体術では押し負ける...

でもその巨体にこれならどう?」


少女が長い鎖をいつのまにか持っている。

それを引いた瞬間、


「ブシューーーーーーーーーーーーッ!」


と部屋中にいやな音が響き渡り、辺りは赤く染まる。


「この部屋に入ってすぐに運良く、イアの鎖鎌が見つかった。

だからあなたが来た時に備えて小細工をしといたわ。

部屋の角に鎌の刃先を少し強めに引っ掛けといて、さっき拳を避けながら

鎌の刃先があなたの両足の筋を切断できる場所に導いていたの。

それ以外はただ落ちているだけで不自然には思わなかったはずよ。

思っていたより引くときに力が必要だった分、あなたのたくましい足の

筋肉も重力で一瞬にして切断できたようね。

命までは奪わないわ、見つかるまで静かにしていなさい」


 動けないようにだけしといた。

それは男にとってどういう意味となったのか。

救われたと思うか、恥だと思うか...少女の優しさはもしかしたら今の彼には

残酷であったのかもしれない。


「...何を探している...鎖鎌以外こちらには届いていないぞ...」


男は立てない。


「...!?...リュックがあったはずなんだけど...!」


男の言葉にイアは驚愕を受けた。

リュックはどこに行ったのだ。


「もしかしたら...ここへ届けてる連中が隠し持っているんじゃないか」


男は何故か教えてくれる。

嘘かもしれないと思うも、少女の瞳に映る男の瞳はそう思わせなかった。


「ありがとう...あなた優しいのね」


素直にそう言った。


「それは言うな...妻子がいる。

もし命を奪われたらもう2度と会えなくなってしまっていた。

それに...大長老がある連中を雇って森に入った旅人を襲ったり、

物を奪ったりと悪さをしているのはなんとなく気付いていたのだが...

俺はバカで力しかない。

なのに妻にも娘にも...恵まれてしまった...美味しいものを食わせてやれる金が

...幸せにしてやれる金が必要なんだ...。

それには大柄で...不器用で...有り余るほどの力の俺を雇ってくれるところは

この場所しかないのだ......俺だって...本当は嫌だ...」


 男は30代後半ぐらいで、愛しい者達を守る術はこれしかなかったのだ。

守り方は綺麗だといえるようなものばかりじゃない。

時にそれは、他人からしてみれば偽りの殻を被った悲しいモノのようにも思える。


「おじさんは優しいのよ。

家族を守りたいって気持ちがなければ、そうやって涙なんて流せないもの」


少女の言葉で男はふと気付いた、涙が止まらなくなっていると。

言われるまで気付かなかった。

男には不思議でたまらなかったが、自分はこれほどまでに家族を愛していると

再認識させられた。


「愛って素敵なものね。

イアには一度もそんな気持ちになったことなんてまだないわ。

でも、愛が素敵なものであってもそれを成り立たせている行為、行動が自分の

本心じゃないのなら、それは『素敵』って皮をかぶった偽りよ。

そんな偽りなんて捨ててしまいなさい。

はっきり言ってあげるわ、今のあなたが愛を成り立たせているのは

『仕方なく』っていう妥協よ。

自分のやりたい事をやって何が悪いの?あなたの人生でしょ?

そこに妥協なんて必要ないわ。自分の好きなように生きなさい、

元クルーシア兵」


 クルーシア。

それは王都クルーシアの事であり、このイリミルの森よりも遥か北にある。


「...!?...何故その事を...!」


男は目を見開いた。


「その薄い服きれの隙間から肩から腰にかけてある大きな傷が見えたわ。

それは10年前のクルーシア内で起きた内紛により負ったもので、

立つ事もままならない状況で崖から落ち死んだと思われていた...

クルーシアの闘将ダモス・ヘデヴフィンだという証拠でしかないじゃないの」


闘将ダモスとは常に恐れられ、いくつもの伝説を打ち立てた男だ。

知らない人などいないだろう。


「..!そうだ俺はダモス...さっきは小娘などと言ったり、襲い掛かって

すまなかった...君は一体...」


筋を抉られるほどの傷を忘れるほどに今は目の前の少女が興味深かった。


「命を賭けた相手を忘れるなんて......イア・ネイラーデ。今現在も続く、

王家の娘はあなたの記憶からは消えているってことね」


 ここでまた新たな真実が発覚した。

イアはかつて世界を滅亡へと導いた戦争を引き起こした、あの王家の末裔で

あった。


「イア様...!ええ...!忘れるはずがないじゃないですか、まさか...こんなに

ご立派な女性に成長していらっしゃったもので...どうぞご無礼をお許しください!

ですがご無事であったとは...」


ダモスはその痛々しい足の痛みなど気にすることなく、すぐさま服従の姿勢を

とった。

イアはダモスの傷に触れると、


「この傷はイアの事を忘れていた罰だと思い、受け止めなさい。

止血はしといてあげるわ、3日ほどで治るはずよ。そしてこれからその命が

尽きるまでイアに仕えると約束なさい。

こんなところの見張り役だなんて恐怖で恐れられていた過去を捨て、家族を持ち

、優しさを手にした今のあなたには似合わない。盗人に優しくするなんて失格よ。

人を守る仕事をするならその優しさはイアのために使ってちょうだい、

そうなることをイアは望んでいるのだから。

余裕ができたらご家族の事もちゃんと考えておくわ、勿論あなたの事も。

そしてこれは半強制よ。

できればすぐにでも答えが欲しいぐらい今は時間がないのだけど」


男は涙を拭うと


「いつ、いかなる時でも我が主君はイア様であると誓います...!」


その声には間違いなく残された人生への希望が満ちていた。


「ですがイア様...やるべき事とは...時間がないとはどういう事です?」


彼のその問いに、


「イアは王家の娘であることが嫌でしょうがなかった。

どうしてイアの運命を今の王の権力によって決めつけられなきゃいけないの...?

生きる理由を探すべく家を出て、ここで最近とある一族の末裔に出会った。

その一族はイア達、クルーシアで生まれた者には敵であり、残酷で、心のない

悪魔のように教えられているけれどそんなのは偽りであったのよ。

温かく、優しく、人想いで弱さもあって、イア達と何もかも同じなの。

権力とはなんなの?人の人生さえも操る呪いなの?なんで人の人生に口を

出せるの?...偉い事って卑怯ね。何もかも自分の思い通りにいかなきゃ気が

済まないなんて、欲張りできっと誰からも本当の信頼を任されないわ。

イアは生きてる以上、人の意見にも耳を傾けて信頼される姫になるために、

世界の本当の姿、闇から逃げないでこの目にしっかり焼き付けてから

クルーシアへ帰る。

けど今、男の子がきっと助けを必要としているの、母親からもその男の子への

お言葉を頂いているわ。それが今のイアの全てよ」


未来の若き善良な姫の話を聞いたクルーシアの闘将は一礼をすると、


(ご立派になられて...救われたこの命でイア様の未来を救う)


そう誓ったのだった。






 場面が変わる。

ここは空の上、いや竜の背だ。

ヘリサにイアという少女の事を何もかも教え、見逃さないよう目を凝らして

赤髪の少女を探していた。


「イアさん...どこだ...」


今は少し外れた森の中から間もなく大長老の屋敷で、そのまま集落のほうへ

少女を探しに戻ろうとしていた。


「アルディア様!トーダスが人の目では見えないけど、すぐ真下で赤い髪の

少女が大柄な男を担いで走っているらしいとテレパシーを送ってきましたが

いかがなされますか!?」


 トーダスとは二人を背に乗せているヘリサの竜だ。

大地を司った神龍の血を継ぐアースドラゴンで、龍には及ばぬ戦闘力でも土や

木々から情報を得たりできるようだ。


「え!?真下に!?...もう少し高度を下げて...!」


トーダスは木々の少し上を滑空した。


「...イアさんー!?」


その叫びに返答はない。

と思ったその時、何か甲高い音が集落のほうから聞いたのと同時に、


「アルディア様!前方がーーー!」


ヘリサの驚きの混ざったような声に反応し前を見ると、

集落があったと思われる方角から猛烈に吹雪いてくる。

そしてその方角からとてつもない速さで辺りの森は凍り始めてきていた。


「このまま行けばイアさん達は...ヘリサさん!降りるように伝えて!」


アルディアはそう伝えるも


「トーダスが木々達から反応がなくて降りれないとのことです!」


この集落の木々は葉が鋭く、防衛時には役立つが降りるのは危険であった。


「くっ!どうすれば!!!...イアさぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


拳を握りしめ、大きく叫ぶ。






ふと赤髪の少女は天を見ると微笑んだ。




 その叫びは少女へ届いたのか、凍てついた集落の真相とは...。


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