亜樹の機転
長瀬に励まされてオフェンスに加わった康平だったが、完全に萎縮していた。
亜樹から村田、そして長瀬の順でボールが渡り、彼のシュートで一組に点が入る。
急いでゾーンディフェンスを組もうとする四人へ、亜樹が少し早口で言った。
「お願いがあるんだけど、長瀬は五番、夏美(村田)は六番、敦子(山根)と康平は七番のマークをしてくれない! ……点を取られたら、私のセイでいいからさ」
三組は黄色のゼッケンだが、女バストリオは五・六・七番を付けていた。康平達一組は赤のゼッケンである。
長瀬は、亜樹の意図をすぐに理解したようで、「オッケー、ボス!」と笑顔で答える。
長瀬に釣られたように、バレー部の村田も無言で頷いた。
「私達ビギナーコンビも、ボスに従いましょ」
山根に肩を軽く叩かれた康平は、彼女と七番のマークに付く。
七番の女子がドリブルをしていた。彼女は前の攻撃の際、康平の前で気持ち良くシュートを決めたショートボブの女の子である。
山根が詰め寄った。康平も彼女に習って七番に近付き、両腕を伸ばしてパスのコースを遮る。
七番の女バス部員は、明らかに戸惑っていた。苦し紛れに六番へパスを出す。ボールが届く直前、白い腕がスッと伸びた。村田のインターセプトだ。
ボールを奪った彼女は、ドリブルをしながら山なりに長いパスを出す。
ボールの落下地点には、長瀬と黄色いゼッケンを着けた五番の女バス部員が走っていた。
ジャンプした身長百八十センチの長瀬は、約二十センチ背の低い相手を問題とせずに競り勝ち、右に体を捻りながら再びジャンプをしてシュートを放つ。
亜樹は、リバウンドの為ゴール下に駆け寄ったが、ジャンプする必要はなくシュートは入っていた。
同点になったが、長瀬は冴えない表情で呟く。
「これじぁ後味悪いな」
一組のディフェンスになった。女バストリオには四人のマークが付いている。
目まぐるしく動く八人に、黄色いゼッケンを付けた八番と九番の二人……、三組の女バス以外のメンバーは遠慮勝ちに動いていた。
五番の女子はパスを貰ったが、長瀬がマークしているので、すぐに八番のゼッケンを付けた男子へパスを出した。彼はシュートを打てる場所にいたにも拘わらず、誰にパスを出そうか周囲を見回している。
五番のマークをしていた長瀬が、ボールの行方を追うように八番の男へ詰め寄る。フリーになった五番の女バス部員へパスを出した時、亜樹が長い手でそれを遮った。
亜樹は自らドリブルで進んでいった。彼女は、勢いよくゴール下へ走っていた村田へパスを出す。ボールを手にした村田がシュートを決め、一組が初めて三組にリードした。
一組も早いテンポで攻撃している為、攻守の切り替えが忙しい展開になる。だが亜樹と村田、そして長瀬の活躍で前半の終わる頃は、一組のリードが六点差にまで開いていた。
そしてその終わり間際、一組の攻撃になった。ゴール下へ切り込んだ長瀬に、亜樹が山なりの高いパスを出す。
大きくジャンプする長瀬に、三組女バストリオも必死に跳んでいた。
長身でバネもある長瀬は、悠々とパスを捕れそうだったが、何故かボールを後ろに逸らして相手方ボールになった。
その後、三組が攻め始めた途端にホイッスルが鳴り、前半が終了した。
麗奈達五人が座っている所へ各々歩いていったが、亜樹は村田と長瀬に何やら相談していた。
ようやく一組メンバーが全員集まったところで、野球部の男が口を開く。
「長瀬、さっきのプレーはらしくねぇんじゃねぇの?」
彼は名前を山崎大輔というが、ニヤニヤしながら話している。責めているのではなく、運動神経抜群の長瀬がミスをしたのでカラカっている様子だ。
「ゴメンね! 今度上からのパスはしないようにするからさ」
返答に困っていた長瀬に、突然亜樹が謝った。
「ん? なんで亜樹が謝ってんだ。長瀬は高いボールだと、ヘディングするから苦手……、という訳でもなさそうだしなぁ」
今度は男子バレー部の服部拓海が口を出す。ちなみに長瀬はサッカー部員である。
「ガサツなあんた達には分からないかも知れないけど、長瀬はフェミニストなのよ」
麗奈は、溜め息を吐きながら山崎と服部に言った。彼女は、二人を諭すような口調で話を続ける。
「いい? 自分と長瀬を置き換えて想像してみなさいよ。二十センチも身長が低い女の子達とジャンプで競り勝ちました。……勝ち誇れる?」
山崎と服部は、顔を見合わせて無言になった。
「俺はただ、女子に嫌われたくないだけかも知んないぜ」
長瀬は苦笑しながら話す。
「いい男はさぁ、言い訳もサマになっていいよなぁ」
坊主頭の山崎は、髪をかき揚げる仕種をしながら言った。数人が笑った後、麗奈がワザとらしく咳払いをする。
「貴重なハーフタイムをお笑いタイムにしちゃいけないわね。……ところで亜樹達は、今の作戦を続けるつもり?」
「ちょっと無理かなぁ。……敦子(山根)がシンドそうだしね」
「気付いてくれてアリガトね! 正直、ほぼ帰宅部の私が本職のバスケ部員をマークするのは大変だったのよ。彼女達は、スンゴイ動くでしょ!」
家庭部の山根は息を切らしていたが、ようやく呼吸が整ったようだ。
「ゴメンね敦子! 後半はゾーンディフェンスをするからね。……でも、練習と違った方法でプレーしようと思ってるけど」
「え、何を変えるの?」
興味深げに麗奈が亜樹に訊く。
「さっき相談したんだけど、夏美(村田)に私のポジションをやってもらおうと思ってさ」
「夏美がセンターをやるって事?」
「彼女にやってもらうのは、攻撃する際のポイントガードの方よ。私はセンターをやってリバウンドに専念するわ。……敦子じゃないけど、本職のバスケ部員相手に二つのポジションを兼ねるのはシンドイのよね」
「ポイントガードって司令塔みたいにパスを出すんだよな。本当は俺がやりたかったんだけどなぁ。……服部か山崎、どっちかやってみりゃいいじゃん! 麗奈をコキ使えるかも知れないぜ」
亜樹と麗奈の会話に、長瀬が笑いながら加わった。
「ぶっちゃけ言うとさぁ、私もシンドかったのよね。……上手く出来なくてもいいからさぁ、どっちかやってくんないかなぁ」
麗奈に訊かれた山崎と服部は、共に自信が無いのかお互いを薦めていた。
少しの間沈黙が続いた。すると新しくポイントガードになった村田が大きな声で話す。
「もうこうなったら服部がやんなさいよ! 私だって自信が無くてもやるんだからね」
彼女は同じバレー部員のせいか、服部には言い易いようだ。
「……わーったよぉ! やりゃーいいんだろ、やりゃーよぉ。どうなっても知らねえぞ」
「男だねぇ服部君! でも残念だわ。最後の台詞が無かったらポイント高かったのにね」
「大きなお世話だよ! ……ん? 二人共何か言いたそうだな」
麗奈に何か言い返そうとした服部だったが、小柄な二人の男女、中澤保と小谷美和に話を振った。
二人は顔を見合わせた後、中澤が口を開く。
「話が変わるけど、三組の八番と九番の人は、シュートを打てそうだったのに打たなかったよね。何でかなって不思議に思ってたんだよ」
「そんな事考えてたんだ! 練習の時もそうだったけど、メンバーの中で真面目なのは中澤君とコニちゃん(小谷)だけね。私は単に遠慮したんだと思うけど、亜樹はどう思う?」
麗奈は、涙を拭うポーズをした後に軽い口調で答える。
「チョット麗奈、いきなり私に振らないでよ。八番と九番て女バス以外の二人でしょ。……麗奈が言ったように遠慮したんじゃない?」
亜樹も、一瞬考えた後にサラッと答えた。
「何か向こうは大変そうだな」
三組の方を見ながら長瀬が言った。
球技大会のバスケには、リバウンドの他に特別なルールがあった。それは、一試合毎に全員が出場しなければならず、しかも最低五分はコートの中にいなければならない事だ。
三組は前半に誰も交替していなかったので、後半誰を最初に出そうか話し合っていた。女バス三人組は他人に指図するのが苦手らしく、困ったような顔をしながらコートに入る順番を指示していた。
「あの三人は結構内気なのよねぇ。見ていて気の毒になるよ」
麗奈は、同情するような眼差しで三組を見ていた。
「その点うちは大丈夫だよ。なんたって麗奈様と亜樹様っていう二大女王様がいるもんね」
山根が言った途端、数人が吹き出す。
「ヒドイ言われようね!」
亜樹と麗奈は口を合わせて言った。
「もうすぐ後半始まっけどさぁ、逆転されても俺を恨むなよ」
新ポイントガードの服部が自信無さげにボヤく。
「大丈夫だって、女王様の亜樹が指示するからさ」
麗奈は微笑みながら話した。
「夏美(村田)だって大丈夫だよ。女王様の麗奈がアドバイスするからね。……麗奈と夏美ちょっといい?」
亜樹も微笑しながらお返しをしたが、一瞬康平を見てから二人に何か話していた。
「オッケー、分かったわ」
麗奈もチラっと康平と見た後、ニコリと言った。村田は無言だが、納得したような顔で頷いている。
「それと亜樹、……アリガトね」
麗奈は、そう言ってコートに入っていった。
「服部チョット待って!」
コートへ入ろうとした服部を、亜樹が呼び止める。
「完璧なパスなんて考えないでね! 六十点主義でいいからさぁ、迷わないでパスすれば大丈夫だからね」
「そっちの女王様は優しくていいなぁ」
服部は笑ってコートに向かっていく。
後半戦が始まった。控えの椅子で、長瀬が亜樹に言った。
「さっき中澤が質問した答えを訊きたいんだけどさぁ、今教えてくんねぇかなぁ」
「あの八番と九番の事? 遠慮しただけだと思うけど……」
長瀬は意外にシツコク訊く。
「そんな曖昧な理由じゃないと思うね。俺達の出番になって、すぐにゾーンディフェンスから女バストリオへのマークに替えただろ。他の二人はノーマークだったじゃん。あの二人がシュートを打たないのは、確信してたんじゃねぇの?」
「何でそんなに理由が訊きたいの?」
亜樹は、少し困ったような顔で長瀬に問い掛けた。
「俺と同じ考えだったら嬉しいと思ってさ」
「私は結果オーライだけど、あの二人がシュートを打たない理由があったんなら教えてほしいな」
山根も興味が湧いたようだ。仕方が無いような顔をして亜樹は話し始める。
「あの女バス以外の二人は、シュートするのを避けていたんだけど。……ヒンシュクを買いたくないタイプだと思うの」
「シュートするのを避けているのは分かってたんだ」
「麗奈達と戦った十分間でも、シュートチャンスにパスしてたからね」
山根に亜樹が答えた。
「見るところはシッカリ見てるのね。さっすが経験者!」
山根は感心するような顔になった。
「さぁ、ここから理由を話すんだよね! あの二人はヒンシュクを買いたくないタイプからの続きだよな」
「長瀬はシツコイわね! あの二人のタイプは、あくまで私も同じ立場だったって話だからね。……私なら自分よりも上手い人が三人もいて、なおかつ接戦だったらシュートは打てないもんね」
「それはどうしてさ?」
長瀬は、亜樹の迷惑そうな顔もお構い無しに、ニヤニヤと訊いている。
「……自分の打ったシュートが外れたら、相手ボールになるかも知れないでしょ! 私だったらシュートは打たないで、上手い人にパスを出すよ。女バストリオは、特別指示を出さなかったからね」
「何となく分かるわ。うちのクラスだと、作戦があるからシュートが打てるけど、何も言われなかったらシュートしていいか迷っちゃうもんね」
山根が再び感心した様子になった。
長瀬は、我が意を得たような表情で話し出す。
「俺さぁ、中学の時も一年の新人戦からフォワードとしてレギュラーになったんだ。練習試合の時、亜樹と同じ理由でシュートチャンスにパスを出してたんだよ。そしたらさぁ……」
「そしたら?」山根が相槌を打つ。
「ハーフタイムの時、先輩に思い切りビンタされたよ。
『フォワードがシュートを外すのはミスだが、チャンスにシュートしないのは罪なんだよ! ゴール前で、先輩の顔色伺ってんじゃねぇぞ』
ってね。俺がシュートを打たない理由も分かってたんだろうな。……その先輩は今でも尊敬してるよ」
「……で、亜樹の答えは満足いく内容だったのかな?」
山根は少しカラカウような顔で訊いた。
「まぁな! 自分と同じ考えを持ってる奴がいると、嬉しくなるしね」
「またうちのクラス、点入っちゃったよ」
会話に参加せず、試合を見ていた村田が言った。
「麗奈の本領発揮ってとこね」
「それってどういう事?」
亜樹の言葉に村田が質問した。
「今さっき麗奈がいた場所……センターは、彼女の本来のポジションだったのよ。これから、どんどんリバウンドを拾いにいくわよ」
三組の攻撃は得点にならず、攻守が入れ替わった。
控えメンバーは黙って様子を見ていた。麗奈は、相手方ゴールの近くで盛んに位置を変えている。ややコート中央にいる服部からパスを受けた中澤が、スリーポイントシュートを打った。
「麗奈は『オシクラ饅頭』みたいな事やってるね」
「アハハ、そう見えるかもね。……あれはスクリーンアウトと言って、リバウンドを拾う為のテクニックなんだ」
亜樹は山根に笑って答える。
中澤のシュートが左に大きく弾いた瞬間、麗奈は『オシクラ饅頭』からスルリと抜けて後ろに下がった。そして、ジャンプしながらボールを掴む。着地した彼女は、左側に走ってきた服部を見ながらゴールの右側へバウンドパスを出した。
そこには野球部の山崎が走り込んでいた。彼のシュートで更に得点差が開く。
「前半麗奈は、服部のポジションにいたからスクリーンアウトが出来なかったんだ」
山根は、麗奈の動きを見て納得していた。彼女は好奇心旺盛な性格のようだ。
「まぁね! それとスクリーンアウトは、ファウルをとられ易いから難しいんだ。位置取りやボールの落下地点の予測とか、彼女の真似は出来ないもんね。前半今の服部のポジションからでも、何回かリバウンドを拾っていたしね。やっばり麗奈は凄いよ」
亜樹は、しきりに感心しながら麗奈を見ていた。
「ところで康平はズッと黙っているけど……、まさか前半の失敗で落ち込んでるんじゃないよね」
村田が笑いながら康平に言った。
「そ、そんなんじゃねぇよ! 中澤の動きを見てんだよ。……後半はゾーンディフェンスになるからさ」
「康平君はマジメだねぇ。……そう言えば、最初の反則で笛を吹かれた時のあんたのポーズ、すっごくサマになってたよ」
山根は、額に手を当てて天を仰ぐポーズをした。康平が開始早々、「バックコート・バイオレーション」で笛を吹かれた時のポーズである。
「康平は、それだけチームに迷惑かけたく無かったんだよな」
長瀬は言葉と裏腹に、目が笑っていた。
「もうすぐ交替だから、真面目な話をするわよ。康平は敦子(山根)と一緒にディフェンスしたから少しは分かったと思うけど、ドリブルで抜かれなければいいよ。……それと変に下がらなくていいからね。向こうがブツカッテきたら、相手方のファウルになるんだからさ」
長瀬に言い返そうとした康平へ、亜樹がディフェンスのアドバイスをした。
「ハハハ、女王様のアドバイスは絶対だからな。それに、向こうからブツカッテきたら女子と接触出来るんだからさぁ、悦ばしい事だぜ。向こうの女バス部員も何気に可愛いしな」
「おや、長瀬はフェミニストじゃなかったの?」
長瀬の発言に、山根が意地悪な視線で突っ込む。だが、長瀬は平然として康平に訊く。
「康平、男だったらフツウ考えるよな」
「え、……ま、まぁな」
「と、とにかく後半はゾーンで守るからね。それと敦子と康平には、前半打てなかったシュートを打ってもらうわよ」
「アハハ、亜樹は可愛いわね。……あんたが服部に言った六十点主義を、私も実行するよ」
少し動揺している亜樹を、山根はカラカイながら言った。
後半戦も五分が過ぎ、五人の控えメンバーは麗奈達と交替した。
亜樹達一組の攻撃。新ポイントガードの村田を中心に、相手方コートへ進んでいく。
前半よりもマシにはなっていたが、『バスケが苦手』というトラウマがあってか、まだ康平の動きはギコチない。
だが中澤の動きを真似て、康平なりに空いている所へ位置を変えていた。
村田から山根へボールが渡る。山根は、左サイドからスリーポイントシュートを放った。小谷と同様に、両手で突き出すようなフォームである。
ボールはゴールから大きく逸れ、エンドラインから出ていった。
「あれ? 相手ボールになっちゃった」
「敦子、気にしないで! 今みたいにドンドン狙っていこ!」
亜樹は、戻りながら山根の肩をポーンと叩く。そして、亜樹が長瀬にも何か話していた。彼はよく分かっていない様子だったが、
「ボスには逆らえないからな」
と笑っていた。
麗奈達と交替した時点で、一組が十二点リードしていた。時間が進むにつれ、両チーム共に得点を重ねていったが点差は変わらない。互角の試合展開である。
康平は後ろから亜樹のアドバイスもあり、ディフェンスは何とか出来るようになっていった。
オフェンスの際、康平はシュートを打てそうな場所にいるのだが、再三山根の方にパスがいく。
山根はその度にロングシュートを打つのだが、あまり狙っていないような感じでポンポン放つのもあってか、二回に一回はリバウンド出来ない暴投があった。だが、チームメイトで誰も咎める者はいない。
「あれま、またやっちゃったね」
三度目の暴投の後、山根は首に手を当てて舌を出す。
「その内間違って入るんじゃねぇの?」
ディフェンスに戻る長瀬が笑いながら言うと、亜樹と村田が軽く吹き出していた。
その様子を見ていた康平は、自分もシュートを打ちたい気持ちになっていった。
三組が得点し、相手方コートへ向かう康平に亜樹が話し掛ける。
「康平も、シュートが打ちたかったら右手を軽く挙げてみなよ。パスが来るかも知れないからさ。シュートを打つ時分かるよね、……フォームを意識すればいいからさ」
康平の後ろで、村田がニヤリと笑った。
全員が相手方コートに進む。
センターライン近くで、村田がドリブルをしている。
ゴールの左サイドには、ロングシュートを打つ為に山根がいた。
亜樹は麗奈と同様に、ゴール下近くで時折位置を変えている。
長瀬には決まっているポジションが無く、彼の判断で自由に動いていい事になっていた。
その長瀬がゴール近くに切り込んで、ディフェンスを引っ掻き回しにかかる。前半彼の活躍が目立っていた為か、それに釣られて相手方ディフェンスは少し小さくなった。
右サイドには康平がいた。試合開始から殆ど活躍していない彼は、この時ノーマークになっていた。
右手を挙げた康平に、村田がパスを出す。彼女は、康平が右手を挙げるのを待っていたようだ。
ボールを貰った康平は、シュートを放った。亜樹と二人で練習していた左手を添える綺麗なフォームだ。
ボールは、音を立てずに直接リングの中へ入った。見事なスリーポイントシュートである。
「やるじゃん!」
ディフェンスに戻る康平の肩を、村田が軽く叩いた。
「い、いや、マグレだよ」
「ハハハ、その割には顔がニヤけてんぜ」
控え目に答えた康平だったが、長瀬から突っ込みが入る。
「私達ビギナーズ初得点だね!」
山根が康平に両手でハイタッチをした。
「先に康平がシュートを決めたのに、悔しくはねぇのかよ?」
心から喜ぶ山根を見て、長瀬が不思議そうな顔をしている。
「別にいいじゃない! それに、私のシュートのリバウンドでも点が入ったでしょ!」
「かなわねぇよ」
長瀬は降参したような表情で苦笑した。
「みんな早くディフェンスに戻って! また速攻が来るわよ」
亜樹が四人にディフェンスを促した。どことなく複雑な表情である。
試合は一組リードのまま、終盤まで進んでいた。
終了間際の一組の攻撃。康平が右手を挙げる前に、村田が彼にパスを出す。
面喰らった康平だが、得点した時のように綺麗なフォームでシュートを放った。
今度はリングに当たり、大きく左側に弾く。
たまたま駆け込んでいた村田がジャンプしてボールを掴み、彼女が自らシュートして得点が入った。ここでホイッスルが鳴り、試合が終了した。
六十七対四十二で、康平がいる一組の勝利である。