虎痴動く
張飛は蛇矛を許緒の腹に刺したまま硬直していた。それは単純な理屈だった。許緒の腹の肉が、張飛の蛇矛を呑み込んでしまい、突き刺したは良いが、そのまま抜けなくなってしまったのだ。
「うう・・・・」
張飛の手から蛇矛がズルズルと抜けて行った。手に付着した汗のせいで持ち手が滑っていたのだ。
「ああ?」
許緒は下を見下ろすと、必死に蛇矛を抜こうとしている張飛の姿を見た。その瞳は灰色で、何を考えているのか分からない。戦意とか殺気というものをまるで感じないのだ。
「ふふふ・・・・」
関羽と丁度反対側にいる曹操は、焦る関羽の姿を見て笑った。
「許緒は、許昌高校内では虎痴とも呼ばれている。普段はあの様にぼんやりとしているけど、一度やる気になれば、すぐにでも張飛を倒せる。ただ、唯一の欠点はスロースタートなことかしら。でも、まあ、そろそろ目覚めるわね」
曹操は後ろで徐々に士気を立て直しつつある、部員達を見て静かに眼を閉じた。
「くそ、全然抜けない」
張飛が力を込めれば、込めるほどに蛇矛は肉の奥へとめり込んで行く。
「畜生、来るなら来いっての」
張飛が八つ当たり気味に、許緒の足を蹴り上げた。すると、さっきまで木偶人形のように動かなかった、許緒の瞳に光が灯った。瞬間、曹操はフェンスから背中を向けて、その場から立ち去ってしまった。最早見るまでもない。そんな態度だった。
「あっぱああああ」
許緒は突然、大声で奇声を上げると、そのまま全身から衝撃波のようなものを放出し、張飛を、肉にめり込んだ蛇矛ごと、フェンスまで弾き飛ばしてしまった。
「ああ・・・・」
フェンスに激突し、張飛は仰向けに倒れた。その位置は丁度関羽の足元であり、仲間の惨憺たる姿に、流石の彼女も口を押さえてしまった。
「痛ってええええ」
張飛は立ち上がると、顔や手にピリピリとした痛みが走るのを感じていた。許緒は張飛の方を真っ直ぐ見つめると、今度は自分から張飛の方に向かって走った。手には武器も何も握られていない。
「素手で来ようってわけか」
張飛は地面を蹴ると、蛇矛を振り回して、許緒に向かって突撃した。そして二度と同じ失敗はしないと、彼女の額目掛けて蛇矛の先を伸ばした。
「喰らえ」
「あぱああああ」
許緒は見た目以上に速かった。張飛の正面からの一撃を、体ごと右に逸れることで避けると、そのまま張飛を背後から抱え上げてしまった。
「うあああ、離せええええ」
「・・・・」
許緒は張飛を羽交い絞めにすると、そのまま空を見上げていた。それを見た許昌高校の生徒達は、突然身を乗り出して、許緒の方に視線を集中させていた。
「許緒先輩のアレが出るぞ」
「ああ、久しぶりに見れる」
許昌高校の生徒達は、口々にそう言うと、瞳を輝かせて許緒の姿を見守っていた。何かとてつもないことを、許緒はしようとしていたのだ。




