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母親が最初に更紗の変化に気付いた。
それは更紗が高校三年生になった春だった。
「お前、もしかして…」
言いよどむ母親。
更紗は気付いていなかった。
自分の変化に。
それは静かに更紗を替えていっているのだった。
更紗は母親を無視して森へと向かった。
泰正に会うために。
森に入ってすぐ名前を呼ばれて抱きしめられる。
更紗は心地よさに目を閉じた。
泰正からは森の香りがした。
「赤子は女の子だ。人の子だ」
泰正がそう呟いた。
更紗はその言葉が理解できなかった。
「え?赤子って?」
更紗の言葉に泰正は黙ってお腹を指差す。
「ここにいる。
更紗と私の子供が」
信じられない言葉だった。
そして更紗は納得した。
母親の言いたかったことはこれなのか、と。
「分かるの?女の子って言ったわ」
「ああ、分かる。
この子は人の子だ」
私が母親になるのか、と人事のように思った。
更紗は嬉しく思った。
「名前を考えないとね。
泰正が決めてよ」
更紗が言うと泰正は笑って頷いた。
泰正と一緒の未来を想像し、幸せを感じた。
子供を産むことに母親は反対した。
「誰の子供なの?言えないの?
お前は何をしているの?!」
そう言って母親は泣いた。
それでも更紗は産むと決めていたのだ。
この子は神の子。
それは自分だけが知っている事実。
話したところで信じてくれないだろう。
「私が話したら信じてくれるの?
この子は鏡森の神の子なの。
お母さんはそれを信じる?」
「…バカ言うんじゃありません!」
ほら、信じない。
だから言っても無駄なのだ。
更紗はため息をついた。
「産めると思っているの?
お前はまだ高校生なのよ?」
母親は更紗をそうやって縛り付けるのだ。
信じず、自分の信念を押し付ける。
更紗はそれがイヤだった。
「産むわ。この子は私の子だもの!」
更紗は家を飛び出した。
もう家に戻るつもりはなかった。
このまま鏡森に住もうと思っていた。
泰正は分かってくれるだろう。
子供が産まれることを望んでいるのだから。
更紗が森へ行くと、泰正は優しく迎えてくれた。
「もう家に帰りたくない。
ねえ、ずっとここにいてもいいでしょう?」
「私は構わない。
しかしお腹の子は人の子だ。
ずっとここで暮らす訳にはいかないだろう」
「どうして?
だって家に戻ってしまったら、この子は幸せになれないわ。
私の母親はこの子を良く思っていない。
だから…」
泰正は更紗を優しく抱きしめる。
「分かった。
お前が望むならそうすればいい」
泰正の言葉に更紗は頷いた。
そうして更紗は二度と家に帰ることはなかった。
更紗は静かに目を閉じる。
日に日に大きくなっていくお腹を優しく撫でる。
鼓動を感じる。
生きている鼓動。
それだけで幸せに思える。
隣には泰正がいる。
社での二人きりの生活にも慣れた。
思ったより不自由はない。
それは泰正が神だからだろうか?
更紗は穏やかな時を過ごしていた。
不安など何もなかった。
やがて更紗は社で赤子を産んだ。
静かな夜に産声が響く。
きっとその声は村人にも聞こえただろう。
それほど元気な声だった。
泰正は赤子に小夜と名づけた。
ぎこちない仕草で赤子を抱く泰正。
それを見ただけで涙が溢れた。
嬉しかった。
泰正と出会えて。
家族を作れて。
例え、私が先に死んだとしても、小夜がいる。
寂しい思いをさせなくて済むのだ。
貸して、と更紗は赤子を受け取る。
柔らかい小さな命。
この命がとても愛おしい。
とても尊い。
これから更紗はどうするべきなのか?
小夜は人の子だと泰正は言った。
だから人の世界で育てるべきだと。
それでも更紗は村に帰るのはイヤだった。
「私、ここで小夜を育てるよ。
もうここが私の家だもの」
泰正は反対しなかった。
「小夜の未来に幸せが訪れるように、私は守ろう」
泰正はそう言うと小夜の頬を撫でた。
小夜が嬉しそうに笑い声を上げている。
「小夜、生まれてきてくれてありがとう」
嬉しくなって更紗も笑った。
ここは神が住む森。
寂しがりやの神が愛しい妻と子供を守っている森。




