第3話:奇貨置くべし
アイバスの街――辺境ではあるが、観光施設は多く、腕利きの冒険者や魔法使いもいるため、辺境だからこそ発展している街と言える。
そんな街を治める領主、ハーバル(今年で56歳ながら腹筋が割れた肉体派領主)は、領主館にてやってきたばかりの騒動の種とも言える情報に頭を抱えていた。
「……いや、それどう考えても普通ではないじゃろ」
「ですよねぇ~」
部下の一人、この街の影から陰へと飛び交う情報収集担当の若い女性が自分でも信じられないかのように、持ってきた情報を領主同様に疑問視している。
彼女の名はポプリ。両親が揃ってアイバスの街の暗部の人間ということもあって、生まれついての領主の懐刀なのである。
時にはニンジャのように。時にはシノビのように。
そして時には領主代理としてお祭り騒ぎの陣頭指揮を担当しては、領主であるハーバルに街の予算の無駄遣いを怒られるのだ。
ちなみにその胸は豊満である。(現在28歳で結婚について焦りが見えてきてもいる)
「のぅ、ポプリよ。
空高くから落ちてきて、しかも地面に深々とめり込んでも怪我一つなく這い出してくるとか、どう考えても人間じゃなかろう。
お前さん、余を謀っておるわけじゃあるまいな?」
「う~ん、ですが私自身もこの眼で確認しましたし、冒険者にもそういった丈夫な方は結構いるでしょう?
ほら、ハーバル様もこの間、館の屋上から中庭に落ちても平気だったじゃないですか」
「それは余も戦士系のガチムチじゃからじゃよ。
じゃが、お前さんも言ったように、落ちてきたのはまだ幼い子どもじゃろ?
高々度からの落下で平気な冒険者だなんてギルドランクの上位者の中でも筋骨隆々系の戦士職ぐらいじゃ。
その少年は、魔法使いなのじゃろ?」
「そう言っていました」
身体的に恵まれた熟練の戦士ならば分かる。
彼らはドラゴンの炎が直撃しても「アチチッ」の一言で済ませる驚異の耐久力だ。
しかし魔法使いというのは、この世界の常識としては頭でっかちでヒョロい者しか居ないという認識だ。
身体強化や飛行の魔法を使える者もいるが、今回やってきたハタカ少年は修行の一環として真正面から地面に落下したのだ。
つまり、素の耐久力が戦士職と同等だということになる。
「また、同じ魔法使いである私が見たところ、魔力量はこの世界そのものよりも多いようです」
「世界と同等以上の魔力保持者だなんて冗談にしか聞こえんのう」
「ですよねぇ~♪ 私もちょっと吹いちゃいました♪」
「じゃが、ポプリ。お前さんもこの街にいる魔法使い全員分以上の魔力保持者じゃろ?」
「私も天才ですからねぇ~。
それでも、その少年には負けますって」
ポプリの魔力量が常人を凌駕しているのはさておき、ハタカくんはそんな彼女すら凌駕しているのは当然と言えるだろう。
なんせハタカは元の世界では最強と呼ばれていた師匠すら凌駕する大天才魔法使いなのだから。
肉弾戦のみならば彼の師匠の方がほんのちょっと上だが、魔法では圧倒的に強い。
しかも彼はまだ子どもなのだ。これからの成長性も期待できる。
「まっ、会ってみれば分かるかの。
その少年は、脳筋のタロウ隊長が認めたのだろう?」
「ええ、それについては私も驚きました。
魔法使いを弱者と言い切る、街で最強のタロウが握手を求める人間など、少ないですからね」
「あの脳筋がのぉ~……」
「あの脳筋が、なんですよねぇ~……」
保安部隊の隊長を務めるタロウは、町の住民からも慕われる熱い男。
領主であるハーバルも信頼して重用してはいるが、それを加味してもこの評価なのである。
タロウ隊長は脳みそまで筋肉で出来ていると、最新の医療技術によって解明されたことも拍車を掛けている。
そして報告を終えたポプリはシノビのように天井裏に潜むと、そのすぐ後に続くようにしてハーバルの部屋の戸が開かれた。
「どうも、領主様。客を連れてきましたよー!」
ノックはしない。そしてガチャリコと勢いよくドアノブを回して入ってきたタロウ隊長は開口一番に嬉しそうにそう言った。
実に良い笑顔である。
「……毎度言っておるが、一応上司と部下の関係を守ってくれんか、タロウ隊長。
ドアはノックするものじゃ」
「えっと……、じゃあ街の保安に関しては私の方が能力が秀でているから私が領主様の上ですね」
「いや、なぜそうなる?」
「私の方が強いからです!」
ムフーと、鼻息荒く笑みを浮かべて答えるタロウ隊長。
彼は冗談のつもりで言っているのではない。彼の口から出てくる言葉は全てが本音。
嘘や建前、おべっかなどは間違っても出てこない。そういう男なのだ。
「まぁ、ええわい。
それで、お前さんの後ろにおるのが空から降ってきたという少年じゃな?」
「おぉ、さすがは話が早いですね領主様♪
ささっ、ハタカ君。この年の割に老けた苦労人めいた筋肉系おじいさんが領主様だ」
妙な枕詞を使われて若干、眉をひそめたハーバルだが、気にしていたら負けだ。
タロウが脇にどいて一歩前に出てきた少年に視線を向けた。
「どうも、領主様。
僕は魔法修行のために異世界からやってきましたハタカと言います。
ここまでの道中に、この世界には『冒険者』という職業があることを知り、冒険者として滞在したいのですがよろしいでしょうか?」
淀み無く自己紹介と己の目的を語るハタカに、ハーバルも目を惹かれた。
天井裏に潜んでいるシノビのポプリは直接目を見てしまったために恋に落ちた。
「(むむむ、これは確かにノンケすら少年愛に目覚めそうな可愛らしい顔立ち。それに魔力もありえん量じゃわい)」
「(私はこの子に抱かれる……確定的に明らかな未来がいま浮かんだわ♪)」
少し思案する振りをしたハーバルだが、返す答えはポプリとの会話の間に決まっていた。
そのポプリは鼻息荒く天井裏からハタカ少年を凝視しているのだが。
「このアイバスの街は誰でも何でも受け入れとる。
善意も悪意も関係なく、己の力量を鍛え、示す場所として栄えた街じゃからの。
ハタカ君の今後の活躍を期待しておるよ」
情にほだされた、とでも言うのだろうか。
街とは言っても大国と匹敵する力を持つアイバスの街を治めるハーバルだが、ハタカのキラキラと輝く目に何かを見出したのだ。
この少年が道を誤って街に害を為すというのなら、それは街の方が間違った時だ。そう思えるくらいに出会って早々に心から信頼を寄せてしまった。
「では、ハタカ君。
君の今後の活躍を領主としても一人の人間としても応援しているよ」
ハーバルは笑みを浮かべて右手を差し出す。握手を求めているのだ。
「はい♪」
そしてその手を満面の笑みで握り返したハタカ。
その年相応に小さく柔らかな手の感触と、子ども特有の暖かさにハーバルは自分の眼力に間違いがないと再度確認した。
こうして、特に問題なく辺境の大都市アイバスに受け入れられたハタカ少年。
しかし、この街は何でも受け入れるという方針のため、人の悪意も少なからず飲み込んでいる。
ハタカを襲うであろう悪意も、今この瞬間にも爪を研いで様子を伺っていることに誰も気づかないでいたのだった……。
何故なら、その悪意はハタカに惚れたニンジャマスター・ポプリがすでに暗殺したからである。
今後、ハタカ少年が暗殺者に狙われるなどといった暗い展開は起こらないので平和なことだろう。
お読みいただき、ありがとうございました。