第80話 “クラス最底辺”の俺が、会社をつくる
八月八日の朝。
カーテンの隙間から、やわらかな光が差し込む。
窓の外では、昨日よりも少しだけ涼しい風が吹いていた。
夏の空気の中に、ほんのかすかに秋の匂いが混じっている。
(……ぐっすり眠れたな)
ベッドの上で、大きく体を伸ばす。
不思議と、体が軽い。
昨夜あれほど頭を占めていた“悩み”や“迷い”が、
朝の光にゆっくりと溶けていくようだった。
机の上には、ノートとスマホ。
そのすぐ隣で、ステータスウインドウの通知がひとつだけ淡く光っている。
【新称号:自己信頼】
効果:自己否定を克服し、心のブレを抑える/全ステータス+1
(……まるで、俺の気持ちを読まれてるみたいだ)
これは、数字で得たスキルじゃない。
戦って勝ち取った力でもない。
“自分を信じる”って、こんなにも静かで――あたたかいものなんだな。
小さく息を吐き、机に腰を下ろす。
視界の端にノートがあった。
その表紙には、マジックで走り書きされた文字。
――「TRY-LOG(仮)」
ふと思いついて書き残した、まだ形にならないアイデア。
“努力を記録して、見える化するアプリ”。
この能力を手に入れてから、俺は“数字”に救われた。
努力が可視化されることで、初めて自分を信じられた。
けれど同時に、その“数字”に縛られて苦しんだこともある。
(努力が“見える”ことで、人を救えるなら――
今度は、俺がその仕組みを作りたい)
ノートのページを開く。
真っ白な紙が、まるで“新しい人生”みたいにまぶしく見えた。
ペンを取る。手がわずかに震える。
でも、その震えには“恐怖”じゃなく、“熱”があった。
―
昼。
窓の外では、真夏の陽射しが白く揺れている。
蝉の声が途切れるたび、静けさが耳に沁みた。
ノートの余白に、ひとつずつキーワードを書き込んでいく。
「努力」「継続」「ログ」「見える化」「評価」
ページが黒く埋まるころには、
胸の奥に、燃えるような確信が生まれていた。
(……これだ。
俺がやるべきことは、きっとここから始まる)
―
夕方。
西陽が差し込み、ノートの端がオレンジ色に染まっていた。
ふとスマホを手に取る。
(……あいつも会社のメンバーだし、話しとくか)
佐藤に連絡を入れると、思いのほかすぐに返信が来た。
『今から行くわ』
その言葉通り、10分後には玄関のチャイムが鳴る。
ドアを開けると、缶コーヒーを二本ぶら下げた佐藤が立っていた。
「ほら、ブラックでいいだろ?」
いつもの調子で笑いながら、佐藤は部屋に入ってきた。
缶を受け取ると、ほんの少しだけ胸の重さが軽くなった気がした。
「で? どうしたんだよ」
「……会社の構想を考えてたんだけど、佐藤の意見も聞きたくてな」
「なるほどな。まぁ難しい話は得意じゃねぇけど、できる範囲で力になるよ」
佐藤は缶のプルタブを開けて、ひと口飲む。
「“努力を見える化するシステム”だったよな? 前にちょっと聞いたやつ」
俺は少し考えてから、まっすぐに言った。
「――うん」
「努力を“見える化”するアプリ。
TRY-LOGって名前で、個人の努力を数値化する仕組みを作るんだ」
数秒の沈黙。
机の上の缶コーヒーが、わずかに光を反射している。
プルタブが、かすかに音を立てた。
「……アプリか。今の時代に合ってそうだな」
佐藤は腕を組み、しばらく黙り込む。
「でも、そういうのって俺らだけじゃ難しいだろ。専門の技術とか、経営の知識も必要になる」
「わかってる。だから――仲間を増やしたいんだ」
「仲間?」
俺は小さくうなずいた。
窓の外では、風鈴の音がかすかに鳴っている。
「圧倒的な技術を持ったやつ。それと、経営にも強くて、冷静に判断できる奴が必要だ」
「……誰か、目星ついてんのか?」
「実は、いる。佐藤もこの前、ラーメン屋で会っただろ? 相川先輩だ」
「なるほどな!」
佐藤の表情が一気に明るくなる。
「確かに相川先輩なら、技術マジでヤバいよな。
学校でもあの人に敵うやついねぇし」
「まずは俺が接触してみる。もしかしたら、佐藤の力が必要になるかもしれない。そのときは頼む」
「おう、もちろん。俺も一緒に動くよ。
スカウトだな」
「ああ。少しづつ形にしていこう」
佐藤は笑って立ち上がる。
「……なんかワクワクしてきたな。とりあえずまた連絡くれ。今日は帰るよ」
「もう行くのか?」
「おう。頭ん中、整理しときてぇんだよ。
こういうときって、妙にアイデア浮かぶんだよな」
玄関へ向かう背中を見送りながら、
缶コーヒーの残りをひと口飲む。
わずかに残った苦味が、不思議と心地よかった。
「ありがとうな、佐藤」
「礼なんていらねぇよ。――仲間だろ?」
その言葉に、思わず笑った。
ドアが閉まる音がして、静かな部屋に夕方の光が差し込む。
俺はゆっくりと息を吐き、机の上のノートを開いた。
真新しいページの上に、ペン先を置く。
そして――太い文字で書き込む。
―
夜。机の上には、書きかけの“会社構想”が広がっていた。
社名:Re:Try
理念:努力が“見える”世界をつくる
目的:結果ではなく、過程で報われる仕組みを社会に。
第一事業:TRY-LOG開発プロジェクト
俺が救われたのは、数字で自分の努力が見えたからだ。
誰にも認められず、努力を嘲笑われたあの頃の自分が、あの夜ふと思い出された。
「そんなことしても意味ない」――何度も言われた言葉が、今も胸の奥に刺さっている。
だからこそ――この仕組みをつくる。
もう、あの“昔の俺”を見捨てたりはしない。
俺はペンを握り直し、ページの端に静かに書き加えた。
「このアプリは、俺自身の再挑戦(Re:Try)だ」
ペン先からインクがゆっくりと滲む。
その一文字一文字が、決意の形になっていくようだった。
顔を上げると、窓の外で雲の切れ間から月が顔を出している。
淡い光が部屋を照らし、ノートの上の文字をそっと照らした。
その光の中で――
心の奥が、確かに熱を帯びていた。
「……よし」
その瞬間、ウインドウが淡く光を放った。
――ピコン。
―
【特別イベント発生】
タイトル:「Project Re:Try」
内容:自分の信念を“形”にしろ。
報酬:???
―
胸の奥で、小さな電子音が鳴った。
幻聴じゃない。
確かに“聞こえた”。
「……やっぱり来たか。」
ウインドウの光が、ゆっくりと強くなる。
青白い輝きが部屋の壁を反射し、
まるで“未来”そのものが形になっていくようだった。
俺は静かに息を吐き、画面に触れる。
そこに映る名前と数字を、ひとつひとつ確かめるように見つめた。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(八月上旬・Re:Try設立決意時)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:17
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:30.0
・耐久:31.0
・知力:33.2
・魅力:44.2
・資産(現金):1,382,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:1,542,000円
・SP:44
・スキル:25(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占/自己信頼
・会社メンバー機能:解放済
・特別イベント:「Project Re:Try」発生中
- 佐藤大輝(実務担当【COO】/信頼度60/加入済)
- 相川蓮(技術担当/解放)
・特別イベント:
水城遥(好感度89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(好感度89/恋愛条件未達)
星野瑠奈(好感度89/恋愛条件未達)
―
画面を閉じて、夜風を吸い込む。
少し湿った空気が肺を通り抜け、胸の奥まで熱を運んでいく。
(もう、“スキル”に生かされるだけの人生じゃない)
(これからは、“信念”で動く)
街灯の光が、道標のように先を照らしていた。
遠くで電車の音が響く。
その低い轟きが、まるで“スタートの合図”みたいに胸に響いた。
「――行こう。Re:Tryを、現実にする」
夜空に向かって、小さく呟く。
その声は風に溶けて消えたけれど、
胸の奥には、確かな火が灯ったままだった。
やがて、夜が明ける。
新しい朝が、彼の“再挑戦”の始まりを告げていた。
そして物語は、静かに――第二章へと動き出す。
読んでくださってありがとうございます。自分を信じること――それが、すべての始まりでした。これにて第一章完結です。陽斗の新たな挑戦、次回から「Project Re:Try」始動です。




