第94話 体育祭で、あの日のライバルとそれぞれの夢に向かって
9月28日、快晴。
空は、これ以上ないほど青かった。
グラウンドにはテントが並び、クラス旗が風に揺れている。
スピーカーから流れるアナウンスと歓声。
白線の上に、足跡がいくつも刻まれていた。
(ついに、この日が来たか)
朝のホームルームで、担任が言った言葉がまだ頭に残っている。
「今日は“努力が報われる日”だぞ。全力で楽しめ!」
その言葉どおり、グラウンドの空気はすでに熱を帯びていた。
一走目の「100m走」から、観客席の歓声が止まらない。
俺の出番は三組目。
スタートラインに立ち、軽く肩を回す。
隣のコースにはサッカー部のやつ、もう一方は陸上部。
(相手強いな……でも、負けない)
ピストルが鳴った瞬間、
世界が“音”を失った。
【スキル展開】
――《瞬発力アップ(小)》発動。
足裏が地を裂く。
砂を弾き飛ばし、空気が爆ぜる。
一歩、二歩、三歩――
視界の奥が、白く伸びた。
ゴールテープを切った瞬間、
「佐久間くん速っ!」「うそ、今の見た?」
歓声が湧き上がる。
スタンドの女子たちがスマホを構え、何人かが手を振っている。
(なんか……だんだんチート化してきたな)
苦笑しながらも、胸の奥が少し熱くなる。
午前中はそのあとも障害物リレー、騎馬戦と続いた。
クラスの応援席では、川原と西田が「佐久間また出番だ!」とからかい、
古賀が「今日の主役はお前だな」と笑う。
三橋も腕を組みながら、「佐久間には勝てねぇよな」と呟いた。
その声は、悔しさというよりも――どこか清々しく、
仲間として“認めた”ような響きがあった。
―
昼休み。
クラスのテントを抜けて、観覧席の方へ歩く。
家族のシートの上には、母の手作り弁当と妹の声。
「お兄ちゃん、さっきの走りすごかったよ!」
「うるさいって」
笑いながら、紙コップの麦茶を受け取る。
少しずつ秋の風が混じりはじめ、汗を乾かしていく。
(……なんか、こういう時間も悪くないな)
遥たちは午前の競技を終え、観覧席でクラスを応援していた。
遥がこちらに手を振り、一ノ瀬は隣で何かを話している。
瑠奈は日傘をさしながら、スマホで何かを撮影していた。
(見ててくれてる――だったら、絶対にいいとこ見せなきゃな)
―
午後のアナウンスが流れ始める。
「――続いて、全学年対抗クラスリレー。
各学年代表クラス、出場選手はトラック集合!」
ざわめきが一気に高まる。
川原、西田、古賀、三橋、そして俺。
五人が立ち上がり、拳を軽く突き合わせた。
リレー種目は午後の部の最後。
勝敗を左右する大トリだ。
観覧席には、家族や生徒たちの姿がぎっしり。
客席の端で母さんがスマホを構えて手を振っているのが見えた。
そのすぐ後ろ――遥、一ノ瀬、そして瑠奈。
三人とも、それぞれ違う表情でこちらを見ている。
遥は、静かに両手を胸の前で握って。
一ノ瀬は、少し緊張したように眉を寄せて。
瑠奈は、サングラスを上げてニッと笑った。
(見てろよ――全部、出し切る)
スタート地点では川原が深呼吸している。
隣のクラスの陸上部エースが、軽く足踏みをして集中していた。
緊張と熱気が、グラウンドの空気を揺らしている。
「佐久間」
三橋が声をかけてきた。
「頼んだぞ。どんな差でも、お前なら全部ひっくり返せる」
そう言って、笑う。
「それまでのレーンは、俺らが死んでも繋ぐ。任せろ」
「ああ。お前らが繋いできたバトン、俺が必ずトップで決める」
声が自然と熱を帯びた。
三橋の目にはもう、嫉妬も迷いもなかった。
あるのはただ、信頼と覚悟だけ。
笛の音が鳴った。
一斉にスタートラインから風が走る。
川原が一歩目から飛び出す。
スタートの爆発力は、他のクラスを一歩リードした。
「ナイスだ川原!」
西田が叫ぶ。
バトンが流れるように渡り、二走へ。
二走の西田はコーナーでぐんと加速し、外側のレーンを抜く。
観客席がどよめいた。
応援席の仲間たちが立ち上がり、名前を呼ぶ声が重なる。
その熱気が風に乗り、トラックを包み込んだ。
次は古賀。三走のバスケ部。
長い脚を活かし、大きくストライドを伸ばす。
腕の振りも軽く、跳ねるように前へ前へ。
「いいぞ古賀!」
チーム全員の声が重なり、呼吸がひとつになる。
もう、それだけで速さが増したような錯覚さえあった。
チームの鼓動が、もうひとつの音になっていた。
そして、四走――三橋。
バトンを受け取った瞬間、爆発するように加速した。
砂を蹴り上げながら、低い姿勢のままコーナーを抜ける。
その背中は迷いがなく、風を切る音だけが残る。
直線に入ると、彼はほんの一瞬だけ顔を上げた。
俺の姿を捉え、全力で腕を振る。
「頼んだぞ――キャプテン!!」
その声が、風を貫いて届く。
胸の奥が熱くなった。
(ああ――任された。今度は、俺の番だ)
バトンが手の中に吸い込まれた瞬間、世界が狭まった。
音が遠のき、風だけが耳を撫でる。
――《瞬発力アップ(小)》発動。
地面を蹴るたびに、靴底が風を押し返す。
他のアンカーたちが見える。
距離は、ほぼ並んでいた。
(いける!ここからだ)
ストレートに入った瞬間、全力で腕を振る。
脳内のゲージが弾けるように点灯する。
観客席の声が押し寄せる。
「いけぇぇぇ!」「佐久間!!」
遥が立ち上がってなにかを叫んでいる。
一ノ瀬が口元を押さえて、目を見開く。
瑠奈がスマホを構えながら、なにかを呟いている。
(見てろ――)
最後の直線。
呼吸が焼ける。それでも、もう止まらない。
ゴールテープが迫る。
目の前の空気がゆがむ。
一瞬の静寂――そして、歓声。
「一位は、二年一組!!」
マイクの声が響く。
誰かが肩を叩き、誰かが抱きついてきた。
視界が滲む。
(やった……!)
―
【クエスト達成】
内容:本番で証明せよ
報酬:行動指数(筋力)+2/共感力(魅力)+1
―
「お疲れ、キャプテン!」
川原が笑いながらバトンを掲げる。
西田が「マジで勝ったぞ!」と叫び、古賀が「最高だな」と笑った。
三橋は息を切らしながら、俺に手を差し出した。
「……お前、やっぱすげぇよ。完璧だった」
「お前もな。バトン、最高だったよ」
手をがっちり握る。
その瞬間、三橋がふっと真顔になった。
「なあ、佐久間……」
風が止まり、少し間が空く。
「……一学期のこと、悪かった。
俺、お前に嫉妬してた。
努力しても勝てねぇ気がして、ムカついて……
でも――」
言葉を詰まらせながら、彼は続けた。
「お前があのとき言った、“比べるなら相手は自分自身だ”って言葉。
ずっと頭に残ってた。
今日走って、やっと分かった気がする。
俺、もう一回サッカー始めるわ。
誰と比べるでもなく、自分を高めるために」
夕陽の光が、三橋の横顔を照らしていた。
その目は、どこまでも澄んでいた。
「……いいじゃん」
俺は笑ってうなずいた。
「お前なら、絶対強くなれるよ」
風が吹き抜け、グラウンドの砂が舞う。
空は少し赤く染まり始めていた。
(努力は、見えなくても確かに積み重なる。
そして――それは、ちゃんと繋がっていく)
歓声がまだ続くグラウンドの中、
俺はそのまま空を見上げて、深く息を吐いた。
(ありがとう、三橋。
もう一度――それぞれの夢で、同じスタートラインに立とう)
―
【Project Re:Try:動く形にする/第二段階レポート】
※【 】内は今回上昇分
◆日時:9月28日
◆目標:試作版稼働
◆進行状況:Phase.02進行中
◆目的:
「“努力記録”を実際に“動く形”として再現する」
“見る”努力から、“触れる”努力へ。
◆メンバー構成:
・佐久間 陽斗(CEO/代表・企画)
行動指数(筋力):38.5【+2】
継続性(耐久力):34.0
構想力(知力) :34.2
共感力(魅力) :46.2 【+1】
SP:25/スキル保持数:31
・佐藤 大輝(COO/現場統括)/信頼度:83
・相川 蓮(CTO/開発・解析)/信頼度:58
◆資産状況:
総資産:1,377,000円
内訳:試作版開発費 800,000円(使用中)/残資金 577,000円
◆進行状況:
・TRY-LOG 試作版 Ver.0.1 作成中
◆次段階予定(Phase.02)
TRY-LOG 試作版
機能構成:
・努力を記録する
・グラフで“見える化”する
・休む日を記録できる
・AIが成長を言葉で返す
・文化祭展示デモ準備開始
――これは報告書でもあり、俺たちの“航海日誌”でもある。
(記録者:佐久間陽斗)
読んでくれてありがとうございます。
体育祭回、少しでも熱が伝わってたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




