第98話 文化祭で、努力が“人に届いた”瞬間
10月25日――文化祭前日、放課後。
体育館横・情報処理部ブース。
パーテーションと長机、延長コード。
白いボードに仮ポスターを貼りながら、吉田がカッターでパネルを切っていく。
村上は電源タップを差し込み、ケーブルを床に這わせて固定していた。
相川はノートPCを開き、画面と配線図を交互に見比べている。
体育館横の一角。準備を進める手の音と、テープをちぎる音だけが響いていた。
「電源よし、接続確認よし。……佐久間、デモ起動」
「はい」
タブレットに触れると、TRY-LOGのトップ画面が立ち上がる。
『今日の記録』/『グラフ』/『ことば』――三つのボタンだけの、シンプルな画面。
その中央に、小さなキャラクターが立っていた。
丸い体に、少し寝ぐせのような前髪。名前は“トライ”。
努力を記録するたびに、表情や姿が変わっていく。
「これが“トライ”。努力の化身みたいなもんだ」
相川が画面を指さす。
「運動を続けたら元気系に、勉強を頑張ったら知的系に。
頑張る方向で、見た目が少しずつ進化するようにしてある」
トライが画面の中で軽くジャンプし、“おつかれさま!”と吹き出しを出す。
佐藤が笑う。
「かわいいじゃん。こういうの、続けたくなるよな」
「うん。努力を数字で見るだけじゃなくて、
“自分の成長”を感じられるようにしたかったんだ」
相川の声は、いつもより少し柔らかかった。
俺は画面のトライを見つめながら、ゆっくり息を吸った。
(……動いてる。俺たちのTRY-LOGが、ちゃんと“生きてる”)
「体験は“一分で終わる”が合言葉だ」
相川がホワイトボードを叩きながら言う。
「スクワット10回をしてもらう → “今日の記録”で入力 → グラフが動く → トライがコメントを返す → QRカードを渡して終了。ここまでで約60秒」
「なるほど、テンポ勝負ですね」
俺がうなずくと、佐藤がパンフレットの束を持ち上げた。
「俺は入口で声かけする。人を回すのは任せろ」
吉田がロゴパネルを掲げる。
「見出しは“大きくTRY-LOG”。下に『見えるって、続けやすい。』のキャッチ入れるね」
村上が笑いながらタブレットを確認した。
「予備の端末、三台用意してある。落ちてもすぐ復旧できる」
そのとき、デモ画面のトライが“ピコン”と点滅した。
『がんばってるね! 本番もファイト!』という吹き出しが出る。
「お、出た。テストコメント、ちゃんと動いてるな」
相川が笑ってモニターを覗き込む。
「昨日、テスト用に入れておいたんだ。“応援メッセージ機能”の試作」
佐藤が吹き出しを見て笑う。
「なんか、こっちまで元気出るな」
「うん。こういう細かい演出が、印象に残るんだよ」
相川も珍しく口元を緩めた。
「本番もこれくらい明るくいこう。体験してくれる人に、
“楽しかった”って思ってもらうのが一番大事だからな」
画面のトライがもう一度小さく跳ねる。
まるで俺たちを見守っているようだった。
(……ちゃんと“生きてる”みたいだな。俺たちのアプリ)
「よし、前日リハはここまで」
相川の声が落ち着いて響いた。
(いよいよだ……TRY-LOGが、ちゃんと“人に届く”日が来る)
空気が静まり、全員の視線が自然と交わる。
俺は軽く息を吸って、笑った。
「――明日、全力でいこう。
TRY-LOGを見に来た人、全員に“伝わる”ように」
佐藤が親指を立て、吉田が「了解」と笑い、村上が静かにうなずく。
相川も短く言った。
「……ああ。いよいよ本番だな」
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
オレンジ色の光の中で、パソコンのモニターが静かに輝いている。
―
――文化祭・当日 午前。
開場のアナウンス。通路が一気にざわつく。
隣の“わたあめ&フォトスポット”は開始五分で長蛇の列。
こちらは――静かだ。パネルの前に、風だけが通り抜けていく。
「……しーん、だな」佐藤が苦笑する。
「最初はこんなものさ」相川は時計を見て言うが、目だけは鋭い。
吉田がポスターの位置を少し下げ、村上がモニターの明るさを上げた。
(このままじゃ、埋もれる)
椅子から立ち上がる。胸の奥で、スイッチが入る感覚。
―
【スキル展開】
→《カリスマ性Lv1》《会話術Lv1》《笑顔強化Lv1》同時発動。
―
空気がわずかに澄む。声の芯が、自然に前へ出た。
「こんにちは! 一分だけ、あなたの“がんばり”を見える化します!
スクワット10回で、あなた専用のグラフと“励ましのことば”をお渡しします!」
通りかかった女子二人が足を止める。
「一分で終わるの?」「やってみよっか」
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
姿勢、手の誘導、視線の置きどころ――《会話術》が自然に導く。
二人がスクワットを終える。俺がタブレットに“スクワット10回”を入力。
グラフがポンと立ち上がり、画面に文字が浮かぶ。
『初日クリア! “はじめの一歩”は想像よりずっと大きい!』
その下に、小さな数値が表示される。
【筋力+0.2】
「え、なにこれ!?」「なんかゲームみたい!」
二人が笑い合い、画面のトライが小さくガッツポーズを取る。
QRカードを手渡す。「これ、あとで読み込むと“今日の記録”が見られます」
立ち止まる人が一人、また一人と増えていく。
「え、あの人……雑誌に出てたよね!?」「星野瑠奈とカップル企画で載ってた人じゃない?」
「そのキャラクター、何のアプリ?」
スマホが上がり、ざわめきが波のように広がっていく。
「うそ……本物?」「めっちゃイケメン!」
声が混じり、会場の空気が少しずつ熱を帯びていく。
画面の中の“トライ”がぴょこんと跳ねた。
その瞬間、視線が一斉にブースへと集まった。
「年配のお客さん来たぞ」村上が小声で告げる。
「任せろ!」佐藤が前へ出た。
「いらっしゃいませ! 膝に負担ない範囲で“その場足踏み10回”にしましょう。
“毎日の習慣も立派な努力”って、数字にするとわかりやすいんです」
笑いが起きる。「じゃあやってみるか」
画面に結果が表示される。
画面の中の“トライ”が手を振りながら、
『いい調子だね! その一歩が、明日の元気になるよ!』
その下に、小さな数値がぽん、と浮かぶ。
【耐久+0.2】
「なんだい、ちょっと嬉しいねぇ」
「これ、あとでお孫さんにも見せられますよ」
佐藤がにこやかにカードを差し出す。
「この紙に記録が残ります。QRコードっていって、スマホで読み取ると今日の結果が見返せるんです」
「へぇ、そんなことできるのかい」
「はい。最近は市の広報でも使ってるんですよ」
「なるほどねぇ。じゃあ孫にやらせてみようかね」
年配の客の頬がゆるむ。
周囲で見ていた数人も笑いながら近づいてきた。
その時、佐藤が通路の向こうを見て目を細めた。
「……あれ、商工会の腕章つけた人たちじゃね?」
「マジで?」俺がつぶやくと、佐藤はパンフを持って軽快に向かう。
「こんにちは! 地元の学生が“続けやすい記録アプリ”を作ってまして。
よかったら“一分だけ”体験どうです? 地域イベントにも相性いいんです」
数分後――腕章をつけた来場者の大人たちが三人、ブースの前に立っていた。
相川が一歩前に出る。
「本日はお越しいただきありがとうございます。“TRY-LOG”開発チームの相川です」
「代表の佐久間です。今日は体験版のデモをご覧いただけたらと思います」
一人が軽く会釈した。
「君たちがこのアプリを? 高校生が作ったんだってね。面白そうだ」
「どれどれ」
“階段の上り下り10回”――結果が出る。
『ナイス努力! 毎日の“ちょっと”が、明日のスピードになるよ!』
画面の下に、やわらかな効果音とともに小さく数値が浮かぶ。
【筋力+0.1】【耐久+0.1】
「……面白い。健康づくりイベントで使えそうだね」
「地域の中学校の職員研修とか、PTA講座でも受けそうだな」
メモを取る手。名刺ケースがちらりと見えた。
相川がすぐに反応した。
テーブルの端に置いていた資料を取り上げ、丁寧に差し出す。
「こちら、TRY-LOGの概要資料です。簡単な仕組みと利用イメージをまとめています」
佐藤がにやりと笑い、自然に言葉を継ぐ。
「今日の体験データも、匿名でまとめてグラフ化できます。
来場者の反応も、あとでお見せしますよ」
「ほう、それはいいね」
男性が目を細める。
「よかったら後日、商工会の担当にも紹介してもいいかな?」
「もちろんです」
相川が深くうなずく。
「連絡先はこちらにあります」
名刺代わりのTRY-LOGカードを渡すと、
「若いのにしっかりしてるね」と笑い声が返ってきた。
去っていく背中を見送りながら、佐藤が小声でつぶやく。
「……これ、マジで仕事に繋がるんじゃね?」
「さあな。でも――」
俺は小さく笑った。
「努力の形を見せるって、そういうことかもしれないな」
―
気づけば、ブース前は人だかりだ。
QRカードの束が減り、体験待ちの列がのびている。
吉田はパネル前で写真を撮る来場者の列整理、村上は端末を一台交換して即復帰。
相川はログを監視しつつ、時折短く説明を差し込む。
「“できなかった日”も記録できるようにしています。
そのほうが、また始めやすいからです」
「コメントは同じじゃなくて、記録の内容に合わせて変わります」
「数字が小さくても、続ければ“線”になります。
線がつながれば、それが“自信”になる――そんな設計です」
俺は入口側で、笑顔を絶やさず声をかけ続ける。
「一分で終わります。よかったら、あなたの“はじめの一歩”を!」
視線が合うたび、足が止まる。手が伸びる。
《カリスマ性》が空気を押し、《会話術》が輪をつなぎ、《笑顔》が背中を押す。
――気づけば、TRY-LOGの大型モニターには、午前だけで積み上がった棒グラフが連なっていた。
“今日ここで、誰かが始めた一本の線”。
それが螺旋のように重なり、光って見える。
「……完全に、軌道に乗ったな」相川が小さく言う。
「まだ始まったばかりですよ」俺は息を整えて笑った。
(見えない努力が、ここで光になっている)
―
アナウンスが昼休みを告げ、列がいったん途切れる。
佐藤がペットボトルを差し出した。「水分」
「助かる」
吉田が親指を立て、村上がノートPCの温度を確認する。
商工会の名刺が、胸ポケットに一枚。
次へつながる重みが、確かにあった。
(午後は――もっと人を巻き込もう)
TRY-LOGの画面が、静かに瞬いていた。
―
【Project Re:Try:実際に“試す”/第三段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:10月26日
◆目標:文化祭での正式発表
◆進行状況:Phase.03 進行中
◆目的
「“努力の記録”を、実際に“人へ伝わる形”として検証する」
――“触れる”努力から、“伝わる”努力へ。
◆メンバー構成
・佐久間 陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):38.5
継続性(耐久力):34.0
構想力(知力) :34.2
共感力(魅力) :48.2
SP:30/スキル保持数:31
・佐藤 大輝(COO/現場統括)/信頼度:83
・相川 蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:58
◆資産状況
総資産:600,000円
内訳:文化祭関連費用 20,000円(パネル・印刷・備品)
◆進行状況
・文化祭展示発表実施(テーマ:「その努力、数字にしてみない?」)
・TRY-LOG体験版 Ver.0.1 稼働
・来場者体験数:約70名
・商工会関係者から次回打ち合わせの打診あり
◆次段階の検討項目(Phase.04 構想中)
・商工会のイベントへの参加検討
・TRY-LOGを“もっと多くの人に使ってもらう”ための改良
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
読んでくださりありがとうございます。
TRY-LOGが文化祭で動き出した回でした。
次回――文化祭編・後半。
新しい“仲間”との出会いが、物語を変えていきます。




