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オーダーメイド②

 翌日の部活動、梅田は練習場に来ていた。


 森谷と相沢のミット打ちが終わった後、有馬のミット打ちになった。

「今日からフォームを変えるぞ。今まで肩の回転を付ける為に、右ガードをオーバーに前へ出していたんだが、これからは覗き見ガードだ」



 覗き見ガードは、カードの間から相手を覗き込む事から、そう称されている構えだ。梅田は有馬のグローブの高さを頬骨位に修正させた。


 梅田が右のミットを立てる。有馬は左ジャブをミットに伸ばす。これまで、やや前に出していた右グローブを引く反動で、肩を回して打っていたのもあって、やや威力は弱くなっていた。


「今までの打ち方で、肩を回す感覚は分かっている筈だから、それを意識しろ。後は左を伸ばした時に、腰と胴体の左側を相手にぶつける感じで打て」


 数発打っていくうちに、ミット特有の乾いた音が響いた。


「左ジャブを打つ前に左グローブが動くぞ。……一度左ジャブを打った後、引きの意識を強くして覗き見ガードに戻せ」


 有馬が言われた通りにパンチを戻すと、彼の左ガードは最初に構えた所から胴体に付いた形になった。


「今の左ガードの位置を構える場所にしろ。そのまま左ジャブを打ってみろ」


 有馬が左ジャブを放つと、ノーモーションのパンチになった。


「今の感じだ。……特に構えた所に戻す意識を強くしろ。このラウンドは左ジャブだけだ」

 梅田に言われて有馬は、テンポ良く左ジャブを繰り出していった。


 次のラウンド開始のブザーが鳴ると、梅田が口を開いた。

「今から右アッパーを教えるぞ。最初は肩をいからせてみろ。力は入っても構わん」


 有馬は梅田が言うように肩をいからせた。


「これからパンチを打つんだが、肩の力をフッと抜いて、肩関節を降ろすのと腰の回転を連動させて打ってみろ。……あとは感覚的な事だが、右の太腿の前側と右のケツで右肘を弾き出すイメージだ」


 やや下向きにした梅田の右のミットへ有馬が右アッパーを突き上げる。バスッと鈍い音がした。


「力で威力を上げるんじゃねーぞ。六分目の力でいいから、フォームだけに気を付けろ」


 有馬が右アッパーを繰り返す。


「真上に突き上げるんじゃねぇ。斜め前に突き出す感じだ」


「力づくで打ち抜くんじゃね〜ぞ。今は形を作る事だけに集中しろ」


「突き上げた時、腰が左に逃げてるぞ。右のケツで右肘を弾き出す意識を強くしろ」


 梅田の注文は細かいが、新しいパンチを習えるからか、有馬は嬉々としてパンチを繰り出していた。


 三ラウンド右アッパーだけを打ってミットが終わると、最後に梅田が言った。

「右アッパーは、当分は六分目で打て。シャドーでもフルスイングはするんじゃねーぞ」


「どうしてですか?」


「……他のパンチと使う筋肉が違うからかも知れんが、背筋の右側を痛める奴が結構いるんだよ」


「分かりました」有馬は素直に返事をした。


 

 次は康平のミット打ちになった。彼が構えた時、梅田が言った。

「高田、お前はブロックに頼り過ぎな所があるから、足踏みをしてみろ」


 康平は、行進するように手を大きく振り、太腿を高く上げて足踏みをした。


「違う! 構えたスタンスのまま、頭の位置を変えないで、小さく足踏みをするんだよ!」

 梅田は、その後康平に見本を見せた。スタンスは全く変えずに、交互に数センチだけ足を上げるだけのようだ。

 梅田に言われて、康平は足踏みを二十秒程続けた。


 再び梅田が口を開く。

「これから俺が位置を変えるから、俺との間合いを一定に保つようにするんだ」


 ミットを打ち始めた頃に同じ事を行ったが、康平は足踏みをした直後だと、スムーズに移動出来る感触があった。 

 一ラウンド目は、位置を変えるだけの練習で終わった。

「足踏みはラウンド中ずっとしてなくていいぞ。相手と距離が離れた時とか、時折すればいいからな」

「時折で大丈夫なんですか?」

「そうだ。それだけでも位置を変え易くなる」

「分かりました」



 二ラウンド開始のブザーが鳴った直後、梅田が言った。

「髙田は片桐とのスパーで、自分の打ち気がバレてるのを気にしていたよな?」

「……はい」

「お前は性格的に素直で正直なのか、打つ前は何となく分かるんだよ」

「…………」

「……ただ、これは性格的なものだから、無理に変える事はないぞ」

「……そうなんですか?」俯いていた康平が、ふと顔を上げた。

「そうだ。どうせバレるんだったら、ラウンド中、ずっと狙っていればいいんだよ」

「……休みなくパンチを出せって事ですか?」

「……髙田は、そんなに好戦的なタイプじゃないだろ? ……積極性は大事だが、お前には、常に左フックや左アッパーを狙うスタイルで戦わせたいと思っている」


 梅田に言われて康平も納得していた。自分でも闘志があるタイプとは思えない。逆にノンビリしているのも自覚していた。


 再び梅田が口を開く。

「話は長くなったが、このラウンドは左フックだけを打つんだ」

「……左フックだけですか?」

「そうだ。……ミットを上げたら、すぐに、なるべく強く打て。但し、顎は引く。バランスは保つ。右ガードは崩さない。この三つは、必ず守れ」

「はい」


 梅田が左ミットを横向きで垂直に立てる。

 康平は、上半身を左へ捻り、充分に溜めを作った後で左フックを放った。

 バーンとパンチの当たる音が響く。


「溜めを作る時間を減らせ。……自分のやり方で反動を付けられるんだったら、俺が教えた打ち方じゃなくてもいいんだ。……サンドバッグを打ってる時のようにな」


 康平は、ホッとしていた。

 夏休みに左フックは、曲げた左足を少し伸ばす反動で打つ事を習った。だが、いつの間にか、サンドバッグを打つ時、下腹を前に弾き出す感覚で反動を付けていた。

 最近、康平はそれに気付いたが、打ち易いのでそのまま打っていた。


 梅田がスッと上げた左ミットに、康平が左フックを打つ。

 胸が開いたままの形で当たったせいか、バスンと鈍い音が鳴った。インパクトが弱い。拳や肩にくる感触も不十分だ。


 失敗したと思った康平に、

「失敗したのを分かってるんだったらいい。気にせず打ち続けろ。今は上半身よりも下半身だ。構えている時から、左フックを打ち易いバランスと腰骨の位置を、ずっと意識してろ」

と、梅田が言った。


 梅田のミットに反応して、康平は左フックを打ち続けた。

 梅田は一発打つ毎に、康平にバランスと腰骨の位置を確認させた。


 二ラウンド目から四ラウンド目まで、左フックだけのミット打ちが続いた。


 最後のラウンドの前に、梅田が別の注文を出す。

「このラウンドはストレートだけだ。五から六分目位の力でいい。但し、左フックを打ち易いバランスを保ちながらだ」


 梅田が右のミットを上げている。

 康平は、どのパンチを出せばいいか分からず、戸惑っていた。


「右ミットには、左右ストレートどっちでもいいから好きなように打て。打つタイミングも好きな時でいいぞ。……ただ、ミットで合わせないから、引きは意識するんだ」

 梅田にそう言われて康平は気が楽になった。


 打ち始めると、左フックを打つバランスを意識したせいか、左ジャブは今までと変わらない感覚で打てたが、右ストレートは腰が回らず完全な手打ちのパンチになっていた。


「右ストレートは、几帳面に真っ直ぐじゃなくていいぞ。……少しでいいから、右を打つ時、右の太腿の前側を、前寄りの下に押し付けてみろ」


 康平が、梅田に言われてそのように右パンチを打つと、腰が回り易くなった。右の太腿前面の押し付けが、腰を回す反動になったようだ。


 康平は、右パンチが打ち易くなったのもあって、右ストレートを五、六分目ではなく強く打ってしまった。

スパーン!

 梅田がミットで康平の頭を叩いた。

「バカヤロー! 今の段階で右を強く打つんじゃねー」


 一呼吸おいて、梅田が静かな口調で話を続けた。

「右ストレートから左フックを、どっちも強打で打ってみろ」


 康平は頷き、右ストレートからの左フックを全力で打つ。返しの左フックが遅い。打っている康平自身も、よく分かった。


「左フックの速い返しを意識しろ」


 梅田に言われて、右ストレートから左フックの強打を繰り返す。無理矢理速い左フックを返すと、下腹を突き出す反動が生かされず、腰砕けのパンチになってしまう。


「髙田は右を打った時、まだ左脚が固まっていないんだよ」

 梅田が説明すると、康平は納得した。左フックを返す時、左足がグラついているのを自覚していたからだ。


 康平は、怒られるのを覚悟で質問した。

「先生、右ストレートから左フックの強を何度も練習すれば、速く返せるんじゃないですか?」

 康平は最初左フックだけだったが、最近は右ストレートも強く打てるようになったので、今から右を軽く打つのは勿体なく思ったようだ。


 意外にも梅田は怒らず答えた。

「確かにソレだけを練習していたら、右からの左フックの返しは速く出来る。……ただ、それは決め打ちした時だけだ。それも、同じリズムでしか左を返せない場合が多い」


 康平は、あまり理解出来ていなかったが、梅田の言っている事が正しいと思って、素直に「はい」と返事をした。


 梅田の話は更に続いた。

「それに、お前は構えている時、左パンチを打つ前と、右ストレートを打つ前のバランスが微妙に違うんだよ。……ただ、髙田は教わったパンチを少しでも強いパンチにしようと、真面目に取り組んできたからそうなったかも知れん。……だが、それだとサンドバッグ打ちのパンチだけが強くなる練習になって、対人相手には効果が少ない練習になる可能性が高い」


 最近やってきた事を否定された話だったが、康平にとってそれ程ショックはなかった。サンドバッグ打ちで自覚があったからだ。

 スパーリングでパンチを打とうとした時に、健太にバレるのも、それが原因の一つかも知れないとも思った。


 ラウンド終了のブザーが鳴った時、梅田が言った。

「話が長くなったから、もう一ラウンド追加しするぞ」


 返事をした康平は、インターバルの間も左フックを軽く打ち続けた。左フックのバランスを確かめる為だ。

 

 梅田が康平の前足を見た。

「髙田、左足を右側に向け過ぎだ。それに、左膝も内側に入れ過ぎてるぞ。……それだと左フックは打ち易くても、右パンチが打ちにくいだろ?」


 康平は、返事をして左足を修正し、シャドーボクシングを続けた。冗談の多い飯島と違い、怒りっぽい梅田から見られているのもあってか、緊張していた。


 ブザーが鳴り、休憩無しのままラウンドが始まった。

 梅田の右ミットに、康平が左右のストレートをランダムに放つ。


 梅田が顰めっ面になった。

「……お前は軽く打とうとすると、手打ちになり過ぎだ。腰が回ってないんだよ。腰も回して軽く打つんだ。……右ストレートだけを軽く打ってみろ」


 康平は、言われるままに右ストレートを打ち続けた。軽く打つつもりでも、腰を回すと力が入ってしまうのが自分でもよく分かる。

 梅田の顰めっ面は続いている。

「……髙田は右パンチで腰を回す時、右の腰骨でパンチを押し出そうとし過ぎだ。……左の腰骨を引くイメージで腰を回してみろ」 

 梅田はそう言って、康平の左手を左の腰骨に添えさせた。


 康平が左腰骨を引く感覚で腰だけを何度か回す。今までと違い、下半身、特に骨盤が安定している気がした。


 梅田が訊いた。

「骨盤と軸が安定してるのが分かるか?」

「……はい」


 梅田は康平から少し離れ、右のミットを上げて構える。

「今の腰の感覚で、終わるまで右ストレートだけを打つぞ」


 康平が頷いて、右ストレートを放つ。腰の回転だけを意識したせいか、パンチが流れ気味だった。

「他の事は気にするな。腰の回転と左足を固める事だけに集中して続けろ」


 康平は右ストレートだけを打ち続けた。左腰骨を引くと、腰と同時に肩も回り易くなった。だが、彼は肩を回せば回す程、胴体の回転の力が空回りしているような気がしていた。梅田は何も言わずに、康平の下半身ばかりを見ている。康平も、無理矢理腰の回転と左足だけを意識して右ストレートを繰り返した。


 ラウンド終了のブザーが鳴った。梅田が言った。

「ストレートは時間を掛けて直していくから、焦るんじゃねぇぞ。今からサンドバッグを五ラウンド、但し、左フックだけを強く打つ。それも動きながらだ」



 この日の練習が終わり、挨拶をした康平に梅田が近寄った。

「……髙田は、ゲームが好きなのか?」

「え、え、は、はい!」

 予想もしていなかった質問に、康平は慌てて答えた。


「どんなゲームをやるんだ?」

「ロールプレイングで、マッタリやるのが多いです」

「……なんだ。シューティングはやらんのか?」

「……シューティングもやりますよ。多いのはロールプレイングです。……先生もシューティングやるんですか?」

「いや、ワシはやらん」


 康平は困惑した。だったら、なぜこんな事を訊くんだろう。

 梅田は再び話し始めた。

「髙田は、ゲーム感覚でボクシングをさせた方がいいと思ったんだよ。それも、ボクシングとは関係なく、自分だけのゲームだ」

「……どんなゲームなんですか?」

「強い左フック、左アッパーを相手に当てるゲームだ。他のパンチや動作は、この二つのパンチを当てる道具、手段として使っていく感じだ」

「何となく分かりました。でも、どうして左フックと左アッパー限定なんですか?」

「髙田は左フックとアッパーの強打をフォームを崩さないで打てるんだ。だが、性格的にノンビリで好戦的じゃないから、全体に手数は少ない。たから、ゲーム感覚にした方がいいと思ったんだよ。それが二つある理由の一つだ」

「……もう一つの理由は何ですか?」


 梅田がニヤリとした。

「そういう戦い方は、俺が大好きだからだ」


 康平は梅田に訊きたい事があった。


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