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練習の成果

 康平は、コートを出ながら村田に訊いた。


「俺さぁ、右手を挙げてなかったけど……、村田が見間違えたんだよな?」


「何言ってんのよ! これからは右手を挙げなくてもパスを送るからさぁ、どんどんシュートしてよね」


 村田は上機嫌で答えていた。




 次のシードである四組にも勝った一組は、五組と六組の勝った方と決勝で対戦する事になった。



 昼食を摂りに教室に向かった一組メンバーだったが、廊下で有馬と白鳥の二人とすれ違った。有馬が康平に声を掛ける。


「康平、お前ら決勝なんだってな! じゃあ俺等五組と当たっちまうな」


「あれ、お前らこれから六組と試合なんじゃねぇの?」


「うちらのクラスはバスケ部が四人いるしさぁ、……それに俺もいるから楽勝だよ。向こうのバスケ部は、内海さんの妹一人だって聞いてるしよ」


 『内海さんの妹』とは、綾香の事である。


「有馬は経験者なんだ?」


「そんな大層なもんじゃねぇけど、中学ん時はよく授業サボってダチの奴等とバスケやってたしな。……自分で言うのも何だが結構上手いぜ」


 有馬は頭を掻きながら話す。



「……へぇー、白鳥もバスケなんだよね」


「え、……ま、まぁね」


 曖昧に返事をする白鳥に、有馬が補足する。


「コイツは優柔不断で、どれにしようか迷ってたらバスケしか枠が空いてなかったんだよ」


「お、俺は足を引っ張りそうだから、五分だけ出て引っ込むよ」


「白鳥一人位、足を引っ張っても大丈夫だって! 初戦は、二組にダブルスコアで勝ったしな」


 有馬は、軽いノリで白鳥の肩を叩いていた。




 教室に戻った時、女子バレー部の村田がボソっと言った。


「五組は強敵だけど、六組もヤバイかもよ。あずさがいるのよね」


「え、ジャイアントあず、……いや梓はバレーに出るんじゃなかったのかよ?」


 服部は慌てて言い直した。


「ちょっとぉ、……私の前でもだけど梓の前ではゼーッタイに禁句だからね! 彼女はああ見えて、凄くデリケートなんだからさ。直接耳に入ったら落ち込んじゃうよ」


 村田は服部を睨み付けながら話す。


 村田と服部の話に出ている女子は、桐山梓きりやまあずさといい、身長百八十一センチのバレー部員である。一年からレギュラーとして活躍する大型(!)新人だ。だが服部を含む一部の男子生徒からは、『ジャイアント梓』と陰で言われていた。



「その梓ってコはバスケに出るんだ?」


 亜樹が村田に確認する。


「そうね! 彼女は、球技大会でバレーとバスケの両方から誘われてたんだけど、お人好しだからどっちを断わるか直前まで迷ってたみたい。でも身体能力はハンパじゃないし、身長だって長瀬と同じ位あるからね」


「麗奈、少し試合を見に行かない?」


 村田の話を聞いた亜樹が、麗奈の顔を見て誘った。


「そうね。お昼食べる前に行こっか」


 麗奈は頷きながら答える。二人は、五組と六組が試合をしている第二体育館へ歩いていった。



 弁当を早く食べ終わった康平は、小谷と食事をしている中澤に小声で話し掛ける。


「悪いんだけどさ、……食べ終わってからでいいから教えてくれないかな」


「別にいいけど。……僕に教えられるの?」


「二回の試合で中澤がやってた技だったんだよ。何処か誰もいない所があればいいんだけどな」


「保(たもつ=中澤)が教えられるのってあったっけ? ……私もついて行っていいかな?」


「そういえば、小谷も前の試合で使ってたっけな。一人より二人の方がいいし、じゃあ頼むよ。……メシはユックリ食ってていいからさ」



 全員が昼食を終えると、野球部の山崎はソフトボールの試合の審判に行き、バレー部の服部と村田はバレーの試合の審判に行った。他のメンバーは五組と六組の試合が気になるらしく、亜樹達がいる第二体育館へ向かっていった。


 康平と中澤と小谷、三人以外は誰もいなくなった教室で中澤が口を開く。


「何処で教えようかな?」


「チョット教わりたいだけだから教室でいいよ。丁度誰もいないしな。……試合気になるんだったら、見に行ってもいいけどね」


「私達はいいよ! でも、運動部の人にスポーツでアドバイスするって、少し戸惑うね」


 康平の要望で、中澤と小谷は入り口の右隣で教え始める。そこは、廊下から死角になっていた。




 五分程教えて貰った康平が、習った動作をしながら二人に訊く。


「なるほど、こんな感じでいいんだよね」


「まぁね、バスケ部員には通じなくても、他の人は引っ掛かるかもって亜樹さんが言ってたよ」


「私だったら引っ掛かるね」


 小谷が笑って言った時、ガラっと戸が開く音がした。


「あんた達、何やってんの?」


 教室に入ってきた麗奈が三人に言った。


「二人に、ちょっとしたアドバイスを受けてたんだよ」


 康平が教えて貰ったポーズをしながら答える。


「なるほどネ! バスケ部員以外には引っ掛かるかもよ」


「亜樹さんは、まだ試合見てんの?」


 ニヤリと笑った麗奈に小谷が訊いた。



「亜樹は、まだ試合を見て考えてるみたい。私は、バスケの審判をするかも知れないから早く戻って来たんだ」


「どっちが勝ってんの?」


 今度は中澤が質問する。


「六組が少しリードしてるよ。梓ってコは手強いわね」


「僕達も見てこようかな?」


 中澤と小谷は試合が気になったらしく、第二体育館へ向かっていった。康平も二人について行こうとした時、麗奈が言った。


「一人で食べるのは寂しいから、康平は残ってよ」


 麗奈は女子にしては大きな弁当を出す。そして彼女は食べながら康平に話し掛ける。


「私ってさぁ、細かい事考えるのって苦手なんだ。その点亜樹は、色々考えてんだよね。……見習いたいんだけどさ」


 感心している麗奈を見て、康平がニヤニヤしていた。


「何ニヤついてんのよ! 気持ち悪いわね」


 咎めるような口調の麗奈に、康平は笑いながら弁解する。


「いやぁね、亜樹もさぁ、三組との試合ん時は『麗奈は凄い』って感心してたから、チョット可笑しかったんだよ」


「へぇー、そうなんだ」


 麗奈は、照れながらも素直に喜んでいた。


「まぁ、どこを感心してたかは訊かないけど、康平だって頑張ってんじゃん。……私、結構見直してるんだよ」


「えっ! 俺、前の試合でシュート二本しか決めていないよ」


「二本しかじゃなくて、二本もでしょ! そんな言い方したら、バスケが上手い人だって誤解されるじゃない」


 意地悪な顔をして言った麗奈だったが、真面目な表情で話を続けた。


「バスケだったら康平にしては上出来だよ。それに、リバウンドで得点につながったしね。……私が言いたいのはボクシング部の方だよ。中学ん時は、卓球部を健太と二人でよくサボってたでしょ! 今の部活、よく毎日続くと思ってさ」


「麗奈が俺を褒めるって珍しいよな。……ただボクシングは、まだ実戦もしてないしさ」


「ボクシングの事は分かんないけどさぁ、ほら、あんたと白鳥君がやってたのあったでしょ? 空気椅子となんだっけ? ……ほら片足で跳ぶヤツ」


「あぁ、ケンケンだろ?」


「そうそう、その二つね。地味で辛そうな事を、顧問がいなくても真面目にやってるじゃん!」


「白鳥が真面目だから、つられているかも知れないんだけどな」


「うちの顧問が言ってたよ!

『ああいうコ達って、センスが悪くても案外いい成績残すのよ』

だってさ。田嶋先生は天然だけど、見てるところは見てるからね」


「いい成績はともかく、まぁ頑張ってみるよ」


「……康平も、中学ん時から今みたいに頑張ってたら、あんたを見る目も変わってたんだけどね」



 康平は、どう応えたらいいか分からず、困ったような顔になっていた。


「アハハ、心配しないで! 私、康平を彼氏にする程趣味悪くないからさ」


 麗奈が言い終わった時、三人の女子が教室へ入ってきた。


「麗奈ちゃん、六組勝っちゃったよ! 綾香と決勝だね」


 教室に入ってきたのは、康平達一組が、初戦で対戦した三組の女バストリオだった。五番のゼッケンをつけていた女の子が麗奈に言った。


「決勝へ出るのに、審判するのは大変でしょ! 私達が代わってあげるよ」


「助かるよ。あんた達もそうだったけど、六組も強敵だからね」



 六番のゼッケンだったコが、康平に気付く。


「ん、……確か、高田君だったよね?」


「え、何で俺を知ってんの?」


 康平は、驚いた表情で訊いた。彼は第二体育館で練習する時が多い為、三人の顔を見ればバスケ部員なのは分かっているのだが、名前までは分かっていない。



「まさか、自分はモテるって勘違いしてるんじゃないでしょうね? 梅ッチに、あれだけ名指しで怒鳴られていたら、こっちは嫌でも名前を覚えちゃうんだよ」


「あぁ、なるほどね」


 麗奈はトゲのある説明をしたが、康平は納得したような顔で頷いていた。


「残念だけど、ボクシング部の一年生の名前は全員分かるんだ。そういえば麗奈ちゃんと高田君は、教室で二人っきりだったよねぇ。……何か怪しいなぁ」


 今度は七番の女子が、イタズラっぽい視線で口を開く。



「私はお昼で、康平は他のメンバーと技の練習してたのよね。康平、何なら三人に見て貰えばいいじゃん」


 麗奈は平然と答えたが、五番の女の子が言った。


「ゴメンね、その時間は無いんだ。次の試合は審判するかも知れないから、部室に行かなくっちゃね」


 女バストリオは、急いで部室に向かっていった。入れ替わりに、試合を見ていた一組メンバーが教室に入ってきた。


 開口一番に山根が言った。


「あれ、今出て行ったの三組のバスケ部員だよね?」


「あの三人、私の代わりに審判やってくれるってさ。お陰で時間に余裕が出来て助かったよ。……ところで亜樹、試合はどんな感じだったの?」


「接戦だったけど、梓ってコとリバウンド勝負は厳しくなりそうね。それに綾香と健太は運動量があるしね。……健太って意外にバスケ上手いんだね」


「アイツは割と器用な方だからな」


 康平が言った後、麗奈が亜樹に尋ねる。


「ところでアーキさん、何かいいアイデアは無いの?」


「無いことも無いけど、アイデアとは言えないよ。……それよりお腹減っちゃった」


 亜樹は時計を見ながら自分の席に戻り、弁当を出している。時間は午後一時を回っていた。



「ねぇ、どんな事考えてんのさ」


 麗奈は、食べ終わった自分の弁当を急いでしまうと、亜樹の前の席に座った。



「女王様同士の会議が始まったからさぁ、私達は他の競技でも見物していようよ」


「そうだな、俺達イヤシイ身分の者は他へ行ってようぜ」


 山根が言うと、長瀬が笑いながら付け加える。


「チョットそこの二人! 今は許すけど、試合ではその分活躍してもらうからね」


 麗奈に言われたメンバー全員は、そそくさと教室から出ていった。



 バスケ以外では、どこも一組が勝ち残っていなかったので、康平達はバラバラになった。



 午後二時半になり、第一体育館で決勝があるので、そこへ向かって歩いていた康平は、再び有馬と白鳥に出くわした。



「大口叩いて負けちゃったよ」


 有馬は、恥ずかしそうに頭を掻く。


「梓ってコが凄かったんだろ? クラスの奴から聞いてるよ」


「まぁな、ありゃシャレになんねぇな。……ところでコイツ、マジで球技苦手だったんだよ。パスしたらさぁ、二回もボールを避けてたんだぜ。ボールを怖がってんじゃ重症だよ!」


 有馬は、白鳥を冷たい視線で一瞥してから康平に話した。


「あ、いや、……あれは有馬が咄嗟に……」


「何だよ、俺のせいだって言うのかよ?」


 白鳥は、これ以上言い訳出来ずに小さくなっていた。



「お、俺は試合があるから行ってるよ」


 今の二人に関わりたくない康平は、急ぐフリをして体育館へ向かおうとした。その時、白鳥が弱々しい口調で言った。


「康平も、いきなりのパスには気を付けた方がいいよ」



 康平が向かった第一体育館は、第二体育館より四倍近く広い。バレーボールを二試合、バスケボールを一試合同時に行っている。



 試合直前、健太は康平の所へ足を運ぶ。


「康平君の珍プレー、期待してっからよ」


 ニヤつく親友に、康平は偽物の笑顔で返す。


「珍プレーは、狙って出来るもんじゃないからな。まぁ期待に添えないかも知れないよ」


 健太は、一組の前の二試合を見ていないようである。



 綾香は笑顔で、麗奈に小さく手を振っていた。麗奈も、微笑んでお返しをしながら小声でメンバーに話す。


「あの笑顔に騙されちゃ駄目! 綾香は手強いよ。……女の子の笑顔は怖いんだからね」


「そ、そうだな」


 長瀬は、笑顔で手を振る麗奈を見ながら納得した。




 六組の梓と、一組の服部のジャンプボールで試合が始まった。


 梓が悠々と高さで勝ち、六組ボールになる。だが綾香がボールを持った時、服部を除く一組メンバーは、既に自陣のディフェンスに戻っていた。



「ぷっ、服部は信用されてないわね」


 控えの椅子で村田が笑うと、長瀬は苦笑しながら言った。


「あの高さはヤベェよ。俺も勝つ自信は無いしね」




 試合開始から五分が経過したが、六組が四点リードしている。


「リバウンドは、麗奈ちゃん半分位しか捕れないよね」


「あれは、麗奈だから半分は捕れるのよ。位置獲りで、何とか身長差をカバーしてるからね」


 山根の言葉に亜樹が返す。



「村田、……この試合、上からパスしてもいいからさ」


 長瀬がポイントカードの村田に言った。


「梓は女の子だよ。女子と競り合いになってもいいの?」


「いや、彼女は男として見るよ。それで競り負けたらハズいだけなんだけどな」


 自重気味に話す長瀬へ、亜樹が話し掛ける。


「長瀬と夏美(村田)にお願いがあってさぁ、ポジションを交換して欲しいんだよね」


「何か考えがあるんだろ?」


「考えって程じゃないよ。私一人だと梓さんには対抗出来ないから、夏美にもリバウンドを手伝って貰いたいんだ」


 ニヤつく長瀬に亜樹が答える。



「いいよ! 私も何回かリバウンドを拾っているしね」


「俺も、司令塔みたいな役はやってみたかったんだよ。サッカーの時はフォワードだからさぁ」


 二人が快く応じてくれたので、亜樹はホッとした表情になった。



「アハハ、うちはコロコロ作戦が変わるよね。……で、私と康平は今まで通りでいいの?」


「ゴメンね! 私一人じゃ、麗奈のようには出来ないからさ。……敦子(山根)と康平は、今まで通りドンドンシュートを打って頂戴ね」




 試合開始から十分後、一組のメンバーは総入れ替えをした。同時に六組も、綾香と梓を除く三人が交代する。この時点で六組が六点リードしていた。


 六組の健太も、この時間からコートに入った。


 一組からの攻撃で試合は再開した。


 新ポイントガードの長瀬が、ドリブルで進んでいく。彼は相手コートに入った瞬間、右サイドにいる康平へパスを出す。


 ノーマークだった康平は、一度体を沈めながらユックリと狙いを定めてシュートを放つ。


 ボールはリングの中へ吸い込まれていった。



「やるじゃん康平! 今日四本目だぜ」


 長瀬に言われた康平は、初戦で一本、二試合目で二本スリーポイントを決めていた。



「練習の時は、あまり入らなかったのにね」


 後ろから康平の肩をポーンと叩いた亜樹が、小声で囁く。


「マ、マグレだよ!」


「四回もあるマグレって、あまり聞かないけどね。……誰かコーチが良かったのかな?」


「誰だか分からないけど、コーチが良かったんだろうな」


 嬉しそうに話す亜樹に、康平は照れ笑いをしながら言い返した。



 六組は急ぐ様子もなく、綾香を中心に攻めていく。



 綾香から健太にバウンドパスが出され、彼から更に赤の八番のゼッケンを着けた六組の女子にボールが渡った。


 彼女はシュートを放ったが、ボールはリングに当たって上へ跳ね上がる。


 亜樹は既に梓の内側にポジションを獲っており、スクリーンアウトで相手のジャンプを遮っていた。


 フリーになっていた村田がリバウンドを拾い、六組の攻撃は無得点に終わった。



 一組の攻撃に変わり、長瀬が自ら切り込むフェイントをしながら山根にパスを出す。


 山根は、前の二試合と違い慎重に狙いを定めてシュートを打つ。ボールはボードに当たってからリングの中へ入った。



「山根のシュートが入るなんて珍しいな」


「沢山シュートを外してんのに、しつこくパスをくれるチームメイトがいるからね」


 からかう長瀬に、山根は平然と答えていた。


 康平と山根のスリーポイントシュートで同点になった。梓に対して、二人がかりでリバウンドを拾う亜樹の作戦が効を奏したのか、試合は一組ペースでゲームが進んでいく。



 一組が四点リードで迎えた前半終了間際、康平がシュートを放つ。これは入らなかったが、大きく外に弾かなかった為、リバウンドの勝負になった。


 亜樹は、再び梓のリバウンドをスクリーンアウトで阻む。特にこの時は、亜樹が梓に軽く座るような形でガッチリとブロックしているので、ジャンプをすることすらも遮っていた。


 フリーの村田がリバウンドを捕ろうとジャンプした時、同時に綾香も跳んでいた。


 身長が百六十センチ前後の綾香に対して、やや大柄な村田がリバウンドを制し、村田からパスを受け取った長瀬がシュートを決めて更に点差が広がった。



 前半終了のホイッスルが鳴った後、健太が康平に近づく。


「康平、さては誰かに教わったんだろ? じゃなきゃ、お前があんな綺麗なシュートは打てないもんな。……まぁ誰に教わったかは、訊くまでもねぇよな」


 健太は、言い終わった後に左側をチラッと見る。彼の視線の先には、綾香と話している亜樹がいた。


「やっぱり亜樹はバスケ上手いね。……でも、このままだと負けちゃうから私達も考えなくっちゃ」


「私はこれで手一杯なんだから、お手柔らかにね」



 一組メンバー全員が控えの椅子に集まった時、麗奈が口を開く。


「お疲れ様! 綾香はノホホンとしてるけど、何気に負けず嫌いだからね。……後半、何か仕掛けてくるわよ」


「アハハ、そうかもね」亜樹が笑って答える。



「アレは出来なかったな」


「でも前半シュートを決めたから、後半は使えるかもよ」


 康平が中澤と小谷に話すと、中澤は少し笑いながら言った。




 ハーフタイムが終わり、後半戦が始まった。


 一組は、麗奈達が出ている。後半戦の十五分の内、最初の五分間は彼女達が出る事になっていた。六組は、前半の最後に出ていたメンバーがそのままコートに入っている。


 六組が攻撃の時、綾香からパスを受け取った健太が、無造作にシュートを放つ。明らかに狙っていないような感じで、リング付近にボールを放り投げていた。


 ボールは、リングの一メートル程手前で落下する。そこには梓が待ち構えていた。同時にジャンプした麗奈よりも、遥かに上でボールを掴む。


 着地した梓からパスを受け取った六組の男子がシュートを決めた。



「健太のは、シュートじゃなくてパスなのかな?」


 控えの椅子で、亜樹が長瀬に言った。


「健太? ……今ボールを放り投げた奴か。どうもソレっぽかったな」


「……だとしたら、麗奈は大変かも知れないよ」



 一組の攻撃は無得点で終わり、六組が攻める番になった。


 綾香からパスを受け取った女子が、健太と同様にゴール付近へ向けて高くボールを投げる。


 それに合わせて梓がジャンプをした。側にいた麗奈は、跳ばずに梓の方を向いている。


 梓が着地して低い体勢になった時を狙って、麗奈は梓の持っているボールを下からチョンと上に弾く。


 梓の手から離れたボールを奪った麗奈は、服部を見ながら中澤にパスを出した。ドリブルで進んだ中澤から山崎へとパスが繋がり、彼のシュートで一組に得点が入る。



「麗奈ちゃんは、見てない方向にパスをするんだよね。……私、練習で何度も受け損なったよ」


「アハハ、麗奈のノールックパスはイキナリくるからね。たぶん、部活の練習で習慣になっていると思うんだ」


 苦笑する山根に亜樹は笑って言った。



「中澤と小谷も、アレが捕れるまで麗奈と残って練習してたからな。……おっと、向こうのバスケ部員は何かヤリそうだぜ」


 長瀬につられて、他のメンバーも綾香に視線を向ける。すると、綾香は梓にアドバイスをしていた。


 その後梓は、上からのパスを捕らずに片手で弾くようにしてメンバーにボールを渡し始める。麗奈も梓の高さに対応しきれず、六組の得点シーンが多くなった。


 控えの椅子では、この様子を見ていた亜樹が長瀬に何やら話していた。



 後半開始から五分が経過した時点では、六組の四点リードである。


 再び亜樹達五人がコートに入る。六組は綾香と梓、そして健太以外の二人がメンバーチェンジをした。



「長瀬、頼むわね」


「やってみるけどさぁ、自信はねぇぞ」


 亜樹に対して控え目に返答した長瀬だったが、本人は至って楽しそうにコートへ入っていった。



 試合は、一組ボールで再開した。


 ドリブルをしている長瀬は、山根がいる左サイドにパスを出す。そして自身は、相手ディフェンスの中へ切り込んでいく。


 ボールを手にした山根だが、六組の男子がマークをしてきたので、彼の後ろにいる長瀬にバウンドパスをした。


 長瀬の動きが目立つ為か、右サイドの康平はノーマークになっていた。


 長瀬から康平にボールが渡った。康平の両手がフッと上がった瞬間、健太が走りながらジャンプをした。


 だが、康平の両手からはボールが離れていない。彼は、中澤達から教わったフェイクを使っていた。ぎこちない動作だが、慌てて走ってきた健太には効果的だった。


 康平はドリブルをしながら左前へ進み、今度は本物のシュートを放つ。



 康平にとって、この試合二本目のシュートが決まった。


 ディフェンスに戻る康平が控えの椅子をチラっと見た時、中澤と小谷が満面の笑みで親指を立てていた。



「あの二人に教わったんだ」


「まぁね。誰かさんと同じで、分かり易く教えてくれたよ」


 話し掛けてきた亜樹に、康平は笑って答える。




 六組の攻撃。センターライン近くにいる綾香が、メンバーチェンジしたばかりの男子へパスを出す。


 彼も健太達と同様、無造作にゴール付近へ高くボールを放った。


 例によって梓がジャンプをする。だが、長瀬も同時に跳んでいた。


 高さは同じ位だったが、いきなり自分の隣で跳んでいる長瀬に梓は驚いたようで、長瀬がガッチリとボールを掴んでいた。


 長瀬から相手ゴールに走っている村田へパスが出されたが、綾香がインターセプトをする。


 綾香から健太にパスが通り、彼のレイアップシュートで六組に二点が入った。



 その後、互角の展開で時間が経過していく。だが両チーム共、得点をするシーンが少なくなっていた。


 六組が攻撃する際の梓への高いパスは、長瀬に阻まれる場面が多い。


 一方一組の康平と山根のロングシュートは、運悪くリングに当たって大きく弾くケースが殆どで、リバウンド出来ずに得点には繋がらなかった。



 試合終了まで残り三分を切ったが、四点差で六組がリードしている。



 長瀬からのパスを受け取った康平がシュートをしようとした時、一人マークがついていた。長瀬は、パスを出すと同時にゴール近くへ進んでいる。


 梓は、再三長瀬とジャンプ勝負をしていたせいか、彼に気を取られて亜樹がノーマークになっていた。


 一度フェイクをした康平が、亜樹にバウンドパスを送る。


 亜樹がシュートを決めて、二点差に詰め寄った。



「ナイスシュート!」


 康平が亜樹に声を掛けたが、彼女は冴えない表情になっていた。


「康平のシュート、今日まだ一回しかリバウンドを拾えてないのよね」


「気にすんなよ! ……それに、この試合は特に大変だしさ」



 康平が答えた後に、控えの椅子から麗奈が大きめな声で言った。だが、彼女は半分笑っているような表情だった。


「そこの二人、早くディフェンスに戻って! 綾香が攻められないよ」



 綾香はセンターラインを越えた辺りで、ドリブルをしながら二人の会話が終わるのを待っていた。


「もういいの?」


「ワリィな。それにしても麗奈は声が大きいんだよな」


「アハハ、麗奈ちゃんの声はよく通るからね。また言われると悪いから、今から試合再開ね」


 綾香は康平に言い終わると、すぐに左側へパスを出す。


 綾香がパスを出した先には健太がいた。彼は、梓にめがけて上へパスを出そうとしている。


 それを見た康平は、駆け込んで大きくジャンプをした。ニヤリと笑った健太は、パスするフリをして康平の右脇をドリブルですり抜け、そのままシュートをした。


 ボールは僅かに逸れてリバウンド勝負になったが、亜樹がスクリーンアウトで梓のジャンプを遮り、村田がこぼれ球拾って一組ボールになった。



「またリバウンド捕れなかったよ」


 梓が悔しそうに独り言を言った。



 コート中央まで長瀬はドリブルで進み、山根にパスを出す。


 試合時間が残り少ないのもあってか、山根は得意(?)のアバウトなシュートを打たずに、一旦長瀬にボールを戻した。


 再びボールを手にした長瀬は、間髪入れずに康平へパスを出す。


 ボールを受け取った康平は、すぐにシュートを放った。


 ボールはリングに当たって真上に跳ね上がる。


 再び亜樹が梓をブロックする。村田がフリーでリバウンドを拾う筈だったが、駆け付けた綾香が、スクリーンアウトで村田の役目を阻んでいた。


 ゴール下は、女子達の熾烈なリバウンド争いになった。


 梓が無理な体勢から、亜樹に覆い被さるようにジャンプをした。亜樹も負けじと上に跳んだ。


 亜樹が辛うじてボールを掴んだが、着地する際に梓とぶつかり、バランスを崩してしまった。転倒こそしなかったが、亜樹は右足を引きずりながら三歩歩いてしまっていた。



 審判はホイッスルは吹いたものの、トラベリングにしようかファウルを取ろうか迷っていたが、結局トラベリングで六組ボールとなった。



「ごめんなさい! ……本当にごめんなさい」


 梓はプレー中と異なり、今にも泣き出しそうな顔で、百八十一センチの長身を何度も九十度に折り曲げて亜樹に謝っている。


「大丈夫よ! 右足を軽く捻っただけだから。……それに、私も無理な体勢からジャンプしちゃったしね」


 亜樹は両手を軽く前に出し、梓を抑えるような仕草で彼女を宥めていた。



 六組のスローインから試合を再開しようとした時、審判の笛が鳴った。麗奈が亜樹の足を心配して、交替の合図をしていたのだ。



「勝手に交替の合図を出しちゃってごめんね」


「いいよ! このままじゃ足を引っ張りそうだし、私も交替しようか迷ってたんだ。……チョット残念だけどね」


 麗奈は亜樹と入れ替わってコートに入る。



 スローインの場所に行こうとした綾香に、梓が何やら話している。


「分かったわ! ……あずちゃん(梓)は、これで心置きなくプレーできるのね?」


 ボールを右脇に抱えた綾香に、梓は首を縦に二回降った。



「みんな、ディフェンスのままでいいからね」

 そう言った綾香は、長瀬にパスを送る。



 ボールを受け取った長瀬は、綾香達の意図をすぐに理解したようで、綾香がポジションにつくまでドリブルをしながら待っていた。



「じゃあ今から再開な!」


 長瀬の一声をキッカケに、全員が忙しく動き始めた。




 長瀬はドリブルで切り込もうとしたが、綾香のガードが厳しい為、右サイドの康平にパスを出す。


 康平のシュートは六組メンバーも警戒しているようで、すぐに健太ともう一人の女子が阻止に掛かる。


 シュートが打てず、どこにパスを出そうか迷っていた康平に、村田が右のサイドライン際へ回り込んでいた。


 康平からパスを貰った村田は、ドリブルで進みランニングシュートをした。ボールはリングに沿ってクルリと回り、外側にコボレ落ちる。


 麗奈と梓は同時に跳んだが、先程の弱気な表情と打って変わって、必死な形相の梓がリバウンドを制し、一組の攻撃は無得点で終わった。



「悔しいわね!」


 負けず嫌いの麗奈は、思わず口にしてしまったのだが、梓は意に介さず健太にパスを送っていた。


 梓はプレー中になると、人が変わるようである。



 残り時間をチラッと見た麗奈は、戻りながら全員に言った。


「次は最後の攻撃だから、ここは絶対抑えるわよ!」


 速攻で得点につなげようとドリブルで進んでいった健太だったが、長瀬と康平、そして山根の戻りが思いの外早かったので、諦めて中央にいる綾香にボールを戻す。



 綾香はドリブルをしながら様子を見ていた。彼女から相手方ゴールを見た時、高いパスを受けようとゴール手前に入った梓の右側には、麗奈と長瀬がいた。


 綾香は、高い姿勢でパスを出すフェイントをした後、急に低い姿勢でドリブルをしながら康平と山根の間をすり抜ける。


 そして、梓をブラインドにして麗奈と長瀬を避け、左側からジャンプシュートをした。


 ボールは、急いで右手を上げて跳んだ村田の指先にカスった為、リングに届かなかった。そして、それがエンドラインを越える直前、長瀬が急いで掴んだので一組ボールとなった。



「危なかったわね。……時間が無いからすぐに攻めるわよ!」


 一瞬ホッとする顔をした麗奈は、すぐに表情を戻して全員に言った。



 長瀬がドリブルをしてセンターラインを越えた時、彼に綾香がマークについた。


 長瀬はドリブルを止め、ボールを両手で持った。綾香からスティールされる危険を感じたからだ。


 彼は、持ち前の運動神経の良さで見栄えのいい動きはしていたものの、本来はサッカー部員だ。ドリブル自体は洗練されたものではなく、ボールを床に突き返すのは専ら右手だけである。


 足を止め、誰かにパスを出そうと長瀬の目が忙しく動く。



 右サイドのスリーポイントラインには康平がいた。しかし彼には、健太がマークについている。健太は、六組の中で綾香の次にいい動きをしていた。この試合で、彼に二回インターセプトをされている。


 康平は、彼なりにパスを貰おうと動いてはいたが、健太がピタリとついて離れないので、右サイドへのパスを諦める。



 エンドラインの方には麗奈と梓、そして村田と六組の男子がいた。


 綾香のプレッシャーがあって、それほど前に出ていなかった長瀬は、距離がある麗奈と村田への長いパスを躊躇した。梓の長いリーチでのインターセプトが何より怖い。


 五秒ルールで、相手方にボールを渡すのだけは避けたい長瀬が、左サイドのスリーポイントラインに視線を向ける。だが、そこにいる筈の山根はいなかった。


 彼女は長瀬からパスを貰おうとスリーポイントラインから大きく離れ、センターライン近くのサイドライン際まで下がっていた。そして六組の女子も、山根につられてその場所にいた。


 その結果、長瀬にプレッシャーを掛ける綾香が前へ出ているのもあって、六組のゾーンディフェンスの形が大きく膨らみ、左サイドに大きな空間が出来てしまっていた。


 それを見た村田が、その空間へスッと入る。すかさず長瀬は彼女へパスを出し、自身もゴール前へ走っていく。


 ボールを受け取った村田は、すぐに長瀬へパスを返す。


 シュートを打とうとする長瀬の前には梓がいた。器用な長瀬は、康平を真似て一度フェイクをする。


 ものの見事に梓は引っ掛かってしまった。


 長瀬は無駄に大きくジャンプしている梓を避け、体を右に傾けながらシュートを放つ。


 無理な体勢で放った為か、ボールはリングに当たって右へ小さく跳ね上がった。


 麗奈が大きくジャンプをする。着地したばかりの梓も同時に跳んでいた。梓が不十分な姿勢からジャンプをしたのもあり、二人の高さは同じ位である。


 このリバウンド対決は麗奈が制し、ボールをしっかりと抱える。綾香は、着地して低い姿勢になった麗奈をブロックしてシュートを阻んでいた。


 ゴールから二メートル先では、もう一度シュートをしようと長瀬がパスを待っていた。


 康平をマークしていた健太が、慌てて麗奈と長瀬の間に走り始める。


 麗奈は、長瀬を見ながら康平に早いパスを送った。麗奈のノールックパスである。



 長瀬にボールがいくと思い込んでいた康平は、いきなりのパスに思わず左へダッキングをしてしまった。ダッキングは、ボクシングで使う屈んでパンチを避けるディフェンスである。


 ボールは右サイドラインを越える。



 康平を除いた両チームのメンバー全員が唖然として見ていた。


 康平は額に手を当て、顔をしかめて天を仰ぐ。



 六組が攻撃している途中で審判の笛が鳴り、六組の優勝が確定した。



 体育館の壁際で、この様子を見ていた三人がいた。有馬と白鳥、そして三年の石山である。


「ぶっ、康平の奴、白鳥みたいにボールを避けてやんの」


 有馬は吹き出しながら言った。白鳥は無言のまま、同情するような目で康平を見ている。



「そんなに笑うんじゃねぇぞ! あれは、去年の俺の姿なんだからよ」


 石山が苦笑しながら言った。


「す、すいません。……でも先輩は、去年ソフトボールに出てたんスよね? バスケとは関係無いんじゃないんですか?」


 有馬は、恐縮しながらも質問する。


「同じなんだよ! ……去年俺はソフトでショートを守っていたんだが、最終回俺にライナーが飛んできてダッキングしてしまったのさ。……それがランニングホームランになってサヨナラ負けさ」


「……悲惨ですね」


「その頃部活でダッキングを多用してたからな。……白鳥と高田(康平)は、最近ダッキングの練習をしていたよな?」


「え、あ、はい」白鳥が返事をする。


「咄嗟の場面でそれが出たって事は、ある意味練習の成果が出てるって事さ」


 黙って聞いている白鳥に、石山は更に話を続けた。


「まぁ、そう言い聞かせて去年俺は自分を慰めていたよ。……高田にも言っといてやれよ。去年の俺と同じ位悲惨な立場だからさ」


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