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おかえり


 わたしは甲板清掃員(臨時)だ。


 毎日デッキブラシを構えて海風に吹かれながら小さなゴミと格闘している。今日一日も、そんな日だった。


 時刻はもうすぐ日が落ちる、斜めった太陽の光が赤みを帯びはじめた頃。

 甲板を磨いて回っていると、びーっと短い警告音があたりに響いた。

 最初に説明された時はさっぱり理解できなかったけど、つまるところこの音がしたときは、誰かが帰ってくるから端っこに避けていなさいよ、という意味らしい。着艦がうんたらかんたら言ってたけど難しい専門用語じゃわかんねーよ。


 慌てて滑走スペースに置いていたバケツとチリトリを回収しに走ってたら、艦内のいろんな所から、示し合わせたようにどっと人があふれ出てきた。

「おいチビ隅っこ行ってろ!」

「邪魔だぞチビ!」

「ぼーっとド真ん中に突っ立ってんじゃねえ轢き潰すぞコラ!」

「チービ!!」

 わたしの横を駆け抜けていく人たちに、すぱんすぱんすぱーんと頭を掠めるようにはたかれる。

 っていうか最後の、完全にただの悪態だよねコラ!!

「うっさいゴリマッチョーーー!!」

 デッキブラシを振り回して言い返した。


 まったくもう。どいつもこいつも、 ……厚い作業用手袋してるから、全然痛くなんかないんだ。

 でも機械油で真っ黒になってるやつで触るのやめて欲しいんだけど。


 ぶすくれて、ぐちゃぐちゃにされた髪を手櫛で整えながら端っこに向かうと、わたしと一緒に最初から甲板に出ていた本日の甲板警備担当が苦笑で出迎えてくれた。

 甲板警備兼わたしの見張りでもあるから、ぼやっと真ん中にいたワケじゃないのは見ていて知ってるんだろう。

 ひろーい甲板の右側にでんとある、みんなが『島』って呼んでるビルみたいなそれの壁面に寄りかかった。実際、作業服を着たゴリマッチョ一団の言うとおりで、この時は隅っこにいないと邪魔で轢き潰されてもおかしくない。


 走り去っていった一団は、統制された動きで『彼ら』が帰艦するための準備を整えていく。

 切羽詰った感じはしないから、今日はひどい損傷とかはしてなさそうだ。ちょっとホッとする。


 オレンジ色の空を見上げた。帰ってくるときはいつも同じ方向からだから、探すのに困ることはない。

 遠くで、黒い点がみるみる大きくなっていく。ただの点だったものが、飛行機だとわかるだけのバッテンへ。それから徐々に、翼の角度や形状までわかるくらいの大きな影になって。

 あの細身のシルエットは、蒼戟の天龍───ランスだ!


 あっという間に近付いてきた彼は甲板へその身を滑らせながら、ぐっとかたちを変えていった。

 隙間なんて見あたらなかったはずの装甲が次々に割れて翼が折りたたまれ、伏せていた人が立ち上がるかのように高く、変わっていく。仕上げにくるりと回転して、ぴたっと停止した。


 変形を全て終えた彼は、飛行機の形から、二本の脚で歩く、人間によく似た形になっていた。

 飛行機の時と同じで、他の『彼ら』と比べると全体的に細身で繊細なイメージだ。高さはたぶん10mを軽く超えていると思う。

 腰が人間と比べると高めの位置にあって、膝が逆に曲がっている。先日、歩き方がニワトリみたいだねっていったら機嫌を損ねたので、これは二度と口にはすまい、うん。ご機嫌とるのがすっごい大変だったんだもん。


 わたしがついニワトリを連想した理由のひとつでもある三本指の脚で、ランスはゆっくりと歩き出した。一歩ごとに唸るような機械の作動音と、重い足音が甲板に響く。

 両腕をぱたぱたひらひらさせて合図を送る人に誘導されるまま進み、『島』のつくる陰の中から日の当たる場所へ踏み出した。

 彼の濃い蒼色の装甲が、夕日の燃えるような紅を受けて、淡く輝く紫に縁取られる。

 陽光がひとつ、ランスの肩に乗っかって、きらりと星のように瞬いた。彼のゆるやかな動きにあわせて硬い装甲の上をつるんと滑っていく。そうして美しい曲線を経て尖った先端に宿ると、そこでいっそう煌めいた。


 やばいきゅんとする。


 以前はロボットなんか全然興味なかった。だからガン●ムとかよく知らないし、マンガもアニメもあんまり見なかった。今は後悔している。


 彼らがこんなに綺麗だなんて知らなかった。


 彼のまわりには素早くゴリマッチョ共が駆け寄って、本来彼らが持っていない、人間が後付けさせたミサイルとか、そういうものを外しに取りかかっている。

 ランスは何百キロもあるそれを自分の手で受け止めて、そうっと人間の手に渡し、武装解除を手伝っていた。


 彼らは自分が大きくて、強いことを知っている。そうして、人間が小さくて、脆くて、弱いことも知っている。

 雲の上では凄まじい速さで飛びまわり、圧倒的な力で敵対するものを粉々にする、そんな彼らが、足元をちょろちょろしている小さな人間を万が一でも引っ掛けて傷つけたりしないように、そろりそろりとゆっくり慎重に足を運ぶのだ。


 この強さと優しさに惚れこまないやつがいるだろうか、いやいない。


 一度この艦に乗った奴らが、艦長から甲板清掃員(臨時)にいたるまで、彼らのことが大好きで大好きで、仕方なくなってゆくのは、当たり前のことだと思う。

 今日も無事で、よかった。


 すうっと目一杯空気を吸って、格納庫へと続くリフトに乗ったランスに声をかける。

「おかえりーっ!!!」

 わたしはデッキブラシをぶんぶん振って自己主張した。首をめぐらせてこっちに気付いた彼は右腕を上げると、ぴしりときっちり指先までまっすぐ伸ばして敬礼する。

 その姿勢のまま、沈むリフトと共に甲板から消えていった。完全に姿が見えなくなる間際、頭のてっぺんと指先だけが残ったその一瞬に、ひらひらと鋼鉄の指をちいさく揺らめかせながら。


 真面目なんだか冗談なんだか。


 巨大な戦闘機械のお茶目なしぐさについ笑いながら、日が完全に落ちてしまう前に次々と艦へ駆け込んでくるであろう『彼ら』達を出迎えるべく、空を見上げた。



 ちっぽけな、ただの甲板清掃員(臨時)でしかないわたしは、せめて感謝と労いの気持ちを伝えたいのだ。最前線で戦う彼らに。



 おかえりみんな、今日も一日おつかれさま。世界の平和をありがとう!




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