下手だからシュート
翌日の朝、康平が教室へ行くと珍しく亜樹の席に数人が集まっていた。
亜樹は、プライドが高そうな容姿と入学早々にビンタを喰らわしたエピソードがあるせいか、亜樹の机にはせいぜい親友の綾香が来る程度だった。
どんな奴が集まっているかチラッと見ながら席に着いた康平だったが、向こうから話し掛けてきた。
「康平おはよ! 今日も湿気た顔してるわねぇ」
麗奈である。他は球技大会でバスケに出るメンバーだった。
「悪かったな! ところで何かあったんかよ?」
「いやぁね、土日に練習した時さぁ亜樹の教え方が上手くて好評だったのよ。ここにいるメンバーは帰宅部で、平日も教えて貰えないかって彼女に相談しているところなんだ。……康平は今日部活休みなんでしょ! あんたも亜樹にお願いしなさいよ。一番練習しなきゃいけないんだからさぁ」
「……それだったら」
「あっ、ゴッメーン! 今日は用事があって駄目なんだ!」
思わず亜樹との練習の事を話そうとした康平だったが、亜樹の声で遮られた。
「残念ねぇ。……亜樹にも都合があるんだし、練習は土日だけでいいんじゃない?」
麗奈は、他のメンバーを宥めるようにして自分の席に戻っていった。
三時間目が終わった時、亜樹は席を立ちながら康平の机にさりげなくメモ用紙置いた。
康平は誰にも気付かれないようにそれを読む。
『朝は危なかったわね! 今日は二人で練習のハズでしょ! 罰として今日の練習はキビシクするから覚悟しなさいネ(笑)』
四時間目の授業が始まったのだが、康平はいきなり先生に突っ込まれる。
「高田ぁ、俺の授業がそんなに楽しいのか? さっきから顔がニヤついてるぞ!」
「あ、いえ、そんな事はないです」
「何も真顔で否定する事はないだろ! 妄想してもいいが顔には出すなよ」
赤くなった康平は、半分以上のクラスメートに笑われていた。
学校が終わり、康平は市営体育館へ行った。
亜樹は急いで家に練習着を取りに行ったようで、康平より先に着いていた。
「康平はスポーツ選手だったら、ポーカーフェイスにならないとね。……四時間目は私まで恥ずかしくなったんだから」
「ご、ごめん」
「まぁ君なりに、私との練習を喜んでたって事で許してあげるけどね」
どことなく喜んでいる亜樹を見た康平は、ホッとしながら男子更衣室へ入っていく。
二人は先週のように準備運動からパス練習へと進めていった。
「パスは大分慣れてきたみたいね。次は先週の続きをするわよ!」
「先週の続きって、……まさかシュート? 無理無理、俺バスケ下手だしシュートなんか入んないしさ」
康平は後退りしながら断ったが、亜樹は強引にボールを押し付ける。
「土日に練習して麗奈と作戦を考えたんだけど、バスケを本格的にやった事がない人には沢山シュートを打って欲しいのよ!」
亜樹と麗奈は土日の練習の際に親しくなったようで、お互い下の名前を呼び捨てしていた。
「下手な奴にシュート打たしちゃ駄目なんじゃないの?」
「……経験者じゃない人にシュートを打たせるのは、ちゃんとした理由があるのよ。先週のホームルームで、担任が言った男子のルールって憶えてる?」
「んー、確かリバウンド禁止だっけ?」
「そうそう、リバウンドって敵味方に関係なく、シュートしたコボレ球をジャンプしてとるプレイなんだけど、私と麗奈は女子だと背が高い方でしょ?」
「……まぁそうだね」
亜樹は百七十二センチの康平と同じ位の身長だが、麗奈も似たような長身である。
「だから私と麗奈は、シュートも狙うけどリバウンドを拾って得点にしようって作戦を立てたのよね!」
「じゃあ、俺達が打ったシュートのコボレ球を得点にしようって作戦かぁ」
「そうね。出来ればシュートを狙う役目の人には、スリーポイントのラインから打って欲しいのよ」
「尚更入んないと思うけど、……でも何で?」
「……練習終わってから説明していい? また沢山の人達が来たら練習しづらくなるでしょ! さぁ、そこの半円のラインからシュートを打ってみて!」
スリーポイントのラインに立った康平は、先週と同じく、右の鎖骨辺りから両手で押し出すようにシュートを打つ。
放たれたボールは、ネットにカスって壁の方へ転がっていった。
(俺が打っても殆んど入んないんだけどな)
口に出すと亜樹に怒られそうだったので、康平は心の中でボヤいた。
「惜しいわね! じゃあ今度はパスを貰ったらすぐに打ってみて。……次はリングじゃなくて、バックボードの小さい四角の枠を狙ってみてよ」
ボールを拾いにいった亜樹からパスを貰った康平は、すぐにシュートを打った。
今度も入りはしなかったが、ボールはボードからリングに当たり、コートの中を転々としている。
「いい感じだよ! あれだったら私と麗奈がリバウンドを取りにいけるからね。……でも少し気になる事があって、今から試してみるけどいいかな?」
「……別にいいけど」
康平は戸惑いながら返事をした。
「私が康平にパスを出したら、相手チームに変身してディフェンスするからね。じゃあ、今からいくよ!」
パスを受け取った康平がシュートをしようとした時、近付いてくる亜樹が視界に入り、慌ててシュートを打った。
ボールはボードを越えてしまっていた。
「……もう一回いくよ!」
亜樹は笑いもしないでボールを拾いにいき、再び康平にパスを出す。
彼はさっきと同じく慌ててシュート打ち、今度はリングの遥か手前にボールが落ちてしまっていた。
「今ので、康平の欠点が分かったような気がするんだ。……まぁ誰にでもあるんだけどね!」
「……やっぱり相手がいると慌ててしまうんだよなぁ」
「康平に自覚があるんだったら、話し易いわね。いきなり慌てないようにして打てと言っても難しいと思うから、シュートの打ち方を君に教えようと思うんだ。私もこのシュートは得意じゃなくて、君に上手く教えられるか分からないけどやってみる?」
「あぁ、是非お願いしたいよ。今のシュートのフォームもカッコ悪いだろうしな。でも亜樹にも苦手な事ってあったんだ」
「得意じゃないって言ったの! それよりフォームを教えるからね! 康平って右利きだよね。ボールは右手で持って左手は横に添える感じでね」
笑って突っ込んだ康平に軽く言い返した亜樹だったが、自ら見本を見せながら教え始めた。
「いきなりロングシュートは厳しいから手前からしよっか! シュートは右手でするからね」
フリースローの場所に立ってシュートをした康平だったが、ボールがリングにも届かず手前で落下してしまった。
「最初から上手くいくわけないんだけど、何か違うのよねぇ。……そうそう、右腕の位置はココなのよ!」
亜樹は説明しながら、康平のボールを持った右腕を直接修正する。
「リングに向かって、右膝と右腕が同じラインにあるような感じね。……チョット康平、何赤くなってんの? シュ、シュートは腕じゃなくて、膝……特に右膝で打つ感覚だからね」
康平と同じ位に亜樹の顔が赤くなっていた。
「み、右膝で打つんだね?」
赤い顔をしたまま康平が次のシュートを打った時、ボールはボードからリングに当たって彼のもとに戻ってきた。
「いい感じじゃん、その調子でドンドン打ってみようよ!」
その後何度もシュートを繰り出した康平だったが、六時半になった時、先週と同じように社会人のグループが十人程体育館に入ってきた。
「今日は終わりにしよっか。……着替えたらジュースでも飲まない?」
「そうだな。あんまり動いてないけど、シュートの時は集中するから喉が渇いたよ」
着替えが終わった二人は、体育館の入り口にある椅子に座ってジュースを飲んでいた。
「先週も言ったけど、二人だけの練習は内緒だからね!」
「別に言ってもいいんじゃないの? 俺も試合で失敗してもいいように、麗奈へ練習したっていう誠意をみせたいからさぁ」
「元々いじられキャラの康平は何とも思ってないようだけど、私だったら耐えられないよ。……お節介かも知れないけど、康平が秘かに上手くなって皆の驚いた顔が見たいなぁって思ったんだけどね」
「別に、いじられキャラのつもりはないんだけどな。……まぁ俺に教えているのがバレたら、他の奴等にも教えなきゃならないだろうし」
「そういう事にしておこうかな。……ところで来週も練習大丈夫?」
「あぁ、いいよ。習ってみると、面白いんだねバスケって」
「先週と同じような事言ってるわね。素直に喜んでいるみたいだからいいんだけど。……じゃあ、また明日ね!」