弱さの始まり。
「アルディアさんは自分の身ぐらい、守れるようにならなきゃならないわ」
4人は今どこかの屋内にいる。
どこかの民宿で一夜を過ごしたようだ。
雑談をしていたようでイアが話している。
「俯きながら走って、森のほうへ行くから落ち込んだのかと思えば、
一昨日私が襲われた連中と口論してるなんて...運がいいのね。
ダモスがいなかったらイアだけじゃ危なかったわ。
その件が済んだ後も一目だけでも家に別れを告げてから行くって言うけれど、
行ってはいけなかったと今でも後悔してるわ...大長老の氷像は傑作だったけど
...でも色々あったおかげでリュックは取り戻せたのだから、一応感謝しといて
あげるわ」
イアは呆れた表情で話すが、アルディアは脳内でダモスが5人組を打ちのめす姿を
イメージするもどこか謎めいた顔で聞いていた。
「あの時、間違いなく声がした...助けを求める声が...5人組の中にその声で
話す人はいなかったんだけど何だったんだろう...」
アルディアは悩んだ表情で、
「最近色々と精神的に大変な事ばっかりだったみたいだから疲れてたのよ、
きっと!」
イアは笑ってそう言い、ダモスとヘリサは何が起きたか考えていた。
「...だけどイアも悲しかったわ。ここに来る前に一度微かな希望を抱いて、
ライド一族の集落に戻ってはみたものの建物は凍り付き、お母様も...
でも龍はどこに行ったのかしらね?姿が見えなかったわ」
仕方ない行為だとはいえ皆悲しみは尽きない。
「私は契約者なので親しい者には禁忌だとされている事も内容以外は話せますが、
おそらくイア様がアルマ様に魔法で合図を送った後に龍を逃がすべく、誓いも
契約も自ら終わらせたのでしょう。それがどうなるかというと契約がなければ
龍は人と一緒にいることは禁じられています。なので1匹の龍へと戻り、彼女は
氷に覆われた土地である「サリーシャ」へと帰ったのだと思われます。
アルディア様の次に愛おしいアイアスに、アルマ様は自分と同じ罪を
背負わせたくはなかったのでしょう。
どんなに強い龍でさえ罪を犯してしまったら残酷な運命を辿ってしまいます
から...」
ヘリサも契約者であり、ライドの血筋を継ぐものだからか物知りだ。
龍に自分を忘れる事さえも望んだアルマ・ライド、その偉大さはダモスを
除く3人の心から消えることはない。
「そういえばヘリサさんもあの竜とテレパシーで話せるみたいだけど、
それも竜言の愛を授かっているから?」
アルディアは最近竜のことが気になっている。
自分にもいつか契約できるのかと少しずつ思い始めていた。
イアとダモスには竜言の愛という言葉は通じなく、首をかしげている。
「お!...ついにアルディア様も自分の竜が欲しくなってきましたか!
お二人さん、竜言の愛とはライド一族に伝わる加護のようなもので、
自分以外の竜とも話せる資質のようなものなのです。
ですが私は持っていないので自分の竜、トーダスとしか話せません。
そしてアルディア様、竜に興味を持つのはいい事なのですが出会いは
必然的な運命だとよく言われます。焦らず、急がずに今は自分自身精進すること
で、いつかきっとアルディア様と分かり合える竜が姿を現しますよ」
アルディアは考え込みながら頷き、その姿をイアは謎めいた表情で見つめている。
「ダシテ...」
その時、ふとイアには聞き覚えのある声が久々に聞こえた。
あの卵だ。
まだリュックから出しても、皆にも話しもいなかった。
自分にしか聞こえていないのだと思っていたが、
「あ、まただ!あの声がした!」
何故か、青年には聞こえていた。
「アルディアさん...聞こえる...!?」
少女は驚いた顔で少年を見る。
ダモスとヘリサも微かに聞こえたのが音か声なのか分からず、
首をかしげながら、
「誰を隠してるんだ...?」
とダモスが問い、少女はもう話すしかなかった。
「実は...イリミルの森に入る前の砂漠でこれを拾ったのよ」
そう言うとイアは大きなリュックから一つの卵を出し、両手で抱え、見せる。
「卵?」
イア以外の3人が発した言葉が一致した。
「綺麗に揃えて言わなくても、これは卵でしょうね。
でも話すのよ、とても生意気に」
それを聞いたヘリサだけが驚愕の顔を浮かべ、全身の力が抜けたようで尻から
落ちるように座り込んだ。
「ヘリサさん!大丈夫ですか!?」
ダモスが気遣い、ヘリサの背中をさする。
イアは卵にちょっかいをだしながら見せると、
「ごめんなさい、驚いちゃって...話す卵とは強さの証。
そこから産まれた竜は私達一族しか扱えない存在で、かつての戦争では共に
戦ってくれた特別な龍だと小さい頃に聞きました。
ですが現れるのは大体が災害や争いの時などの世界が混乱に満ちている時なので、
神龍様からの使者だと言われています。
もしかしたら神龍様達に何かが起きているのかもしれない...それならなおさら
アルディア様には強くなってもらわないと困ります」
ヘリサは少々不安げな表情でアルディアを見る。
「みんなを守れるように強くなりたい...弱いと誰も守れないから...。
悲しい思いはもうしたくないんだ...でも竜もいないし、魔法も使えない...
どうしたら...母さんの事も...生きていたら会えるって事だったのか...」
悩むアルディアをヘリサが導く。
「最初から強い人なんていません、アルマ様もきっとそうおっしゃったはず
ですし、生き抜くつもりでいらっしゃったはずですよ。
ですが彼女にも未来のことは分かりません。
その結果がたとえ死だったとしてもあなた様のためにしたことなら
後悔なんてしてないと断言できます、そういうお人なんです。
アルディア様、準備ができ次第すぐに私の暮らしている村へ行きましょう。
そこにはまだライド家も多数おり、強き龍使いとしてアルマ様は我が村では
崇拝される存在です。
ならその息子であるアルディア様の事もきっと手助けしてくれますし、
まずは仲間を増やすことからです。
そしてその卵の事も色々調べてみしょう」
それは最善の選択であった。
イアは卵を撫でている。
「アルディア様、私はいつでも稽古相手になりますよ!」
「イアとダモスがいれば100人力よ」
ダモスとイアもたった数日で心を絶望に蝕まれた少年に救いの手を
差し伸べるのであった。
「トーダスを呼んで、故郷へ行く準備をしてきます!」
ヘリサはそう言うと一人、部屋を出て昨日の丘の上へ向かった。
彼女が丘で何かを呟くと緑色のワイバーンのような竜が舞い降りて来る。
竜が通った場所は木々が喜び、花びらが踊り、土の香りで溢れた。
「トーダス、例の件の事。大長老とアルマ様の安否はどうだった?」
一体何の事だ、大長老はアルマが罪を犯してまでその命を終わらせたはず。
「確かに氷像にはされたようだが大長老は生きている痕跡があった...だが
一つだけ不自然な事があってアルマの姿がどこにもないのだ...」
氷で閉ざされた集落でアルマと大長老、二人の安否は...?