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第六章:覚醒

すべてが終わった。

すべては壮大で、最悪な幻影に過ぎなかった。

冷気が全身を包み込む中、エリアスは「これでよかったのかもしれない」と思った。苦しむのにも、利用されるのにも、もう疲れたのだ。ただ目を閉じ、静かに死を迎えたい――そう願った。


だが、最後の息を吐き出そうとしたその瞬間、精神の闇を揺らす微かな振動が走った。

それは耳からではなく、脳裏の奥底から響いてきた。


深遠で古風で、神聖なまでに美しく浮世離れした声が、少年の頭蓋の中に鳴り響く。

人間たちの使う共通語ではなく、流麗で重厚な濁音を含んだ古代の言語。それなのに、エリアスはその言葉の細かなニュアンスに至るまで、克明に理解することができた。


『お前は本当に、このまま祭壇の生贄として空しく果てたいのか?』

『お前を裏切った者たちに、復讐を望みはしないのか?』

『お前自身の運命を正し、狂った歪みを正したくはないのか?』


エリアスは瞬きする間だけ、虚無の狭間に浮遊した。

自らの soul の暗闇を見つめ、裏切りの痛みを押し殺し――傷口の痛みよりも激しく燃え上がった怒りの炎をかき集めた。彼は歯を食いしばり、死にゆく肉体に残された最後の意思を振り絞った。


(――ああ、望むさ。強く、望む)


直後、声は消え去り、すべてが完璧な漆黒へと塗りつぶされた。


エリアスが落ちていった暗闇は、やがて緩やかに歪み、鮮明で苦痛に満ちた夢へと姿を変えた。


その虚無の中で、彼はセリアを見た。バーナビーの酒場の手伝いをしながら、可憐に、楽しそうに笑う姿を。

次いで像が変わり、祖父ギデオンが現れた。老人の瞳に宿る深い愛情を確かめつつも、エリアスはその裏にある息の詰まるような農村生活の重圧を感じ取っていた。アリオスの街壁の中で、自分を永遠にただの野菜売りとして閉じ込めようとしていた重圧を。

そして最後に、テッサが現れた。息を呑むほど美しいテッサが、ギャリックやネスタ、カエレンと共に。数ヶ月の間、本物の『家族』だと信じて疑わなかった傭兵団の仲間たちと。


だが、それらの幻影は一つ、また一つと色あせ、風に舞う灰のように粉々に砕け散っていった。


気がつくと、エリアスは息を呑むほど荘厳で美しい場所を歩いていた。これまでの旅で一度も目にしたことがない、壮大な庭園。

その楽園のただ中に、一人の人物が佇んでいた。

男のようだったが、その輪郭は不鮮明で、非現実的なオーラに包まれている。黒地に金の刺繍が施された絢爛な衣装を纏い、顔立ちまでは判別できないものの、炎のように赤い、息を呑むほど長い髪だけははっきりと見て取れた。

エリアスがその謎めいた存在へ歩み寄ろうと手を伸ばした瞬間、夢は脈絡もなく弾け飛んだ。


エリアスはガバッと目を開け、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

そこはまだ、あの場所だった。巨大な祭壇の前に広がる、冷たい灰色石の床の上。円形の部屋。周囲は深い闇に支配されている。


テッサのナイフが突き刺さった背中に、反射的に手を伸ばした。羊毛の服は引き裂かれ、固まった血で重く湿っていた。床には乾ききった血の痕が黒々と広がっている。

……それなのに、痛みは一切なかった。

背中の生肌に指を滑らせてみる。肌は滑らかで、完全に無傷だった。死に至るはずだったあの致命傷は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。


身動きを取った際、右手の中に冷たく滑らかな手触りを感じた。

顔の近くまで持ち上げてみると、それは淡い青色の光を内部でゆらめかせている、一粒の水晶球だった。少年は混乱したまま、それをじっと見つめた。どこから現れたのか、眠っている間にどうやって手に握りしめていたのか、まるで理解できなかった。


ふと、祭壇の頂部に視線を向けた。

青い球体は、テッサが自分の血を注ぎ込ませたあの金の杯と、まったく同じ直径をしていることに気づく。


原始的な本能に突き動かされるように、エリアスは立ち上がり、腕を伸ばした。

球体を杯へ近づけた瞬間、内部に残っていた乾いた血が石にしみ込むように一瞬で消え去り、青い宝石はカチリという金属音とともに、ぴったりと穴へ嵌まり込んだ。


突如として、巨大な扉に刻まれたルーン文字が目も眩むような黄金の光を放ち始めた。

宮殿の土台を揺らす重厚な地鳴りとともに、巨大な石の障壁がゆっくりと上方へ持ち上がり、『黄金の指』が何ヶ月も攻めあぐねていた封印が完全に開放された。


エリアスの眼前に現れたのは、未知の領域へと伸びる壮大な大理石の階段だった。

少年は、抗うことのできない不可抗力のような磁力に惹きつけられるように、階段へと足を踏み出した。


上り始めてから、およそ一時間が経過した。物理法則を無視しているかのような静寂の道のり。

最後の段を踏み外した時、エリアスは眼前に広がった光景に息を呑んだ。


そこに広がっていたのは、見渡す限り広大な、あまりにも巨大な庭園だった。

エリアスは困惑して周囲を見回した。こんなことがあり得るのだろうか。彼らは地下宮殿の内部にいたはずだ。それなのに頭上には石の天井ではなく、まるで夜空を模したかのような、高く澄み渡る天空が広がっていた。


石畳の小道を歩むにつれ、少年は夢の中で目にした場所との恐ろしいほどの類似性に気づいた。いや、間違いない。ここはあの夢と同じ庭園だった。

だが、決定的な違いがあった。夢の中の庭園は瑞々しく生命に満ち溢れていたが、目の前の光景はすべてが枯れ果て、荒廃していた。植物は黒い薪のように乾ききり、花々は黒い粉塵と化していた。


不毛な庭園の中央に、巨木が一本、天に向かって骨のように指を伸ばす異様な枝ぶりで聳え立っていた。

エリアスが幾世紀も経た樹幹に近づくと、樹皮に大きく開いた自然の空洞が見えた。


その空洞の中に納められていたのは、完全に透明な、巨大で光沢のある琥珀の結晶だった。

化石化した樹脂の滑らかな表面にそっと触れ、エリアスは驚愕に目を見開いた。


琥珀の深奥、まるで何世紀も眠り続けているかのように静止していたのは――小さく謎めいた、一匹の生物だった。


エリアスは透明な樹脂の表面に鼻先が触れそうなほど近づき、信じられない思いで目を凝らした。

そこに閉じ込められていたのは、透明な羽と繊細な輪郭を持つ、手のひらサイズの小さな存在――『妖精フェアリー』だった。


妖精など、おとぎ話の存在に過ぎない。大陸の人間で本物を見た者などおらず、大半の伝承では何世紀も前に絶滅したとされていた。

だが、目の前にいるのは紛れもなく妖精だった。幼い頃、祖父が見せてくれた絵本の挿絵に描かれていた姿そのものだった。


好奇心に駆られ、エリアスは琥珀へ手を伸ばした。


指先が触れた瞬間、化石のブロックが眩い黄金の光を放った。

直後、ガラスが割れるような音とともに、表面に微細な亀裂が一気に広がっていく。琥珀は千々に砕け散り、中の小さな生物が力なく前方へ崩れ落ちた。

エリアスは素早い反射神経で両手を突き出し、手のひらでそれを受け止めた。


数秒の静寂が流れた。

やがて、その生物は小さな頭を振り、皺くちゃになった羽を伸ばすと、薄目を開けた。

少年をじっと見つめると、怯える様子もなく、拍子抜けるほど軽い調子で口を開いた。


「……あんた、誰? ていうか……私の主様はどこ?」


エリアスは口をぐぐっと開けたまま、完全に絶句した。


返事がないのを見ると、妖精はふわりと宙へ浮かび上がった。エリアスの頭の周囲を飛び回り始める。少年の顔と同じくらいの、ほんの小さな体躯。

彼女はエリアスの目の前にぴたりと止まり、腰に手を当てた。


「ちょっと、耳聞こえてないの? あんた誰かって聞いてんの! それと私の主様……主様……あれ、名前が出てこない! でも超イケメンだったのは覚えてるの。あんた、絶対に主様じゃないでしょ!」


妖精はそう言うと、あっかんべーと生意気に舌を出ししてみせた。


エリアスは正気に戻り、頭を振った。


「ぼ、僕はエリアス……」


少しでも平静を取り戻そうとつっかえながら答え、揺れる声でこれまでに起きたすべてを話し始めた。

テッサの裏切り、祭壇、血、頭の中に響いた謎の声、そして自分をここまで導いた青い水晶球のこと。


少年が話を進めるにつれ、妖精は空中での宙返りをやめた。ひょうきんな表情は姿を消し、突如として厳粛な真顔へと変わる。

彼女はエリアスの鼻先数センチまで飛び近づくと、宙に静止し、真っ直ぐに彼の瞳を見つめて低く重いトーンで尋ねた。


「エリアス……真面目に答えて。今、何年?」


エリアスは少し考え、大陸の公式な暦を口にした。


「……白馬の時代、1270年です」


妖精は一瞬だけ羽ばたきをやめ、数センチほど落下してから慌てて体勢を立て直した。

それから数分間、何も喋らなかった。小さな瞳は空虚を彷徨い、古代の記憶の迷宮に落ち込んでいるようだった。


「嘘でしょ……」


やがて、消え入りそうな掠れ声で呟いた。


「私……私は主様と一緒に、流星の時代70年を生きていたのよ?」


二人は言葉を失った。

エリアスは学者でも知識人でもなかったが、背筋に冷たいものが走るのを感じた。アリオスの図書館にある歴史書でも、遡れるのは現時代の500年あたりが限界だった。それ以前は、神話と伝説と霧に包まれた完全な空白なのだ。

目の前の生物は、現実離れしたほど遥かな過去から来た存在だった。


「そうか……きっと夢なんだ。僕は祭壇の上で死んで、これは瀕死の臨終が見せている幻覚で――あぐっ!?」


エリアスは言い終わることができなかった。

妖精が電光石火の速さで飛び寄り、彼の額の真ん中に拳を叩き込んだからだ。その小さな体躯からは想像もつかないほど、信じられない痛みだった。


「これが夢に見える!? えぇ!? ほら、これでも喰らいなさい!」


妖精が甲高い声を上げた。

致命傷から蘇ったばかりの哀れな少年が防御姿勢を取る間もなく、妖精は彼の頭部へ小刻みで鋭い拳のラッシュを叩き込み、エリアスは両手で顔を覆って庇うしかなかった。


「わかった、わかったから! 起きてる、起きてるからやめてくれ!」


エリアスは赤くなった額を擦りながら叫んだ。

妖精は腰に手を当て、少し息を荒らげながら宙で止まった。それから、再び真剣な表情に戻る。


「これでスッキリしたわ……記憶が戻ってきた。戦争があったのよ、エリアス。恐ろしい戦争が。あちこちに広がる炎、死、血、破壊の記憶しかないけれど……すべてが崩壊する前、私の素敵な主様が私をあの琥珀の中に封印して、明確な使命を与えたの。『私を呼び覚ました者に協力し、自分と民の無念を晴らし、失われた古代の力を取り戻せ』ってね」


彼女は拳を握りしめ、眉をひそめた。


「でも……それ以外の細かいことは支離滅裂なの。敵の顔も、詳しい経緯も思い出せないわ」


エリアスは巨木の乾いた根の上に腰掛け、思考を巡らせた。


「それほど昔のことなら、人間の王国を調べても何も分からないはずだ。僕たちの歴史は浅い。……もしかすると、エルフなら何か知っているかもしれない。テッサは言っていた。この遺跡はエルフに血の近い種族の代物で、エルフたちは知らん顔をしているだけだって。でも、彼らの聖なる森は人間禁制だ。国境の警備兵は近づく者を容赦なく殺す」


エリアスがどう動くべきか深く考え込んでいたその時、妖精が疾風のように飛んできて、今度は彼の頬へ強烈な一撃を叩き込んだ。少年は跳ね上がった。


「痛っ! 今のは何なんだよ!?」


「レディに向かって、ちゃんとした自己紹介もまだ済ませてない頭の固いアンポンタンへの罰よ!」


妖精は宙で一回転してみせ、両腕を組んで威風堂々と胸を張った。彼女の羽から、淡い光の粉が尾を引いて揺らめく。


「私の名前はルミ! 『冬の館』の案内精霊よ! 今日から嫌でも、あんたの旅の相棒になってあげるわ。道は長いわよエリアス、私たちの復讐を始めましょう!」


「来なさい」


ルミは小さな手で素早く手招きした。

エリアスは立ち上がり、引き裂かれた服から埃を払いながら、巨木の枯れ枝の奥へと彼女の後を追った。


庭園の奥には、かつて平穏な聖域であったと思われる空間が広がっていた。

人工の小さな池があり、残された水はわずかだったが、白い石の底が見えるほど澄み切っていた。少し離れた場所に小さな大理石の回廊が立ち、その下には彫刻の施された椅子と、時の経過で摩耗した布に覆われた白い大理石の大きなベッドが置かれていた。

その隣の壁には小さな本棚が据え付けられ、厚い革の装丁と金属のバックルが付いた古書が収められていた。


ルミは宙で静止し、腕を組んでエリアスを頭 del からつま先までじろじろと見分けた。

『黄金の指』との数ヶ月に及ぶ猛訓練で肉体は鍛え上げられていたものの、裏切りに打ちのめされ、乾いた血に汚れた今の彼は、お世辞にも威厳があるとは言えなかった。


「よし、今日からあんたをまともな姿にしてあげるわ」


ルミはいつもの軽快な調子で宣言した。


「ここが今日からのあんたの新しい家よ。『冬の館の庭園』。なんでそう呼ばれてるのかは思い出せないけど――記憶がまだごちゃごちゃなのよね――良い場所でしょ? 昔ほど緑豊かじゃないけど、背に腹は代えられないわ」


素早い羽ばたきで、ルミは果物の盛られた金の杯が置かれた石のテーブルへと向かった。

不思議なことに、その果実はまるで永久に腐ることがないかのように、瑞々しく熟していた。ルミは真っ赤なリンゴを掴むと、エリアスに向かって思い切り投げつけた。


少年はそれを咄嗟に受け止めた。

昨日の朝から何も口にしておらず、お腹が激しく鳴り響く。地獄が始まる前からの飢えだった。迷うことなく、エリアスは果実にかぶりついた。


リンゴの欠片が喉を通り抜けた瞬間、エリアスは目を見開いた。

ただのリンゴではなかった。熱いエネルギーの奔流が胸を満たし、一瞬にして指先まで駆け抜けていく。たった一口で疲労も飢えも、蘇生直後の倦怠感すらも完全に吹き飛んでしまった。


「……すごい……」


エリアスは驚嘆の目で果実を見つめた。


「感心してないで、さっさと動きなさい!」


ルミが頭の周囲を飛び回りながら叱り飛ばした。


「時間が惜しいのよ! 清潔な服とまともな武器を探して、すぐに回廊の下に来なさい。手早くね!」


エリアスはリンゴを二口で平らげ、回廊の周辺を捜索した。

隅のほう、埃っぽい布に半ば隠された場所に、鉄の鋲が打たれた黒木の大きな箱を見つけた。蓋を開けると、中には完璧な状態で保存された衣類が入っていた。

金糸の刺繍が施された黒い上着、仕立ての良いチュニック、そして深い光沢を放つ黒金属と金の意匠が施された軽甲冑のパーツ。


それを装着するのは至難の業だった。本格的な防具など身につけたことがないエリアスは、ベルトの留め金を何度も間違え、そのたびにルミから「違うわよアンポンタン! それは肩! 逆! 本当にドジなんだから!」と頭へ小拳の雨を降らされた。


頭を痛めながらも何度目かの挑戦で、エリアスはようやく甲冑を身に纏うことができた。

まるで第二の皮膚のように軽く、それでいて信じられないほど頑丈に身体にフィットした。


己の姿を確認していた時、回廊の奥にある異変が目に留まった。

一部が欠けた大理石の柱があり、その石の深くに一本の剣が突き刺さっていた。刃が石に刺さっている先端部分には、何世紀も前のものと思われる黒ずんだ血痕がこびりついていた。


興味を惹かれ、エリアスは近づいた。

柄を両手で強く握り締め、踏ん張って全身の力で引き抜こうとした。


――シィン。


鋭い金属音とともに、剣はほとんど抵抗もなく石から滑り出た。

エリアスは検分するために剣を高く掲げた。完璧なバランスを誇る美しい剣だったが、刃の表面は分厚い埃と古血に覆われていた。まるで、正当な持ち主が現れるのをここでじっと待っていたかのようだった。


「その剣……」


ルミがエリアスの甲冑の肩にそっと舞い降りた。小さな瞳が、埃まみれの刃に釘付けになっている。


「知ってるわ。私……それを見たことがある。でも思い出せない……うう、考えると頭が割れそうに痛むわ! もういいわ、持っていきなさい。運命だったのよ」


妖精は再び飛び立ち、少年の顔の前で腕を組んで毅然と佇んだ。


「よく聞きなさい、エリアス。今日からすべてが変わるわ。私が直々に、剣術と魔法の奥義を叩き込んであげる!」


エリアスは一瞬目を見開き、彼女を見つめた。

そして、この呪われた宮殿に足を踏み入れて以来初めて、自分でも制御できないまま吹き出してしまった。庭園の重苦しい me 空気を切り裂くような、心からの、解放されたような笑い声だった。


「剣術!? だってルミ、君はリンゴくらいの大きさしかないじゃないか! どうやって僕に剣を教えるんだよ? それに魔法!? 僕は魔法の読み方すら知らないんだぞ! アリオスじゃ、アカデミーの気難しそうな老学者たちが一生を本に捧げて、ようやく小さな火花を出すくらいなんだ!」


――パパン! パパパン!


普段よりも素早く痛烈なミニ拳のラッシュが少年の頭部に叩き込まれ、エリアスは悶絶して悲鳴を上げた。たった三秒で上下関係が再構築される。


「無礼者め、この人間が!」


ルミは怒りで頬を真っ赤にし、羽を猛烈な速度で羽ばたかせながら怒鳴った。


「私はね……いや、たぶん昔は、ものすごく偉い組織の副司令官だったのよ! 世界中のあらゆる剣術の型を知ってるわ! それに魔法に関してだけど……見なさい、アンポンタン!」


ルミが小さな人差し指を空間へ突き出した。

直後、指先から鮮やかな緑の光が噴き出し、宙に完璧なルーン文字の円陣を描き出した。

次の瞬間、円陣の中心から破壊的な風の奔流が放たれ、エリアスの胸を直撃した。少年は宙へ吹き飛ばされ、回廊の大理石の上に派手に転がり落ちた。


エリアスは枯れ葉を吐き出しながら、困惑とショックで立ち上がった。

魔術の知識などなかったが、アリオスでは誰もが知っている常識があった。魔法とは長時間の詠唱と儀式を要する、遅く重苦しい学問だということだ。人間の術者は厚い魔導書から長い呪文を暗記し、何分も魔力を練り上げてようやく現象を起こす。

しかしルミは、息をするのと同じくらい自然に、一瞬で絶大な魔法を発動させてみせたのだ。


「な……どうやったんだ!? 呪文は? 本は!? 魔法ってそんな風に出せるものじゃないだろ!?」


ルミは少年の新しい剣の切っ先の上に舞い降りると、圧倒的な優越感を浮かべて彼を見下ろした。


「なんてバカなの、エリアス! 本? 呪文? そんなのはあの女神とかいうやつを崇めてる、何も分かっちゃいない人間のままごとよ! 本物の魔法ってのはこうやって、体に流れるマナを感じて解き放つの。それだけ!」


彼女は宙でくるりと一回転し、再び真顔に戻った。


「あんたの身体はこの館の力で再構築されたわ。つまり、あんたにも同じことができるってこと。アリオスのカブ売りみたいな思考は捨てなさい。ほら、剣を構えて! 今日からしごくわよ」



『冬の館の庭園』での日々は、過酷な訓練のリズムとともに絶え間なく流れていった。

エリアスはこの落ちぶれた聖域での奇妙な日々にすぐに適応し、自分の第二の人生が第一の人生よりも遥かに過酷で、そして遥かに特別なものになると悟った。


ルミは残忍な教官だった。

連日、彼女は少年に異様で、極めて習得が困難な剣術の型を強要した。アリオスで見た公爵主催の大会に出ていた精鋭騎士や熟練の傭兵たちの動きとは、まるで異なっていた。土壇場で軌道を変える流動的な打撃、重心を無視した体勢、重甲冑の隙間をすり抜けるために編み出された刺突。


「本当にこんな戦い方で合ってるのかよ!?」


自分の足に引っかかりそうになりながら、エリアスは息を荒らげて抗議した。


「こんな技を使う騎士なんて見たことないぞ!」


「あんたに何が分かるのよ、アンポンタン!」


ルミが鼻先へ脅迫するように滑空してきた。


「私を信じなさい! これは……どこの民かは忘れたけど、とにかく凄く強かった民の剣術なの! つべこべ言わずにやり直し! 手首の角度が違う! やり直し!」


魔法とマナの訓練に入っても、妖精のスパルタぶりは変わらなかった。

エリアスは白大理石の回廊の下に座り込み、古書の山に囲まれて何時間も過ごした。湿気で傷み、読めなくなったページも多かったが、無事だった本には1270年の人間には理解不能な古代語が記されていた。

不思議なことに、エリアスの瞳はその複雑な記号を母国語のように解読することができた。


風の操作、破壊的な光の目眩まし、小さなエネルギー障壁――基本的な術式から始まり、疲弊するような試行錯誤の末、エリアスはルミと同じように呪文なしで一瞬で魔法を発動させる感覚を掴み始めた。


高等剣術の訓練、魔力の暴走、そして頭に降り注ぐルミのミニ拳の雨。エリアスは常に疲労困憊で全身を痛めていた。

だが、不思議と心は満たされていた。

セリア、そしてテッサという二度の絶望的な裏切りを経験した直後であったが、彼はこの奇妙な妖精を心から信頼できると感じていた。ルミは口が悪く手も早かったが、その瞳には一切の邪心も偽りもなかった。純粋だったのだ。


ある日の午後、大理石のベッドで澄んだ池の水を飲みながら休息をとっていたエリアスは、仰向けでぷかぷかと浮いている相棒を見上げた。


「ルミ……僕が十分強くなったら、僕たちは一体何をすればいいんだ?」


「何すればいいって、バカなの? 決まってるでしょ! 主様と民の無念を晴らして、古代の力を取り戻すのよ!」


「それは分かってるけど……どうやって?」


エリアスは問い詰めた。


「敵が誰なのかも、どこにいるのかも覚えてないんだろ? どうやって戦う相手を探すんだ?」


ルミは動きを止め、腕を組んであからさまに困り果てた。


「そ、それは……とにかく何かするのよ! あんたは訓練して首を跳ねられないようにすることだけ考えなさい! あとのことは……その時考えるわ!」


どうやら計画性は皆無のようだった。だが今のエリアスには、むしろそれが心地よかった。自分自身を再構築するための時間が必要だったのだ。


剣術と魔法の合間を縫って、エリアスは歴史の断片が記された書物を読み進めた。

そこには魔法が自由に満ち、多様な種族が共存していた繁栄の時代の記録が残されていた。長きにわたる血塗られた戦争、そして二つの大勢力の政略結婚によってもたらされた束の間のお祝いごと。


しかし、最後の数ページで記述のトーンは一変していた。

流麗だった筆致は乱れ、狂気じみたインクの跡へと変わっていた。多くの言葉が血と月日で抹消されていたが、そこに記された最後の意味だけはあまりにも明白だった。


――最後の大規模な裏切り。そして、果てしない復讐への渇望。



『冬の館の庭園』の内部では、時の流れが少年の変貌に合わせるかのように歪んでいた。

過酷な鍛錬に没頭する中で、数ヶ月の月日が瞬く間に過ぎ去った。伸ばしっぱなしだった栗色の髪は、今や革紐で後頭部に結び束ねるほどになっていた。


肉体もまた劇的に変化していた。

初日には重く不格好に感じられた剣は、今や腕の延長のように軽々と扱えるようになった。不可能な角度から繰り出される流麗な剣術は、彼の反射神経へと完全に刻み込まれている。

黒と金の甲冑の下の体躯は引き締まり、無駄のない筋肉が大理石のように刻まれていた。少量の風と光を操る基礎魔法も、意図するだけで瞬時に発動するまでに昇華していた。


かつてアリオスを後にした臆病で無知な少年は、どこにもいなかった。

セリアとテッサの裏切りは彼を打ち鍛え、脆さを冷徹で揺るぎない決意へと変えたのだった。

昔のエリアスは、テッサに背中を刺されたあの日、確かに死んだのだ。今、大理石を踏みしめているのは、生まれ変わった一人の男だった。


ある朝、疑似的な夜空が薄明かりへと移り変わる頃、ルミはいつものように額への一撃でエリアスを起こした。


「起きなさいアンポンタン! 時間よ!」


妖精が鼻先で叫んだ。


「お気楽生活は終わり! 外の世界へ戻って、主様の願いを果たす方法を探すわよ! まだノープランだけど……道中で考えればいいわ!」


エリアスは目を開けたが、文句は言わなかった。

小さな妖精を見つめ、口元に微笑を浮かべると、素早い動作で彼女の小さな頭に優しく小さな接吻を贈った


ルミは宙でフリーズした。

出会って以来初めて、彼女の小さな頬が真っ赤に染まった。怒って拳を叩き込もうと口を開かけたが、結局手は出さなかった。ぷいっと横を向き、腕を組んで透明な羽を払うフリをした。


エリアスはベッドから立ち上がった。その顔立ちは今や精悍で、強く、誇り高かった。

黒と金の鞘から剣を抜き取り、腰に佩くと、妖精と共に大階段へ向かった。

降り始める直前、少年は一度だけ荒廃した庭園を振り返り、自分を死から救ってくれた場所に無言の感謝を捧げた。


階段へと続く廊下を歩いていると、古びた石壁に掛けられた大きな割れ鏡の横を通り過ぎた。

視界の端で、ほんの一瞬――鏡の亀裂の入った表面が、自分以外の姿を映し出したように見えた。

そこにいたのは、黒と金の衣装を纏い、肩まで届く長い赤い髪を持った男の輪郭だった。


エリアスは足を止め、鏡を振り返った。

だが、幻影は既に消えており、そこには引き締まった自分の顔と黒い甲冑だけが映っていた。


(……疲れが見せた幻覚か)


彼は深く追及せず、剣の柄を握り直した。

肩の周りを賑やかに飛び回るルミと共に、外の世界へ落とし前をつけに向かって階段を下り始めた。



重厚な靴音が円形の部屋に響き渡った。

目の前には、すべての始まりであり、終わりの場所であった灰色の祭壇が佇んでいる。

近づいて見下ろすと、金の杯は空で、青い球体も消え去っていたが、床には彼自身の血痕が黒く消えない痕となって残されていた。


「ルミ……どうして僕が刺された時、門は開かなかったんだ?」


エリアスは眉をひそめて尋ねた。


ルミは人差し指を顎に当て、逆さまで宙に浮いた。


「んー……あんまり覚えてないけど、主様の建築は魂の意図に反応するのよ。強欲で流された血は下種な金貨しか呼ばないから、あの横の隠し扉が開いて金塊だけを与えたの。でも、同意の上での血と、あんたの魂の純粋さが本物の知恵と『館』へのアクセスを開いた……みたいな感じかしら! 細かいことはいいのよ、さっさと行きなさいアンポンタン! これでも喰らいなさい!」


――パパン!


お約束のミニ拳のラッシュがエリアスの首筋に襲いかかったが、少年は甲冑の腕当てで軽く受け止め、苦笑いを浮かべた。

この妙な儀式こそが、彼らの「出発」の合図だった。


少年は巨大な扉をくぐり抜け、崩落した宮殿の亀裂から、ついに外の世界へと足を踏み出した。

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