犠牲。
そこには多くの人々の「理想」が詰まっていた。
そこに最初に住み始めた者達は考えた。自分達にとっての理想とは
衣食住に困らない生活か、競わないで生きれる世界か、全てを平等に
する事か、力や武力で他国に負けない事か...と、どれほど考えても中々
しっくりくるものが浮かなばい。
「きっと理想を手にするのも、見つける事も困難なんだ...」
西国にある程度人口が増えてきた頃、一人の男性が頭を悩ます。彼は
この国の王の側近。王のため、自分を慕う者のため、この国に住む者達が
より良い暮らしができるように毎日悩みに追われていた。
だが、悩みに追われながら過ごす中で気付けた事があった。
(...どんなに苦しくても、息さえできていればまだ生きれる未来はあった...
どんなに辛い時でも、それを乗り越えた先に待ち望んでいた未来がある事は
常に自分が一番よく分かっていた...どんなに寂しくても、今の世の中、
俺達は毎日一人でいる事のほうが少ないじゃないか...どんなに悲しくても、
その悲しみは決して悪い事ではないはずだ...家族や友の死、涙さえ出てしまう
程の『人という生き物とは相性の悪い出来事』は一人では受け止められないもの
だろう...だって俺達は人だから。きっとそれでいいんだ...それが人の
『理想』なんじゃないか...?どんな時も、どんなに苦しく、辛く、寂しく、
悲しくても、そういった感情で悩めることすらきっと幸せな事だ。争いの多い
土地では一時の感情や一瞬の選択だけで命さえ落としてしまう者が大半、
ならば俺達のような未来に頭を悩ます時間のある『幸せ者』は未来の平和も
武力等以外で守れる方法を模索し、この国に住んでいる皆が生きやすい国に
するために努めていこう。本当の不幸はそれぞれの好きなように生きている
中での望まぬ死だ...感情のまま力や武力で解決してしまおうという言動ほど
愚かで、醜いものはない)
考え事を終えた彼はベンチから立ち上がり、噴水広場から去って行った。
それから数時間後、彼が王に話した事が『西国』に住み始めた者達にも
王からの言葉で広まり、それは西国が滅びるまでの700年間、この国全体の
モットーとなった。
「......」
場面が変わると、その場は沈黙の真っ只中であった。
「...だ、誰か代わりを務めなさい!」
イリミールは焦った様子で自分を囲む緑竜達を見渡しながら、叫んだ。
「...お嬢、『命の樹』はアース様の血を継ぐ直系しか代わりは務まらねえ」
古傷のある竜が返答する。
「......アースドラゴンなんてパパとトーダスしか......」
そう悩むイリミールはハッと気付く。
「そうだろう、お嬢?アースドラゴンなら俺達の目の前にいるじゃねえか」
古傷のある竜の言葉に周囲の竜達は相槌をうつ。
「...あ、あたいにパパの代わりをって?......んなのできるかぁぁぁ!
糞ガキと契約しても龍にさえなれなかったのに命の樹は咲くとでも!?」
イリミールの言葉に、
「...『命の樹』を咲かすのは龍であるドライズ様じゃなきゃダメって訳では
なく、アース様の血さえ継いでるのなら竜であるお嬢様でも出来ると思います。
『命の樹』は初めに生まれたアースドラゴンであり、神でもあるアース様が
オールクラウン様に任されたもので、その扱いはアース様の血を継いでる
アースドラゴンならトーダスでも、どなたでも大丈夫なのです!」
一体の雌竜がそう話した。
「パパより立派な花咲かせるのには何年かかるってのよ?」
その問いには、
「......おそらく」
雌竜が答えようとするも、
「駄目だ、それはお嬢が自分で気付かないといけない。俺達が教えられるのは『咲かせる者』と『見ようとする者』によって姿を変えるんだ」
古傷のある竜が答え、彼の話にイリミールは不機嫌そうに溜息をついた。
「...全く意味が分からない!!!とりあえず至急、巣に戻るわ!
遅れないでよね!!!」
彼女はそう叫ぶと、唐突に翼を動かし始めるが、その後をついていく
緑竜達は気付かなかった。一粒の地上へ滴っていく雫に。
(............あたいなんて...)
場面が変わる。
「随分、はしたない服装ね...イアの目にはとてもきついわ」
目の前の女にイアは憶する事なく、言い放つ。彼女は露出度の高い服装を
しており、舌をチラチラと蛇のように出す癖があるようだ。
「...そっちの男の子も有名人じゃない、お二人さん...欲しいな!!!」
そう呟くと、素早い動作で両手に5本のナイフを持ち、勢いよくイア達へ
向けて投げた。
「...っ!」
イアは軽々と、アルディアもなんとか躱すと弓をすぐさま構えた。
「...ライ・ウィング!」
アルディアの弓から放たれた矢にイアは雷撃を纏わせると、自身も雷撃を
放つ。
「...いいコンビね!お姉さん、楽しいわ...」
女は興奮したのか、上着を脱ぎ捨てた。すると機動性が上がったようで
素早い連撃がイアを襲う。
(...イアさん!)
アルディアは女がイアに夢中になってる隙を見て、矢を放つ。
女は今、アルディアには背を向けている状態だ。
だが当たらない。どれほど放とうが、当たらないのだ。何度も弓を
構え、矢を放つ、その繰り返しの中でふと気付いてしまった。
女は今、自分に背を向けている状態なのに後頭部、髪の毛の隙間から
覗くようにこちらを見ている目玉がある事に。
世界が創り直される前に実在した3つ目の大陸、西国...そこに生きた者達は
自分の感情と向き合う中で理想とは手の届かないようなものばかりでは
ないと気付くも、それに気付いてしまった事で西国の未来は限りある
ものとなってしまう。どれほど理想に忠実であろうとも、他国と全く
同じ価値観とは限らず、平和や未来といったものも「必ず」続くとは
限らないのだ。悪い意味で国全体で価値観に自信を持ち、平和的解決を選び、
武力を捨てた国は常に武力を研究し、強行するような「あの」国には
敵わなかった。




