第79話 スキルで強くなった俺が、“信じること”を覚えた夜
八月七日、夜。
窓の外は静まり返り、熱気だけがまだ生きていた。
昼の陽炎がそのまま部屋に残っているようで、空気が重い。
壁に貼った時間割の紙が、冷房の風にかすかに揺れた。
頬をかすめる風はたしかに冷たいのに、
胸の奥だけが、ずっと熱くて息が詰まる。
机の上のステータスウインドウが、青白い光を放っていた。
数値が整然と並ぶその光景が――まるで俺を見下ろしているように感じた。
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【水城遥:89】恋愛条件未達
【一ノ瀬凛:89】恋愛条件未達
【星野瑠奈:89】恋愛条件未達
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数字が並んでいる。
それだけなのに、心がざわついた。
胸の奥を細い針でなぞられるような、静かな痛み。
この数字は、確かに積み重ねてきた“結果”だ。
それぞれが、俺を想ってくれた証。
努力も、言葉も、思い出も――全部、この値の中にある。
なのに、どうしてだろう。
どの数値も、どこか遠くに見えた。
ガラスの向こう側で光っているようで、
どれひとつとして、手が届く気がしなかった。
「……俺、何してんだろ」
思わずこぼれた声が、部屋に溶けた。
かつての俺なら――この数字を見て、きっと喜んでいたはずだ。
“努力が報われた”と信じて、胸を張っていただろう。
“最底辺”から抜け出して、ようやく“選ばれる側”になれたと。
……でも、今は違う。
努力が“見える化”されたこの世界で、
俺の中だけが、何も見えなくなっていた。
――光が強すぎて、自分の影を見失ってるみたいだ。
ため息を吐きながら、ステータスウインドウをスクロールする。
筋力、耐久、知力、魅力。
どれも少しずつ上がっている。
そのひとつひとつが、日々の積み重ねだとわかっている。
――それでも、心のどこかで問いが浮かんだ。
「……本当に、強くなってるのか?」
思ったよりも声がかすれていて、
自分の問いが、まるで誰かの言葉みたいに響いた。
返事はない。
ウインドウの青い光だけが、無言で俺を照らしている。
(もし、この力が全部消えたら……俺はどうなる?)
(また、“クラス最底辺”の俺に戻るのか?)
脳裏に浮かぶのは――あの頃の自分だ。
机に伏せて、誰にも話しかけられず、
笑い声が聞こえるたびに、ただ下を向いていた俺。
“努力しても無駄だ”と、笑われた俺。
それでも諦めきれなくて、
誰も見ていないところで、
ノートに目標の線を引き続けていた。
消しては書き、何度もやり直して。
まるで自分の限界を確かめるように。
あの頃の俺が、今の俺を見たら――なんて言うだろう。
“頑張ったな”って、笑ってくれるのか。
それとも、“お前、何か勘違いしてないか”って笑うのか。
(……怖いな)
喉に息が引っかかって、うまく吐き出せない。
胸の奥で、心臓がゆっくりと痛む。
スキルも、見た目も、地位も。
それら全部が、俺の“努力の証”だと思ってきた。
でも――もし、それが幻だったら?
もし、ある日突然この力が消えて、
ただの“佐久間陽斗”に戻ったら。
……誰が、俺を覚えていてくれる?
遥は、俺の“中身”を見てくれた。
それが嬉しくて、胸の奥がじんわりと熱くなった。
なのに――その言葉を、まっすぐ受け止めきれない自分がいた。
だって俺は、もともと“クラス最底辺の佐久間陽斗”なんだ。
彼女たちは、それでも俺を見てくれるのか?
それとも、“力を失った俺”を見て見ぬふりをするのか?
部屋の静けさが、やけに重く感じた。
――答えが怖くて、息が詰まった。
冷房の低い唸りが、まるで心のノイズみたいに響く。
(俺は……何を怖がってる?)
頭ではわかってる。
本当はスキルなんて、ただのきっかけにすぎない。
“強くなれるチャンス”をもらっただけで、
それをどう使うかは――結局、自分次第だ。
……それでも、心はすぐに揺らぐ。
力を失うことより、
「それがなければ俺に何も残らない」と思う自分が、怖かった。
俺は立ち上がり、鏡の前に立った。
背は伸びた。
体格も、昔よりずっとしっかりしている。
顔つきも、大人びた。
……けど。
目の奥――そこにいるのは、誰だ?
鏡の向こうの自分が、他人みたいに見えた。
「お前は……本当に、俺なのか?」
問いかけるように呟く。
当然、返事はない。
だけど次の瞬間――思い出した。
吐きそうになりながらも、足を止めなかった。
汗で滑る手。
深夜、ページをめくる指先が震える。
眠気でぼやけた視界を叩き戻し、ペンを走らせた。
誰に褒められるわけでもない努力。
けれどその時間だけは、確かに“自分が進んでいる”と思えた。
それも全部、“俺”だった。
「……スキルに頼ったのは確かだ。
でも、それを使いこなしたのは――俺だろ」
言葉にした瞬間、
ずっと胸に乗っていた重しが、少しだけ軽くなった気がした。
そうだ。
スキルがあっても、努力しなければ数字は伸びなかった。
誰かが背中を押してくれても、歩いたのは自分だ。
自信って、他人に褒められて得るもんじゃない。
“自分を信じたとき”にだけ、生まれるものなんだ。
(悩むのは、悪いことじゃない)
(迷うってことは、止まってないってことだ)
深呼吸して、窓を開けた。
夜風がカーテンをふわりと膨らませる。
遠くで鳴く蝉の声が、途切れ途切れに響いていた。
熱を帯びた空気の中に、草と土の匂いが混じる。
その匂いが、不思議と懐かしかった。
――あの頃、夜明け前の公園を走っていたときの匂いだ。
誰にも見られない努力を積み重ねていた、あの時間。
「……俺、もっと強くなるよ」
夜風に溶けるように、そっと呟いた。
恋の答えは、まだ出せない。
けど、それでいい。
今は――
“誰かのために強くなる前に。
まず、自分を信じられるようになりたい。”
その瞬間、胸の奥で何かが灯った。
それは火でも光でもなく、
ただ“確かに存在する自分”という実感だった。
ピコン。
耳の奥で、小さな電子音が鳴った。
幻聴じゃない。確かに聞こえた。
その瞬間、心の奥が――ほんの少し“レベルアップ”した気がした。
ベッドに腰を下ろし、ステータスを開く。
画面の端に、新しい文字がゆっくりと浮かび上がった。
【新称号:自己信頼】
効果:自己否定を克服し、心のブレを抑える/全ステータス+1
思わず、笑みがこぼれた。
小さく、けれど心の底から。
その笑みは、誰にも見せない。
けれど、これだけは確信していた。
――ようやく、少しだけ“自分を好きになれた”気がした。
その夜、心はただ静かだった。
世界が一瞬、呼吸を止めたような気がした。
俺は目を閉じ、そっと呟く。
「ありがとう。
俺を、信じさせてくれた全部に」
そして眠りに落ちる瞬間、
ウインドウの光がふっと消えた。
まるで、心の中の灯りだけを残して。
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※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(八月上旬)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:17
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:30.0【+1】
・耐久:31.0【+1】
・知力:33.2【+1】
・魅力:44.2【+1】
・資産(現金):1,382,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:1,542,000円
・SP:44
・スキル:25(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占/自己信頼
・会社メンバー機能:解放済
- 佐藤大輝(実務担当【COO】/信頼度60/加入済)
- 相川蓮(技術担当/解放)
・特別イベント:
水城遥(好感度89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(好感度89/恋愛条件未達)
星野瑠奈(好感度89/恋愛条件未達)
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!次回、いよいよ第一章の完結です。陽斗の成長の“答え”を、ぜひ見届けてください。




