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先週の自分にリベンジ



 月曜日の部活。この日は梅田と飯島がいた。



 一年生達は緊張しながら着替えをする。


 今日は内海達と、もう一度スパーリングをするからだ。


 準備運動が終わった一年生達に梅田が言った。


「お前ら、内海達とスパーリング出来るか?」



「はい!」


 四人は大きな声ではないが、すぐに返事をした。


「だったら今回は高田と内海からやるぞ。シャドーを四ラウンドしたら始めるからな」



 開始のブザーが鳴り、康平達はシャドーボクシングを始めた。


 康平は前回のスパーリングの時程ではないが、両足がフワっとして体全体に力が入らないような感じになった。



 緊張している康平に、隣でシャドーしている内海が小声でアドバイスした。


「顎を引いてガードの間から相手を見ろよ」


 康平は鏡で自分自身を、ガードの間から上目遣いで見るように心掛けてシャドーボクシングをした。



 三ラウンド目、再び内海が康平に囁く。


「ミットでやったパターンを反復しろ。それに左は強く打てよ」



 内海と山本は、康平だけでなく、他の三人にも同様にアドバイスしていた。



 梅田・飯島の両先生は気付いているらしいが、何も言わずに見ていた。



 康平は、ミットで打ったコンビネーションを何度も反復する。



 四ラウンドのシャドーボクシングが終わり、康平は急いスパーリングの準備をした。



 保護具を付けて開始一分前にリングへ入った康平に、山本が駆け寄る。


「お前は今から構えて、ガードの間から俊也を見てるんだ。そして、頭の中でコンビネーションを反復してろ。確か左は強く打つんだよな」


 緊張しているせいか、康平は三つしかコンビネーションを思い出せないが、何度も頭の中で反復した。



 開始のブザーが鳴った。


 康平から見た時、ガードの間から見える内海が大きくなっていった。


 山本が大きな声で言った。


「パンチは全部ハズレてもいいんだからな」



 康平はまず左ジャブを出す。


 力んでいるのか、康平は自分のパンチを遅いと感じていた。


 距離が離れ過ぎていたのか、内海は何も反応しない。



 康平は空振りするつもりで前に出ながらジャブを二発打つ。


 内海は、康平の右側に位置をズラしながら左ジャブを返した。



 康平の顔に衝撃はあったが、痛い程ではない。グローブのせいか、手加減してくれているのか、たぶん両方であろう。



 下を絶対向かないと心に決めていた康平は、すぐにジャブの後ワンツーストレートを放った。



 ツーである右ストレートを打って、体が泳いでしまった康平に思わぬ人からアドバイスがあった。


「ストレートはもう少し上向きに打つんだろ?」


 スパーリング相手の内海である。



 前回、康平は相手が殆んど見えなかったが、内海は全くマバタキをしないような感じで自分を見ているのが分かった。


 集中しているのが康平にも伝わった。



 山本が康平に言った。


「届かなくていいから左フックまで打ってみろよ」



 康平は、失笑されるのを覚悟してワンツーストレートから左フックを放った。


 左フックは内海の遥か手前で空振りしたが、意外な声が練習場に響く。



「いいぞぉっ! 高田、その感じでドンドン打てよ。当たらなくてもいいんだぞ」


 梅田だった。



 康平は他にもパンチを打ったが、全て虚しく空を切った。


 一ラウンド終了のブザーが鳴り、康平は山本の指示を受けた。


「ワンツーのワンをもっと伸ばせ。それと踏み込んで左ボディーも打ってみろ。……繰り返すぞ。ワンを伸ばすのと踏み込んでの左ボディーだ。空振りしてもいいんだからな」



 二ラウンド目、康平は左を伸ばす事を意識してワンツーストレートを打つ。


 ツーの右ストレートを打った後、すぐに左ジャブが打てそうになった。彼はそのまま勢いで左ジャブ……というより左ストレートで追撃する。


 内海は右手を使ってこのパンチを防いだ。


 山本が言った。


「ようし、そこで踏み込んで左ボディーだ」


 康平は緊張している為か、ワンテンポ遅れて左のボディーブローを打つ。この前習ったばかりなので、打ち出しは遅かった。


 とっくに逃げたと思った内海の腕に、康平の左パンチが当たった。


 わざと康平のパンチをブロックしたようである。


 康平の左の拳に強い衝撃が残った。


 ブロックした内海が驚いた表情になった。


 山本がオーバーな位に大声で言った。


「ナーイスボディーだ。その調子でパンチを出すんだぞ」


 その後、康平は幾度かパンチを繰り出したが全て空振りに終わった。



 三ラウンド目、康平は内海の右ストレートや左フックをブロックの上から浴びた。


 衝撃で腰砕けになるが、下だけは向かないようにとすぐに構え直す。


 山本が言った。


「康平気にすんな。ただ、もう少し呼吸を深くするんだ」


「はい!」


「バカヤロ、実戦の時は声を出すんじゃねぇ! 審判に注意されっぞ」


「はい……あっ!」



 再び返事をした康平に内海が吹き出す。


 山本が苦笑しながら言った。


「いいよ、これも場馴れが必要だからな」



 呼吸を意識する康平を、距離をとって待機してくれていた内海が、見るに見かねて口を開いた。


「下っ腹で呼吸する感じだよ」


 言われた通りに呼吸すると、康平は落ち着く感じになった。



 呼吸を変えた途端、彼は前より動けるようになった。何度かパンチを出した時に終了のブザーが鳴った。



 ホッとしたような、物足りないような、不思議な感覚の康平だった。



 康平の頭をグローブで撫でた内海が話す。


「先週の、下を向いた自分にはリベンジ出来たようだな」



 内海は、そのままリングに残って健太の相手をした。


 健太は先週と同様に、開き直って左ストレートを打っていた。



 山本が、自身もスパーリングの用意をしながらアドバイスをする。


「健太、右フックの返しはどうした?」



 健太は思い出したように右フックまで返す。



「ようし、そこで位置を変えるんだよ!」


 山本さんの声に反応した健太は、バランスを崩しながらも右へ位置を変えた。


 山本が褒める。その時の声は一際大きい。


「いいぞ健太! 今みてぇに無理してでも動けよ。あとは右フックの返しを忘れんな」



 どうやら健太も先週より良くなっているようだ。



 健太もブロックの上から内海のパンチを浴びた。内海は、ワザとブロックの上を狙っているのが康平にも分かった。



 続いて山本と白鳥がリングに上がった。


 開始のブザーが鳴り、白鳥が二発の左ジャブを繰り出す。


 この一週間、重点的に練習してきた技とは明らかに違っていた。


 左ジャブを二発続けて打って一つの技なのだが、スムーズに打てないようだ。


 一発目を打ってから、二発目を打つまでの時間が明らかに間延びしている。


 それも、一発打つ度に前にツンノメリそうになるので、(ヨッコラショ)と言ってあげたい感じだ。


 内海もしきりにアドバイスするが、うまくいかない。



 一ラウンド目が終わった時、山本が言った。


「梅田先生、飯島先生、次のラウンド好きにさせて貰っていいですか?」



「今日はお前らの好きにやっていいぞ」


「この一週間はお前らが顧問だったからな」


 梅田に続いて飯島も答えた。


 二人は、最初からそのつもりだったようだ。


 二ラウンド目開始のブザーが鳴った。


 山本は構えないで白鳥に教えた。


「ジャブを打つ時、後ろ足で思いっきり蹴ってみろ。翔の場合、ジャブ二発を打つ時は肩の回転より後ろ足の蹴りだぞ」



 内海がリングの外から言った。


「康平みたいに、少し上向きに打たせた方がいいんじゃねぇか?」


「そうだな。翔、このラウンド俺は一切パンチをださねえから、ジャブ二発だけを打ってみろ。……気を付けるのは後ろ足の蹴りとパンチは上向きに打つ。この二点だ」


 白鳥は何度も打ってくうちに、つんのめるような感じは無くなっていった。



 三ラウンド目、最初のラウンドと同様にスパーリング形式に戻った。


 白鳥は全て空を切ってはいたが、いい感じで二発のジャブを打つようになった。


 そして距離が近くなると、白鳥は思い切りのいい右ストレートと左フックを打っていた。



 最後は有馬の番になった。山本が手を抜いてくれるのを分かっているからか、彼は積極的にパンチを出す。


 ただ、さんざん練習した肝心の左ジャブが一発も出ない。代わりに大振りのパンチで前に突っ込んでいく。


 有馬よりも背の低い山本が、足を使って距離をとる始末だ。



「おい、ジャブはどうしたんだジャブは!」


 内海が有馬に呼び掛ける。



 有馬は興奮しているようで、彼の耳には入っていなかった。



 ラウンド開始から一分半を過ぎても、有馬が突っ込んでいく状態が続く。



「テメェいい加減に……」


 業を煮やした内海が怒鳴り始めた時、逃げ回っている山本が右手で遮るゼスチャーをした。


 そして、有馬の大振りの右パンチをかわして左のパンチを有馬のボディーに軽く打ち込む。


 有馬は「ウッ」と声をあげて右膝を床についた。


 山本が有馬を見下ろして言った。


「テメェから近付き過ぎっと、こんな感じでパンチを貰うんだよ」



 煙でも吸ったかのように咳き込んでいた有馬だが、ラウンド終了のブザーが鳴った時少し落ち着いたようだ。



 内海が言った。


「俺と賢治が見たいのは、そんなボクシングじゃねぇ。この一週間やってきた練習の成果を見てぇんだよ」


 うなだれながら内海の話を聞いていた有馬に、山本が訊いた。


「お前、テンカウント前に立ったよな。まだやれるか?」


「え?」


「『え』じゃねぇよ。やれるのかって俺が訊いてんだ」


「あの……でも、さっきはテンパってしまって……」


 有馬はまだ動揺しているようだ。


 内海が苦笑した。


「オメェ、賢治の質問の答えになってねぇよ。……まぁやれそうだし、次のラウンドからいくぞ」


 内海は話を続けた。


「タケ、さっきのラウンドの事は忘れて次のラウンドに集中しろ。先週からオメェが練習した事は何だ?」


「肩を入れた左ジャブを狙わないで打つ事です」


「分かってるじゃねぇか。前のラウンドがどうとか、倒そうとか、余計な事は考えんな。とにかく、練習してきた技を実行する事だけに集中しろ」


 二ラウンド目開始のブザーが鳴った。


 再び内海が有馬に訊いた。


「オメェのやる事はなんだ?」


「肩を入れた左ジャブを狙わないで打つ事です」


「よぉーし、いってこい」


 内海が有馬の尻を軽く叩いて送り出した。



 有馬が左ジャブを出す。ミットで打つ時と同じような打ち方である。


「いいぞぉタケ! やれば出来んじゃねぇか」


 内海が山本と同様に大声で褒めた。その声が練習場に響く。



 褒められた有馬は、空振りするのも構わず次々と左ジャブを繰り出す。


「空振りでもいいんだタケ。離れた距離でずっとジャブを打てたら、お前のペースなんだからな」



 有馬は左ジャブの他に右ストレートも打ち始め、パンチの数が増えていく。



 三ラウンド目になっても有馬のパンチは多い。


 ただ一分過ぎになると、左腕が疲れたのかジャブの数が減ったようだった。


 この二ラウンドの間、山本の左ボディーを二度と食らいたくないのか、右パンチを打つ時以外有馬の右腕が胴体から離れる事はなかった。




 全ての練習が終わり、梅田が一年生達に言った。


「内海と山本が、お前達の練習に付き合うのは今日で最後だ。大変勉強になったと思うから、今全員でお礼をしろ」



「有難うございました」


 四人は心からお礼をし、深すぎる程頭を下げる。



 内海と山本は照れているのか、一年生達から視線をそらしていた。



 飯島が笑って言った。


「お前達も照れてねぇで、なんか一言ずつ言って帰れよ」



「え、マジっすか?」


 そう言いながら山本が前に出る。


「お前達は、今日練習の成果を出してくれて大変嬉しく思う。梅田先生と飯島先生、……そして自分が真剣に頑張った練習を信じていけば、おのずから結果もついてくる筈だ。頑張れよ!」



「こういうのは得意じゃねぇんだよな」


 内海は苦笑しながら一歩前に出た。


「あまり偉そうな事は言えないが、俺なりに思っている試合の心構えをオメェらに伝えておく。……試合中に失敗やミスをしてもすぐに忘れろ。気持ちを切り替えて、とにかく今時点での最善を尽くせ。……すると奇蹟が起きるかも知んねぇからよ」



 飯島が笑った。


「ハハハ、内海が言うと説得力があるな」


「なんスか急に?」


「だってそうだろ。お前が高校の時、よく問題を起こして梅田先生にぶん殴られていたが、失敗した事を忘れるから何回も繰り返してたんだよな」



 山本が一年生達に言った。


「俊也は昔暴れてたからよ。ヒデェもんだったぜ」


「テメェだって共犯のくせに、なに善人ぶってんだよ」



 梅田が笑いながら話す。


「結局お前らは問題を起こした後に、最善を尽くさなかったから俺にぶん殴られたわけだ」



 康平達は、普通に笑って話す梅田を初めて見た為か、戸惑った表情で見ていた。


 最後に梅田が言った。


「サンドバッグ打ちやミット打ちがボクシングじゃない。実際に殴り合うのがボクシングだ。お前達は、やっとボクシングの一端に触れた訳だ」


 一年生達は黙って聞いていた。梅田は話を続けた。


「今日は内海と山本が手加減してくれたが、実際は、相手も本気でお前達を狙ってパンチを打ってくる。今までは基礎がメインだったが、次からは、実戦の為の練習も加えていくからな」



 返事をした一年生達だがやや俯き加減だ。彼らは自分達がまだまだなのを、自覚しているようである。



 飯島が言った。


「なんだよぉ。テンション低いなぁ。お前らはまだスタート地点なんだからな」


 有馬が訊いた。


「俺……いや、自分達は先輩達みたいに強くなれるんですか?」


「なるんだよ、みんながな。殴られて、悔しい思いをしながら、それでも練習を続けられた奴は、みんなそれぞれ強くなっていくんだよ。明日からは五日間の盆休みだから、まずはゆっくり休んでこい。……それと休み明けは、新しい練習メニューも加えるからな」



 一年生達は、やっと夏休みらしい五日間を暮らせる事に、嬉しさと不安の入り交じった顔をしながら練習場を出ていった。


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