清掃員の一日
わたしは甲板清掃員(臨時)だ。
甲板を磨くのが仕事だ。
今日はわたしの一日の大まかな流れを説明しよう。
起床は朝六時。この艦の乗員としては結構なお寝坊さんである。
とはいえ早く起きたらそのぶん監視役の人も早起きせねばならないと思うので、わたしには寝坊が許されているのだろう。わたしが毛布からもぞもぞ這い出す時には仕事の準備を全て整えていなくちゃいけないんだから、大変だ。
それからなんとびっくり、わたしは士官用の個室で寝起きさせてもらっている。ベッドと小さなテーブルと狭い収納しかない部屋だけど、士官用ってそれなりに偉い人用ってことで、本当は掃除やってるような下っ端クルーなら集団部屋で寝返りもうてないくらい狭い三段ベッドが普通なんだとか。
ちなみにわたしがこの艦で最初に入れられた部屋は、空調から排水まで隔離されていたらしい得体の知れない密閉空間(ベッドどころか椅子ひとつなし。天井と壁と床だけ)で、次がベッドとトイレ洗面台セットの独房だった。それから仕官用個室に移動なんだから超出世した。
実際のトコは、独房にいれるほどじゃないけど、集団に混じってどさくさで変なことされても困るから仕方なく、な措置だとは理解してる。
着の身着のままで落っこちてきたわたしの着替えは、支給された最小サイズでもまだ袖と裾が余るツナギ(外国の標準サイズってデカすぎ!)と、無地の白いTシャツと、作業用ズボン(やっぱりぶかぶか)と、シンプルな下着類のみ。
それらに着替えて身支度を整えて、個室エリアの外に出れば、本日の監視役がしっかりきっちり装備を固めてすでに立っている。もしかしたら夜中もずっとこの調子で見張られてるのかもしれないけれど、確かめたことはない。
担当は一週間交代。わたしに対する態度はそれぞれ違う。妙にフレンドリーな人から、敵視して睨んでくる人まで、様々だ。
フランクな人だと食事も一緒に摂ったりするんだけど、 ……今日の人は、一切余計な口を開かないお仕事に忠実な人だ。確か名前はライナー・ベルっていったっけ?
「おはようございます、ベルさん」
返事はなし。ヘルメットとゴーグルで表情もほとんどわからず。あんまりわたしに馴れ馴れしくされても困るだろうし、まあ仕方ない。
この人は頭のてっぺんが通路の天井につきそうなくらいデカいから、見上げるのも一苦労だ。身体が資本の兵士ばっかりうようよいるこの艦じゃ、わたしはほとんどの人を見上げるハメになってて首が痛い。
大きな航空母艦では食事も大規模な共有スペースを使うから、とにかく移動する。
狭い通路は万が一の浸水に備えた隔壁があっちこっちにあって、その分厚い壁をくぐる丸っこい形の扉をスムーズに飛び越えながら歩くスキルが必要だ。ぼんやりしてると躓く、転ぶ。あと階段は階段じゃなくて梯子だと思う。すんごい急傾斜。
傍らでむっつり見張られながらの食事は居心地もあんまりよくないし、広い食堂の端っこでささっと朝食を済ませてまた移動して、格納庫に向かう。
甲板のすぐ下の格納庫では飛行機の整備をしてたり、フォークリフト他の『はたらくくるま』のみなさんが待機中だったり、自由時間の兵士が運動してたり、非番の戦闘機が寝ていたりする。
今は戦闘機じゃなくて、ライトグレイと銀色の翼をもった獣の形になってるやつがいるけど。
床にぺったり伏せる、大きな大きな機械の獣。
「おはよう、エイル」
でっかい顔の前を横切るときに声をかけても返事はなし。ほんとに寝てるわけでもないくせに、むっつり黙って身動きしない。後ろをついてくる監視役とおんなじだ。もー、どいつもこいつもシカトしやがって。
今日はエイルしかいないみたいだし、朝からなんだかやる気が削がれるったら。
でもこんなことで凹んでられないのでとっとと進み、龍が居る格納庫の端っこの、さらに端っこにある収納スペースから、仕事道具をひっぱりだした。
デッキブラシー! と、金属製のバケツ。
このバケツは、わたし用に整備のおっちゃんが手を加えてくれたものなんだけど、強風で吹き飛ばないように錘代わりの鉄板が底に溶接されてあって、すごく重い。それでもまだ不十分なので、取っ手に短いけどワイヤーとカラビナがついてる。甲板の要所要所にはそういったフックを引っ掛けるための金具が埋め込まれているから、これで必ず固定して使えって言われた。甲板を一度でも転がることがあったら、ぶっとばされるらしい。冗談でもなくマジでぶっとばされそうなので、言いつけは守っている。
……けどやっぱり重い。
重さにひいひい言いながら甲板目指して左舷側の階段を登っていく頃には、機器のチェックを終えて準備万端になった飛行機が次々に発艦していって、びりびりと艦を震わせる。
必ず毎日飛ぶのは哨戒機。
滓は常に湧いてくるわけじゃない。だけど出てきたらすぐに対応できるように、見張りは二十四時間、ついでに空の穴を閉じるための方法も探して、観測を続けている。
空母の短い滑走路で飛行機を飛ばすには、電磁式のカタパルトを使っているらしい。
難しいことはよくわからないけど、磁石のくっついたり反発したりする力を使って、すごーい速さで飛行機を引っぱって打ち出す、とかなんとか。うんわかんない。
ちょうど甲板上にたどり着いたところで、飛行機がエンジンの轟音を響かせながら滑り出ていった。
彼らが空母から少し離れたトコにある空の穴にたどり着いて、見張りを交代して、今まで夜通し頑張ってた飛行機が帰ってくるまでの、少しの時間。そういう隙間が、わたしが甲板をちょろちょろしてても許される時間だった。
あ、甲板のずうっとむこう、右舷側にランスがいる!
「ランス、おはようー!」
腕と一緒にデッキブラシを振り回す。結構な距離と騒音があっても、彼ら龍の眼と耳は特別だ。
海色の蒼い装甲を纏った機械の巨人は、遠いわたしにもすぐ気が付いて頭部を捻り、センサーの視線をこちらに向ける。金属の両腕に四角いコンテナを抱えてて、手は振り返してこなかった。 『島』の傍に立ってるとこを見ると、たぶん何かの搬入を手伝ってるんだろう。
後ろをついて来てた監視役のベルさんも、今まで甲板の警備をしていた人と仕事の引継ぎをしている。
わたしも自分の仕事をしよう。
甲板で働く人たちのお仕事があるのは、飛行機の発着の時だけじゃない。今も忙しく走り回ってるから、邪魔にならないように気を付けつつ甲板を舐めるように眺めたおす。
甲板清掃がわたしの仕事。
砂粒撲滅っ!
錆よ消えろっ!
ゴミの存在は許さないっ!
ボルトが落ちてたらこの世の終わりっ!
飛行機の発着の隙間に甲板の端から端までチェックして、ゴミは拾い集め、汚れはデッキブラシで磨いて、おなかが空いたら監視役に連れられてお昼ごはんを食べて、また甲板へ。
ずうっと動き回って太陽がだいぶ下まで降りてくる頃になると、さすがにへたばってくる。
こそっと『島』の影に隠れて、ブラシの柄のてっぺんに両手を重ね、さらにそこに顎を乗せ、行儀悪く姿勢を崩してだらだら休んでたら。
右舷側、艦首の方で、クルーがいつもと違う様子でざわめくのが聞こえた。
どうしたんだろう。
今日いちにち、たまに物資の上げ下ろし以外は島の傍らで石像みたいになってたランスも、頭部を動かして艦首のクルーの集団を見つめる。彼にはクルーひとりひとりが話す言葉も聞き取れているのだろう。すぐに今度は水平線の一点へ視線を移した。
機械の巨人には何かが見えているらしい。
好奇心が疼いて、その足元に駆け寄った。
「なに? 何があったの?」
わたしの問いかけに、穏やかな声が律儀な返答をよこしてくる。
「大型の海棲哺乳類が海面に観測できる。クジラと言ったか。鯨目髭鯨亜目長須鯨科長須鯨属白長須鯨」
「じゅげむかっ!」
長ったらしい学術名はおいといて、ええー、わたしの位置じゃ見えない! 誰だよこんなトコにクレーン車とフォークリフト縦列駐車したやつ! 海が見えないじゃないかー!
はるか上方のランスの顔を見上げ、彼へ向かって両手を伸ばした。あの高さなら見える!
「乗せて! 乗せてのーせーてー! 見たい!!」
気が急いて、たまらずその場で何度もジャンプする。
ちょっと走れば右舷側に並んでいるのは戦闘機だから、その翼の隙間から見えるかもしれないんだけど、わたしはあまり飛行機の類には近付かないほうがいい。クレーン車もちょっと怪しい。
いまだわたしの正体に懐疑的な人たちや、わたしになんの企みもないことを理解してくれる人たちも、わたしが突然おかしな行動を始めたら警戒と確認、点検をしなくちゃいけなくなる。わたしはあくまで『客分』なのだ。不審な行動に出るまで泳がされていると言ってもいい。
わたしはわたしがちゃんとした人間なのだと完璧に証明することができないから、疑われることをするのは避けたほうがわたしも周りも余計な不安を抱かずに済む。
遠くのクルーの集団から歓声があがった。何があったんだろう、ああああ早く早く! いなくなっちゃうかも!
ぴょんぴょん跳ねるわたしを、ランスが金属の重い音を響かせながら見下ろしてきた。
彼も戦闘機だけれど、彼に近付くのは禁じられてない。おそらく彼自身も、この船では『客分』扱いなんだろうと思う。地球の人類の兵器なんか玩具同然なくらい、彼ら『龍』の持つ力は強大だ。今は味方として協力関係にあるけれど、敵対したら恐ろしい脅威になる。
ランスは人間が抱くそういう懸念を取り去りたくて、さっきみたいに資材を運んだり、積極的に手を貸してくれてるんだろう。
でもなかなか、あんまり、うまくいかないのは、人間のわたしの現状がこうなんだから、それもやむなし……とは言いたくないなあ。
繰り返して「乗せて見せて」と訴えると、機械の作動音と一緒に、大きな金属の手のひらが目の前に降りてきた。
ちっぽけな人間のわがままに、蒼い装甲を身にまとった大きな巨人が膝を折る。
こんな優しさを、そのまま受け取れないなんて。
ランスの手のひらの上にのっかると、わたしはすぐにしゃがみこんだ。勢いで乗せてって言ったけど、この高低差の激しい移動方法、空を落っこちたあの時を思い出すからぶっちゃけ怖かったりする。二秒もかからずに十メートルを超える高さまで運ばれるんだから、怖い。
目の前におっきな親指が差し出されて、それに両手でぎゅっとしがみつく。でもまわりがすかすかでなんの囲いもないのはやっぱり怖い。
「も、もっとちゃんと、しっかり持ってくれないかな」
「……それは出来ない」
お願いしたのに、首を横に振られた。なんでよー!
不満たっぷりのわたしに、静かな声が続く。
危険だとは思わないのか、と。
運ばれる高さ、そこから落ちれば死に至る脆い身体は、足元の手のひらが軽く握られるだけでも圧死する。恐ろしくはないのか。
そう聞かれた。
ので、逆に聞きかえした。
「わたしのこと、握りつぶすの?」
ぱっと見ただけでくじらの種類までわかっちゃうくらい高度な技術を持つ龍が、うっかり力の制御を間違ったりなんてしないと思うんだけど。
無機物から生まれた、蒼い装甲の機械の巨人。彼は面食らっているかのようにちょっと黙り込んで、唸るようにこたえた。
「潰しは、しないが」
「でしょー? わたしが実は『ゴミ』でしたー、なんてわけでもないし」
「───ああ」
それみたことか、ランスが何を危ぶむ必要があるのだ。頭のよい彼を言い負かしたことに無駄に得意な気分になって、わたしはえっへんと胸を張る。
「さー早く早く、くじら!」
急かすわたしを、彼の『眼』、頭部のセンサーが、きゅいんと音をたてて注視してくるのを、至近距離で感じた。なんというか、人間だったらまじまじとじっくり見つめる熱心さがあるような気がして、ちょっとたじろぐ。
え、なんか変なこと言った? 言ってないよね?
この世界に来て、わたしを一番最初に『人間』だと認めてくれたのは龍だ。人類がまだ辿りつけない技術で創られた龍の眼で、わたしという生き物を見透して、わたしを人間として扱った。
同じ穴から落ちてきたけど、滓じゃない。人間なら、龍がわざわざ命を奪う必要はないはずだ。
無意味にわたしを殺す理由が見当たらない。
結局、すごーく気を配ってわたしを持ち上げる手のひらは、無駄に揺れもしないし傾きもしないんだから、わたしは別におかしなこと言ってない……はず。んん? はず……あれ?
……まいっか。
ランスの肩のあたりまで運ばれて、わたしはへっぴり腰で彼の肩に飛び移った。すかさずそこと首の間のくぼみに入り込み、傍らの太い首にぴったりしがみついて、ようやくひと安心する。
金属は滑りやすいから安全第一!
「で、くじらどこ?!」
頬もぴったりくっつけて彼の視線を辿ってみようとしたけど、どこだかよくわかんない。
遠い水平線は静かに凪いで、波の揺れさえ見えないくらいだ。
「あそこだ。六秒後に浮上する」
ろく!
黒い鋼鉄の指先が示す先に目を凝らした。
……さん、にい、いち。
ぐっと海面が盛り上がったかとおもうと、遠くてもその存在がはっきりわかる巨体が飛沫をまとって空中へ伸び上がった。綺麗な流線型の身体を捻って背中から海中へ、高い白波を立てて戻っていく。
数拍遅れて、だっぱーん、と叩きつけるような水音がここまで届いた。
結構遠い、でもヒレまでしっかり見えた、おっきい、音でっかい、
「すごい!」
くじらってナマで見るの初めて!
噴水みたいに潮を吹くのも見えた。ほんとにぷしゅーって吹くんだ!
「わあー……! ねえ、ランスとあのくじら、どっちが大きいかな!」
「鯨だ。あちらの全長は三十メートルを超えるが、現在の私の最長は飛行形態での二十二メートル七十───」
「あっまた!」
ざっぱーん、今度は一回転ジャンプきましたー!
クルーの誰かが指笛を鳴らして囃し立てている。わたしも思わず手をぱちぱち叩いた。
「すごーいー! すごいね!」
興奮してランスの横顔を見上げたけど、あれ、なんか反応薄い……?
返事がない。珍しくないのだろうか。くじらなんて滅多に出会えない生き物なのに。
そう考えてから、今わたしがどこに居るのかを思い出した。
機械の身体の巨人、自在に形を変える地球外生命体、龍の肩の上だ。くじらと出会うより、龍の肩に上るほうが珍しいに決まってる。
毎日おはようって挨拶するのが当たり前になってて、すっかり意識してなかった。
ランスも遠い宇宙からはるばるここまでやってきたんだし、地球じゃ何もかも初めて見るものばかりなら、くじらが珍しくないんじゃなくて、珍しいのが当たり前なんだ、きっと。
ざぱーん。また海面を叩く音がした。
龍の肩に乗っかってくじらを眺めるって、なかなかにすごい体験してるなあ。
ランスはじっとくじらを見つめている。けっこう興味があったのかも知れない。
「そういえば、どうして『龍』って呼ばれてるの?」
ふと思いついた疑問に、今度は返事がかえってくる。
「我々がそう名乗ったわけではない。龍という架空の生物が我々に似ていると聞いたが。龍とはどんな生き物だ?」
知っているなら答えてみなさい。そんな感じの、まるで生徒を導く教師みたいな雰囲気で問いかけられた。
頭の中でおとぎ話に出てくるドラゴンを思い浮かべる。うーんと。
「龍はー、硬い鱗があって、羽が生えてて、空を飛んだり、火を吐いたりする…あっ、なるほど」
地球上に存在しない生き物。硬い装甲を持ち、鋼鉄の翼で空を自在に飛び、煌くエネルギーの塊を撃ち出して敵を粉砕する、その姿。
「そっかそっか、たしかに龍だ。案外、伝承にある龍って、昔に地球へやってきたランス達の仲間のことだったりして?」
なかなか面白い思いつきじゃないか、そう思って笑いながら彼を見た。
「………」
なにその沈黙。
「……えっマジ?」
「───いや、必ずしもそうとは限らないが……」
歯切れ悪いなあ。
「内緒で来たのにポカやらかして、目撃されちゃったことでもあったとか?」
「…………」
否定は無し、ってそういうことー?!
ぷーっと噴出して笑い転げてたら、ランスは溜息を吐くように脱力して肩を落とす仕草をしてみせた。そうすると、その上に乗ってるわたしは当然揺さぶられるハメになる。
「ちょ、ぎゃあ!」
あわてて彼の首にひっつきなおした。肺呼吸してない龍の肩が落ちるなんて、人間の真似っこする意思がなくちゃありえない。
「わざと揺すったでしょ、もー!」
「何の事だろうか」
そらっとぼけやがってー!
ランスの声は、低いけれど穏やかで、真面目そうな印象を抱かせる喋りかたをするくせに、たまにこういうふざけたことをする。
普段はいいお兄さんぶってるのに不意打ちでやられるのがほんとにニクい。
「降りる! 降ろして!」
不平と不満をたっぷりこめてランスの横顔を叩く。でも龍の硬い装甲に生身の手じゃぺちぺち情けない音がするだけだった。
失敗した! デッキブラシ、下に置いてきちゃった。ブラシの柄ならかんかんいい音がしてイヤガラセになるのにー!
格好つかないぺちぺち攻撃はさっぱり効いてるふうもなく、制止すらされなかった。たぶん今のわたし、蚊より攻撃力がない。もおー!
きーっと歯ぎしりするわたしへ、大きな機械の手のひらが近付いてきて周りを囲う。
「もー!」
憤りつつも、ランスの頭部から、律儀に差し出されたその手のほうに貼りつき替える。ゆっくり手のひらが上になるように傾けられて、わたしはそこに乗っかるかたちになった。
「丁寧に下ろしてよね!」
「ああ」
……人がこんなに高飛車な物言いしてるのに、唯々諾々と言うこときいてるのがさらになんか『大人の対応してます』みたいでくやしい。わたしは別に駄々っ子じゃないー!
要求通りにゆっくり、そうっと甲板まで運ばれて、納得いかない気分のまま巨人の手のひらから飛び降りた。
くじらを見ながらたっぷり休憩したし、もう仕事に戻る!
「ありがと!」
捨て台詞がわりに乗っけてくれたお礼だけ投げつけて、デッキブラシを拾いに向かった。
背後からきゅいーん、っていう機械の軋みが聞こえる。置きっぱなしにしてたバケツに駆け寄るまでそれは続いて、拾い上げたバケツを手に歩き出すとまたきゅいって音がした。
ランスのセンサーがわたしを追いかけているのを感じる。くじらの観察はどうしたー!
おかしい、なぜわたしは伝説の龍に絶滅危惧種のくじらより珍獣っぽく見られているのだろう。
数歩を歩いてから、『だるまさんが転んだ』気分でばっと振り向いた。
ふつーに真正面に見られてた。視線もバッチリかちあった気がする。こっちを見つめて石像みたいに身動きしないまま。
なんなのさー!
そりゃランスが怯んだり慌てたりする理由もないけど、なんなのさー!
意味わかんないのでとりあえずイーっと歯をむき出して威嚇してから、掃除を再開する。
日が落ちるまであと少し。しっかり働こう。
太陽の光が無くなれば汚れも見えなくなっちゃうから、仕事ができるのはそれまで。
今日はスクランブルもなくて、平和に終わりそうだ。
資材の搬入を終えたランスがなぜか格納庫に戻らずに、ずーっと甲板清掃員(臨時)の観察を続けたこと以外は、よくある一日だった。
……なんなの、もー!
わたしの何がそんなに興味をひいたんだろう。ものすごく不可解だ。人間観察なら、わたしよりすごい人も面白い人も他にいっぱいいるのに。
理由はわからないまま、日暮れには仕事を終えてわたしは甲板から艦内へ、ランスも格納庫で飛行形態に変化して、休息をとるようだった。今日の夜間に飛ぶ龍はエイルらしい。
わたしが夜にできることはあまりない。夕食を食べたら部屋に戻って、本日の監視役とお別れだ。
そうしてベッドに入れば、わたしの一日は終了。
後は明日に備えて眠るだけ。
わたしの仕事は甲板清掃。
毎日まいにち、飛行機が飛んだり、龍がふざけたりする甲板を、ぴかぴかにするのだ。
おやすみなさい、またあした!