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絶望的な夏休み


 終業式が終わり、高校生になって初の夏休みを迎えた一年生達。


 康平のクラスでは、半分の者が開放的な顔をしていた。


 残りの半分は中途半端な表情である。それは運動部の連中だ。部活の為に、いつも学校に来なければならないからだ。


 その中に一人、絶望的な顔をしている人間がいた。


 康平である。


 彼は前日、梅田から夏休みの練習予定を聞かされた。


「朝ロードワークをする者もいると思うから、うちの部は毎日午後一時に練習開始だ。但し一年生は、上級生と時間をズラシたいから午後三時に来い! 念の為言っておくが日曜日が休みだ」



 殆どの運動部は夏休みの期間、午前中に練習する。そして部員達は残りの半日で青春を謳歌する。


 永山高校はボクシング部だけが午後からの練習で、しかも一年生は中途半端な午後三時からだ。


 康平達はその時間まで、体力温存の為に羽目を外せそうにない。何とも規則正しい夏休みになりそうだった。



 ボクシング部の午後からの練習時間は、クラスメートと担任も知っていた。


「夏休みは羽目を外し過ぎるなよ。……まぁ高田は別だがな」


 ホームルームの終わりに担任が言った。数人のクラスメートがクスクス笑った。


 康平は、ふてくされた顔で頬杖をついた。


 チャイムが鳴って解散になった。この日ボクシング部は、部活が休みだった。


 梅田は期末テストで赤点取った生徒の補習に忙しいらしく、飯島は午後からある友人の結婚式に出る為、急いで帰ったようだ。


 永山高校ボクシング部は、顧問がいなければ部活が出来ないルールになっていた。


 明日から始まる規則正しい夏休みに希望を見出だせない康平は、健太や他の友達と遊んで気分転換でもしようと思っていた。


 健太のいる教室へ行こうとする康平に、亜樹が呼び止めた。


「康平、ちょっと待って! どうせ今から遊びに行こうか考えてんでしょ? それだったら少し付き合ってくれないかな」


 康平は決め付けられたのが悔しかったのか、

「どうしようかな」

と言って悩むフリをした。


「悩むんだったらいいよ。別に困らせるつもりもないし」


 亜樹は素っ気なく言った。



「お、俺は大丈夫だからさ」

 康平は慌てて訂正した。


「有難う。じゃあ駅前のデパートに行くからね」



 デパートまで歩きながら康平が亜樹に話を聞くと、彼女は一つ年下の従弟の誕生日プレゼントで悩んでいるようである。


 康平が即座に新しいゲームソフトを提案したが、亜樹に却下された。


 従弟はあまりゲームをしないらしく、最近までバスケ部だったので無難にTシャツを買う事になった。


 ゲームとマンガが趣味の康平は、真剣に考えたがあまり役に立たず、結局亜樹が一人で決めて買った。


 康平は頭を掻きながら言った。


「ゴメンな。全然役に立たなくて……」


「そんな事ないよ。君なりに悩んでくれてたしね」

 亜樹は嬉しそうだ。



 別れ際、康平は亜樹に訊いた。


「夏休みもあの図書館にいんの?」


「まだ決めてないけど」


「……もし図書館で会ったら、勉強教えてくれるかな? ……偶然会った時でいいからさ」



 亜樹の口許がほころんだ。


「毎日あそこにいるかは分からないけど、月曜から土曜日の朝から午後三時まではいるかも知れないよ」


 康平は午後三時からの部活である。


「あ、アリガトな」


「偶然会った時は教えてあげるよ。……君は私を探さないと思うけど、奥の席に結構座ってるんだ」




 夏休み二日目、康平は早朝四時に目を覚ました。


 彼は暑さで勝手に起きたのではない。前の日にセットした目覚ましで、意図的に起きたのだ。


 これには深い理由があった。



 ジョギングを始めて一ヶ月たったが、康平は奇跡的に土曜日以外の晴れの日は毎日走っていた。


 これは、強くなりたい気持ちだけで走っているのではなかった。


 ジョギングを始めて一週間を過ぎた頃、彼は毎日同じ人間と擦れ違う事に気付いた。



 新聞配達のアンチャン。


 メタボな身体を駆使してジョギングをする、中年男性の小池さん。


 毎日散歩する、高校教師を定年退職したお爺さんの山田(元)先生。


 この三人は、走る度に毎日逢うので、自然に挨拶するようになっていた。



「お、今日も走ってんな!」

 バイクに乗った新聞配達のアンチャンが言う。


「君もよく続いてるなぁ」

 Tシャツが透ける程汗を掻いている小池さんが、苦しそうな顔で走りながら康平に声を掛ける。


「若いんだから、後悔しないように頑張れよ」

 話す内容はいつも同じだが、必ず話し掛けてくれる山田(元)先生。


 身体の成長と共に照れ臭さも増す康平の年頃だが、同級生がいない場合は時として素直になれる。


 康平は大きな声で挨拶をする。

「おはようございます」


 それが毎日続くと、康平も走るのを辞めにくくなっていた。



 なぜ康平は、朝四時から走るようになったのか?


 話は前日に遡る。いつものように、康平はジョギングの為に朝の五時に起きた。


 五時に起きても準備があるので、走り始めるのは五時二十分頃からだ。


 最近は五キロを走るのが定番になっているが、ゆっくりペースなので家に戻るのが六時頃になる。


 家の近くの公園を横切った時、康平に挨拶する人間がいた。


「康平君おはよう!」


 近所の小学生達である。夏休み恒例のラジオ体操に出ているらしい。


 六時半からの筈だが元気が有り余っているらしく、三十分前から遊んでいた。


 そそくさと通り過ぎた康平だったが、後ろから声がしていた。


「あの人走んのオッセ」


「シュンの方が絶対ハエーよな」


「康平君て、ボクシングやってるんだって!」


「うちの母ちゃん、もうすぐ辞めるだろうって言ってたぜ」



 いつの時代でも陰口が下手な小学生はいる。言ってる事は全て康平に聞こえていた。


 小学生達の会話は、康平の心にグサグサと突き刺さった。



 家に着いた康平は、二度とこんな想いを味わいたくないので時間をズラして走ろうと思った。


 ラジオ体操が終わってから走るのは、どう考えても困難である。彼等がいつ帰るか保証がない。


 そこで、朝四時からのジョギングをする羽目になったのだ。



 小さな悪魔達によって、康平はより規則正しい夏休みをおくることになった。


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