球技大会開始
球技大会当日の朝、康平はバスケに出るメンバー全員と、教室の黒板の前にいた。
「開会式の後、クジ引きが終わったらすぐ試合が始まるんだけど、第一試合かも知れないから今ミーティングをするね」
球技大会にも拘わらず、ケーキバイキングを懸けて今まで練習してきたせいか、フザケている者は一人もいない。全員が麗奈の話を聞いていた。
「今日の試合は、前半と後半で試合だからね。前半は私と中澤、小谷……」
麗奈は前半と後半に出場するメンバーを発表していった。
バスケの試合は通常第四クォーターまであるが、球技大会では時間と場所の都合から、前半と後半十五分ずつにして分けている。
康平は、亜樹と一緒で後半試合に出る予定である。男子のエース格である長瀬も後半の出場だ。後半メンバーは男子二人と女子三人の編成であり、練習に参加出来なかった康平も入っている事から、バランスを考えての人選である。
麗奈はこの後、黒板に簡単なコートの図を描いてメンバーのポジションを確認した。
康平はオフェンスの際、右サイド側からのロングシュートをする役であり、ディフェンスの際は右前方を守るようである。
ディフェンスの方式は、練習時間も少なかった理由から、ゾーンディフェンスを徹底する事になっていた。
一通り作戦の説明が終わり、麗奈がもう一度全員に確認した。
「しつこいようだけど、ホントに全員が試合の半分ずつ出る……という事でいいんだよね?」
康平を除いた全員が、それぞれ肯定する意思表示をする。
昨日康平は、同じ話題で亜樹と一緒に麗奈をなだめていたが、一度も練習に参加していないのもあって、みんなの前では何も言わずに黙っていた。
気付いた亜樹が康平に訊く。
「康平も大丈夫なんだよね?」
「……あぁ、俺も足を引っ張らないように頑張るよ」
麗奈は小さく息を吐いた後、無理に笑顔を作った。
「今日は勝ち負けよりも楽しくいこうね」
「麗奈ぁ、そんな悲愴な顔しないでよぉ」
「俺達は楽しむつもりだけど、一応優勝も狙ってんだぜ」
メンバーの中から二人程、からかい気味に麗奈へ話し掛けていた。
開会式が終わった後、クジ引きがあった。康平達一組は第一試合で三組と対戦する事になった。三組は、女バスメンバーが三人もいるので強敵である。
始まる前、亜樹が麗奈に提案した。
「私達のチームは二つに別れているよね。今は前半と後半にそれぞれ出る事になってるけど、少し変えない?」
「変えるって前半と後半のメンバーを入れ替えるって事?」
「そうじゃなくて、試合に出る時間割りを変更したいのよ」
「時間割り?」
「そう、今は麗奈達が前半十五分、その後に私達が後半十五分ずつ出るでしょ。……十五分続けて試合に出るのは大変だと思うの」
「確かにね」
麗奈は小さく頷いた。亜樹が話を続ける。
「具体的に言うとね、前半の最初の十分は麗奈達が出て、残りの五分を私達が出るの。そして後半の最初の五分は麗奈達が出て、残りの十分を私達が出る事にするのよ」
「それいいかも! ハーフタイムは五分しか無いけど、みんな十分は休めるからね」
麗奈はメンバーに亜樹の提案を話したところ、全員が即座に賛成した。
練習の時、亜樹の教え方が丁寧だったのもあってか、メンバー全員彼女を信頼しているようだ。
試合が始まった。場所は第二体育館である。
ジャンプボールで競り勝った三組が、速攻でゴールを決めて先取点を挙げた。ゴールを決めたのは女バスの部員である。三組は、三人のバスケ部員が最初から出ていた。
麗奈達は動揺している様子もなく、ユックリと相手ゴールへとボールを進めていく。相手方ゴールの近くで、メンバー全員が所定のポジションについた。
ロングシュートを狙う小柄な中澤・小谷のコンビは、それぞれ左右のスリーポイントラインに展開した。
二人の男子メンバーはバレー部と野球部の部員で、身長は共に百七十五センチを超えている。長瀬程ではないが運動神経もそこそこあり、『バスケットボール』が出来る二人だ。時折ゴール下に切り込んだりして忙しく動いていた。
コートのやや中央にいる麗奈から、坊主刈りの野球部の男へボールが渡った。麗奈は、パスを出すと同時にゴール下へ走っていた。
パスを貰った彼は、振り向き様にシュートを狙う。目の前に相手チームの一人がガードをしていたので、後ろにノケゾリながらのシュートになった。
決して綺麗なフォームではなかったが、ボールは意外にもゴールへと向かっていた。ボールは、リングに当たって跳ね上がる。
リバウンド対決になったが、ゴールに走り込みながらジャンプした麗奈がこれを制した。女子に限定してではあるが、身長が百七十センチを超える麗奈にとって、この対決は分がいいようだ。
ボールの持ち主となった麗奈だが、彼女はすぐにその権利を放棄した。後ろの空いた空間に、味方のバレー部の男が、パスを受ける準備をしていたのだ。
麗奈からパスを貰った彼は、ノーマークだったのもあり、一度狙いを定めてからシュートを放った。
ボールは相手チームの手に渡ったが、リングをすり抜けた後だった。これで二対二の同点である。
コートの中には十人いるはずなのだが、序盤は両チーム共に三人ずつで戦うような試合になっていた。
一組は麗奈とバレー部と野球部の男二人、三組は女バスの三人である。試合開始から、この六人だけがボールに触れていた。
その後両チーム二本ずつシュートを決め、四対四になっていた。
三組は速攻で追加点を挙げた。攻守が入れ替わったが、一組は攻めあぐむようになった。女バス三人組の一人が麗奈に付きっきり(オールコート)でマークをするようになったからだ。
麗奈の動きに制限がかかり、パスが出しにくそうである。
亜樹が、わざとノンビリとした口調で二人に声を掛けた。
「中澤君とコニちゃん(小谷)は、ラインにこだわらなくていいからねぇ〜」
二人は、麗奈がパスを出せるように動いてはいた。だが、『スリーポイントシュートを打つ役目』を忠実に守ろうとして、そのラインに沿って動いていたのだ。二人共余裕の無い表情だが、一瞬親指を立てた。
中澤は左サイド、右サイドでは小谷が、空いているスペースを探して位置を変える。
麗奈が、右に回り込んだバレー部の男にパスを出す。彼は切り込むフリをして、やや後方にいる小谷にヒョイとボールを渡した。
小谷はすぐにシュートを放った。康平と違い、彼女は喉元から両手を突き出すようなフォームでボールを手放していた。
ボールは綺麗にリングの中へ入り、康平がいる一組の控えメンバーは歓声を挙げた。
「コニちゃんナイスシュート! でも早く戻ってね」
自分のシュートが入って茫然としていた小谷だったが、亜樹の声を聞いた途端、急いディフェンスに戻っていった。
「あ〜あ、折角シュート入ったのに、感激に浸る時間は無しかぁ。……中澤と小谷にとって、亜樹の言葉は絶対だからなぁ」
控えメンバーは、折り畳み椅子を五つ並べて座っていたが、真ん中にいる長瀬が独り言のように呟く。
「何よ、誤解を招くような言い方は止めてくれない!」
長瀬の左隣にいる亜樹は、半分笑いながら突っ込みを入れた。
「アハハ、私も亜樹様の言葉は絶対だよ。康平を除いたシュート組はみんなそうよ」
右端にいる女子も話に加わった。彼女は二人いる学級委員の一人で、山根敦子という名前だ。彼女は週一回活動する家庭部に所属しているが、他の週四日は帰宅部である。運動に自信が無いので、中澤達と同様にスリーポイントシュートを打つ役割になっていた。山根はロングヘアを後ろに纏めている。
「ちょっとぉ、様なんて付けないでよ」
亜樹は苦笑いを通り越し、半ば呆れ顔になった。
「試合は互角っぽいよね」
山根の左隣にいる短髪の女子がボソっと話した。名前を村田夏美といい、バレー部員である。亜樹や麗奈には及ばないが、身長が百六十センチ後半で女子にしては背が高い方だ。
「そうだね! でもまぁ大丈夫なんじゃねぇの?」
「まさか、自分が出るからっていう理由じゃないでしょうね」
楽天的に話す長瀬へ、学級委員の山根が覗き込むような姿勢でからかった。
「そこまで自惚れちゃいないよ。ただ、三組にキャプテンらしい奴がいないと思ってさ」
「あっ、言われてみるとそうかも。女バストリオの連携はいいんだけど、他の二人には誰も仕切っていない感じだもんね」
バレー部の村田が感心した顔で話す。
康平は、亜樹以外のメンバーと練習出来なかったせいか、四人の会話に入れずに黙って試合を見ていた。
他のメンバーに合わせて動く中澤と小谷を見て、
──自分はあの二人のように動けるんだろうか?
と康平は思った。
「おいおい康平、深刻な顔すんなよ! 球技大会は所詮お祭りみたいなもんだからさ」
軽い口調で長瀬は言った。
「……でも俺、スンゲェ下手だしさぁ」
「お祭りだったら笑いもなくちゃね! 麗奈から聞いてるけど、康平の珍プレー期待してるよ!」
右端に座っている山根は、上半身を前に倒して左端の康平に話し掛けたが、最後は左手の親指をグッと立てていた。
「あれ、中澤君のシュート入っちゃった」
バレー部の村田の声に、全員の視線はコートに向けられた。
「速攻来るから気を付けてね」
亜樹の声で、中澤・小谷コンビはすぐに自軍ゴールへ戻る。他の三人も、小柄なコンビに引っ張られるように大急ぎで戻っていった。
再び村田が口を開く。
「さっきもそうだけど、三組は急いで攻めてる感じだよね」
「こっちは麗奈様がいるからな。……こっから先は、ボスに答えて貰おうぜ」
亜樹を見ながら長瀬が笑って答えた。普段は無口な彼だが、今日はいつもと違って舌が滑らかに動いていた。
「ボスって何よ! ヒッドイわねぇ。……三組の攻撃が早いのは、こっちのゾーンが整う前に攻めたいのよ。ゾーンが出来ちゃうと、麗奈にリバウンドでボールを取られる時が多いからね」
「なぁるほどね! それにこっちは、麗奈様と別に亜樹様もいるから心強いわね。……中澤君もシュートを決めたとなると、私も頑張らなくっちゃ」
「敦子(山根)は、楽にシュートを打てばいいんだからね」
「狙っても入らない事位は分かってますってぇ。景気付けに言っただけだから心配しないで。私は亜樹様を信じて、無責任にボールを放り投げるからヨロシクね」
からかい気味に話す山根に、亜樹は諦めた表情で笑っていた。
試合開始から十分が経過し、三組の女バストリオの一人がレイアップシュートを決めたところで、亜樹が審判に申告した。
五人が総入れ換えのメンバーチェンジである。
「あれぇ……、麗奈も下がっちゃうの?」
サイドラインに向かう麗奈へ、三組の女バス部員が声を掛けた。麗奈がずっと試合に出ると思っていたようで、意外そうな顔をしている。
「……そうよ、けど他のメンバーも結構やるからね」
麗奈は少し悔しそうにして答えたが、同じバスケ部員なので仲はいいようだ。
「ゴメンね! 二点リードされちゃった」
十四対十二のボードを見た後、麗奈は亜樹達に両手を合わせて謝るポーズをした。そして、亜樹にタッチしながら「逆転お願いね」と付け加える。
試合が再開された。新しい五人の登場に、三組メンバーは早いプレスをせず様子を見ている。
接戦なのもあってか、康平は緊張していた。チームの足を引っ張りたくはないので、ミスだけはしないようにと何度も心に言い聞かせる。
やや後方にいる亜樹は、明らかに硬くなっている康平へ、少しでもボールに慣れさせようとパスを出す。
ボールはセンターラインを越えて康平に渡った。
雰囲気に慣れるまでは、少しでもボールを持ちたくない康平だった。周りを見る余裕も無く、すぐに亜樹へパスを返した。
驚いた亜樹は、急いで前に出ながらパスを受け取ったが、その瞬間ホイッスルが鳴る。
二年の男バスの審判が、それぞれのコートを指差して宣言をした。
「バックコート・バイオレーション!」
センターラインを基準として、攻撃側のチームが相手方コート(フロントコート)から自分のチームのコート(バックコート)へボールを戻してはいけないというバスケ特有のルールがあった。
ボールは相手方に渡った。サイドからのスローインになる。
ルールを思い出した康平は、額に手を当てて天を仰いだ。
「康平、ボヤボヤしないの! すぐにディフェンスでしょ!」
亜樹の言葉に、康平はトボトボとディフェンスに戻る。朝のミーティングの通り、康平の守る場所は右サイド前衛である。
三組女バストリオの一人が、ゆっくりとドリブルをしながら康平に近づく。
康平はプレーのミスよりも、審判にホイッスルを吹かれる事を心配していた。何か悪い事でもしたような気持ちになるからだ。
ファウルを取られないようにと、相手が前に出る分康平は後ろに下がる。彼の目の前にいるショートボブの女子は、不審な顔をしてもう一度前に出た。それに合わせて再び康平が下がる。
「チョット康平!」
後ろにいる亜樹が声を掛けた瞬間、ショートボブの女の子はそのままシュートをした。ボールはどこにもぶつからずにリングの中をすり抜ける。これで三組が四点差のリードになった。
うなだれている康平に、長瀬がポーンと肩を叩く。
「アハハ、この世の終わりみたいな顔すんなよ。これで試合が終わったわけじゃねぇんだからさ」