表と裏。
「...私の眠りを覚ました原因はお前か」
不気味な龍が消えた場所を見つめつつ、アスルぺは呟いた。
すると、
「アスルぺ様ー!どうかしましたか!?」
と追い付いてきたトーダスが止まっていたアスルぺを心配した。
トーダスには何も見えていなかったようだ。
「いや、今宵の月は綺麗で少々眺めながら羽を休めていたのだ。
私はもう行くが疲れているのなら月でも眺めて休んでから
追ってくるといい」
そう言い残し、アスルぺは再び羽を動かした。
アスルぺが飛んでいくのを眺めながら、
「トーダス、疑問なんだけどどうしてアスルぺ様はあんなに速いの?」
ヘリサが疑問をぶつける。
「...いかにも僕が遅いような言い方をするね...。アスルぺ様は
纏ってる風を追い風にもできるから速いんだろうという予測だ。
気になるのなら時間ある時にでも聞いてみるといい」
呆れ顔でトーダスは答えた。
「それにしても羽を動かさなくても落ちないとは便利な生き物ね、
イアにもその能力を分けてほしいわ」
とイアも疑問を口にすると、
「休憩は僕への質問責めかい...まぁいいけど。
竜でも翼を持っている竜なら空の上で羽を動かさなくても
その場に留まる事ならできる。
動かなければ羽を休める事も可能なんだよ」
ヘリサがトーダスの返答をイアに説明すると、イアは興味深そうに
羽を撫でた。
「...で、次はアルディア様のご質問かな?」
トーダスはアルディアの方を見る。
「...僕はないや...」
と視線を下にしてアルディアは言った。
その反応に、
「...それはそれで寂しい返答だけどアルディア様には
アスルぺ様がいるからねー。聞きたい事があれば彼女に聞いたほうがいい、
僕より物知りだし仲を深めるためにも」
トーダスはヘリサのほうを向きながら答えた。
「ありがとう」
青年は小さく何故かそう呟いた。
「さて、そろそろ行こうか」
竜は羽を最大限に開き、その翼を動かし始める。
ヘリサはアルディアにトーダスの言った事を説明し、
ふと見上げると月は黄金色に輝いていた。
場面がダモス達のいる村へと変わる。
ダモスは民間人の避難場所へ出向き、無事を確認していた。
多少の犠牲は出てしまったが半数以上は無事であった。
だが恐怖で精神的に追い詰められている者ばかりで戦闘の場に
いなかったのは幸運だったと感じ、もし騎士兵とは敵対関係にあり、
かつてライド一族と争った王家の息子がまたも血を絶やしに来たと
知ったらきっと無傷では済まないだろうと感じるほど見ている事さえ
辛い姿だった。
「アルディア様達は無事だろうか...イア様...。
ひとまずロイ様を皆で弔い、まだ動ける者は2回目の霧が出た
方向へ向かう!
ついてこれる者はいるか!?」
ダモスが周りにいる騎士団の状態を見ながら確認した。
「肉体的にはほとんどの者が動けます!
こんなんでへばっていたらロイ様に叱られてしまいますから!
なぁ、皆!」
1人の30代ぐらいの騎士兵が元気にそう言うと、続々と
座っていた者も立ち上がり、ダモスの前に整列しまだまだやれると
行動で証明してみせた。
そしてロイを弔い、その後は民間人に頼んで村を後にした。
騎士団を従え歩きながらもダモスは気になる事があった。
霧のことだ。
クライズに霧の事を聞いた時に彼は襲いに来た事は認めても
霧のことは答えず、たまたま霧が出ていただけだろうと
いった表情をしていた。
ということは1回目に霧が出た場所へ行ったアルディア達は
その霧を操っていた者を倒せたとしても、2回目に霧が出た場所は
気付いていないはずだとダモスは思った。
何故なら村を挟んだ形で霧が出るのだから2回目の霧は村にいないと
気付けない。
ましてや村から1回目の霧の場所もそれなりに遠いのだからそこまで
霧は届かないのだ。
だとしたら間違いなくこの先に「何か」がいる事を覚悟する。
場面が変わるとアスルぺは村の付近まで来ていた。
「...うーん、変だな。静かすぎる...霧は晴れてるから無事なら
月の下で騎士兵達は勝利の美酒でもしながらわいわい賑やかにしてるもん
だと思ったが...」
と呟くとただでさえ速い飛行速度を更に上げる。
村に着くと思っていたものとは違う光景が目の前に広がっていた。
大きな炎を囲んで人だかりができている。
「そこのご婦人、ちょっと話を聞いてもいいだろうか?」
アスルぺは近くにいた20代後半ぐらいの女性に話しかけると彼女は
一瞬驚いたような表情を見せ、
「うわっ!初めて龍を見たので驚いてしまったわ、ごめんなさいね。
昼間村に来てたと噂の龍さんね、どうかしましたか?」
アスルぺは驚かせて申し訳なさそうな表情をすると、
「驚かせてしまったことは謝罪するよ、申し訳ない。
で、戦いは無事に終わったのだろうか?皆はどこで休んでいる?」
と女性に聞いた。
「逃げ遅れた者を除いて民間人はほとんど避難していたんで詳しい状況は
分からないのですが...隊長のロイ様と民間人と騎士兵合わせて数十人の
犠牲は出てしまいました。
でもダモスさんという大柄な男性が騎士兵と共に戦ってくださった
らしくロイ様を殺した王家のクライズを追い払ってくれました。
...それで今は民間人でロイ様の火葬を、騎士兵達は2つ目の霧の
出た場所へ向かったそうです」
ロイの死や、2つ目の霧という言葉にアスルぺは嫌な予感はこれらの
事かと思った。
火葬に目を向けると炎を見つめたアスルぺの動きや思考が数十秒間止まり、
それを見た女性は頭をかしげた。
「ちなみに2つ目の霧の場所はどっちか分かるかい?」
その問いに女性は、
「たしかあっちへ向かったと思います」
と言って1回目の場所とは真逆を指差す。
その方向を見たアスルぺは、
「...真逆...だから村にいた者にしか気付けなかったわけか。
ご婦人、ありがとう」
そう言うと天高く舞った。
そしてこの戦いには裏があり、誰かが仕組んでいると思った。
老人に術式をかけ操っていた存在は身近にいたと。
全ては表と裏。それを知ってしまうと心には哀しみだけが残るのだ。