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紡がれし罪の血と偽りの  作者: サン
災厄のパズル
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これから先を。






 変わってしまった未来のほんの少しを。






 「おまえさん、アスルペだねえ。

よくもまあお前ほどの龍がどんなことが起きればこんなにも血を流して

倒れてるんだい、全く。

争いが起きているっていうから来てみればこれだ......本当に嫌な世界になっちまった、

生きにくいったらありゃしない...。

さて、帰ろうかい...アスルペ」


ここは数時間前アスルペが暴食と色欲をその場から動けないように足止めして

いた場所だ。

だが暴食と色欲の姿はなく、全身血だらけになったアスルペと彼女の顔の前に

佇む一つの人影だけがどこか哀しげな背を見せていた。






 「...アルディア様!アルディア様!?...ご無事ですか!

アルディア様!!!」


場面が変わるとサクリがアルディアへ問いかけていた。


(血は止まっているけど傷がひどい......けどこれは何...?傷跡が治っている。

誰かが手当てをしてくれたということ?

...それにしてもクルーシア兵はどこへ...このまま残していくとは到底、

思えない......)


サクリはアルディアの傷を見ながら考えていた。


(アルディア様は微かに息がある、ならまだ大丈夫なはず......あ、誰か来る!?)


少し離れたところから何者かの声が聞こえてくる。

それは数名いるようだ。


(...皆は救えない...ならせめてアルディア様とイアさん......

いや間に合わない、ごめんなさい、イアさん...アルディア様をどこか

奴らに見つからない場所へ...)


なるべく若い者達を救いたいと思った彼女だが二人を担げるほどの力は

サクリにはなかった。

それならばとアルディアを背負い、サクリは声が聞こえてくる方向の逆側にある

森の中へ急ぎ足で向かう。


(皆どうか、ご無事で......必ず私は助けに来ます!)


サクリは森の入り口らへんまで来ると一度立ち止まってイア達のほうを向きながら

心の中でそう言い、再び足を動かす。

だが、


(...冗談でしょ、全方向から声が聞こえてくるように感じる......どこに行けば

いいの...)


サクリは焦っていた。

自分の命よりも大事なもの、つまりアルディア・ライドを死なせてはならず、

彼をどこかへ隠さねばならないと。

だが幻覚でもなく、間違いなく全方向からクルーシア兵であろう声が聞こえて

いた。


「...うッ...!」


駆け足で森の中を彷徨っていたサクリの足に何か痛みが走り、よろめく。

だが背のアルディアにこれ以上傷を増やさせないと前のめりに倒れ、

アルディアへの衝撃は和らげた。


「...こんな時に!」


靴の裏を見ると何か太く、尖った木の破片のようなものが刺さっているが、

ふと耳を澄ますと声は間違いなく近付いてきている。


(...早く抜かないと...)


彼女はアルディアをそっと仰向けになるように地に降ろすと刺さった物を抜こうとする。


(...つッ!抜けろー!お願いだから早く抜けてよ!!!)


サクリは痛みなど気にせず、血が溢れようが素早く抜こうとした。

だが中々抜けず、どこか引っかかっているようで力をいれるたびに

肉が裂かれるような痛みも彼女を襲う。


(...私なんてどうでもいいから...どうかアルディア様だけは...!)


そして勢いよく引き抜き、

じわじわと痛みに襲われるがアルディアを背負って再び歩み始める。

すると、


「アルディア・ライドがいなくなっている!!!

氷龍と戦っていない残りの者達で付近を捜索せよ!

まだあれから時間は経ってない...あの傷では遠くへはいけないはずだ!」


突然、クルーシア兵と思われる叫び声が聞こえてきた。


(...私が捕まったらアルディア様の身も危険に晒されてしまう、そんなこと

には絶対させない!アルディア様の運命は私にかかっているも同然なら

必ず逃げ切ってみせる!)


痛みからかサクリは汗を流しながらもその足を止めない。

背に皆にとっての希望を抱えている以上、何があろうと捕まりたくはなかった。


「...うッ、おえぇ...ごほごほ...」


だが突然胃の中の物が逆流してきて彼女はまたもや前のめりに倒れ、吐いてしまう。


(...そんな、目が...)


サクリの視界は揺れていた。

疲労、または傷のせいか、ひどいめまいや吐き気に襲われたのだ。


「...うえぇぇ...げほげほ...」


思っていた以上に彼女の体力は限界まで来ている。

そんな状況でも背のアルディアを落とすまいと自分からあえて前のめりに

倒れこむ彼女のメンタルはかなりのものだ。


「...血痕を見つけた!!!おそらくアルディア・ライドのものだろう!

こっちに来い!痕跡を発見した!遠くの仲間にも伝えろ!!!」


クルーシア兵の叫びが聞こえる。

血痕、その言葉にサクリはもう一度素早くアルディアの傷の具合を確かめる。

だがどこにも滴るほどの血は出ておらず、傷口は塞がっていた。


(...よかった、アルディア様のではない...クルーシア兵がその血痕に

惑わされてるうちに少しだけ息を整えておこう...)


そう思った彼女は安心感から地に座り込み、疲れた足の裏を揉みほぐす。

だがその瞬間気付いてしまった。


揉みほぐしていた手は濡れていて自分の足の裏を見てみると血が未だに溢れて

いた。

アルディアを逃がすことに精一杯で先程太く鋭い木の破片が刺さったのを

抜いた後、傷を負ったほうの足だけ靴も履かずに駆け出してしまっていたのだ。

急いだのが裏目に出てしまったと彼女は嘆き、俯く。


「私の馬鹿...!なんて馬鹿なの...!?...ごめんなさい、ブルード...

私、とんでもないミスを...皆の希望を...あ、アルディア様!」


サクリは自分の馬鹿さに呆れ、涙を流す。

だが今はアルディアがいる事に気付き、せめて彼だけはと彼女は近くの

木の幹を手で剥がし始める。

自分の爪が剥がれ、血が溢れようがもうそんなことは気にせず、自分の爪よりも

大切なアルディアをそのくぼみの中に隠そうと考えた。


(...アルディア様だけは、アルディア様だけは)


泣いてる時間などない、ただ木の幹を剥がすだけに集中する。

いつのまにか涙が止まるほどに夢中なのだ。


(これぐらいなら...アルディア様!)


サクリは素早く、太い木の幹を剥がしてできた長方形のくぼみにアルディアを

なんとか隠そうと力ずくで押し込む。

多少アルディアに傷ができようとおかまいなしだ。


(...アルディア様が助かればいい)


と。

ただそう思い、くぼみに収まったのを確認すると落ち葉や落ちていた木の破片

などで何とか彼の肉体を隠そうと敷き詰めた。

幸いにも風は吹いておらず、アルディアの肉体は全て隠された。その後、彼女はそのくぼみの部分に背で寄りかかるように座り、輝く月を見上げた。


(はぁ...疲れちゃいました、アルディア様...。

ちょっとだけ休憩がてらにお話しをさせてください。

もしも私が生きていたら、生きるということを諦めようとした事について

たっぷりお説教も受けます...。

だからどうか、アルディア様は生き残ってください、

生き残っている騎士兵達をどうかあなたの強き意志でお導きください。

皆いい人達ばかりです...私もまだまだアルディア様のお傍にいたかった、

本当にそう思ってるんですよ?あなたはまだまだ若く、未来もきっと

この月のように輝いている...アルディア様は気にしているようですが

人の上に立つ事に年齢なんて関係ないんですよ?

ついてきてくれる者達を救える心、想える心をあなたは持ち合わせている。

アルディア様の選択がついてきてくれる者達を救い、それは結果として

正しい選択だと自分自身で証明した。そしてアルディア様の想いは優しくて、

温かくて、自然と私達の心に入り込んできていて、いつのまにか家族の

ように包み込んでくれていた。

それを気付かない人も多いんでしょうけど、いつもそれを傍で見ていて私は

思ったんです......幸せだなって。

だからあなたの想いにも結果としてついてきてくれる者達を幸せにする力が

ある。人の上に立つ存在にとって必要不可欠なものを既にお持ちになって

いるアルディア様を、私達の強きリーダーを、未来ある希望をここで失う

わけにはいかないんです...だから私は今から約束を破ります、どうかお許しください。

アルディア様だけは命に代えても守って見せます!)


サクリは立ち上がると深呼吸をして、俯く。

その頬を何かが零れ落ちたように見え、いつのまにか周りには10人ほどの

クルーシア兵が彼女を囲んでいた。






 月の下で滴る一粒の滴。

それは希望を救えた事の喜びとなるのか、または死への絶望となってしまったのか。


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