正体。
「死者だ」
そのアスルぺの言葉に3人は言葉を失い、今のヘリサの瞳から希望は
かき消されていた。
「アルディア、どうする?」
龍は青年に指示を求めた。
「降りれるのなら降りたい...けどあの器には警戒しつつ頼めるかい?」
青年の言葉に龍は風を纏い、地へ降り立つ。
それを見た老人は笑顔で、
「ヘリサ、お帰り...パパだ...!こっちへおいで!」
老人は言葉を発し、ヘリサに手招きした。
3人は自我があることに驚愕するがそれを見たヘリサは、
「...お父さん...!」
一番最初に龍の背から駆け下りて涙ぐみながら老人をそう呼び、
アルディアとイアは彼女の老人への呼び方に驚きを隠せなかった。
ヘリサが老人の方へ駆け寄ろうとしたのを見たアスルぺが、
「悲しい事だ...だが自分を見失ってはいけない」
と呟いた。
すると、自分の周囲に漂わせていた風でヘリサを包み、
連れ戻そうとしたのか彼女に対して強烈な向かい風に変わったのと同時に、
「ヘリサ...!それに近寄るな...!」
突然、空から声がしてその声の主は老人とヘリサの間に遮る形で
降り立つ。
トーダスだ。
「トーダス...!お父さんよ...!」
ヘリサはトーダスに言うが、
「それはもう死んでいる。
お前の父親である大長老、コーカス・ベーレではない。
術式で操られているだけだ」
その言葉にヘリサは一もう度老人のほうをよく見ると焦点が定まらない目で
不敵な笑顔を浮かべ、瞳は真っ赤に充血し、手足は何故か痙攣していた。
「アスルぺ様、我が主であるヘリサを守って頂いた事感謝しますよ」
トーダスはアスルぺに礼を言い、改めて名乗った。
この会話が聞き取れているのは今ここではヘリサだけだ。
「名は卵のままでも分かっていたが、大地を司る神龍の末裔か。
アルディアの身近にこんなにも頼もしい存在がいてくれたとは。
ずっと後をつけてきてたのには気付いていたが、それも主を想う心が
あるからだろう。
安心したまえ、アルディアを助けてくれる者達を人であろうと、
竜であろうと私は愛す」
アスルぺはヘリサとトーダスを見ながらそう言った。
トーダスは老人がすぐには襲ってこないか動きを確認すると、
「アスルぺ様、一つだけ気になる事がありまして、アルディア・ライドは
竜言の愛を授かりし者かもしれません」
トーダスの言葉にアスルぺは無言で頷き、ヘリサは一瞬思考が停止した。
「賢いな、トーダスよ...あとでゆっくり話でもしよう、
少々目立ちたがり屋がいるようなのでな」
そう言ったアスルぺの視線の先には老人がいた。
その老人の後ろで何かが動いている。
器の中が奇妙に泡立ち、中に入っている者が這いつくばりながら
溢れだすように出てきた。
液体から出た者は黒い瘴気を纏い、筋肉が異常に発達し始め、
トロールのような外見にどんどん変わっていく、もはや人とは呼べない
生き物へと姿を変えていった。
「皆、我が娘を嘘で口説く恨めしい人と龍達がいるようなのじゃ...
悲しい...!神よ...!我を助けてくれえぇぇぇぇぇ...!
...おお!!...取り返してきてくれるか...!さすが我が村の英雄達!
娘と龍は生け捕れ!他は殺してかまわん...!...
おお...トロールの完成じゃ!...成功体はなんと美しい...!
やっとだ...!この絶闇教本は素晴らしい...!神はいい者をくれた!」
老人はトロールを「絶闇教本」と呼ばれるもので作っていた。
そして彼が崇める神とは一体...。
と考えてる間に数十体のトロールが物凄い勢いで向かってきていた。
「イアの雷撃で片付けましょう」
イアが誰よりも前に出て、鎖鎌を構え迎撃態勢をとった。
だが、
「お嬢ちゃん、ここは私がいこう...絶闇教本、やはりまだ
実在していたか...だがまだ中途半端だ」
アスルぺはそう言ってイアよりも前に出ると、風を起こしトロールの
膝の部分を抉った。
イアはいいとこ取りされたとムスッとしていたが、老人は顔を真っ赤に
して、
「あの龍を狙え...バカ共!お前らの力なら余裕だろう...!」
と、怒りながらアスルぺを狙うよう指示した。
「アスルぺ様、僕も手伝いますよ」
トーダスがアスルぺに並んで言うと、
「トーダス、手伝ってくれるというのならアルディア達を乗せて
高く舞ってくれるかい?
トロールは人にとってはちょいとめんどくさい相手だから私が片付けて
しまうが、私の毒は竜にも人にもよくないのだ」
その言葉を聞いたトーダスは3人を乗せると飛び立った。
「トーダス、アスルぺは大丈夫なの...?」
ヘリサは心配するが、
「任せておきましょう、そのほうがイアも疲れなくて済むわ」
イアは気にしていなかったが、おそらくダモスがいたら
「イア様、さっきムスッとされていた気がしたのですが...?」
と言われる場面を想像して少々眉間にしわを寄せていた。
「アスルぺを信じよう...それしかない」
アルディアは背を見ながらそう言った。
だがトーダスの表情がおかしかった。
アスルぺの尾から紫色の瘴気が出始めると風がその毒を
トロールの元へと一瞬で運ぶと生気を吸い取られるかのように
顔から紫色に変色しながら干からびていった。
まるで呪いだ。
だがトーダスはそれを知っていた。
何百年生きてきた中で出会う事があるはずもないその存在の事を
忘れてしまっていたのだ。
遠い昔、ヘリサと出会う前に母から聞いた伝承。
「トーダス、我ら一族が100年に1回グラウンドアース様から
お言葉を頂くように神龍様は全て実在する。
ただ位の低い我らが他の神龍様に出会える保障なんてない、
何百年生きたとして1回でも会えればそれは幸運すぎることだ。
主にも恵まれなく、自分が何をすべきか分からないお前はアスルぺ様に
でも会えればいいのだが。
彼女の正体はその使命ゆえに歴史に記されることのない8番目の神龍。
オールクラウン様にも従わず自由気ままに生き、彼女の使命に関わりを
持つ者の元にしか現れんゆえに幻とまで言われている存在。
それが、
「龍の血と共に舞い、希望の民へ力を、絶望の民へ呪いを運びし者。
神に、人に問い、使命を与えし幻龍『アスルぺ・テミルス』」
8体目の神龍...それは本来現れるはずのない悲劇を告げる龍であった。