球技大会の誘い
翌日の昼休み、トイレから教室へ戻ろうとした康平に一人の女の子が話し掛けてきた。
「康平、チョットいいかな?」
彼女は門田麗奈といい、康平と同じ中学の出身でバスケ部員だ。ちなみにクラスメートでもある。身長が百七十センチの長身で、運動部員らしくショートヘアにしている。顔は少し面長だ。
その麗奈が続けて話す。
「昨日は笑わせてくれてアリガトね! あの時、田嶋先生に怒られた二人って私と綾香なんだ」
「嫌な事を思い出させんなよ」
「アハハ! あの後ね、うちの先生も反省してたみたいだったよ。高田君に悪い事しちゃったってさ」
「気付くの遅いんだよ! あの先生、結構天然入ってるよな」
「まぁね。本人に自覚が無いから、純天然って感じなんだよね。……ところで康平に訊きたい事があんだけどさぁ?」
康平は警戒しながら言った。
「麗奈に教える事なんて俺にはないぞ」
麗奈は笑って言い返す。
「大丈夫! 康平に教わるなんて愚かな事はしないから。……訊きたかったのは、今月末にある球技大会の事なのよ。あんたは何に出るつもり?」
中学時代から口が悪かった麗奈に、康平は苦笑しながら答えた。
「あぁ、バレーとバスケとソフトボールだっけ? 全部男女混合ってヤツだろ。……どれも得意じゃないから適当に選ぶつもりさ」
「だったらさぁ、バスケにしてくんないかなぁ。……あ、心配しなくてもいいよ! 康平はボールに触らないで適当に動いてればいいからさ」
「ここまで期待されてると、急にバスケ以外をやりたくなってくるんだよねぇ」
わざとらしいシカメッ面をして答えた康平に、麗奈は少し慌てた。
「メンゴメンゴ! あんたはバスケに必要なのよ。……そして一つ頼みがあんだよねぇー」
「なんだよ気持ち悪いなぁ……」
上目遣いで猫なで声の麗奈に、康平の警戒心は更に増した。
麗奈はお構い無しに康平へ話す。
「綾香から聞いたんだけどさぁ。山口さんて元バスケ部なんでしょ? それも、かなり上手いって話なんだよね。……康平からバスケへ出るように頼んで貰えないかなぁ」
「そんなの自分で頼めばいいじゃんか! 図々しい性格は麗奈のいいところだって思ってんだよね、ボクァさぁ……」
康平はさっきのお返しとばかりに反撃したが、平然とした顔で麗奈は切り返す。
「ほら、私って少し口が悪いじゃん! 山口さんて気が強そうだしぃ、チョット苦手なのよ。……彼女は何故かイケメンでもない康平と仲いいでしょ。お願い!」
困っている康平だったが、そこへ健太が通り掛かった。健太も同じ中学だった麗奈とはよく話す仲だった。
「康平が困った顔してるって事は、麗奈の毒舌が炸裂してんだな。今回は康平に助太刀してやっからさぁ。で、何言われたんだ?」
ニヤニヤしながら話す健太に麗奈は言い返した。
「失礼ねぇ。今は康平に相談中なの! ところで、そっちも綾香から球技大会の勧誘は来なかった?」
「あぁ、俺も綾香に誘われてバスケをする事になったんだよ。でも康平がバスケに出たって役には立たねぇかもよ。……それと、他のクラスでも女バスのメンバーが勧誘してるらしいじゃん」
「実はさぁ……」
麗奈は事情を説明し始めた。
「最近駅前にケーキバイキングが出来たんだよねぇ。昨日部活が終わった後、来月になったら皆で行こうって話になっちゃってさぁ」
意表を突かれた表情の康平と健太だが、麗奈は構わず話を続ける。
「そんでさぁ、球技大会って今月二十五日にあるじゃん! 男バスはバスケに参加出来ないけど、女バスは参加できるのよ」
「麗奈さん! オッシャる事が分かんねぇんスけど……」
「結論から話すのって難しいのよ! 健太さんも、将来彼女が欲しいんだったら聞き上手になんなさい。……今、一年は六組あるでしょ! 優勝したクラスのコは、皆のオゴリでケーキを食べれる約束をしちゃったんだよね」
健太は得心した。
「それでバスケ部が熱心に勧誘してるって訳だ。……でも誘われた俺達にも見返りってモンが欲しいよなぁ」
「何よ見返りって?」
「優勝したメンバー全員、オゴって貰う事にすんだよ」
健太の話を聞いた麗奈の声が大きくなった。
「馬鹿言わないでよ! ケーキバイキングは幾らすると思ってんの? 一人千二百円なのよ」
健太は冷静に話し始める。
「話は最後まで聞けって。バスケに出る全員が賭けに参加すりゃーいいのさ。確か一クラス十人参加するんだから、一年全員で六十人だろ! 一人二百円ずつ出して参加すれば一万二千円は集まるし、優勝したクラスのメンバーはタダでバイキングに行ける訳さ! みんな出すのが二百円だったら、ノってくると思うぜ」
「凄いなぁ。……中学ん時から健太って、どうでもいい事には頭が働くんだよね」
麗奈は素直に感心していた。
「ウッセーよ! それはそうと、さっきも言ったけど康平を誘っても期待は出来ないぜ」
「康平には期待してないの! 山口さんを誘いたいのよ。なぜか康平と仲いいでしょ」
「ん、どうした康平? さっきから黙ってっけど……」
「亜樹は自然に参加すると思うんだけどな。バスケは今も好きみたいだしさ。……それはともかく、お前ら口が悪過ぎ!」
麗奈は意に介さず話を続けた。
「そう、明日のホームルームで球技大会の種目分けがあるけど、大丈夫なのね? だったら康平を誘う必要はないって事かな」
「いや、康平は誘った方がいいと思うぜ」
「健太は俺が球技を苦手な事知ってっから、からかってるんだぜ。麗奈、相手にすんなよ」
「いや、そういう訳じゃねぇんだよ。ただ康平と一緒に出れば亜樹も……」
「ん、私がどうしたの?」
亜樹は売店から教室へ戻る途中のようで、新しいノートを左脇に抱えていた。
健太が亜樹に言った。
「麗奈……あ、いや門田が球技大会に康平を誘っているところなんだよ。勿論種目はバスケだぜ!」
「綾香から聞いてるけど、門田さんケーキバイキングが懸かってるんでしょ? ところで康平はバスケ上手いの?」
康平は恥ずかしそうに答える。
「いや苦手だよ」
「その表現は控え目だよ康平!」
麗奈は笑いながら話を続けた。
「康平とは中学でクラスが一緒だったんだけど、そん時も球技大会はバスケで出たんだよね! 康平がパスを出せば半分は相手に渡すし、シュートを打てばボードを越えて場外ホームランだしね?」
健太も話に加わる。
「俺は相手チームだったけどよく憶えてるぜ! 康平にボールが渡った時は期待してたよ。……次は何をやらかしてくれるんだろうってな」
「お前らは、ろくでもない事をよく憶えてるよ全く。……もし亜樹がバスケに出るんなら、俺は出なくていいだろ? 他の種目で適当にやってっからさ」
康平は苦笑しながら言った。
「康平はバスケに嫌な思い出があるんだね?」
寂しそうな亜樹の表情を見た康平は、慌てながら言った。
「い、いや、そんな事ないよ。球技っていうか、バスケは特に苦手なんだ。……でも楽しいことは楽しいんだけどね」
亜樹は少し考えていたようだが再び口を開く。
「門田さん私はバスケに出ようと思うけど、……康平も誘っていい?」
「山口さんが入ってくれるのは大歓迎だよ! 康平は元々誘ってたわけだし……」
「麗奈が微妙な顔になってるぜ。さては味方に害が出ない方法を考えてんだろ。……勿論、康平に関してだけどな」
「俺は最低限の時間だけ試合に出ればいいよ。味方のヒンシュクは買いたくないからさ」
茶化す健太だったが、康平も言い返す気持ちは無いようだ。
「……そろそろ昼休みも終わるし、教室戻ろっか?」
亜樹に続いて麗奈が言った。
「そうね。バスケ出来そうな人をあと七人集めなくっちゃ! ケーキが懸かってるからね」
「なぁ麗奈。一人二百円の件は、他のバスケ部のメンバーにも訊いておいてくれよ。……案外盛り上がる気がすんだよな。お、ヤベ!」
健太はトイレに行く前だったらしく、慌てて走っていった。