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億万長者が隠された愛を知るとき  作者: Lucy M. Eden


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05

図書室に漂う空気は、一瞬にして凍りついた。サン・ローラン夫人が一歩踏み出すたび、真珠のネックレスがかすかな音を立て、それが死刑宣告の秒読みのようにエレーナの鼓膜に響く。


「母上……どういうつもりだ。許可なくこの島へ来るなと言ったはずだ」


ガブリエルがエレーナを背中に庇い、低く、威嚇するような声を出した。


「許可?私に許可を求める息子に育てた覚えはありませんわ、ガブリエル」


夫人は、エレーナの足元に落ちているボロボロの詩集に、蔑むような視線を投げた。


「まだそんなゴミを大切に持っていたの?驚いたわ。5年前、その女が金を選んであなたを捨てたという事実は、私が身をもって教えたはずでしょう」


「……黙れ」


ガブリエルの声が地鳴りのように響いた。


「あなたがエレーナの手からこの本を奪い、泥靴で踏みにじらせたことも。彼女の切実な手紙を隠し、俺たちを憎しみ合わせるためにあらゆる嘘を吐いたことも……すべて知った」


夫人の眉がわずかに動いたが、その微笑みは崩れなかった。


「あら、そう。だとしても、それが何だというの?すべてはサン・ローラン一族の品位を守るため。結果として、あなたはこの5年で帝国をさらに強固にした。このような卑しい女に溺れず、仕事に邁進できたのは私のおかげよ」


夫人は、エレーナを射抜くような冷たい目で見据えた。


「エレーナ、あなたも欲が深いこと。5年前の倍の額を払ってあげてもいいわ。その子――私の孫を置いて、今すぐ消えなさい。サン・ローランの血を引く子が、古本屋の埃の中で育つなど、一族の恥ですもの」


「私は、消えません」


エレーナは震える足を叱咤し、ガブリエルの背中から一歩前に出た。


「お金なんて、最初から一円もいりませんでした。私が欲しかったのは……私とテオが欲しかったのは、ガブリエル、あなただけだった」


「笑わせないで。身の程を知りなさい」


夫人が嘲笑おうとしたその時――。


「……お行儀が悪いですよ、おばあ様」


図書室の入り口に、小さな影が立っていた。パジャマ姿のテオだった。彼はいつものように賢明な、それでいてどこか冷徹なまでに落ち着いた瞳で、自分を「恥」と呼んだ祖母を見つめていた。


「テオ!起きてしまったの?」


エレーナが駆け寄ろうとしたが、テオはそれを手で制し、真っ直ぐに夫人の前へと歩み寄った。その堂々とした足取りは、皮肉にもサン・ローランの血筋そのものだった。


「僕のママは、世界で一番優しくて、気高い人です。ガブリエルさんが僕に教えてくれました。本当の王様は、誰かをいじめる人ではなく、大切な人を守る人のことだって」


テオは、夫人が持つ冷徹なオーラに気圧されることなく、静かに言い放った。


「おばあ様が持っている真珠よりも、僕たちが古書店で読んだ本の中にある言葉の方が、ずっと綺麗です。……おばあ様は、寂しい人なんですね」


「……なんですって?」


夫人の顔から、初めて余裕が消えた。5歳の子供に、自分の虚栄心の正体を見透かされた衝撃。


ガブリエルは、テオの肩を誇らしげに抱き寄せると、母に向かって最後通牒を突きつけた。


「聞いたか。これが俺の息子、テオだ。あなたが守ろうとした『品位』など、この子の賢明さの前では砂の城に過ぎない」


ガブリエルはエレーナの腰を引き寄せ、夫人の目の前で彼女の指先に深くキスをした。


「今日、この瞬間をもって、俺はサン・ローラン一族の家督を返上する。帝国の資産など、一円もいらない。俺には、自分自身の腕で築いた資産と、そして何より、この二人という唯一無二の財産がある」


「ガブリエル!正気なの!?この女のためにすべてを捨てるというの!?」


「捨ててなどいない。俺は、5年前に失った『魂』を取り戻しただけだ。……出て行ってくれ。二度と、俺の家族の前に姿を見せるな」


夫人は言葉を失い、真っ青な顔で立ち尽くした。彼女が築き上げた氷の城が、テオの純粋さと、二人の固い絆によって、音を立てて崩れ落ちていく。夫人は逃げるように、嵐の去り際の闇の中へと消えていった。



静寂が戻った図書室。窓の外では雲が割れ、銀色の月光が地中海を照らし始めていた。


「……本当によかったの?すべてを捨ててしまって」


エレーナの問いに、ガブリエルは優しく首を振った。


「捨ててなどいないさ。エレーナ、見てごらん」


彼は、あのボロボロの詩集を開いた。


「この本はボロボロだが、俺たちが書き込んだ愛の言葉は消えていない。これからの人生で、新しいページを三人で埋めていくんだ。ニューヨークの古書店でも、この島でも……君の隣なら、どこだってそこが俺の帝国だ」


ガブリエルは膝をつき、テオとエレーナを同時に抱きしめた。


「テオ。……パパと呼んでくれるか?」


テオは少しだけ照れ臭そうに笑い、ガブリエルの首に腕を回した。


「……うん。パパ。でも、チェスで僕に勝てるようになったらね」


ガブリエルの瞳に、今度は幸福な涙が浮かんだ。彼はエレーナを見上げ、その唇をそっと塞いだ。それは契約でも、復讐でもない。5年という長い冬を越え、ようやく咲き誇った、真実の愛の誓いだった。

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