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発見


 翌々日、中間テストの結果が出た。康平は順位が十五位がったものの、携帯電話を買って貰える二十位上昇までは届かなかった。


 LHRが終わった後、康平の前の席に座っている亜樹が、後ろを振り返った。十一月に入って席替えはあったが、亜樹はまた康平の前の席である。康平の成績を聞いて彼女は言った。


「そっかぁ……君なりに頑張ったんだけどね」


「携帯(電話)は残念だけど、まぁ仕方ないよ」



 亜樹は意外そうな顔をした。


「結構サバサバしてるのね? ……数学が良くなかったのかな?」



 康平は数学が苦手だった。図書館で勉強する時、彼は亜樹から教えて貰っていた。だが、今回は亜樹が弥生に独占されて、康平は彼女に教えて貰う事が出来なかった。


 今回の康平の成績は、数学以外は格段に良かった。ただ、彼は亜樹に気を遣わせないように、少し誤魔化して答えた。


「……それだけじゃないよ。他に、思ったより良くない教科もあったからさ」


「それだけじゃないって事は、やっぱり数学が悪かったのね。……それと、これから土曜日は図書館に行けなくなったから、健太と弥生ちゃんに言っておいてね」



「土曜日って、何かあんの?」


「毎週土曜日はバイトがあるのよ」


「……もしかしてバイトって、誕生日プレゼントの為?」


 十二月二十五日は康平と綾香の誕生日で、一月一日が健太の誕生日だ。十二月二十五日に、三人の誕生パーティーが綾香の家で行われる予定になっていた。


「そう。ただ、バイト先は近所で、親戚の喫茶店なんだけどね」


 亜樹がそう答えた時、次の授業のチャイムが鳴った。




 数日後、部活が終わって康平が家に着くと、母親が玄関の前に立っていた。


「二十番以上は上がらなかったけど、お父さんがね、康平が頑張ってたから買ってやれって言ってたのよ。お父さんにお礼を言っときなさいね」


 母親は、そう言って携帯電話のカタログを康平に渡した。


 康平は、携帯電話を買って貰える事よりも、今回頑張った自分を見て貰えた事が嬉しかった。



 康平が居間へ入ると父親がいた。


「と、父さん、あ、有難う」


「け、携帯を持った途端に、ゲームばっかりするようだったら、ぼ、没収するからな」


 照れ臭くなった康平がどもりながら言うと、父親もどもりながらそう答え、急に新聞を読み始めた。康平のシャイな性格は、父親譲りのようだ。


 

 翌日、康平が亜樹にその事を伝えると、亜樹は嬉しそうに言った。


「良かったね。お父さんは、ちゃんと康平の事を見てたんだよ。でも、私がいないと数学は駄目なんだろうね」



 放課後、部活が始まる前に梅田が言った。


「十二月になったら、一年生同士でスパー(リング)を始めるからな」



 一年生達は、緊張した顔付きになった。今までは、先輩達とのスパーリングだった。キャリアも違ったので、やられて元々という気持ちがあった。だが、同じ日から習い始め、同じように練習してきた者同士でのスパーリングである。一年生全員から、負けられないという気持ちが沸き上がった。



 その日から一年生達の練習は、より一層真剣なものへと変わっていった。


 腰高の白鳥は、シャドーボクシングの際、極端な程重心を落とし、パンチを上向きに繰り出した。


 パンチを放つ時、目を閉じる癖のあった康平と有馬は、常に目を閉じないように意識した。


 顎が上がり気味だった健太は、練習中常に上目遣いで前を見るように心掛けた。


 

 

 練習が終わり、康平と健太は一緒に帰った。


 一年生同士のスパーリングとなれば、グローブを交えるのは、体重が近いこの二人である。


 二人は、いつもより会話が少なく、話をしても何処かぎこちなかった。




 数日後。部活の終わり頃、健太は有馬に、自分の顔面へ軽くパンチを打つようにと頼んだ。


「避ける練習か?」と有馬が訊いた。


「そういう訳じゃないんだが、とに角打ってくれ。……軽くな」



 有馬が軽く左ジャブを放った。スピードも遅めだ。だが、そのパンチは健太にヒットした。


 不思議そうな顔をする有馬に、健太が言った。


「いいから続けてくれ。軽くだったら右でもいいぞ」



 有馬の出すパンチが、悉く健太に当たっていた。だが健太は、何事も無いような顔をして続けている。当たっているのは、顔面ではなく額だった。


 

 ストレッチをしている康平も、健太の様子が気になった。


 近くにいた飯島が、ニヤリとしながら頷いた。


「ハハーン。そういう事か」


「どういう事ですか?」


 康平が訊くと飯島は答えた。


「片桐は、顎の上がる癖があったからな。あーやって額でパンチを受けて、逆に顎を引く癖を付けてるんだと思うぞ」



 梅田が健太に指摘した。


「片桐。どうせやるなら、パンチを貰っても目をつぶらないように意識しろ」



 飯島が呟いた。


「自分に当たるまでパンチを見るのは、なかなか出来ないからな」



 康平の隣でストレッチをしている白鳥が質問した。


「で、でもパンチを貰うって事は、み、見えないから貰うんじゃないですか?」


「それだけじゃ無いんだよ。プロの世界タイトルを、テレビで観る時あるだろ? それでCMの後に、前のラウンドでパンチの当たったシーンとかを、よくスローモーションでリプレイするよな?」


「……はい」


「それを見るとなぁ、パンチが当たる直前になると、貰う方は大概目を瞑ってるんだよ。世界チャンピオンクラスでもな」



 

 今度は康平が訊いた。


「パンチが見えてるのに貰っちゃうんですか? ……それだったら、避けた方がいいと思うんですけど」


「パンチが見えても、対応出来ない時があるんだよ。例えば打ち終わる直前や、コンビネーションを打っている最中にパンチがきた時さ」



 更に飯島は付け加えた。


「まぁ何よりいい事は、片桐が積極的に顎を引こうと取り組んでいる事だ。いくら練習しても、自分が直そうとしなかったら、癖はなかなか直らないからな」


「先生。あの練習をすれば、僕のパンチを打つ時に目を瞑ってしまう癖も、治り易くなるんでしょうか?」


 康平が質問すると、飯島はニヤニヤしながら答えた。


「さぁ、どうだろうなぁ。……まぁ、自分で色々やってみるのもいいんじゃないか?」



「白鳥、ちょっと付き合ってくれないかな?」


「……いいけど、僕にも打って貰っていい?」



 練習後のストレッチをしていた二人は、一度外したバンテージを巻き直し始めた。


 

 健太が言った。

 

「もういいよ。有馬、ありがとな。……お前はやんなくていいのか?」


「俺はいいよ。……自分だけ打って終わる練習は、何か得した気分だよな。明日も打つ側だったら手伝ってやるよ」


 有馬はそう言ってグローブを戻し、バンテージも外し始めた。


 彼がストレッチをしている時、康平が白鳥に軽いパンチを打っていた。



 あれ、何で白鳥までやってんだ?


 じっと見ている有馬に、飯島が言った。


「白鳥も十二月は、誰かさんに負けたくないんだろうな」



 白鳥と体重が近い有馬は、すぐに立ち上がり、健太にねだった。


「頼む健太。俺にも打ってくれ」


「お前いいって言ったじゃん?」


「き、気が変わったんだよ。だから頼む。な、な」



 二人は再びバンテージを巻き直し始めた。



 健太がやった練習は、結局四人の一年生が毎日続ける事になった。



 

 

 更に数日が経った。練習が終わる頃、一年生達は、お互いの額を打ち合っていた。


 この日、康平は有馬とパートナーを組んだ。


 有馬は細目で目付きが悪い。


 有馬がパンチを打とうとした時、彼は大きく目を見開き、それと同時に鼻の下がグーッと伸びた。


 康平は笑いそうになってしまった。


 笑っちゃ駄目だ。有馬は真剣なんだ。


 心の中で自分に言い聞かせる康平だったが、どうしてもニヤけた口が直らない。


 咄嗟に彼は、ピーカブースタイル(口の前に両グローブを置くスタイル)で口元を隠した。 



 有馬が訊いた。


「康平、構えを変えたのか?」


「ち、違うよ。こ、この方がデコを打ち易いだろ。……それより、今日の有馬は何か違うんだよな」


「今日から、目を大きく開けて集中するようにしてたんだよ。俺達はアノ癖があるからさ。康平もやってみろよ。何かいけそうな気がすっからさ」



 見かけはヤンチャだが、有馬はいい奴だ。


 そう思う康平だったが、ニヤついた顔を直す事が出来ず、ピーカブースタイルのまま練習を続けた。

 

 

 パンチを打つ側にまわった康平は、有馬を真似て、目を大きく開けながら集中するように心掛けた。


 今までと感覚が違った。有馬にパンチが当たった時、彼の顔がよく見えた。



 康平は有馬に頼んだ。


「有馬、今度は避けてくれないかな?」


 有馬は何か感じたらしく、快く応じた。



 康平がパンチを放つ。かわされた瞬間、有馬の姿が鮮明に見えた。


 スパーリングの時、自分がパンチを打った後、訳が分からないまま先輩のパンチを貰っていた。ちゃんと目を開けていたら、避けられたかも知れない。


 自分はもっと強くなれる。


 そう思った康平は、嬉しくなって口許が綻んでいた。



「康平、何ニヤついてんだよ?」


 怪訝な顔で訊いてくる有馬に、康平は今自分が思った事を話した。



「避けられた方が分かるのかもな。……じゃあ、今度は俺が打つからな」


 有馬に頼まれ、彼のパンチを康平がかわした。


 有馬の顔がニヤついていた。彼も何か感じとったようである。


 二人は遅くまで練習を続けていた。


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