はかどらないテスト勉強
水曜日、三年生の石山と兵藤は、国体の全国大会で開催地の県へと出発した。梅田も県の副監督として動向である。
金曜日はスパーリングがあった。
有馬と康平は、萎縮した前回のスパーリングと違って、果敢に先手でパンチを繰り出す。だが、打ち終わりに先輩のパンチを貰うシーンが多かった。
白鳥はガードを固くして積極的に前へと出る。今回は最初から打ち合いになるが、腰高で単発の彼は、大崎からボディーブローを何発か貰っていた。
健太は相変わらず踏み込みのいい攻撃で攻める。クリーンヒットを与える事は無かったが、思い切りのいい左ストレートと左ボディーブローで、度々森谷を脅かした。
この日も、一年生達のスパーリング相手は大崎と森谷だった。キャプテンの相沢は出ていない。
練習が終わった時、健太が飯島へその旨を質問した。
「相沢はなぁ、勘が悪いからスパーで手加減出来ないんだよ。相沢が相手をすんのは、片桐と高田がもう少し戦えるようになってからだな」
「え、まだ無理なんですか?」
健太は不満そうな顔をした。森谷と二度のスパーリングでそこそこ善戦したのもあって、彼なりに自信が付いたのであろう。
「何だ片桐、もう戦えると思ったのか?」
飯島の表情が少し険しくなった。健太もソレに気付く。
「……いえ、そういう訳ではないです」
「片桐は、スパー中しょっちゅう顎が上がって俺から注意されたろ。まずそれを直せ!」
「……言われた時は直しました」
「アホ! 言われなくなって初めて直った事になるんだよ。顎が上がってっと、致命的なダメージを食らうからな」
「はい、分かりました」
健太が渋々返事をした後、続いて康平が質問をした。
「先生、一つ下の後輩で来年ボクシング部に入りたいという女の子がいるんですが……」
康平はこの質問を月曜日にするつもりだった。だが、その日は質問する余裕が無かった。
その後三日間、康平は訊くのをすっかり忘れていた。その事を思い出したのだ彼は、訊かないまま弥生と会った時の事を想像して悪寒が走っていた。
「女の子って言うとマネージャー志望か? 前にも言ったが、うちじゃマネージャーはとらないぞ」
「マネージャー志望ではないです」
「ん、マネージャーじゃないとすると選手志望か?」
「選手志望は訊いてないですが、彼女は今まで実戦空手をやっていて、高校ではボクシングを習いたいらしいです」
飯島は顎に手を当てて考えていた。
「純粋にボクシングをするって事なんだな?」
「えぇ、……純粋に顔面パンチを習いたいようです」
飯島は苦笑した。
「おいおい、随分野蛮な子だなぁ。……高田と片桐は同じ中学だったよな。片桐も知ってる子か?」
康平が彼女の事を言おうとした時、健太が先に口を開く。
「実戦空手をやっていて野蛮、……もしかして弥生か?」
「よ、よく分かったな」
「野蛮と言えば奴しかいねぇよ」
健太が吐き捨てるように言った。康平程多くはないが、彼も小学校低学年の時に弥生から二度泣かされていた。
「でも康平、弥生って中学二年の時は滅茶苦茶問題起こしてたじゃん。アイツ高校入れんのかな?」
「何、そんなにヤバイ子なのか?」
「えぇ、喧嘩っ早くてしょっちゅう職員室に呼ばれてましたよ。茶パツのロングでしたしね」
健太の話を聞いて飯島は腕を組んでいた。
「おい高田、その子大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫だと思います。今は黒髪のショートカットですし、かなり勉強してるみたいですから」
腕を組んだまま考え込んだ飯島が、康平と健太に言った。
「お前らに一つ重要な質問がある。……その子は可愛いのか?」
康平と健太は顔を見合わせた。
「な、何考えてんですか? 相手は中学生ですよ」
健太の声が大きかったようで、ボクシング部員全員が彼を見る。
「バカヤロ、みんな見てんじゃねぇか。……初めての女子部員だったら可愛い方がいいって思ったんだよ」
「じゃあ、入部は認めるんですか?」
「女子を理由に入部させないんじゃ、何かと問題があるからな」
「おい片桐、その女の子って可愛いのかよ?」
大崎が話に割り込む。
「顔はきつ目ですが、可愛いって言われれば可愛いと思います。……でも、凶暴ですよ。挨拶代わりにローキックするような奴でしたんで」
「こ、怖ぇーな」
「まぁ、うちに入学しなけりゃ何も始まらないからな。高田、梅田先生には俺から言っておくが、その女の子に伝えていいぞ。入学出来たら入部は認めるってな」
康平が家に着くと電話が鳴っていた。妹の真緒が急いで受話器を取る。
「もしもし、……あっ! お久し振りです」
真緒の声がやけに大きい。電話であるにもかかわらず二回程頭を下げた。
「今帰ったとこなんで、ちょっと待ってて下さいね」
康平と目があった真緒は「……弥生さんだよ」と、小声で言って受話器を渡した。
【康平ちゃん、入部の件は先生に訊いてくれた?】
【あぁ、入部は出来るって言ってたぜ】
【よしよし、忘れてなかったんだね。もし忘れてたらボコるつもりだったんだ。アハハ】
【わ、忘れる訳ねぇだろ。……弥生がボコるって言うと、冗談に聞こえないんだよな】
【あらー、私は本気よ。最近は受験勉強で空手の練習も控えてるし、誰も叩いていないからストレス溜まってんだよね】
康平から冷や汗が滴り落ちる。
【よ、用事はそれだけか? だったら電話を切るぞ】
【ん、康平ちゃんは私と電話するのが嫌なのかな?】
【そ、そんな事は言ってねーだろ】
【ふーん、……まぁいいや。ところで、康平ちゃんがいつも勉強してる図書館てどこなのよ?】
【……永山高校の近くだよ】
【そうなんだ。そこに、この前会った山口さんているのかな?】
【亜樹は結構いる時が多いぞ。でも何で?】
【彼女、分かり易く教えてくれたからさ。また教えて欲しいと思ったんだ。ボクシング部に入部出来るのも分かったことだし、もっと本腰入れて勉強しないとね。……じゃあ電話切るからさ】
受話器を下ろした康平は嫌な予感がしていた。
翌日の土曜日。永山高校ボクシング部は朝九時から練習である。
練習が終わり、近くの図書館へ向かう康平に健太が言った。
「康平、これから図書館へ行くのか?」
「まぁな」
「今日は俺も行くよ。そろそろテスト勉強しないとな。……それに、家の近くの図書館だと弥生がいるかも知れねぇからさ」
前日、弥生の話題が出た後、健太は康平から家の近くの図書館で彼女と会った事を聞いていた。
「お前、昔っから弥生を避けてたもんな」
「あの暴力女は苦手なんだよ。……そういう康平だって、中学ん時は全然喋んなかったじゃん」
「あれは向こうから喋んなくなったんだよ。この前会った時、暴力は相変わらずだったけど、話すと人懐っこい感じだったぜ。性格自体は昔のまんまだよ」
「康平はお人好しだからな。……何にしても、俺は彼女にすんならああいう凶暴女は絶対にパスだよ」
康平は苦笑した。
「まぁそう言うなって。来年は一緒の部活になるかもしんねぇんだからさ」
「そ、そうだな。……けどあいつの前世は絶対戦闘民族だぜ」
康平が吹き出した時、二人は図書館へ着いていた。
「亜樹はいるかなぁ。彼女がいると、分からない所を教えて貰えるから助かるんだよな」
そう言って図書館の中へ入り、奥の方を見る健太だったが、いきなり身をひるがえした。
「あっ、ワリィ……俺、急に用事思い出しちゃってさ。さ、先に帰るから康平は勉強頑張れよ」
康平が聞き返す前に、健太は左手を上げて図書館を出ていった。
一人でも勉強するつもりだった康平は席を探す。この日は図書館へいる人数が少なく、空いている席は多いようだ。更に彼は背の高い女の子を見付けようとした。
亜樹の事であるが、彼女は身長が百七十二センチの康平と殆んど変わらない。
康平は苦手な数学を教えて欲しいのもあり、立ち止まって周囲を見回した。
「痛っ!」
康平の左太ももに鈍痛が走った。
「誰か探しているようだけど、私に気付かないなんて失礼ねぇ」
手前の席へ座っている弥生が、彼の左太ももへ正拳突きをしたのだ。
「イタタタ」康平は左太ももを擦った。
「もう康平ちゃんはオーバーだね。……ところで誰かを探してたみたいだけど、山口さんかな?」
「ま、まぁな。……ぐ、偶然会う時は一緒に勉強するからさ」
「ふーん。彼女はついさっき、家へご飯食べに行ったよ。……私もハラ減ったからロビーで食べようかな。康平ちゃんはメシ食ったの?」
(女の子はふつうメシって言わないだろ?)と思いつつ康平は答える。
「俺は弁当持って来たけど食べるのはこれからさ」
「私はコンビニおにぎりが二つあるから一緒に食べようよ」
二人はロビーへと歩いていった。
椅子に向かい合って座り、昼食を食べ始めた康平と弥生だったが、二つのおにぎりしかない弥生はすぐに食べ終わった。
弥生は膝を組み、頬杖をしながら康平の食べる様子をジッと見ていた。
「お前、それで足りるのか?」
気になった康平が訊いた。
「足りる訳ないじゃん。……最近あまり空手の稽古をしてないから、食べる量を控えてんのよ」
「そ、そうか? じゃあ遠慮なく食べるぞ」
「私は全然大丈夫だから、気にしなくていいんだよー」
弥生はことさら声を大きくして、康平の弁当を凝視しながら答えた。
十秒後、弥生は康平の弁当から視線を逸らし、独り言のように言った。
「勉強してるとさぁ、不思議とハラ減るんだよねー」
「そ、そうだな」
そう答えた康平は、気まずそうにご飯を頬張った。
「ボクサーってさぁ、減量が必要でしょ? 康平ちゃんも今から慣れといた方がいいと思うんだよねー」
「そ、それは大丈夫だよ。先生も今は食べて筋肉を付けろって言ってるからさ」
弥生に弁当を狙われているのを分かっていた康平は、箸のスピードを上げた。
「チッ」
舌打ちした弥生が足を組み直した時、康平の箸が止まった。
「み、見えるぞ」
康平は顔を紅くして下を向いた。
学校の制服を着ている弥生はスカートを短くしていた。康平の態度に気付いた彼女は、組んだ足を戻してスカートを直す。
だが、何故か弥生はニヤリとして立ち上がった。
「康平ちゃんはイヤらしいわね! 罰としてその唐揚げ貰うからね」
弥生は康平の隣に座り、弁当から大きな鳥の唐揚げを素手で取って頬張った。
「んまぁーい。この唐揚げ美味しいね」
弁当の中には鳥の唐揚げが三つあり、康平の大好物で、彼は最後に食べようとしていた。
「な、何すんだよ!」
「ちっちゃい男だなぁ康平ちゃんは。唐揚げ一つでボヤかないの! ……でもホント旨いよコレ」
弥生はそう言うと、康平をヘッドロックで羽交い締めにし、もう一つを口に入れた。
「ま、待て弥生」
「待てって言われても、食った唐揚げは戻らないよ」
「違うって……む、胸が当たるんだよ」
弥生は再びニヤリとした。
「ハハーン。私を女として見ちゃったんだね。私は空手で男と組手してるから慣れてんだけどさ。胸の感触を味わった代金として、もう一個貰うよ」
康平の頭を左脇に抱えたまま、弥生は右手で最後の一個も口にした。
「色気付くのはまだ早いのよ」
弥生はそう言いながら、康平の頭に右拳をグリグリと押し付けた。
「二人共何やってんの?」
康平と弥生が声のする方を見た時、そこには亜樹が立っていた。
「康平ちゃんが私をイヤらしい目で見るから、ちょっとお仕置きしてたんですよ」
「そ、それはお前が原因だろ!」
「何よ、私のスカートの中覗いたくせに」
「ち、違うって……あれは見えたんだからしょうがないだろ」
慌てる康平を見て弥生は意地の悪そうな顔になり、更に付け加えた。
「胸に顔を押し付けるしさー」
「そ、それは弥生のヘッドロックのせいだからな」
「ちょっと声が大きいわよ。みんな見てるじゃない」
亜樹に制止された康平と弥生が机の方へ視線を向けると、十人位の人達が迷惑そうな顔で見ていた。
静かになった二人を見て亜樹が言った。
「弥生ちゃんはご飯食べたの?」
「今食べ終わるところです」
弥生は康平の弁当から、卵焼きを一つ取って口に入れた。
「さぁて勉強再開しますか。その前に手を洗ってきます。手が脂っぽいからね」
トイレへと向かう弥生を尻目に、亜樹が椅子に座った。
「や、弥生の言ってる事はデタラメだからな」
「ふーん。……でも少しは事実もあったんでしょ?」
「そ、それはそうだけど。俺は何にもしてな……!」
話している途中、康平は亜樹のイタズラっぽい表情に気付いた。
「康平センパイは羨ましいわね。後輩に可愛がられてさ」
「な、何言ってんだよ。……でも亜樹は戻るの早くないか? 弥生はさっき出たって言ってたけど」
「急いで食べてきたのよ。机に道具だけ置いてずっといないんじゃマナー違反だしね。……それに」
「それに?」
「誰かさんが来るかも知れないしね」
「わ、ワリィな」
亜樹は再びイタズラっぽい表情になった。
「あら、私は綾香の事言ってんのよ」
その時、亜樹の持っている携帯電話がブルブル震えた。は図書館の中なので、マナーモードにしてあった。
「綾香からだわ。ちょっと待ってて」
携帯電話を見た亜樹は、入り口の方へ歩いていった。
「綾香、今日は来れないって」
ロビーへ戻って亜樹が康平に伝えた。
「そうなんだ。……でも携帯があると便利だよな」
「でしょう。だから今回のテスト頑張ってよ。携帯買って貰えるか懸かっているんでしょ?」
「わ、分かってるさ。……でも弥生の奴遅いなぁ」
「女の子がトイレに行った時は、そんな事言わないの! ……デリカシーが無いわね康平ちゃんは」
「……アイツの言い方真似んなよ。ハズいからさぁ」
苦笑する康平を見て、亜樹はクスリと笑った。
「ちょっと大きい方も出て遅くなっちゃった」
「…………」
戻った弥生がそう言った時、康平と亜樹は沈黙した。
「デリカシーが無いのは俺だけじゃないぜ」
亜樹を見て康平が言った。
「うるさいわね! ……でも丁度よかったんじゃない? 康平ちゃんは、彼女へ弁解する時間も出来たしさ」
「な、何勘違いしてんだよ!」
「そうよ。私と康平はただの友達なんだからね!」
二人を見た弥生は、意地悪顔になった。
「二人共紅くなっちゃって可愛いね。……でも声が大きいんじゃないかなぁ」
弥生につられて机の方を見た康平と亜樹は、数人の視線を浴びて少し小さくなった。
「や、弥生ちゃん、そろそろ勉強再開しよっか? 康平はまだお弁当残ってるようだし、私達は戻りましょ。……いい康平、静かに食べるのよ!」
「一人でうるさく食べたら、ただのアホじゃないか?」
康平は突っ込んだが、二人は無視して勉強机に歩いていった。
康平は弁当を食べ終わり、亜樹達の座っている机に向かった。
四人用のテーブルに弥生と亜樹は並んで座っている。康平は亜樹の正面へと座った。
弥生は彼女の苦手な数学をやっていた。教科書を開いていたが、その頁には青い付箋紙が付いていた。
「山口さん、教えて欲しいんだけど」
「亜樹でいいわよ。ここはね、……」
弥生は真剣に亜樹の話を聞きながら、教科書の空白の部分へメモをしている。亜樹もそれに応えて熱心に教えた。
「……成る程ね」
教科書へメモを書き終えた弥生はそう言うと、席を立って図書館の中を歩き出した。
しばらくすると弥生が戻り、亜樹に自分がどう理解しているかを話し始める。
「……うん、それでいいんじゃない?」
「よし、じゃあココは終わりね」
弥生は質問した頁へ貼っていた青い付箋紙を赤いものへと替えた。
「亜樹さん、今度はココ教えてくれる?」
弥生は、青い付箋紙の付いた別の頁を開いていた。
さっきと同じように、亜樹の話を聞きながら教科書へのメモを書き終えると、弥生は再び図書館の中を歩き出した。
「弥生ってこんな感じで勉強してたの?」
「そうね。弥生ちゃんは頭の回転がいいから、ペースが早いのよ」
「アイツ、教科書をノート替わりにしてるんだな」
「でも、彼女はそれで理解してるようだし、能率はいいのよね」
「それにしても、汚い教科書だなぁ。メモでグチャグチャになってんじゃん」
「康平、他人の教科書を覗いちゃ駄目でしょ! ……弥生ちゃんは本人が分かればいいって言ってるしね」
「康平ちゃん、ちょっと邪魔しないで!」
席に戻った弥生は、再び理解した内容を亜樹に説明した。
「ん? ちょっと違う所があるよ」
「え、何処が違うの?」
弥生に訊かれた亜樹は、違っていた所の説明を始めた。
「……ここが違ってたのね」
弥生は教科書へのメモを書き直すと、また図書館の中を歩き始めた。
「弥生って、覚えると図書館の中を散歩するんだな」
「弥生ちゃんは、歩きながらだと覚え易いって言ってるのよね。……でも凄い行動力よね。先生達の家に泊まって、分かっていない所の全部に青い付箋紙を付けたんだってさ」
「アイツはみんなに迷惑掛けてるよ」
康平は苦笑した。
「でも、分からない所が分かるって大変な事よ。それが出来れば、もう理解したようなものだしね。……ゴメンね康平。今日は数学を教えてあげれそうにないわ。他の教科を勉強して」
言い終わった亜樹の視線の先には、戻ってくる弥生の姿があった。
夕方六時の閉館まで勉強した三人は、図書館の入り口を出ていた。
「亜樹さん、今日は有難うございました。ところで明日もココへ来るんですよね?」
弥生は深々と頭を下げた。空手をやっているせいか、彼女は時として礼儀正しい。
「……え、えぇ。たぶん来れると思うけど……」
「是非明日も数学教えて下さい! 数学の先生の家は出入り禁止になっちゃったんで、頼れるのは亜樹さんしかいないんです」
「じゃ、じゃあ、もし会った時は教えてあげるね」
亜樹は自分の勉強も進まなかったせいか、曖昧に答えた。
「康平ちゃんも、当然明日来るんだよね?」
「い、行けたら行くよ」
「あんたは勉強しなくちゃ駄目でしょ。頭いい方じゃないんだからさ! 明日の朝九時に下田駅待ち合わせだからね」
弥生は決め付けるように言った。下田駅は、康平達が住んでいる方の駅である。
「康平ちゃん、帰りの電車何時だっけ?」
「六時二十五分だな」
「急ごうよ! 遅れたら家での勉強も進まないからさ」
弥生は、康平の手を引っ張って走っていった。