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梅田と飯島の過去と、これからのプラン

 翌日、テストを終えたボクシング部の一年生達は、三年二組の教室に集まった。梅田が副担任のクラスだ。飯島も教室に入った。三年二組の生徒は全員帰っていたので、教室にいるのは六人だけだ。


「今から、お前達に今年の全国大会の試合を見せるぞ」

 梅田はそう言って、教室のテレビにパソコンをつないで準備を始め、映像を流した。


 県大会を三度、生で見ていた康平達だが、全国大会は見るのが初めてだった。

 細かなステップワーク、フェイントを混ぜた多彩な動き、何より自分達よりも圧倒的なスピードがあった。

 

 三試合を見終わった一年生達は、凄いなぁと、他人事のように感じていた。


「言い忘れたんだが、コイツらお前達と同じ一年生だぞ」

と飯島が言うと、四人の一年生は「「ええっ!」」と驚きの声を挙げた。


 梅田が話し始める。

「他の県だと、小中学生の時からボクシングを始めて、試合に出ている奴もいるんだよ。お前等は高校から始めて、出遅れているんだ。うちの県だと、黒木や坂田は別にして、高校から始める奴が殆んどだからハンデは大きい」


「でも、全国大会に行かなきゃ、あの人達とは試合しないんじゃないですか?」


 健太が言い返すと飯島が笑った。

「なんだ片桐、お前は全国に行きたくないのか?」


「あ、いや、そういう意味じゃなくてですね。……県で優勝するのも大変じゃないかと思ったんです。……だから遠い存在というか……」


 梅田が言った。

「俺と飯島先生は、毎日真剣に練習すれば、二年も含めてお前等全員全国に行けると信じてる。県大会で優勝して、浮かれた気持ちで全国大会に出たら、段違いの実力の奴等にコテンパンにやられる。お前等にそんなショックを受けさせたくないんだよ」


 康平達は、どこか他人事のように聞いていた。



「梅田先生、今日だけは私達の事を話してもいいんじゃないですか?」


「その方が分かり易いかも知れないですね。飯島先生、お願いします」


 梅田に頼まれた飯島が話し始めた。

「俺達は、永山高校のボクシング部第一期生なんだよ。……と言っても、その時はボクシング部が無かったから、俺達がボクシングを作ったんだ」


 有馬が訊いた。 

「先生達は、二人でボクシング部を始めたんですか?」


「いや、俺と梅田先生、他には今青葉台の監督の竹山先生と、ボクシングはそんなに好きではないけど、友達の付き合いで入部してくれた奴と四人でだな」


「道具とか無くて、どうしてたんですか?」


 健太が質問すると、飯島が話を続けた。

「……まぁ、それは想像に任せるぞ。顧問はボクシング素人で、俺達も手探りだったから、技術的には滅茶苦茶だ。……結局、森谷に勝った木村君みたいに、一ラウンド目から打ちまくるラッシャーになるしかなかった。……俺達なりに頑張ったのもあったと思うが、三年のインターハイ予選で俺と梅田先生、そして竹山先生が運良く県で優勝した。……とに角運が良かった」


「それで全国大会で、コテンパンにされたって訳ですか?」


「片桐は察しがいいな。加えて地方大会でも子供扱いだ。実力差は分かっていても、頑張ってきた分だけ俺達もショックさ。……俺なりの感想だが、県予選で負けるのも、全国で負けるのも、悔しさは変わらない。むしろ、そんなのは関係無く、何もさせて貰えないで負けると、今まで頑張ったのも全部否定されたような辛さだ。俺と梅田先生は、お前達にそんな思いをさせたくないって話さ」


 四人は黙って聞いていた。飯島が再び話し出す。


「全国や地方大会で悔しい想いをした俺達三人は、ボクシングの強い大学に自力で入学して、色々覚えて今こうしている訳だ……という事で俺達の話は終わりだ」

 

 今度は梅田が口を開いた。

「話は変わるが、今まで前六、後ろ四の重心をうるさく言ってきたが、今日からこれは解禁だ」


「という事は、後ろ足重心でもいいって事ですか?」


「違うぞ片桐、極端に考えるな。これからも、やや前重心は変わらん。六対四の重心はパンチを打つ軸を作らせる為だったんだよ。お前等の軸は大体固まってきているから、これから意識するのは足と距離感だ」


「もっとフットワークを使えって事ですか?」有馬が訊いた。


「大まかな答えは合っているが、もう少し細かい事だ。……特に有馬と白鳥は、お前等同士でスパーすると手数はかなり出ていたが、大崎とやるとどうだ?」


「……少ないと思います」有馬が答え、白鳥も頷いた。


「カウンターの怖さ等、他にも理由があるんだろうが、一番の理由は、大崎と違って、お前等が相手の打ち易い位置にずっといてしまう事だ」


 有馬と白鳥は思い当たる所があったようで、二人は納得した顔で返事をした。


「さっき全国大会の試合を見て、細かなステップで距離を調整しているのは見ただろ? ワンステップでパンチの当たる距離から、攻防は始まっているんだ。パンチを打つ気が無いのに、踏み込まないでパンチの当たる距離に長くいるのは危ないんだよ。……お前等も分かってるようだから、細かい事はこれからの練習で身に付けるぞ」


 有馬が、ボソっと質問した。

「俺達、あの全国に出てる奴等に勝てるんですか?」


「有馬、お前はいつも結論を求め過ぎだ。これから勝てる可能性を少しでも上げるんだよ。勝てるかどうかなんてのは、考えるだけ時間の無駄だ。強くなろうと工夫をする。そして、それを反復して身体に覚え込ませる。その繰り返しだ。強い世界チャンピオンでさえも、その試合に向けて技の向上に励んでいるんだからな」


「……はい」有馬は暗い表情で返事をした。


「有馬、梅田先生は厳しい事を言ってるんだが、先生はお前の強化プランを考えてくれてるんだから、そんなに暗くなるなよ」


「俺の強化プラン……そんなのあるんですか?」


「有馬は軽量級にしては背が高いだろ? 最初の予定は梅田先生が基礎を教えて、アウトボクサーだった俺がお前を担当する予定だったんだが、有馬、お前はカウンター打ちたがってただろ?」


「……はい」


「それを聞いた梅田先生が予定を変更したんだ。強い左ジャブを打たせる路線にな」


「強い左ジャブとカウンターは関係あるんですか?」


 飯島がニヤリとして話し出す。

「長身で左ジャブの強い奴は、タチが悪いぞ。離れた所から左ジャブを当ててれば、それだけでポイントを取れてしまうからな。だから、相手は強引に飛び込もうとする。強い左ジャブは貰いたくないから、体勢を崩しながら強引に飛び込むと隙が出来る。その時狙えるのが……分かるだろ?」


「カウンターですね」有馬の表情が明るくなった。

 

 今度は梅田がニヤリとした。

「まぁ、これは、とてつもなく都合よくいった場合のシナリオだ。相手はお前と同じように、勝つ為に頑張って練習してきた人間だ。相手が背の低い奴だったら、一度近付いたら形振り構わず打ってくるだろうし、大抵背の低い奴は、接近戦でダメージを与えるコンビネーションを持ってるからな。同じタイプだったら、お互いペースを取ろうと左ジャブを打ちながら、共にカウンターを狙い合う精神的な我慢比べになるだろうな」


「……そうかも知れないですね」有馬の表情が暗くなった。


 飯島がガシガシ頭を掻いた。

「……まぁ、さっき俺が言った筋書きも簡単にはいかないのが現実だ。けどな、梅田先生はトコトン理屈で現実主義だから、そういった厳しい状況も踏まえてプランを考えてくれている筈だ」

「はい」

「だったら、梅田先生を信じて頑張ってみるんだな」


 健太が飯島に訊いた。

「飯島先生も、俺と白鳥の強化プランを考えてくれてるんですか?」


「も、勿論考えてるとも。お俺が考えない訳ないだろ」


 健太が少しジト目になった。

「……具体的には、どんな感じなんですか?」


「片桐の場合は、大雑把に言うとアウトボクサーだな。後はテキトーに相手に効かせる技を織り込んでいく予定だ」


「成る程、それでいくんですね。頑張ります」

 なぜか健太は納得していた。


「おっ、片桐は分かってくれたようだな。お前は、テキトーでいい加減な俺と同じニオイがしてたからな。俺は嬉しいぞ」


「あ、やっぱり理解出来なかった事に変更したいです」


「それはダメだ。一度こちら側に染まった人間が簡単に抜けられない事は、お前が一番分かっている筈だ。……白鳥は、少し待ってろ。接近戦のイメージは出来ているんだが、離れた時のイメージはまだ整理中だ」


 白鳥は不安な顔をしていた。


 梅田が彼に言った。

「白鳥、心配するな。飯島先生と話してる事だが、お前は運動神経はいい方ではない。だが、勘はいい。結構いいタイミングでパンチを打っているんだよ。離れた時の戦法は、どうしたらいいか分からなくて悩んでいる訳じゃないぞ。どっちにしようかいい意味で迷っているんだからな」


「は、はい」白鳥の返事が大きくなった。


 梅田が話を続けた。

「飯島先生の感性は凄いからな。言い方は、いい加減な意味のテキトーだが、先生はお前等より数段ハッキリとイメージして教えるから、ボクシング自体はお前にピッタリの意味で適当になっていく筈だ」

「はい」

「これから飯島先生を信じて頑張ってみろ」



 飯島が康平の方を見た。

「高田は何かやりたいボクシングはあるか?」


「特には無いです。……というか、少し不安です」


「スパーだと、お前は素直で分かり易いからな。……だが、お前は梅田先生にロックオンされたんだから、大変でも頑張れ。きっとボクシングが、面白くなる筈だ」


 康平は、ロックオンの意味は深く考えなかったが、取り敢えず明日からの練習を頑張ろうと思った。


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