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打たれてニヤニヤ

 

 土曜日の練習。一年生達は、スパーリングをする事になった。有馬と白鳥は大崎の、康平と健太は相沢の相手をする。


 康平と健太は、相沢とスパーリングをするのは初めてだった。



「相沢は運動神経が悪いから、手加減出来ないからな」


 飯島に言われて、二人は緊張した面持ちでシャドーボクシングを始めた。



 最初は白鳥と大崎がリングに入った。


 この二人のスパーリングは、打ち合いになる場合が多い。今回も最初から接近戦になった。


 白鳥は今までと違い、腰高にはならなかった。二ラウンドの間に、二度スタンディングダウンでカウントを数えられたものの、彼は果敢に打ち返した。



 リングを出る白鳥に、飯島が言った。


「いいぞ白鳥。ただお前は、ブロックに頼り過ぎなんだよ。もっとボディーワークやフットワークで、的を絞らせないようにしないとな」



 白鳥と入れ替わりで、有馬がリングに入った。

 

 開始前から、彼は目を大きく開けて集中していた。


 ブザーが鳴った。


 大崎がグイグイと前に出る。前のラウンドまで白鳥と打ち合っていた彼は、ややテンションが高く、好戦的になっているようだ。



 有馬が左ジャブを繰り出す。ミットで打っていた強いジャブだ。


 いきなり放った大崎の右クロス(カウンター)が、有馬の顔面に浅くヒットした。



「ストォーップ!」


 飯島が声を張り上げた。そして大崎を軽く叱責した。


「試合前じゃないんだから、今日は右クロスを打つな。有馬はまだ避けれないんだからな」



 有馬は何か言いたそうな顔をしていた。彼の顔をチラッと見た梅田は、飯島に言った。


「飯島先生。六分目位だったら右を合わせちゃってもいいですよ。大崎も今のうちに打ち慣れたいでしょうし」



 飯島は、梅田が何か気付いたのだろうと思い、「それは助かります。大崎ももっと打ちたいですからね」と答えた。

 

「有馬、構わず左だ。右クロスを狙われても打つんだ」


 梅田がそう言うと、有馬は二度小さく頷いた。



 スパーリングが再開された。


 有馬が左ジャブを伸ばすと、大崎は頭を左下に沈めながら、右ロングフックを放っていた。右のクロスカウンターだ。


 有馬は右グローブでこれを防いだ。



 梅田が怒鳴った。


「そんな萎縮したジャブじゃ駄目なんだよ。相手を下がらせるような、生きたジャブを打たなきゃ意味ねぇんだぞ」



 有馬は再び二度頷き、すぐに視線を大崎に移した。怒鳴られた本人は納得しているようである。


 大崎はこのスパーリングを、右クロスカウンターの練習と割り切ったのか、長身の有馬に対してあえて接近せず、ロングレンジ(離れた間合い)で戦うようになった。



 有馬が左ジャブを放つ。


 カウンターのタイミングを取り損ねた大崎は、慌てて両ガードを上げ、ブロックで防いだ。


 バスンとグローブ同士の当たる音が練習場に響く。



「いいぞ有馬! 他のパンチはいいから、今のジャブだけを意識しろ」


 褒める時も梅田の声は大きい。

 

 有馬が何発目かの左ジャブを伸ばす。同時に、大崎の右クロスカウンターが襲いかかった。タイミングが合っていた。


 有馬はこれをかわそうと、大きく上半身を仰け反らせる。大崎の右パンチは空を切った。


 有馬は前足(左足)が浮く程仰け反った為、大きくバランスを崩した。



 梅田が言った。


「いいんだ有馬。不恰好でもいいから、今は反応する癖をつけろ」



 有馬が左ジャブを放ち、大崎が右クロスカウンターを合わせる。このパターンが続いた。スパーリングが開始されてから、二人は他のパンチを打っていない。



「おいおい、形式練習じゃないんだぞ。他のパンチも打っていいんだからな」


 飯島が苦笑すると、二人は頷いた。



 大崎が、全身をピクッとさせてフェイントを入れた。

 

 有馬が反応し、ワンツーストレートで迎え打つ。


 大崎がバックステップしてこれを空振りさせた後、踏み込んでワンツーストレートを繰り出した。


 パンチを打った後、目を瞑ってしまう癖のあった有馬は、今までこのパターンでパンチを貰っていた。


 ワンの左ジャブから、ツーの右ストレートを打とうとした大崎の動きが止まった。有馬の左ジャブがヒットしたのだ。


 有馬が、すかさず右・左・右のストレートで追撃する。大崎はガードを上げてこれを防いだ。



 大崎は二年生の中で、一番の負けず嫌いである。


 彼は有馬が打ち終わった時、ガードの上からお構い無しにパンチを打ち続けた。


 有馬が堪らず後退した。


 距離が離れると、彼は左ジャブを伸ばした。大崎が右のロングフックを合わせる。


 有馬が右グローブでこれを防いだが、大崎は身体を沈めながら右足を前に出した。そして、サウスポースタイルから左フックを放った。

 

 ドスンと音を立てて有馬が尻餅をついた。フルスイングした大崎の左フックが、有馬の顎にヒットしたのだ。



「馬鹿野郎! テメーはライトスパー(六分目で打つスパーリング)ろうが! 熱くなり過ぎなんだよ」


 梅田の怒号が響き渡った。


 大崎は、ハッと我に返ったような顔をした。


「す、すいません! ……有馬、大丈夫か?」



 ロープ際にいた有馬は、ロープを掴みながら立ち上がった。


「だ、大丈夫です。まだ出来ますよ」


 彼はそう答えたが、少し足がふらついている。同時にラウンド終了のブザーが鳴った。



 梅田が言った。


「今日はもう終わりだ」


「まだ出来ます。あの左フックも見えていたんで、避けられなかった俺が悪いんです」


「パンチは見えてたんだな? だったらいい。お前はダメージがあるんだから、今は長椅子で横になってろ」


 梅田にそう言われた有馬は、大崎と共にリングを出た。

 

 相沢と健太が、入れ替わりにリングへ入った。


 保護具とグローブを外した有馬は、長椅子へ行く前、康平に言った。


「アレをやると、パンチを打った時も相手が見えたぞ」


 スパーリングの最中、有馬は目を大きく開けて戦っていた。それに気付いていた康平は、自分もやろうと思った。



 リング上では、スパーリングが始まっていた。


 相沢と健太は、共に身長は百七十センチだが、構えは大きく違っている。


 オーソドックススタイル(右構え)の相沢は、両グローブを口の前に置き、膝でリズムを取った。一定の間隔で、頭が上下に小さく動く。


 サウスポースタイルの健太は、右グローブを大きく出し、左グローブを口の前に置いて構える。


 前回、森谷と行ったスパーリングの時には、左ボディーブローばかりを狙って後ろ足重心になっていた。


 今回、重心は直り、上がり気味の顎はしっかり引いている。

 

 健太がいきなり左ストレートをヒットさせた。遠い間合いから、思い切りよく踏み込みこんでいた。


 相沢のグローブにぶつかった後だったので、当たりは浅かった。


 二人は一瞬固まっていた。


 健太は一発目から当たるとは思わなかったらしく、相沢は、遠い間合いから一気に踏み込んできた健太に驚いたようだ。



「何してるんだ片桐! すぐに追撃するんだよ」


 梅田の声に反応した健太は、右のフックから左ボディーブローを繰り出す。


 相沢は頭を動かしながら左へ大きく位置を変え、これを空振りさせた。


 空振りした健太はバランスを崩したが、相沢は反撃せずにそのまま距離を取った。


 梅田が顰めっ面になる。



 再び離れた間合いになった。


 相沢は健太の踏み込みを警戒し、膝のリズムに合わせて左右に小さくダッキングを始めた。

 

 健太が二発三発と右ジャブを伸ばす。


 通常サウスポーとオーソドックススタイルが対峙すると、前の方の手が同じ側にある為、お互いの前の手が邪魔になってジャブが打ちにくい。


 相沢が両グローブを口の前に置くスタイルなので、健太は右ジャブを打ち易いようだ。


 更に右ジャブを伸ばそうとした健太の顔面を、相沢の右ストレートが捉えた。


 ガスッという鈍い音がした。


 康平は不思議に思った。相沢の右ストレートは、そんなに速く見えなかったからだ。


 調子よくパンチを出していた健太は、怯んだのか一度大きく下がった。



「片桐、一本調子の右ジャブばかりだと、今みたいに右ストレートで狙われるぞ。左も混ぜていけ」


 梅田の声に、健太は頷きこそしなかったが、離れた距離から思い切りよく踏み込み、左ストレートを放った。



 共にクリーンヒットは無いまま時間は進んでいく。先手でパンチを繰り出す健太に対し、相沢は後手に回り気味だった。

 

 一ラウンド目終了のブザーが鳴った。


 手数が少ない相沢に、堪らず梅田が叱咤した。


「テメーは一年生相手に何やってんだ! 先手を取られっぱなしじゃねーか?」


「すいません。……片桐の出入り(ではいり)が結構良かったんで……」


 健太は踏み込みと共にバックステップも大きい。



「だったら、踏み込ませないようにする方法はあるだろうが」


 梅田に言われた相沢は、ハッと気付いたような顔になった。


「分かりました。アレをもう少し多用します」


「スパーの時くらいは、戦いながら自分で組み立てなきゃ駄目なんだよ」


 梅田は顰めっ面のままだったが、相沢の表情は少し明るくなった。



 二ラウンド目開始のブザーが鳴った。

 

 早速相沢が仕掛け、体を沈めながら右ストレートを放つ。健太のボディーへ浅くヒットした。相沢は追撃せず、右後方へ大きく下がった。


 間合いが近付くと、相沢は再び体を沈め、右ボディーストレートを伸ばす。健太は警戒していたようで、このパンチをブロックで防いだ。



 相沢はフェイントを入れ始めた。全身が小さくブレるようなフェイントに、体を沈める動作も混じえた。その度に健太はバックステップをした。


 前のラウンド、思い切りのよかった健太の踏み込みが、急に悪くなった。



 ラウンド中盤、相沢が先手で打つシーンが多い。健太にスタミナが切れている様子はない。


 首を傾げる康平と白鳥に、飯島が言った。


「右ボディーストレートは、突っ込んでくる相手や、踏み込みのいい相手には有効なんだよ。相手が思い切り前に出た時、右ボディーストレートがカウンターになるから前に出にくくなるのさ」



 彼が言い終えた時、健太はロープ際に追い込まれていた。

 

 相沢が突っ込まなかったので、中間距離での攻防になった。


 健太も懸命に反撃するが、位置を変えながら攻撃する相沢に、パンチは殆んど空を切った。


 相沢が体を沈め、そのまま上へ右ストレートを放った。ガードの下がった健太の顔面にクリーンヒットした。


 健太の腰が落ちた。



 梅田はすぐにストップし、リングの外からカウントを数える。


 カウントエイトまで数えた梅田に、健太は「まだやれます」と言ってガードを高く上げた。


 梅田はチラッとタイマーを見た。残り三十秒になっていた。



「相沢はあまり手を出すな。片桐は前後の動きだけじゃなくて、もっと左右に動いて攻撃してみろ」


 梅田の指示でスパーリングが再開された。パンチを出さない相沢に、健太も遠慮がちになり、静かな展開のまま終了のブザーが鳴った。

 

 康平がリングに入った。相沢は続けて二ラウンドのスパーリングである。


 開始のブザーが鳴る前、康平は有馬に倣い、目を大きく開けて構えていた。



 スパーリングが始まった。


 覗き見ガードの間から相手を見る康平は、相沢の頭がよく動くように見えた。



(的が絞れない)


 そう思った康平に、相沢の左ジャブが右の頬にヒットした。


 棒で突かれたような感覚だった。


 スパーリングでは、試合よりも重く大きなグローブを使う。ダメージを軽減する為だ。当然、パンチの衝撃もソフトになる。


 だが康平がパンチを貰った時、ゴツンと痛みを感じた。固いパンチだ。



 もう一度相沢が左ジャブを伸ばすと、康平は辛うじて右グローブで防いだ。


 パンチに特別な速さは感じられない。だが、気付くと顔の前まで左グローブが近付いていた。分かりにくいパンチだ。

 

 迷っている康平に飯島が声を掛けた。 


「どうした高田。中途半端な位置でボーッとしてると、ドンドン相沢のペースになっちまうぞ」



(やられて元々だ)


 意を決した康平は、パンチを繰り出し始めた。


 パンチは当たらないものの、森谷とスパーリングをした時よりも、康平の手数が多い。


 身長が百七十二センチの康平より、相沢はやや身長が低い。森谷は身長が百八十センチ近くあった。


 クリーンヒットではなかったが、康平のガードを掠めて相沢のパンチが時折ヒットした。森谷の時よりも、多くパンチを貰っていた。


 だが康平は、自分の間合いでパンチを打ってくる相沢が、森谷よりも戦い易いと思った。


 森谷の時には近付けなかった為、あまり打てなかった左フックが出始めた。


 このパンチを康平は、習った時からサンドバッグを思い切り打ち続け、自分でも得意パンチだと思っていた。



 ラウンド終盤、相沢のパンチをブロックした康平は、空振り覚悟で左フックをフルスイングした。

 

 康平の左拳に感触は無かった。


 空振りした直後、康平に見えたのは、自分の顔に近付く相沢のグローブだった。左ジャブの時より強い衝撃があった。


 パンチを貰った康平が、ハッと相沢を見ると、彼は左斜め前にいた。左腕を広げながら飛び込んでくる。


 康平は慌ててガードを上げ、追撃する相沢の左フックを防いだ。


 ここでラウンド終了のブザーが鳴った。



 青コーナーへ戻った康平は、立ったまま深呼吸を行った。彼の呼吸が整うのを見計らって、飯島が訊いた。


「さっきは何のパンチを貰ったか分かるか?」


「……いいえ。分からなかったです」


「やっぱりな。お前が左フックを振った時、残念ながら目を瞑っていたんだよ。ちなみに、貰ったのは右ストレートだ」



(また悪い癖が出てしまったのか)


 康平はガックリと肩を落とした。



「ほら、次のラウンドが始まるぞ。気持ちを切り替えて集中しろよ」


 飯島はそう言って、康平の尻を平手で軽く叩いた。


 

 二ラウンド目が始まった。


 康平は、早々に相沢の左ジャブを貰ってしまった。


 彼は、覗き見ガードの隙間をやや小さくした。相沢のストレート系のパンチを防ぐ為だ。


 相沢のそれは、打ち始めもグローブがブレず、構えた所からスーッと伸びてくるから分かりにくい。



「高田、構えを変えて防ごうとするな」


 飯島からの指摘だった。康平は戸惑い、一度距離を取った。


 康平の様子を見て、相沢も下がってガードを降ろした。康平は飯島を見た。


 飯島が続けて言った。


「高田はブロックに頼り過ぎなんだ。フットワークや頭を動かしたり色々やってみろ」



 康平は頷いた。彼が相沢に視線を向けると、相沢はガードを上げてリズムを取り始めた。


 二人は、暗黙の了解でスパーリングを再開させた。

 

 康平が左へ回り始める。


 今までは前に出るスタイルで、あまりフットワークを使っていなかった彼は、動きがぎこちなかった。



 再び飯島が口を開く。


「いいんだ高田。スパーリングは色々試す場だからな」


 康平は他に、意識して小さなダッキングも加えた。


「いいぞ高田、その動きだ」飯島が褒める。



 康平がパンチを打とうとした時、相沢の左フックを貰っていた。飛び込みながらの左フックだ。


 追撃の右ボディーアッパーと左フックは、辛うじてブロックで防ぐ。何とか打ち返す康平だったが、相沢は既に離れていて彼のパンチは空を切った。



 慣れない動きもあってか、康平は、相沢のヒット・アンド・アウェー(打っては離れるボクシング)に先手を取られる場面が多くなった。



(踏み込みのいい相手にはボディーへ右ストレート)


 康平は、飯島が言っていた事を思い出し、次は右ボディーストレートを打とうと決めた。

 

 相沢が踏み込んでくると判断した康平は、ボディーへ右ストレートを放つ。


 だが相沢は、左へダッキングしようとしただけだった。


 康平の右グローブは、運よく相沢の右ガードへ当たった。


 相沢が小さくバランスを崩す。


 康平は踏み込み、左フックを振るった。


 目を大きく開けた彼の視界には、身体を沈めながら自分の左側へ移動している相沢の姿があった。


(あ、先輩が右を打ち始めた)



 ガスッ!


 左フックをかわされ、相沢の動きを他人事のように見ていた康平は、そのまま右ストレートを左のテンプル(コメカミ)に貰っていた。


 ガーンと衝撃を受けた康平は、頭がボーッとし、何も考えられなくなった。



「ストーーォップ!」


 梅田がカウントを数え始めた。


 意識がハッキリしてきた康平は、自分が立ったままダウンを取られたのだと気付いた。

 

 彼は反射的にガードを上げていた。



 飯島が訊いた。


「高田、お前大丈夫か? 相沢の右をガッツリ貰ってたんだぞ」


「……だ、大丈夫です」


 思わず康平はそう答えたが、初めて効かされた感覚を味わい、怖いという気持ちが湧き上がっていた。


 だが、それと同じ位に悔しい気持ちもあった。自分自身にだ。


(あの右ストレートは見えていた。避けられた筈だ)


「本当に大丈夫ですから」


 彼はそう言って、構えたガードを更に高く上げた。


 スパーリングは続行となった。残り時間は四十秒を切っていた。



 相沢は、更に忙しく動くようになった。膝のリズムに合わせて、小さなダッキングを増やし、そしてフェイントも加え始めた。


 対応しきれない康平は、後手に回り、相沢のパンチをブロックしてから打ち返すパターンになっていった。

 

 ラウンド終了間際、相沢のコンビネーションをブロックした康平は、右ストレートを打ち返す。


 康平は、相沢がウィービング(潜るような防御)でかわし、自分の右側にいるのが見えた。


(左フックがくる)


 そう思った康平は、空振りした右パンチを戻しながら、左側へ大きくダッキングをした。


 彼の頭上で、左フックが空を切った。


 康平は、左ボディーブローを打ち返す。彼は自分のパンチを、歯痒くなる程遅く感じていた。


 相沢は左フックを空振りした後、そのまま体を預けた。その為、康平の左パンチは、相沢の腰に巻き付くような格好になった。


 クリンチになり、ここでラウンド終了のブザーが鳴った。



 リングから出た康平は、グローブと保護具をタオルで拭き、片付けていた。


 その時、長椅子に座っていた有馬が声を掛けた。


「康平も見えてたんだな?」


「……まぁ、何とか見えたよ」


 悪い癖を克服出来たのが嬉しかったのであろうか、二人はニヤニヤしていた。


 

 飯島が怪訝な顔をした。


「お前ら、気持ち悪いぞ。打たれた者同士でニヤニヤして。……打たれて変な趣味に目覚めたんじゃないよな?」


「違いますって。俺達、空振りした時も相手が見えたんですよ」


 有馬はニヤついた顔で答えた。



「それがボクサーとしては普通なんだよ。相手が見えるようになればなる程、自分の課題はどんどん増えていくんだからな」


 飯島が真面目な顔でそう言うと、康平と有馬は少し暗い顔になった。二人共、思い当たる事があったようだ。



 その途端、飯島は急に笑顔となった。


「嬉しそうな奴をヘコますってのは、快感だよな。最近嵌まってんだよ」



 二人は、変な趣味へと目覚めた飯島に、何も言う事が出来なかった。



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