自我。
長い年月の中、毎日それぞれにとっての親しい誰かが死んでいくわけではなく、
衣食住に困らず、大半の病も治せ、不自由のない、そんな平和な世界で
長く暮らしていれば、毎日ちょっとした悲劇だと感じるものが起ころうが、
それは当たり前。
「平和に、不自由なく生きれている事」こそが一つの奇跡なのだから。
ならば悲劇ばかりな世界なら、誰もが「平和に生きれている」事への感謝を
忘れず、ちょっとした不自由も大袈裟に悲劇だと装わずに生きれるのだろうか。
「...フェディオ様!!!ご報告です、メドリエ様が無事...
可愛らしい女の子を出産致しました...」
一人の女性が泣きながら駆けて来ると、その場を仕切っている龍へそう話す。
王城のほうから向かってくるのは神龍達だけではなかった。
「姫様には似ないで、可愛らしい子だと僕も嬉しいな...なんてのは冗談。
姫様に似て、美人な子になるだろうさ。
...っと忘れてた、一族の『あれ』は受け継いだのかな?...確かめに
行ってくるよ、受け継いでいてもらわないとイア・ネイラーデを捕らえて、
レイラちゃん達みたいに手懐けるしか方法がなくなってしまうからねー。
...ヴァリー、ミラース、後は任せた...なるべく戦闘は避けてね」
話し終えるとフェディオは王城のほうへ向かい始める。
「...姉さん、何の話?」
フェディオの後ろ姿を見つめながら、ヴァリーは近くにいたミラースに
問う。
「...あたしもあなたと一緒で2000年前には復活できなかったから
何の事か、確証はないけど...多分『鍵の子』の事じゃない?
フェディオは王家のあの女を使って、自ら『鍵の子』を作ろうと
しているのよ」
ミラースの話にヴァリーは首を傾げ、
「...うろ覚えだなー...」
と呟き、ミラースはその様子にヴァリーの真横まで近付くと、
「これだから馬鹿な弟は...いーい?静かに聞いてなさい。
『鍵の子』っていうのは神達が自分の血で創った特別な人間の一族!
それをどうして創ったかというと、自分達の中に宿る存在...
つまり私達に乗っ取られた場合に神である自分達に勝り、止めてくれる
存在が必要だと神達は考えて、創った!...まだ思い出せない!?
神の血さえ継いでいれば一族、全てが鍵の子となれる訳ではなく、
約100年に一度の確立で『鍵の子』になれる素質をもった子が生まれる。
そして、『鍵の子』には2種類存在し、神を取り戻そうとしてくる奴らの
手に渡り、『光鍵の子』として覚醒させる儀式に成功してしまうと、
私達に近付いただけで神は近くにある自分の血に反応して目覚め、心を
取り戻そうとしてくるのよ...けど私達が絶闇教本通りの儀式を行って、
『闇鍵の子』として覚醒させる事ができれば、簡単に言うと私達の肉体や
能力のパワーアップができちゃう!だから負けられない...奪い合いでしょ!」
ヴァリーは思い出したように、話の後半を頷いていた。
「...ついに『鍵の子』を作れちゃうって...すごい事だね...
けど最初は誰の『鍵の子』?」
その問いにミラースは一度悩むも、
「...王家の女を使うって事はあの『憂鬱』のスラヴじゃない?
王家から姿を消した、王家の姫の長女イア・ネイラーデが『鍵の子』としての
資質を見せてたってフェディオは焦ってたのよ。
だから急いで作ろうとしているんじゃないのー?
ヨゲスのじっさまもあの少女欲しいらしいけど見つからないらしいわね」
そう言って、ミラースは歩いてくる神龍2体のほうへ近付いていく。
「...嫌なものを見せられたね...威嚇かな?」
場面が変わると、アスルペは王城のほうから出てきた「2体の龍」を
見ながら言った。
「...まさかアース様が捕まるとは思わなかった...これまでに王と
アース様が大罪龍に呑まれた事などあったか...?」
アイアスはどこか悲しげな表情で呟く。
「...今回ばかりはきつい戦いになるじょー...嫉妬にどうやって
攻撃を当てるか、考える必要があるからねー。
傲慢の巨体もこうなってはただの脅威じゃ...それよりもライトニングが
いつ憂鬱に呑まれていたのか、謎だなー...うーん...」
額から伸びる角によってアスルペの表情は見えないが、かなり複雑な
心境であろう。
「マスター、指示を」
そう指示を求めた、天主パルミア。
彼女だけは何も気にしていないような表情だ。
「今が絶望なのならば、未来には希望があるのではないか?
我の父であるメーク、それにアイアスのお父も無事。
なら見えない希望はまだまだたくさんあるはず。
それを見えるようにするための行動は欲張っても誰も怒らないだろう」
そう言って笑う彼女は龍だが、とても美人だ。
どこか気品溢れる容姿に全身が純白の鱗に包まれていて、太陽に
照らされ、輝いている。
「...未龍の子はまだ希望はあると信じる...か。
ならば先の考えていない行動など、お前達を率いる私がするべき事ではないな。
...未来のために...皆!開戦を告げるじょー!」
アスルペは周りの6龍体、竜達に叫ぶ。
すると氷竜達の高い鳴き声から闇竜達の低い鳴き声が、天に響き始める。
「...お前達も一度、絶望というものを知るべきだ」
王都を見つめながら呟いたアスルペの前方で、突然竜巻が発生する。
「...うっし!退くじょー!!!私達は戦わない」
その発言に一部の龍や多くの竜達は驚くも、
「...正解です、アスルペ様。
この眼にも戦ってしまえば、誰も生き残れない映像が映されています。
そしてあの竜巻は建物の破壊と共に、王都の一部を壊滅的状況まで
追い詰めるようですよ」
そう発言した、「心眼」ヴァルゴだけは驚いていなかった。
「私もまだ死にたくはないし、戦う気は起きんじょー。
とりあえず王の『慧眼』の下位互換の『心眼』に頼りながら戦力増強じゃい」
アスルペはそう言い放つと、笑いながら来た方角へ戻っていく。
6龍体も竜達も王都を一度見てみると、安心したかのようにアスルペの
後をついていった。
王都を包むは、巨大な竜巻...それはどこか残酷にも...。
限りある人生を大切に生き、どんな時でも自分らしくありたいのなら、
目の前の現実や毎日起こるちょっとした悲劇がどんなに辛いもので
あっても冷静さを失わない事。
焦りは無駄や意味のない行動を誘発してしまうのだから。




