裏切りの血。
裏切り。
それこそ「罪」といえるのではないかとアルディアは思った。
「だからラークに住めなくなって、この集落に移ったんだね。
それが『よそ者』と呼ばれる理由だったんだ...」
悲しみに肩をすくめ、椅子に腰を下ろす。
母の話はまだ続いた。
「アルディア、違うの...それは関係ないの。
このイリミルに住む、ほとんどの人は残った血筋を継ぐ、一族の正統な継承者達。
特に大長老様は初代の長老様からの血を継ぐお方。
話を戻すわね?ラークの門は中から操作しない限り、入れない事を分かっていた
女達はひとまず安全な場所を確保するために歩き出し、砂漠を超え、この森で、
いつかラークを取り戻せる日が来るまで定住することに決めたの」
この集落はラークがあった場所から砂漠を超えた先にある、森の中の
「イリミル」という場所らしい。
だが、それでは何故母親と自分だけ「よそ者」扱いさればならないのか、
疑問に物静かなアルディアにも苛立ちがみえてきた。
「ならどうして、僕達だけが差別されなきゃならないんだよ!?
僕だってみんなと仲良くしたいよ...賑やかに遊びたいのに
誰も相手にしてくれないんだ。
誘ってもくれない...それがすごく悲しい...寂しいよ!!!
みんな僕をいい子だって物静かだっていう...賑やかになれる存在が
いないんだ...。
差別されていいことなんて何一つない。
心の底から思い知ったよ...母さん...」
アルディアは涙を流した。
母親の瞳からも涙が溢れ出る。
いい子であり物静か...それは偽りだった。
小さい頃から我慢していたことで、周りにはそう接するしかなかった。
「それは仕方のないことなんて言うのは私も悪い母親ね...。
アルディアは何も悪くないのよ...。
悪いのは...私なの...私があなたを産んでしまわなければ、
きっと差別なんてされなくて済んだわ。
他の家庭の子に産まれてたら幸せな人生を送れたはずよ...って本音で言えるの
なら心が少しは楽なのかもしれないわね...」
普段涙を見せない、強い母がついに泣き崩れた。
その光景がアルディアの心に深く突き刺さる。
が、残酷な運命はアルディアに心の整理がつくまで待たせてはくれなかった。
「寂しかったの...ずっと一人だったの...。
私のお父様、お母さま、あなたのお父様は大長老様は役目があるゆえに
遠い場所に旅に出てもらったなんて嘘をつくけど、私にさえ知らせず
この場所を追放された後、数か月追われた後に無惨に死体となって見つかった
らしいわ...。
それからずっと差別と言う名の呪いを一人でずっと背負ってきた...。
それは辛かった...だから支えがほしかった...愛が、愛しい我が子が
ほしかった...だからあなたが産まれてきてくれた事は...人生で一番...
嬉しかったのよ...?
私が貰えなかった愛情を、あなたには全て注いで愛してきたわ。
勿論今も、これからも愛してる...アルディア...」
強い母。
それもまた偽りであった。
母も辛く、残酷な人生を耐えていた。
自分が一番悲惨だと思っていたアルディアはもう言葉も出ず、
ただ止まらない涙を流すことしかできなかった。
「...受け継いでいるの...一族を裏切った、あの男の血を私達は...」
信じたくない、いやだ、いやだ。
とアルディアは自分に流れる血が汚らわしく思えた。
「どうして...そんな...なんでその男は助かって、勇敢に抗ったみんなは
死ななきゃいけなかったんだよ...神龍様はなんで助けてくれなかったの!?」
もう全てが最悪だ、きっとこれからもずっと最悪な人生を歩む、そう思った。
そして神龍という存在に怒りを覚えた。
「神龍様を恨んじゃだめよ...恨むなら私を恨みなさい...」
母は恨みの対象を自分へぶつけなさい、と言ったがそれはできるはずがない。
この青年は生まれてからずっと、寄り添ってくれる存在は母しかいないのだから。
「その男がまだ幼い頃の話...」
母の話に邪魔が入る。
「その男の話はもう聞きたくない...!僕は僕で、母さんは母さんだ...。
その男は恨むけど母さんは大好きだ...もうそれだけで十分だよ...母さんが
いればそれでいい、ずっと...」
もはや爽やかなイメージとはかけ離れたような、憎悪で満ちた顔で少年はそう
言い放った。
「それは甘えよ...私にだっていつか終わりが来る。
その時にあなたが一人ぼっちにならないように、あなたを支えてくれる人達を
見つけなきゃだめ。
大好きって、初めてアルディアの口から聞けた...もうそれだけ満足よ?
私はあなたが産まれてきてくれたおかげで今がとても幸せ。
だからもう少しだけ私の話を聞いててほしい」
母はとても幸せそうな顔だが、どこか儚くも感じた。
「あの男がまだ幼い頃、神龍様に「希望」と称された事があったらしいわ。
それが関係しているのかは分からないけど、彼は神龍様から「竜言の愛」
を授かっていたみたいね。
竜言の愛っていうのは竜の声が聞こえること。
それが聞けるのは産まれた時から神龍様に何らかの祝福を受けた存在で、
生まれて間もない時から命が尽きるまでずっと聞けるらしいわ。
ただ、きっとどこかで道を誤って、心が荒れてそういう存在になってしまったの
だと私はそう思う。
最初から悪い人なんていないわ、人を愛せる人は人を裏切ったりしない。
だからアルディアにはその人の分も、多くの愛で人を救えるような大人に
なってほしい。
心で救い、想いで繋ぎなさい...あなたを愛してくれる存在を。
そしていつかあなたの血は希望の血筋だと証明するの。
アルディアならきっとできるわ。だって私のたった一人の強くて、
愛しい我が子なんだから」
母の笑顔は美しく、その瞳は常に我が子の未来を模索している。
だからこそたとえ茨に遮られていようが、アルディアにとって意味をもつの
ならあえてそこに道を作る。
それが残された母としての時間の役目なのだ。
そして、
「守る事は罪...そう言う男がいるのなら僕は裏切る事が罪って、
そう言えるような男になる...母さんも僕自身も誰にも奪わせない。
守り切ってみせる!」
子も偉大な母に応える。
その瞳はたくましく、覚悟を決めた男の顔であった。
そして場面が変わり、ここは日照りが強い。
おそらく「迷いの砂漠」か。
一人の少女が歩いている。
「暑い...どこまで続くの...」
赤髪のミディアムぐらいの髪型をした、どちらかといえば小柄な少女だ。
「オハ...ヨウ」
どこか近くから、声が聞こえてきた気がした。
「誰!?姿を見せなさい!」
振り向くと、自分が歩いてきたはずの道に一つの卵がおいてあった。
「足跡の上に卵を置くなんて...素晴らしい気持ち悪さね」
「ラノチ...ドコ...」
見つめていた卵から放たれた意味不明な言葉に、少女の思考が停止した。
謎の赤髪の少女と言葉を放つ謎の卵、2つの謎が一つの運命を紡ぐ。