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応援するのは亜樹だけ?

 翌日、康平と弥生は永山高校近くの図書館へ着いた。


 二人が中へ入ると、すでに亜樹と綾香が勉強していた。



「時間が勿体ないから、康平ちゃん急ぐよ」


 二人は、亜樹達の所へ歩いていった。



「おはようございます。亜樹さん、今日もお願いします」


 弥生が礼儀正しく頭を下げた。



「おはよう弥生ちゃん。今日も数学を頑張るの?」


「はい。康平ちゃんには悪いけど、今日も亜樹さんを独り占めさせて貰います」



 悪びれもなく話す弥生に、一瞬亜樹は呆れたが、頼られているのもあってか、諦めたような顔になった。


「弥生ちゃんは受験が掛かってるからね。……今日も家庭教師になってあげるよ」


 弥生が亜樹の隣に座り、康平は弥生の正面へと座った。



「早速この頁から教えて下さい」


 弥生は昨日と同じように数学の教科書を出し、青い付箋紙の付いた頁を開く。


 康平は、仕方なく数学以外の勉強を始めた。




 一時間半程勉強をした後、四人は休憩をしにロビーへ向かった。


 亜樹と綾香は水筒を持参していたが、康平は自動販売機でコーヒーを買った。


 弥生はロビーへ行く前に、水飲み場で水を飲んでいた。


 それを見て綾香が言った。


「弥生ちゃんは、水筒とか持って来なかったの?」


「水筒は、作るのが面倒なんですよね」


「横着な奴だな。まぁ俺もだけど……」


「康平ちゃんには言われたくないわね。……亜樹さん、休憩後はまたお願いします」


「本当に亜樹は、弥生ちゃんの専属家庭教師みたいね」


「ごめんなさい。数学で頼れるのは亜樹さんしかいないんです」


 綾香に言われて弥生は素直に謝った。


 綾香は嫌味に聞こえたかと思ったのか、慌てながら言った。


「ご、ごめんね弥生ちゃん。悪気があって言った訳じゃないからね」


「分かってますよ。綾香さん優しそうですもん」



 今度は康平が、からかい気味に話す。


「そう言えば昨日、数学の先生んちは出入り禁止になったって言ってたよな? 弥生は一体何やらかしたんだよ」


「実はさ、数学のセンセ新婚でさぁ……」


 弥生はクスクス笑って話が途切れた。



「気持ち悪い奴だなぁ。自分で話して笑っちゃってるよ」


「康平ちゃん、続き知りたい?」


「ま、まぁな」


「奥さんの前で、ふざけてコレをやっちゃったのよ」



 弥生は、康平の頭を左の脇の下に抱えた。


 ヘッドロックをしたまま、弥生は話を続けた。


「イジリ甲斐のある面白い先生だったんだけど、奥さんの方が嫉妬しちゃってね。それで出入り禁止になった訳よ」



「や、やめろよ弥生! コーヒーがこぼれるって」


 蓋を開けた缶コーヒーを持っている康平は、苦しい体勢になっていた。



「私、電車賃の分節約しようと思ってんだ。……康平ちゃん、コーヒー奢ってくれてアリガトね」


 弥生は康平から缶コーヒーを奪い取った。彼女はヘッドロックをほどき、缶コーヒー飲みながらニヤリとした。


「まぁ、私の胸の感触を知ってんのは、康平ちゃんだけじゃないってことね」


「お前、その誤解を招くような言い方やめろよ。……それに、二人共ドン引きしてるじねぇか」



 康平がたしなめると、弥生は亜樹と綾香の方へ視線を移した。


 弥生と目が合った亜樹は困った顔をしながら笑った。綾香の方は笑いもせず、何か考えているような顔をしている。



「綾香さん、気分を悪くさせてごめんなさい」


 弥生は綾香が不機嫌になったと思い、深々と頭を下げた。



「え、全然怒ってないから大丈夫よ」


 ハッと我に返ったような顔をした綾香は、普段の人懐っこい笑顔になった。




 その後、一時間程勉強した四人は、昼食の為に一旦別れる事になった。


 亜樹が席を立とうとした時、彼女の小物入れの中にある携帯電話が振動した。



「お母さんからだわ。何かしら?」


 携帯電話を持った亜樹は入り口の方へ歩いていく。



 話し終わった彼女は三人に言った。


「ゴッメーン。私、帰らなきゃいけなくなっちゃった」


「どうしたの?」綾香が訊いた。


「うちのお母さん、今知り合いの結婚式へ行ってるんだけど、御祝儀を家に忘れたんだって。お父さんは用事で出掛けてるし、私が持っていく羽目になっちゃったのよね」


「今日は戻って来れないんですか?」


「ごめんね弥生ちゃん。結婚式場は、ここから電車で片道一時間半位かかる所なのよ。ここは日曜日だと五時で閉館だから難しいわね」



「そうですかぁ……」


 ガッカリした表情の弥生だったが、綾香へ視線を移した。


「……じゃあ、綾香さん勉強教えて下さい。お願いします」


「えー、私、亜樹みたいに上手く教える自信は無いよ」


 弥生に頭を下げられた綾香は、右手を小刻みに振って尻込みしている。



「お前、自己チュー過ぎるだろ! 亜樹と綾香はテスト勉強で来てんだからさ。……それと俺もな」


「あら康平ちゃん、そんな事行っていいの? シャドーボクシングの場所貸してあげないよ」


 最近の康平はランニングの後に、弥生の兄の店先でシャドーボクシングをするのが日課だった。弥生に見つかり、勉強を教える条件付きで練習の許可を貰っていた。



「康平は弥生ちゃんの家で練習してんの?」


「いや、ち、違うんだけどさあ……たまたま店の前でだよ」


 綾香に訊かれた康平は、朝走っている事を内緒にしようと、しどろもどろになった。



 困っている表情の康平を見て、亜樹が三人に言った。


「ねぇ、早く出ない? 私も急いで結婚式場に行かないといけないからさ」


「そうね。私は家で食べてくるけど、康平と弥生ちゃんはココで食べるんだよね?」


 綾香に訊かれて康平と弥生は頷き、四人は別行動になった。




 康平と弥生は、ロビーに弁当を持っていった。


「今日は弁当持ってきたんだな」


「勉強だけでもハラ減るからね。……康平ちゃんはソコ座りなよ。私はココ座るからさ」


 弥生はそう言って、康平の左斜め前に座った。



「随分大きい弁当箱だな。メシは控えなくていいのかよ? 体重気にしてんだろ?」


「ストップ康平ちゃん! ……今日からソコは地雷だからね」



 暴力少女に言われて沈黙した康平は、弁当箱をテーブルに置いて蓋を開けた。弥生が弁当を持っているせいか、彼は無警戒だった。



 弥生が弁当箱を開けた時、動かそうとした康平の箸がピタリと静止した。



「あれ? お前の弁当、おかず全然入ってねぇじゃん?」


「朝ギリギリに起きちゃってさぁ、ご飯だけ詰めてきたんだ」


「おかずはどうすんだよ?」


「あるじゃんココにさぁ」



 弥生はそう言いながら、素早く右腕の屈伸を三回大きく繰り返す。


 康平の弁当から、おかずが六個無くなっていた。器用な弥生は、三度の箸の動きで、二つずつおかずを捕っていたのだ。


 捕獲された獲物の中には、康平が大好物の鳥の唐揚げが二つ含まれている。



「あーっ、ヒデェぞ弥生! 俺のおかず半分以上減ってんじゃん」


「そうねぇ。……お弁当の中身が少なくなったからコレあげるよ」


 弥生は、自分の弁当にギッシリ詰まっているご飯から、大きな塊を箸で掴んで康平の弁当にのせた。



「康平ちゃん、もっとご飯食べる?」


「……もういいよ。弥生、お前確信犯だろ? わざとらしく俺が座る場所を勧めるしさ」


 康平が諦めた顔で言った。



「まぁね。ココは箸が届くからさ。……それより飲み物欲しいなぁ」


「ば、馬鹿言うなよ! 俺だって金はそんなに持ってねぇぞ」


「さっきも言ったけど、康平ちゃんには何も勉強教えて貰ってないんだよねー。店の前でシャドーボクシングさせてあげる代わりに、ジュース代で勘弁してあげようと思ってんだよなー」


「わ、分かったよ。……それと、朝の事はあんまり言うなよ」


「朝? シャドーボクシングの事かな。それとも走ってる事?」


「な、何でそれを知ってんだよ?」


「だって、シャドーだけじゃあんなに汗かかないでしょ? ……走ってる事は内緒にしたいんだ?」


「……あんまり他人に言う事じゃないしさ」


「康平ちゃんのクセにカッコつけちゃって。……ジュース代に免じて内緒にしといてあげるよ」




 食事が終わり、休憩していた二人だったが、弥生が再び口を開く。


「昨日さぁ、ココに健ちゃん来なかった?」


「あぁ健太か。来たけど用事があるってすぐに帰ったよ」


「やっぱり! 奴は私を避けてんだね」


「そ、そんな事ねーって。たまたま用事を思い出しただけだよ」


「健ちゃんもボクシング部だっけ?」


「……まぁな」


「健ちゃんはお調子者だから、入部した時はちゃんと躾ないとね」


「おいおい、健太は先輩になるんだからさ。入部したら自重するんだぞ」



 ドゴッ!


 弥生は康平の左腕にパンチをかました。


「うるさいわね。ボクシング部だったら、スパーリングもあるんでしょ?」


「そりゃーあるけどさ……! お前、スパーリングもするつもりなのか?」



「当然でしょ? スパーリングしなかったらボクシング部へ入る意味無いじゃん」


「そりゃそうだけど、男とスパーリングかよ」


「空手で慣れてるからさ。スパーリングだったら先輩後輩も無いし、健ちゃんも躾られるしね。……ところで康平ちゃんは今体重何キロ?」


「……六十二キロだよ」


「私と二キロしか変わんないんだ。健ちゃんも同じ位だよね?」


「健太も六十一キロって言ってたな。……俺と二キロしか違わないって、お前ろくじゅっ……!」


 康平は話を中断させた。弥生が空手の構えをしていたからだ。



「康平ちゃん! 君は今、地雷の真上で足を上げてる状態だよ」


「ま、待て弥生! 自分から言い出したんだろ? ……綾香も来たようだし、勉強再開しようぜ」


 康平に言われて弥生が入り口の方を見ると、歩いてくる綾香の姿があった。



 ニヤリとした弥生は康平に言った。


「命拾いしたね康平ちゃん。私の地雷は感度いいから気を付ける事ね」



「綾香さん、数学教えて下さい。お願いだから……ね、ね」


 弥生は、ロビーへ歩いてきた綾香に向けて両手を合わせた。



「……私、他人に教えられる程成績良くないよ」


「午前中の勉強振りを見れば、綾香さんは大丈夫だってぇ」


 押しが強い弥生の頼みに、綾香が折れて数学を教える事になった。



 三人は勉強を再開した。綾香は勉強を教え易いように弥生の左隣へ席を移す。亜樹の座っていた場所である。康平は弥生の正面に座っていた。


 例の如く、弥生が青い付箋紙の貼ってある頁を開く。


「綾香さん、早速ココからお願いします」


「二次関数かぁ……手強いわね」


 右頬に手を当てた綾香は、

「ちょっと教科書貸して」

と言って、コピー機へ歩いていった。



 一枚十円のコピーを自腹で数枚とった綾香は、弥生に教科書を返した。



「弥生ちゃん悪いけど、教える準備が出来るまで今までの復習しててくれる?」


 綾香は、コピーした用紙を読み始めた。


 綾香自身は二次関数を理解していたのだが、どうやって教えるか悩んでいるようである。



 二十分程時間が経っても綾香はまだ悩んでいる。


 真剣に考えている綾香を見て、康平は、自分だけがテスト勉強をする事に罪悪感を感じていた。彼は、綾香の向かいの席へ移りながら言った。


「お、俺も協力するよ」



「康平ちゃん、止めといた方がいいよ。算数苦手なんだからさ。邪魔になるだけだって」


 弥生はクスクスと笑った。



「算数はねぇだろ、算数は! ……そうだ! 綾香は、俺相手に説明する練習をすればいいんだよ。俺にも分かるんだったら弥生にも伝わるからさ」


「そうかな? ……そうね、ちょっとやってみようか?」


 一瞬悩んだ綾香だったが、すぐに康平の提案を肯定した。



 康平相手に予行演習をする綾香を見て、弥生は右手で頬杖を突きながらニヤニヤ笑って見ていた。


 慣れないながらも綾香が説明し終わると、康平は頷きながら言った。


「この説明だったら俺にも分かるよ。どうしたんだ弥生? 今から綾香が教えてくれるんだぞ」


「綾香さん有難う。おかげで大体理解できたよ。今から記憶の為に散歩してくるからさ」


 スッと席を立っていた弥生は、そう言って二人から離れていった。



「弥生ちゃん、私が康平に説明しているのを聞いて理解しちゃったんだね」


「まぁ、本人の前で練習っておかしいもんな」


 康平と綾香は小さく笑った。だが、綾香はすぐに真顔になる。



「弥生ちゃんは、戻ってきたら別の所を訊いてくるんだよね? ……今から準備したいけど、勝手に教科書借りる訳にはいかないし……」


「俺が借りたら、奴は真っ先に暴力を振るうしな」


「それだけ仲がいいって事なんじゃない?」


「ち、違うって! 弥生の暴力は誰にでも平等に食らわすからさ」




 康平が言い終わった時、彼は苦痛の表情になっていた。戻ってきた弥生が、康平の背中に肘打ちをしていたのだ。


「私がいない時に、何悪口言ってんのよ!」


「いってぇなぁ。……悪口を言ったのは謝るけど、お前の教科書を借りようか悩んでたんだよ」


「私の教科書?」


「お前、今度は付箋紙が付いた別の頁を訊くつもりだったんだろ? だから綾香は、弥生がいない時に準備しようとしてたんだよ」



 康平に言われて弥生は少し考えていたが、彼女はロビーへ視線を向けた。


「ねぇ、ちょっと休憩しない?」


「まだ勉強始めてから一時間も経ってないぜ」


「うるさいわね! 綾香さんに相談したい事があるのよ」


「私に相談?」


「えぇ、綾香さんに教えて欲しいんですよ。……康平ちゃんも来て! ジュース飲みたいからさ」


「お前飲み過ぎだろ? そんなに飲んだら……いや、何でもねぇよ」


 弥生から睨まれ、康平は話を中断した。高感度の地雷を踏みそうになったからだ。



 ロビーで三人がソファーに腰掛けた後、弥生が口を開いた。


「この前聞いたけど、綾香さんてバスケ部なんですよね。……バスケやってると脚が太くならないですか?」



 康平と綾香は目を丸くした。康平は、弥生を綾香に対して失礼じゃないかと思った。だが、綾香は怒らずに答えた。


「太くなっちゃうよ。……下半身が鍛えられるからね」


「ですよね。私の友達でも元バスケ部のコがそれで悩んでたんですよ。……ところで綾香さんはそんなに太く見えないんですよね」


「そんな事ないよ! 結構服でごまかしてるんだ」


「え、そうなんですか? 例えば?」


「例えばスカートを履くときなんかは、レッグウォーマー付きのレギンスで隠すようにしてるしね。今日のはデニムだけど、フィットしたものは履かないで、太股は服で見せないようにしてるよ。……康平、今の話は忘れてよね」



 綾香に言われた康平は、どう反応すればいいか分からず、小さく頷いた後、上を向きながら缶コーヒーを口にした。



 綾香は康平を見てクスリと笑った後、弥生に訊いた。


「ところで弥生ちゃんの相談て、友達の為だったの?」


「いえ、自分の為ですよ! 小さい頃から空手をやってたせいか、足が太くて困ってたんです」


 この日の弥生はピンクのジャージを着ていた。彼女はフィットしている太股を擦りながら言った。



「……でも弥生ちゃんは、そんなに太く見えないよ」


「私って肩幅があるからかなぁ? それでごまかしてるかも……。それと私、腰幅があってお尻も大きいんだよね。お風呂場で見ると気になっちゃうんですよ」



「ブッ!」


 康平は飲んでいたコーヒーを吹き出す。


「康平ちゃん、何想像してんのよ!」


「ち、違うって! ……俺、先に勉強しに行ってるよ」


 気まずくなった康平は、コーヒーを飲み干して立ち上がった。


「待ちなよ康平ちゃん! あんたには大事な仕事があるでしょ!」


「大事な仕事って何だよ?」


「これよコレ!」


 弥生は自動販売機を指差した。



「今日オゴるのは、これで最後だからな」


 康平は財布から百二十円を出そうとした。だが、五百円玉しか入っていなかった。



「どれを選ぶんだよ?」


 五百円玉を自動販売機に入れた康平が訊くと、弥生は素早く立ち上がってそこに行った。



「じゃあ、これね」


 弥生はオレンジジュースのボタンを押していた。百五十円のペットボトルである。



「あっ! 高いヤツを選びやがって」


「康平ちゃんアリガトね。……綾香さんにもう一つ訊きたいんだけど、中三の部活引退した後って太りませんでした?」


「あの時はショックな位太っちゃったわね。……運動を急にやめると反動みたいのがあるよ」


「やっぱりそうですよね」


 綾香の話を聞いた後、弥生は五百ミリのジュースを半分程一息で飲んだ。



「体重気にしてんだったら、少しは飲むの控えろよ」


「うるさいなぁ。私に我慢は似合わないのよ! ……康平ちゃん、まだココにいていいよ。私、もう帰るからさ」


 弥生は、ペットボトルに入っているジュースの残りを一気に飲み干した。



「弥生ちゃん、やっぱり私が教えると分かりにくかった?」


「康平ちゃんにも分かる教え方だったから、全然大丈夫ですよ。……今日は体重が気になったんで、これから空手の練習行ってきます」


 心配そうな顔の綾香へ弥生は笑顔で答えた。



 机から勉強道具をバッグに入れた弥生は、ロビーへ戻り、意地悪な顔をして綾香に言った。


「綾香さん、スカートの時は康平ちゃんの正面に座らない方がいいよ。覗かれるからね」


「え、康平そんな事したの?」


 綾香は本気で訊いていた。



「ち、違うって! メシ食ってたら見えたんだよ。弥生にも『見えるぞ』って言っただろ?」


「あれ、そうだっけ? ……じゃあ綾香さん、また今度ね」




 図書館を出ていく弥生を見ながら綾香が言った。


「……まだ三時だし、もう少し頑張ろうか」


「そうだな」



 その後、康平と綾香はテスト勉強を再開した。閉館までの二時間を、二人は会話も無しで勉強を進めていった。


 康平は、綾香が弥生の話で不機嫌になったのかと思っていた。




 夕方五時。閉館になった図書館を後にした二人は、駅まで一緒に歩いていく。


 綾香は電車には乗らないが、彼女の家は駅を越えた所にあるので歩く方向は一緒である。


 黙ったまま歩く綾香を見て、康平が言った。



「スカートの中は事故だったんだからな」


「スカート? ……弥生ちゃんの話ね。あれは彼女からカラカワれてたんでしょ? 最初はびっくりしたけど」


 綾香は小さく笑った。



「そうだよ。奴は誤解させるような事しか言わないんだよな」


 康平は、ため息混じりに言った。綾香が怒っている様子でもないので、内心ホッとしていた。



「……もしかして、私がずっと黙ってたから怒ってると思っちゃったのかな?」


 ハーフのような顔立ちの綾香が、覗き込むように言った時、康平はドキッとした。


「……ま、まぁな」


「誤解させてゴメンね。ちょっと考え事してたんだ」


「考え事?」


「……康平の良さを分かってくれる人がココにもいるんだなってね」


「弥生が? そんなわけ無いって」


 康平は右手を小さく振って否定した。



「弥生ちゃんは康平にナツいていると思うんだけどな」


「いや、アレは誰にでもそうだと思うぜ。……ところで俺のいいところって?」


 康平に訊かれて綾香はしばし沈黙した。


「……あえて言わないでおくよ。自分で意識すると不自然になっちゃうからね」


「……何となく分かるよ。それはそうと、弥生のお陰でテスト勉強は進まなかったよな」


「弥生ちゃんは入試がかかっているからね。でも気を遣って途中で帰ったんじゃないかな?」


「それは考え過ぎだって」


「そうかなぁ? でも弥生ちゃんは、一生懸命だから応援したくなっちゃうよ。……勉強はね」



 不思議そうな顔をする康平に、綾香は話を続ける。


「私、前にも言ったけど、亜樹と康平の仲は応援してんだよね」


「亜樹とは友達と言うか、何て言うか……」


 しどろもどろになる康平を見て、綾香は小さく笑った。


「康平は相変わらずシャイだね。亜樹も負けず劣らずだけど……。それに、彼女は何気にアマノジャクっぽいからさ」


 綾香の話に康平は納得した。特に第三者がいると、亜樹は毒舌になる時が多い。




 別れ際、綾香が言った。


「康平がその女の子を好きなら別だけど、亜樹以外の子と付き合うんだったら絶対に応援しないよ」


「……綾香は友達想いなんだな」



 綾香は小さくため息をついてボソっと話す。


「あっちはアマノジャクで、こっちは鈍感なんだよね」


「え?」


 康平には聞こえなかったようで、彼は聞き直した。



「ううん、何でもないから……じゃあ、またね」


 綾香は小走りで走っていった。



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