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初デート


 日曜日の朝四時、康平は望んでもいない時間に目を覚ます。


 夏休み期間中は土曜日の練習も午後からなので、朝のジョギングは日曜日を休みと決めていた。


 康平は、単に目覚ましのアラームの設定を昨日から変えていなかっただけなのだが、彼は今日、亜樹達と映画を観る約束があるせいか、再び眠れそうではなかった。


 トイレに行って鏡に映った自分の顔を見た康平は、かなりムクんでいる事に気付く。昨日の夕飯で、ジュースを飲み過ぎたようだ。


 康平は、ジョギングを始めて発見した事が一つある。ジョギングをして汗をかくと、顔のムクミがとれるという事だった。


 彼は、顔のムクミを除く為だけに七キロもの距離を走った。最近は、朝走るのが苦痛にならないようである。



 家に戻ってからも待ち合わせの午前十時までは、タップリ時間があるので、既にクリアしているゲームなどをしながら時間を潰していく。




 康平と健太は九時五十分頃、待ち合わせの場所に立っていた。そこは、永山高校近くの駅である。


 二人共落ち着かない様子だ。


 彼らは半ズボンにタンクトップを着ているが、色はそれぞれ違っていた。健太は緑色のタンクトップに迷彩色の半ズボン、康平は黒のタンクトップに白っぽい半ズボンである。


 この日着る服を半ズボンとタンクトップしか思い付かなかった二人は、せめて色だけでも違ったものにしようと前日の夜に軽い打ち合わせをしていたのだ。



 だが、待ち合わせの十時を過ぎても亜樹と綾香は姿を現さない。



 十分程遅れて二人は駅に着いた。



 デニムのハーフパンツと淡いピンクのTシャツ姿の亜樹は、スラッと長い足のせいか大人っぽく一見大学生のようだ。


 クリームイエローのワンピースを着た綾香は、可愛らしさを強調した感じである。



「ゴッメーン。色々あって遅れちゃったんだ」


 亜樹が言うと康平は慌てて返す。


「い、いや、なんでもないさ」



「私が服に迷ってて亜樹に付き合って貰ったんだ。……ゴメンね」


「だ、大丈夫だよ。……それより、け、結構似合ってんじゃん」健太が言った。



「あ、ありがとう。……二人共、サンダルはお揃いなんだね」


 綾香に言われて二人は下を向いた。



「昨日の夜、タンクトップと半ズボンは同じ色にならないように打ち合わせしたんだけどな」


 康平が苦笑した。



「このサンダルって、この間俺と康平の母ちゃん達が一緒にバーゲンで買ってたんだぜ。……あの人達も、せめて違う色のヤツを買ってくれりゃよかったんだよな」


 健太がため息をつきながらサンダルの解説をした。


「バーゲンって戦場だから、お母さん達も余裕がなかったのよ」


「バーゲンってよく行くの?」


 亜樹に康平が訊いた。


「お母さんに付き合って何度か行ってるけど、その時はみんな女を捨てているわね」



 笑いもせずに話す亜樹を見た康平は、この前電話でのオバサンっぽい彼女を思い出して笑ってしまった。


「何がオカシイのよ」


 気付いた亜樹が康平を問い詰める。


「いや……しっかりしてるなぁって思ってさ」



 綾香が吹き出した。


「亜樹ってこんな綺麗でカッコいいのに、たまにオバサン臭いところがあんのよね



「完璧な美人よりも少しオバサンっぽい方が、なんか親しみ易くていいと思うけどな」


 健太が言うと亜樹が苦笑した。


「美人かどうかは分からないけど、オバサン臭いのは否定できないわね。……それはそうと、映画は十一時から始まるんだっけ?」


「そうそう十四時からも見れるけど、十一時から見る方がお金を使わないで遊べそうだしね。じゃあ映画館に直行しよ」


 綾香がそう言うと四人は歩き始めた。



 長身でモデルのようにカッコいい亜樹と、ハーフのような可愛い系の綾香は、街を歩いていてもかなり目立つようである。


 映画館へ行く途中でも何人か二人を見ていた。殆どが男である。


 当の本人達は全く気にしてない様子だ。



 康平と健太は、彼女達とどの位近付いて歩けばいいか分からず、妙にそわそわしている。



 亜樹がピシャリと言った。


「君達、少しは落ち着かないと私達も恥ずかしいんだからね」


 康平と健太はションボリとして二人の後をついていった。


 ちなみに、距離感はボクシングでも勝つ為の大事な要素だ。



 映画館は大ヒット中のアニメの上映だったので非常に混雑している。



「この映画見たかったんだよな、そうだろ康平」


 少し間があるので話をしたいところだが、健太は綾香と直接話をするのがまだ苦手なようで、康平にばかり話し掛ける。


(俺にばかりフルなよ)


そう思いながら康平が返事をすると、綾香が呟く。


「あんた達って私達が入り込めない位仲がいいのね」


 嫌味ともとれる発言に、男達はますます小さくなっていった。


 ただ映画の上映が始まると、四人共見たかった映画だったのでご満悦だったようだ。



 ファーストフードの店で遅めの昼食をとった四人だったが、綾香が口を開く。


「これからゲーセンに行く前に、買い物を先にしようか迷ってんだけど……」


「私はどっちでもいいけど……君達は?」


「俺達だってどっちでもいいよなぁ。康平もそうだろ?」


「あぁ、そうだな」


「じゃあ買い物を先に済ませるよ。でも、女の子の買い物って長いから覚悟しといてね」



 近くの百円ショップで買い物を始めた四人。……だが康平は脱落しかけている。



 今日の朝、四時に起きて走ったのが今になって響いてきたようだ。会話に合わせながら、二回眠りそうになる。



 健太は映画を見てから立ち直ったのか、調子よく買い物に付き合っていた。


 亜樹が康平に言った。


「携帯のストラップを買いたいんだけど、君も探す義務があるんだから付き合ってよ」


「え?」


「君も、私の携帯にお世話になってるんだからさ」


「まぁ……それはそうだけどさぁ」



「チョット康平を借りるわね」


 亜樹が言うと健太が笑った。


「別にいいけど、康平のセンスに過剰な期待はしない方がいいぜ」


 綾香は健太と小物入れを一緒に探していた。



 不思議な面持ちで亜樹について行く康平だった。


 亜樹は携帯ストラップのある場所で、綾香と健太が近くにいないのを確認してから康平に訊いた。


「康平、今日は朝走るの休みじゃなかったっけ?」


 亜樹は、康平が朝走っている事を誰にも言わないようにしているのを知っていた。



「い、色々事情があったんだよ」



 康平は、目覚ましのアラームの設定し忘れからムクんだ顔を治す為に走った事を亜樹に説明した。


 亜樹が吹き出した。


「顔のムクミをとる為に走る人って、なかなかいないよね」


「今日は、恥ずかしい程ムクんでたんだよ」


「事情は分かったけど、今日は早く帰った方がいいのかな?」


「とんでもねぇよ! 健太と綾香も楽しそうだし、俺も帰りたくねぇしさ」


 康平は即座に否定した。


「だったら二人に眠そうな素振りを見せないことね」


 キツい口調の割りに口許がほころんでいる亜樹を見て、康平はホッとした。




「誰かと思えば亜樹じゃねぇかよ! 男連れで楽しそうだな?」



 イカツイ三人の男が康平達に近付く。


 康平は初対面だが、どうやら亜樹を知っている男達のようだ。


 険しい表情になった亜樹を見て康平も緊張した。


 真ん中にいる男が亜樹に話し掛ける。


「こんな所で会えるなんてな。男と一緒なんて久し振りなんじゃねぇの?」


「あなたには関係ないでしょ! まだ中学のこと根に持ってんの?」



「藤枝、お前中学ん時なんかあったのか?」


 右側の男が、藤枝という真ん中の男に質問する。左側の男も、不思議そうな顔で藤枝を見ていた。


 どうやら藤枝という真ん中の男以外は亜樹も初対面らしい。



 藤枝は少し慌てて言い返す。


「ウッセぇよ! そんな事はどうだっていいんだよ。ただ、オメェが付き合う男のレベルが下がっ……」



 康平のタンクトップから出ている肩と腕を見た藤枝は、話すのを躊躇した。


 他の一年生もそうだが、康平も最近肩から腕にかけて筋肉が発達してきていた。



 藤枝は、警戒しながら再び話し出す。


「何かやってそうな体だな。……だがなぁ、もうすぐボクシングの県で二位だった人が来るからよ。確かライト級だったな」


 県でライト級の二位といえば、清水と相沢しかいない。別に会ったところで戦うわけでもないから、康平は平然としていた。



 藤枝は勘違いしたのか再び康平に話す。


「自信満々な顔してられるのも今だけだかんな。なんせ、県で二位だからよ、二位」



 ポカ!


 その時、誰かが後ろから藤枝の頭を叩いた。


「二位、二位ってウルセェんだよ! こっちは優勝できなくて未だに悔しいんだからよ」



 清水だった。彼は赤い派手なアロハシャツを着ていた。


「おっ、高田に亜樹ちゃんじゃねぇか?」



「こんちはッス!」康平が頭を下げる。


 続いて亜樹も挨拶した。


「浩司さん(清水)、こんにちは」



「清水先輩の事、知ってんの?」


 康平が亜樹に訊くと清水が答えた。


「知ってるも何も、家が向かいだからな。……でも亜樹ちゃん、高校生になったら一段と美人になっちゃたよなぁ」


「浩司さん! 今のオヤジ入ってるよ」亜樹はクスッと笑った。


「ところでコイツらと何かあったんか?」


「俺達は何もないッスよ。……俺達は……」


 清水が訊くと、藤枝以外の男二人は口を揃えて否定した。



「藤枝さんに、携帯ストラップを売っている所を案内して貰ったんだ」


 話がややこしくならないように亜樹が機転をきかせた。


「そ、そうですよね。……藤枝さん!」


 康平に言われて藤枝も不自然に返す。


「……あぁ、ただ、ここのストラップって、あまりいいのは置いてねぇんだけどな」


 清水が訝しげな表情をした。


「ホントかよ? ……まぁそういう事にしてやるか。……ところで、高田と亜樹ちゃんは付き合ってんのか?」



「いや、そういうわけじゃないですけど、……だ、大事な親友です」


 康平が答えた時、健太と綾香が携帯ストラップ売場に歩いてきた。



「二人が遅いから心配して来たんだけど、何かあったの?」


 そう言った綾香だったが、藤枝を見た瞬間彼女の顔が曇った。



「今度は片桐に綾香ちゃんじゃねぇか?」


 清水に健太が慌てて挨拶をした。


「し、清水先輩こんちはッス!」


「浩司さん、お久しぶりです」


 綾香も挨拶をしたが、曇った表情は消えていた。



「もしかして、四人でツルんでたんか?」


 清水に訊かれて綾香が答える。


「はい、兄貴から映画のチケットを四枚貰ったので私が誘ったんです」


「俊也さんは、今こっちに帰って来てんの?」


「はい。顧問から頼まれて、ボクシング部の臨時コーチみたいな事してます」



 清水は康平と健太を見た。


「じゃあ、オメェら俊也さんからコーチを教わってんのか?」


「あ、はい。昨日まで教わってました」健太が答えた。



「清水さん! こいつらボクシング部員ですか?」藤枝が言った。


「まぁな! コイツらの体つきを見りゃあ想像つくと思うぜ。……まだ鍛え方が足んねぇけどな」



 藤枝の左側の男が清水に訊いた。


「俊也さんて、あの内海俊也さんですよね?」


「そうだ。俊也さんは昔、リング以外でも暴れてたから有名なんだよな。……綾香ちゃん、何か言いたそうだけどどうした?」


「……いえ、ただ兄貴の悪名がまだ伝わってるんだって思うと恥ずかしいです」


「まぁそう言うなって。俺もお世話になったんだからよ。俺らは、これからナンパしに行くからさ。……この藤枝は性格ワリィけど、女ウケのいい顔してっからな。コイツをダシにしてナンパするつもりさ。まぁ、亜樹ちゃんや綾香ちゃんクラスの高望みは出来ねぇけどな」



 清水はそう言った後、ガニ股で肩を揺らしながら歩いていった。赤い派手なアロハシャツとステテコのような白い半ズボンが、なぜかよく似合っていた。


 康平と健太は「頑張って下さい」と、神妙な顔付きで清水を送り出していた。




 清水達と別れた四人は、予定通りゲームセンターに向かった。


 亜樹と綾香、特に亜樹が浮かない顔をしている。


 事情を聞ける雰囲気でもなかったので、康平が話を切り出す。


「健太、俺達映画館で見んのは久し振りじゃねぇか?」


「あぁ、二年位映画館に入ってねぇもんな。綾香達は結構映画館に行くの?」



「え、……うん、兄貴がよく映画のチケットをくれるんだよね。ほとんどアニメだけど」


「内海さ……、俊也さんがアニメを見んのは想像出来ないもんな」


 健太に続いて康平も言った。


「亜樹もアニメは見ないイメージなんだよな」


「失礼ねぇ。私だって見るわよ。まぁ、ジャンルによるけどね。……康平が、ラブストーリーを見るより変じゃないよ」


「そんな事ねぇよ。俺達だってたまには見るよな?」


「達をつけんな達を! ただでさえ一緒のサンダルなんだからよ」



 康平がワザとらしく嘆く。


「オメェ、いつから亜樹の派閥になったんだ。健太が亜樹と一緒にいると、決まって俺が攻撃を受けるんだよな」


「俺は、いつだって強い方の味方だからさ」


「何か引っ掛かるような言い方ね」


 複雑な表情をした亜樹に、綾香が笑って話す。


「こういう時こそ、オバサン達を見習ってポジティブに考えた方がいいかもよ。……ゲーセンに着いたしプリクラ撮ろうよ。お気に入りのがあるんだ」



 康平と健太は、亜樹達に付き合ってプリクラやクレーンゲームをやっていた。


 帰り際は亜樹と綾香の浮かない顔も、心なしか消えているようだった。




 ゲームセンターから家へ帰った康平に、妹の真緒がパタパタとスリッパの音を立てて走ってきた。


「兄貴大変だよ! 今、山口さんて女の人から電話がきてるよ。凄い落ち着いた感じの声だったけど、一体どうしちゃったの?」


「わぁーったから、今行くからよ……! アホ、今の声マルギコエじゃねぇか?」



 真緒は慌てて受話器を外したままにしていたのだ。


 笑いながら謝るポーズをする妹を、手で追い払った康平が受話器を取った。


【賑やかそうな家ね……今電話大丈夫?】


【あぁ、今はダイジョウ……ブじゃないみたいだ】



 康平の父親が、風呂場から上半身裸で電話のある居間へ向かって歩いていた。


「康平、トットと風呂入れよ。ガス代もバカにならにいからな」


【後で掛け直すけど……いいかな?】


【いいけど……ゴメンね。私からの電話なのに】


【いいって気にすんなよ】



 急いで風呂と夕飯を済ませた康平は、亜樹の家に電話した。


【遅くなって悪いね。うちに電話なんて初めてなんじゃないの?】


【そうね。……でも結局康平が掛ける事になっちゃったけど】


【いいよ。うちの電話ってメインストリートみたいな場所にあっから、夜八時までは騒々しいんだよな。ところで何かあったの?】


【……綾香から聞いたと思うけど、私が中学の時にビンタしたのはあの藤枝って奴なんだ】


【あぁ、何となくそんな気がしてたよ。それで綾香も浮かない顔してたんだよね】


【……その時私と付き合っていた一つ上の先輩がいたんだけど、ビンタされた藤枝があることないこと噂を流し始めたんだ。するとその先輩も私を避けるようになって、結局別れたんだよね】


【……そうなんだ】


【あ、……でもその先輩から付き合ってくれって言われて、二回デートしただけで別れたんだからね】


【それは分かったけど、……どうして急にそんな話を?】


【えーっと……! 大事な親友だからよ。今日浩司さん(清水)に康平が言ってたでしょ?】


【あ、あれは咄嗟に出た言葉で、なんて答えたらいいか分かんなくてさぁ……】


【親友だからこそ隠し事はしないようにって、今話してんの。咄嗟に出た言葉かも知れないけど、自分の言った事に責任を持ちなさいよね。『ガチャ』】


 亜樹は最後、一方的に言って電話を切った。


 康平は亜樹の照れ隠しのようにも思えたが確信はない。



 山本の忠告通り、男女の関係はボクシングよりも難しいと思った康平であった。


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