真意。
闇が終わった時に残る物とは...。
「...どうした?」
老人はふと月のほうを向いたザイスに声をかける。
(...誰かに呼ばれた気がしたが...)
ザイスは何事もなかったように老人と目を合わせた。
「...あぁ...そうかい、早くここから出たいんだろ?
竜のお前さんにとっちゃ狭くて辛いだろうな...」
老人はそう呟きながらザイスの額に手を当てる。
(僕が強ければこの人達を連れてすぐにでも出て行きたいんだけど...
申し訳ない)
ザイスは高い声で鳴きながら彼の手を額で受け止めた。この檻自体は竜でも
すぐに壊れそうだったが、外には電流の流れている壁のように大きい柵があり、
そこできっと捕まってしまうとザイスは考えていた。
「...無謀なことは考えなくていい...。それで命を落としたら勿体ねえからな、
少しずつ的確に行こうや...」
老人は竜の真意を見切ったように視線を合わせながら言い、彼の優しい瞳に
ザイスも少しだけ心が落ち着いた気がした。
「これは...ボロッくっせえ弓だな...」
場面が変わるとグレムとサクリは祠にポツンと置いてあった弓を
見つめていた。
「確かに古いけど...いい弓よ、何で作られているのかしら...」
サクリは興味深そうに色んな角度から見たり、感触を確かめている。
「...おい、これ何て読むんだ...?」
グレムは弓が置いてあった台のような物に何か文字が彫られてあるのに気付いた。
「...本当にバカね...文字も読めないなんて呆れ...確かに読めないわね...」
その文字はレイディアで使われている文字とは違うようでサクリでさえも
読めなかった。
「...誰かーーーっ!ヘリサ様とイアさんのいる班に奇妙な物を見つけたと
知らせてくださいっ!!!」
サクリは少し離れたところで見守っていた仲間に叫んだ。
騎士兵の2名がヘリサ達の班とイア達の班まで伝えに行った。
それから少し経って、全班が集結する。
「ヘリサ様、イア様、この文字をどこかで見た事はありませんか?」
サクリは台の前に二人を連れてきて問う。
「...私は見たことないわ...全然分からない...」
ヘリサがそう答えていたその隣で、イアは目を見開き驚愕な表情をしていた。
「...『我、ここに神から預かりし弓を残す。
最愛の息子、アルディア・ライドへ』と書いてあるわ...
それに文字を彫られたのも最近のようね...」
イアの言葉にその場の時間だけが止まったように皆第一声が出なかった。
「...母さん...?」
最初に口を開いたのはアルディアであった。
「...アルディア様、おそらくアルマ様は生きておられます。
トーダスにイリミルの集落へ出向かせたのですがアルマ様のご遺体は確認
されず、逃げたような痕跡が残っていたとの報告を受けていました...
ただ確信がないので言わずにいたのですがやっと言えました、
隠していた事お許しください...」
ヘリサは膝をつき、服従の姿勢を見せた。
「...母さんが生きているならそれでいい...謝らなくていいんです、
きっと僕のためにそうしてくださったんですよね」
アルディアはそう言いながらヘリサを立ち上がらせる。
「...イアもアルディアさんのお母様に会いたいわ...」
イアやサクリが涙ぐんでいて、騎士兵達もホッとしたような表情を見せた。
「アルマ様はくたばったりしねえよ...俺が憧れてんだ、今はどっかで
体休めてるだけだっ!」
グレムは強がりながら言いつつも涙ぐんでいて、騎士兵達に笑われていた。
アルディアの父はアルディアが幼少期に亡くなっていて、あの文はアルディア達
にとって母であるアルマが書いた事の証明であった。
「あの電流は...」
場面が変わるとアスルペは大きな柵の付近まで来ていた。
「騒動を起こせば止まる...それに賭けるか...賭け事は嫌いなんだけどねー」
そう言いながらアスルペは尾から出し始めた毒を風で柵の入り口まで運んだ。
すると、近くにいた警備兵であろう男達は皆倒れ始めた。
「...っ!?...何が起こっている!?兵長を呼んで来い!」
遠くから見ていた男は兵舎のほうへ叫ぶと小太りの男が出てくる。
「...俺が様子を見てくる!電流を止めて、入り口を開けろ!」
小太りの男は兵舎の中にいた男達に言うとすぐに柵の電流は止まった。
「...こんな真夜中になんだー?何もいね...」
男はキョロキョロ見渡した途端、突如倒れた。
「...兵長ーーーっ!!!お前ら、戦闘準備だ!」
兵長の倒れた光景を見た男はそう告げ、数十人の男達が柵へ向かっていく。
「誰だーーーっ!?今すぐに出てこいっ!!!逃げられはせんぞーーーっ!」
一人の男がそう叫ぶと、
「...お前達の自慢の軍隊はどうした」
その声の覇気と軍隊がいない事を知っている発言に一瞬男達は怯む。
「...い、今は就寝中だーーー!早く立ち去らねば大勢来るぞ!」
男の頬を冷や汗が伝う。
「...それは結構...。
だが友と同志は返してもらうぞ」
男達は柵の入り口からどれほどの数の者達が来るのか銃を構えていた。
「そっちじゃない」
男達が声のするほうを向いた時には既に遅かった。
真上にいたその姿が目に入ると同時に息が苦しくなり、全身の血管が紫色になって
浮かび上がる。
「さてさてザイス達はどこかね...」
アスルペは呟くと向かってくるクルーシア兵達を見下すような表情をしながら
城のほうへ向かい始めた。
「...んっ?騒がしいな」
場面が変わる。
老人とザイスは外の様子が気になっていた。
「...ちょっくら行ってくる、何があってもお前さんを見捨てないから
安心しててくれ」
老人はザイスへ言うと外へ出る。
「今度は一体なんだ...?」
不思議に思いながら多くの警備兵が向かう方向を歩み始める。
「ケヴィンさん!」
老人は名をケヴィンという事が判明し、彼が名を呼ばれたほうを向く。
「...龍が攻めてきたとのことですがどうしましょう?前回の戦いで
会った龍じゃなければいいのですが...」
まだ20代ぐらいの短髪の男は心配そうに言う。
「...いや、おそらくあの龍だ!捕まっていた幼竜を解放するぞ!」
ケヴィン達はザイスがいた竜舎の隣に入ると、そこには500匹はいるで
あろう小さな竜達がいた。
「ザイスと一緒にいたのは...こいつらか...!ごめんな、お前らは今は助け
られねえ...いつか必ず王家とぶつかる、その時に必ず助けるからな!」
ケヴィンは10匹ほどのザイスと同種と思われる幼竜を抱えると、
残っていた幼竜達に告げ、竜舎を出る。
「貴様ら!何をしている!」
突然の怒鳴り声に二人は驚き、前を見ると前方に5名ほどの警備兵が待ち構えて
いたかのように立っていた。見られていたのだ。
「...こいつら調子悪そうだったので空気を吸わせてやろうかと」
ケヴィンが返答すると、一緒にいた若い男も頷く。
「メドリエ様をお呼びしてくる、お前達はこの2名を見張ってろ」
リーダー格の男が言い残して行った。
(メドリエはちとまずいな...)
ケヴィンは唇を噛みしめながら悩んでいた。
「ケヴィンさんっ!行ってください!!!」
突然若い男がケヴィンの背を強く押し、警備兵達を追わせないように
立ちはだかる。
「...おいっ!...あぁっ...!」
ケヴィンは無謀だと思い、自分も残る気だった。だが、若い男が自分のために
ぼこぼこになっても追わせないように立ちはだかる光景を見て、その行動に
至った覚悟とその覚悟によって作られた時間を意味のない物にはできないと
悔しくもその場を離れる。
「...」
ケヴィンは泣いていた。
老人である自分なんかを救ってほしくはなく、自分は弱く
仲間が一方的に殴られていても助けられないと思っているからだ。
ドゴオオオオオオオォォォォン!!!
だが突如、騒ぎを起こしている者があの時の龍だと信じて俯きながらも小走りで
向かっていたケヴィンの視線の右側のほうで急に何か爆音がして土煙が
立っていた。よく目を凝らすと竜舎の入り口付近が大破していて、目の前に彼は
いた。
(...弱くて何もできない...なんて言い訳はもう散々だ。
そうだろう?...ご老人)
そう思った彼の姿は日の出に包まれ輝いていた。
彼らは弱くはなく、絆がお互いの答えを導き出す光となる。