王の帰還。
彼らにとっての 「退く」という判断は恐怖を理由に逃げ惑う事にあらず、
いつしかその退かせた者達への反撃を狙うための準備期間を作るための行いである。
イアが両手を勢いよく引き抜くと、その場に女は崩れ落ちた。血が溢れ出る両目を両手で覆い、激痛に耐えているのか。周りにいる敵、味方関係なく誰もが彼女を見つめていたが、
「......ヴァイオレット...様...!!!」
クライズだけは咄嗟に駆け寄ろうと、目の前で剣をぶつかり合っていたグレムを
無視するかのように彼女の名を呼ぶ。
「おーっと、子守りの最中だろー?俺を無視して、行かせらんねーよ」
クライズの様子に気付いたグレムがニヤリと笑みを浮かべながら、道を
塞ぐように剣を突きつけた。
「ったくよぉ......いつまで経ってもお前らは力の差ってのが分かんねぇか!?
ヴァイオレット様が本気を出せばお前らは一瞬でやられるんだよ。
...だけどヴァイオレット様は優しいからなぁ、本気を出さずにお前らみてぇな
雑魚にも多少は俺らに勝てるんじゃないかって期待を持たせてやってんだ。
口ばかりは達者で...」
クライズはグレムの突き出した剣の先を人差し指で触れ、余裕のあるように
話していたが、
「......が...ぐあ...あぁ...うぅぅぅぅ!!!!!...あぁぁぁぁ!!!!!」
突然、倒れていた女がその場で発狂した。両目を覆っていた両手で長髪をむしるように
くしゃくしゃし始めるとその長い爪で頭皮が抉れたのかは分からないが頭付近から血が滴り、
床は少しずつ紅く染まっていく。
「...気品の欠片もない.....全身焼き焦がして土に還したほうがよかったかしら?」
イアはまだ多少ずきずきと痛む左肩を右手で抑えながら言った。
「アルディア様!」
女の異様な姿を見つめていたアルディアの名をサクリが呼んだ。
彼女は好都合な今の状況でアルディアに指示を求めた。
「...!...今のうちに退こう、全員俺とイアさんの後に!!!」
アルディアは周囲を見渡し、サクリの思惑に気付いたようにその好機を
確認すると仲間達へ叫ぶ。
「...おい!!!...よく聞けよ?今は見逃してやるが、この建物から一旦離れられても
お前らが逃げ切れる場所なんてこの大陸のどこにも存在しないんだからなぁぁあ!!!」
建物の廊下を駆けていく集団へ、クライズは怒りを込めた叫びを浴びせた。
本来ならこの場でアルディア達を皆殺しにする事も人数、力量的にも可能であるはず
だった。だがクライズ含め、ここにいる騎士団全てにとってヴァイオレットという女が
「アルディア達の前」でこれ程までに自我を失うような状態になってしまうという事は
絶対にあってはならない事なのだ。
(.....あいつらの前でこんな事に.....くっそ!!!危ねえ...あいつらがあのタイミングで
逃げずに、もし攻めてきてたら俺達はヴァイオレット様を含めて、全滅してたぞ...!!!)
クライズは槍を持っていない方の拳を強く握りしめ、未だに何か発狂している女を
睨みつける。彼はアルディア達を目前で逃した事よりも、ヴァイオレットという女の身に
起こった事に激怒していた。
場面が変わり、どこかの森の中を誰かが歩いている。
「.....約2日間探し続けてはいるが、見つからねえ気がしてきた!
ライド家と王家の争いでアルディアもいたって聞いたんだけどなー、信憑性はなし!」
その人物は片目に傷がついており、隻眼で中年の男性。
髪色は白髪で男性の割に背は大きくなく、瞳の色は宝石のルビーのように綺麗だ。
彼は何かを探していたようだが見つからず、愚痴をこぼしていた。
「....あー、暑い...酒飲みてえ...もう帰っていいかな、アイアス...。
久々に会ったと思ったら急用で物探ししてきてくれとは...人使い荒いよ、全く...
久々に人間界に戻ってこれたんだから休みてえー...女の子に癒してほしいー...
はあー...ん...?ん?んー!?あれは...!!!」
男は前方の木の根付近に何かが落ちているのを見つけた。
「.....あった...あった!!!とっくに誰かに拾われてると思ったけど...あった!!!
アイアスーーーーー!!!!!あったぞーーーーー!!!!!」
男はその何かを拾うと、それはアルディアが使っていた弓だ。余程嬉しいのか、その場にいないはずのアイアスの名を叫ぶ。
「誰もこの弓の価値を知らないおかげか...ただのボロ弓に見えるんだろうな。
...『神龍殺しの弓』だってのに......もしやアルディアも知らずに使っていたのか...?
まー、いいか...ひとまず帰って、ゆっくりしたらアイアスと合流だ」
小さめな声で呟くと、彼は嬉しそうにスキップをしながら森の中を駆けていくが、
突然の地鳴りにその場に膝をつく。地鳴りは止まず、それどころか自分のいる場所
めがけて地が割れてくる。
「.....めんどくせえ奴らに見つかっちまったか...おいおい、勘弁してくれよ」
彼は呆れたように言いながら、後方へ大きく跳躍した。その瞬間、
「おおおじしゃあああん!!!その弓は渡しぇましえぇぇぇぇんよぉぉぉぉう!?」
突然の地鳴りと共に地が割れると、「災厄を喰らう者」が姿を現した。
それは愛ゆえの、未来のために。




