目が覚めた時、嫌がらせに老人ホームのジジババを殺してやる、と決めた。
真夜中に、目が覚めると、陰気臭い天井が見えた。
大昔の木造アパート、きっと、自殺者がいるのだろうかという事故物件のようなアパート。
もちろん、それは勝手な思い込みで、ここで自殺者がいたのかどうか、事故物件になったのかどうかはしらない。しかし、その陰気で、辛気臭い天井を朝一番に見たとなれば、気分としては一気に落ち込んでもおかしくはない。
のそりと煎餅のように潰れた布団から抜け出て、給料が振り込まれていた通帳をぱたりと開ける。
あまり残りの金額は少ない。
どうしてこうなった。
人生において、うまくいっていない。他を見れば自分よりも贅沢に豪華に暮らしている人がいる。その人たちは言う。努力をしたから、この立場にいる、と。嘘だ。金持ちの子は、貧乏人の子供とは違う。東京の子供と青森の子供はどう考えても環境が違う。そこで努力をして、必ず報われるなんてはずはない。
すべからく努力しているというが、その求められる努力の質と量が違う。
「あ、そうだ。殺そう」
頭の中で思い浮かんだのは前に働いていた老人ホームの上司だった。
どこかの良い所の大学を出て、厚生労働省かに入った元公務員で、天下りして老人ホームでの所長をしていたのだ。
そこの下での労働は過酷で、人手不足の社会とはいえど許容できず、耐え切れず辞めた。
そうだ。
上司を殺すのは意味がない。もっと、衝撃的に殺そう。
包丁をぼろぼろのリュックに入れて、自転車にのって走り出す。
自転車で30分もかからない所にある老人ホーム。山が近く、近所に何もない田んぼの真ん中にあるような、ひどく、陰気な場所だ。ここで人生の最後を迎える人もいると思うと、ろくな気持ちにはならない。
人手不足は変わらず深刻な様子で、開いた窓には「職員募集!」と大きく書かれたチラシがあった。
職員用の通用口に立った時、恐る恐るという様子で退職時に覚えていた暗証番号を入力した。
1……2……3…4
かちっ
扉が開いた。リュックサックの中から包丁を取り出す。
鋭い刃が、怪しく光った。
******
「感謝状、貴殿は勇敢な行いにより―――」
どうしてこうなったのか、痛む頭で考えながら、目の前の警察署長の面白くもない顔を見ていた。
老人ホームで老い先短いジジババを殺すつもりだったのだが、ロビーで予想外の出来事に巻き込まれた。
ロビーにはクマがおり、ゴミ箱を漁っていたのである。しかも、一頭ではなく、子熊を連れた母熊という組み合わせだ。そこに、最悪な事に居住者が現れ、たまらず、私は非常用の通報装置を押した。それに驚き、熊は慌てて正面玄関の窓ガラスを割り、外へと逃げていった。
そして、通報をうけてやってきた警察官に殺人犯と思われ、逮捕勾留されたのである。
が、非常ベルを押したのが私であること、また、老人ホームの利用者が証言してくれたことで、私は事なきを得た。
「熊の被害から老人ホームを守ったとして、貴殿を表彰します」
ありがたくも表彰状を受け取り、私は、作り笑いをみせるしかなかった。




