第82話 努力が報われない社会を、報われる社会に
夜風が、少しだけ涼しくなっていた。
昼の熱をまだ残しながらも、その中を通り抜ける風だけは心地いい。
駅前のロータリー。
行き交う人のざわめき、信号の音、遠くで響く電車のブレーキ音――
どれもいつもと変わらないはずなのに、
今夜は世界の輪郭が、ほんの少しだけくっきりして見えた。
(……“世界を腹一杯にさせろ”)
相川先輩の言葉が、頭の奥で反響していた。
挑発でも、冗談でもない。
あの人の目には、確かな“本気”があった。
“夢を語るだけじゃ、腹は満たせねぇ。”
――その一言が、今も胸の奥に焼きついて離れない。
想いだけじゃ、人は動かせない。
理想だけじゃ、現実は回らない。
――それが、この世界の“仕組み”なんだ。
ポケットの中でスマホが震えた。
画面には、見慣れた名前。
『相川先輩と話したってマジか?』
「……返信、早っ」
『少し話した。すごい人だった。今度詳しく話すよ』
送信。
ほんの数秒で、また画面が光った。
『駅前のカフェ、まだ開いてる。来いよ』
思わず苦笑して、スマホをポケットに戻す。
(ほんと、行動早いな……)
夜風が頬をなでた。
昼間の熱を少しだけ残したその風が、
心の奥のざわめきを静かに撫でていった。
―
夜風を切りながら、駅前を歩く。
街灯の下、カフェの看板が小さく光っていた。
自動ドアが開くと、ベルの音が鳴り、涼しい空気が頬を撫でた。
夜のせいか、店内には人が少ない。
カップを置く音と、BGMだけが響いている。
奥の席――
そこに、佐藤がいた。
Tシャツの上に羽織ったシャツは少し皺だらけ。
テーブルの上にはアイスコーヒーとチョコスナック。
スマホをいじりながら、退屈そうに足を揺らしていた。
「悪い、待たせたか」
「いや、今来たとこ。……てか、お前の顔、なんか変わったな」
「変わった?」
「うん。前より“覚悟してる顔”してる。……なにがあった?」
「相川先輩に言われたんだ。
“世界を腹一杯にさせろ”って」
佐藤の手が止まる。
数秒の間――
アイスの氷が、カランと音を立てた。
「……マジで?」
ふっと口角が上がる。
「言葉の意味はわからねぇけど、なんか相川先輩らしいな」
「うん。あの人、すげぇよ。話してて思った。
“夢”を語るだけのやつは、絶対に認めねぇタイプだ」
「だろうな」
佐藤はアイスを一口飲み、グラスを置く。
「噂じゃ、情報処理部でも“言い訳禁止”らしいぞ。
『腹減った』とか『眠い』とかも全部“弱音扱い”なんだと。
後輩にも、かなり厳しいってさ」
「……やっぱりそうか」
小さく笑いながらも、胸の奥が少しだけ熱くなる。
(あの人の“本気”は、やっぱり本物なんだ)
コーヒーをひと口飲む。
その苦味が喉を通るたび、胸の中にあった熱が少しずつ冷めていく。
「正直、少し怖くなった。
“夢を現実にする”って、口で言うほど簡単じゃない。
金も、技術も、仲間も……全部必要になる」
「だから、俺がいるんだろ?」
佐藤はにやりと笑って、コーヒーをカチンと机に置いた。
「お前の話、全部はわかんねぇけどさ。
“努力を見える化する”とか、“TRY-LOG”とか……」
肩をすくめて笑う。
「そういうの、なんかワクワクすんだよ。
努力が数字になるとか、地味に俺好きなんだ。
だってさ、レベルアップって、結局“昨日より成長してる”って証だろ?
――それって、生きてる実感そのものじゃねぇか」
その軽い言葉が、不思議と嬉しかった。
「ありがとう。けど、ワクワクだけじゃ駄目なんだ。
“どう動くか”を考えないと」
「なるほどな。じゃあ、一緒に考えようぜ」
佐藤は照れくさそうに頭をかいた。
「俺、地頭はいいつもりなんだよ。
難しい話になると寝るけど、“面白い”ことなら徹夜でも付き合うタイプだし」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
(……やっぱ、こいつがいなきゃダメだな)
ノートを開く。
ページの上には「Re:Try構想」と書かれた文字。
その下に小さく書いた“TRY-LOG(仮)”。
「相川先輩に、次は“根拠を持って来い”って言われた。だから、その“根拠”を形にしたい」
「おっけー。ただし俺、数学とかマジで苦手だからな。でも、“心に響く言葉”なら考えるの得意だぞ?」
「じゃあ、理念のとこ頼む」
「まかせろ。……ちょっとクサイけど、たとえば“努力が報われない社会を、報われる社会に”とかどう?」
「……うん。いいな」
「だろ? 俺って天才じゃね?」
「いや、それはちょっと違う」
笑い合う。その瞬間、カフェの照明が少し落ちて、夜の静けさが一層際立った。
机の上のノートに、ペンを走らせる。
“努力を数値化し、継続を見える形に”
“人が自分を信じられる仕組み”
“TRY-LOG開発計画書(仮)”
佐藤がそれを覗き込みながら言った。
「なぁ佐久間。……お前さ、ほんとにやる気なんだな」
ノートの上には、消し跡と書き直しの線がいくつも重なっている。
何度も練り直した跡が、そのまま“本気”の証みたいに残っていた。
「当たり前だろ」
俺はペンを止め、まっすぐ佐藤を見る。
「もう、“夢見る側”で終わるのは嫌なんだ。
見てるだけの時間は、もう十分使った。
次は――“作る側”に回りたい」
「……“腹一杯になるくらいの夢”を作る側、か?」
佐藤が少し笑いながら言う。
その声には、いつになく真面目な響きがあった。
一瞬、空気が静まった。
外からセミの声が入り込んで、時計の秒針だけが響く。
俺は小さく笑ってうなずく。
「そうだな。どうせやるなら、世界ごと腹一杯にしてやるよ」
佐藤は腕を組み、にやりと笑った。
「……いいじゃん。
お前、そういう顔してるときが一番“生きてる”感じするわ」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなった。
きっと今の俺は、ようやく“前に進む側”の顔をしてる。
そのあと、俺たちは閉店ぎりぎりまで話し込んだ。
資金のこと、アプリの構想、必要な仲間、そして――未来の話。
ノートのページは、気づけばびっしりと埋まっていた。
店を出ると、夜風が思ったよりも冷たかった。
歩道の街灯が並び、足元を淡く照らしている。
「……結局、何も決まってねぇのにな」
「いいじゃん。方向は見えた。あとは走るだけだろ」
夜風の中、“ピコン”という音が響いた。
―
【クエスト達成】
内容:Re:Try構想、第一信頼段階を突破。
報酬:信頼度(佐藤大輝)+10 → 70/SP+3
【新スキル解放】
名称:共闘
効果:佐久間・佐藤の筋力+3(常時)
説明:互いの信頼が動力となり、力が常に共鳴し合う。
―
(――これが、俺たちの歯車が噛み合った音だ)
夜空を見上げると、雲の切れ間から月がのぞいていた。
まるで“次の挑戦”を照らすかのように――。
―
【ステータス:8月上旬】
※【 】内は今回上昇分
◆基本情報
名前:佐久間 陽斗(17)
身長:180.8cm 体重:63.0kg(体脂肪率9.0%)
◆能力値
筋力:33【+3】 耐久:31 知力:33.2 魅力:44.2
SP:47【+3】 スキル:26(展開可能)【+1】
◆資産
総資産:1,544,000円
投資中:60,000円 利益:+100,000円
◆称号
注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占/自己信頼
◆Re:Tryメンバー
COO:佐藤大輝(信頼度70/加入済)【+10】
CTO:相川蓮(交渉進行中)
◆イベント
Project Re:Try(発生中)
水城遥(好感度89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(好感度89/恋愛条件未達)
星野瑠奈(好感度89/恋愛条件未達)
読んでくださってありがとうございます。次回もよろしくお願いします。




