第78話 だから私は、あなたが好き
「だから私は――あなたが好き」
その言葉が落ちた瞬間、空気がふっと止まった。
エアコンの音も、外で鳴く蝉の声も、まるで遠ざかるように消えていく。
世界が一瞬だけ静止して、残ったのは――彼女の瞳と、俺の呼吸だけ。
……え?
まるで時が止まったみたいだった。
光が差し込むカーテンがゆっくり揺れて、時計の針も、外の音も、どこか遠い世界の出来事みたいに感じた。
ほんの数秒。それなのに、永遠みたいに長く思えた。
聞き間違えたか?いや、そんなわけない。
遥は真っすぐに俺を見ていた。
その瞳は、ほんの少しだけ潤んでいて――けれど、迷いは一つもなかった。
胸の奥が熱くなる。同時に、どうしようもない不安がこみ上げてくる。
――俺なんかが、本当にいいのか。
心臓の鼓動が、やけに大きく響いていた。
出会ったころの水城遥は、まるで別の世界の人だった。学校の中心にいて、成績も完璧。
誰もが憧れて、誰も届かない――まさに“高嶺の花”。
それが今、こんなふうに――俺を見ている。
(なんで、俺なんだよ……)
クリスマスも、誕生日も、一緒に過ごした。
いくら鈍い俺でも、彼女の気持ちには気づいていた。
――【好感度スキャン】を使えば、一目瞭然だ。
でも、数字で示される“想い”と、目の前で向けられる“本当の気持ち”は違う。
現実として突きつけられると、心の準備なんてできていなかった。
「……俺は、その……」
どう言えばいいのかわからない。
喉の奥がつまる。
遥は一瞬だけ目を伏せ、それから小さく首を振った。
「ううん、今は返事を出さなくて大丈夫」
「え……?」
「陽斗くんは、優しいから。
ちゃんと一人一人の気持ちを真剣に考えてる。
だから――焦らなくていいよ」
まっすぐで、やわらかい声。
まるで俺の心の奥を見透かされたみたいだった。
「……それは……」
何も言い返せなかった。
遥は静かに続けた。
「だから、答えが出たらそのときに教えて。私は待つから」
少しの間をおいて、微笑む。
「――後悔しない選択をしてほしいの」
その声があまりに優しくて、胸が締めつけられた。
俺は顔を伏せ、息を飲む。
(本当に……俺なんかでいいのか?)
――俺の“今”は、スキルで作られた姿だ。
筋力も、身長も、魅力だって。
どれも努力の結果じゃなく、数字で与えられた力。
もちろん、努力もしてきた。
朝から夜まで走って、勉強して、何度も挫けそうになって――それでも前に進もうとしてきた。
でも、その努力さえも、スキルの補正があったから続けられたんじゃないか?
そんな考えが、頭をよぎる。
もし――この力を失ったら。もし、数字もスキルも消えて、また“クラス最底辺”の俺に戻ったら。
あの頃みたいに、誰からも見向きもされなくなったら。……それでも、彼女たちは俺を好きでいてくれるのか?
自分でも答えが出せない。
けれど、この不安だけは確かに“俺自身の本音”だった。
喉が焼けるように熱くなった。
息を吸うたび、胸の奥まで熱がこもっていく。
それでも、なんとか声を絞り出す。
「……俺は……」
けれど、言葉の続きを探しても、出てこなかった。
沈黙が落ちる。蝉の声だけが遠くで響いて、時間の流れがゆっくりと引き延ばされる。
そのとき――遥が首を横に振った。
ほんの少し、微笑みながら。
「大丈夫。焦らなくていいよ」
その笑顔は、まるで陽だまりみたいだった。
まっすぐで、あたたかくて、優しすぎて。
見つめているだけで、胸の奥がきゅっと痛くなる。
涙が出そうになるのを、必死にこらえた。
どれだけ見つめても、言葉が出てこない。
それでも、この沈黙の時間さえも――壊したくなかった。
少し間をおいて、ようやく息を吸い込む。
鼓動の音を数えてから、俺は勇気を振り絞って尋ねた。
「なぁ、遥……。俺、出会ったときから変わったと思う?」
「え?」
彼女は一瞬きょとんとした後、ゆっくり微笑んだ。
「そうだね……出会ったときよりも、堂々としてると思う」
「それだけ?」
「うん」
遥は真剣な表情で言った。
「陽斗くんは、最初から勇気があって、優しくて、誰よりも努力できる人。
出会ったときから、何も変わってないよ」
一拍の沈黙。
遥の瞳が、少し潤む。
「……最初からずっと、私のヒーローだよ。
あと悠真にとってもね」
その言葉に、胸の奥が一気に熱くなった。
視界が滲む。
――きっと、俺はずっと何かを見誤っていた。
でも今は、それが何なのか、少しだけわかりかけた気がする。
外見でも、数字でもない。
この人は、俺の“中身”を見てくれてる。
「……ごめん、ちょっと……ゴミ入ったかも」
「ふふ、大丈夫? ティッシュいる?」
「……平気」
笑いながらそう言ったけど、涙は止まらなかった。
指先でぬぐっても、またこぼれてくる。
蝉の声が遠くで途切れ、部屋の中に夕陽がゆっくりと広がっていく。
白いカーテンが風に揺れて、二人の影が淡く重なった。
俺は少しだけ息を吸い込み、静かに言葉を探した。
心臓の鼓動が、胸の奥で不規則に跳ねている。
それでも、逃げずに伝えなきゃいけないと思った。
「……遥、ありがとう。
俺も、遥のことが好きだ。
だけど――少しだけ、時間をくれないか?
ちゃんと、自分の答えを出すから」
その声は震えていたけれど、嘘はひとつもなかった。
遥は、驚いたように目を見開いたあと、
ゆっくりと笑った。
瞳の奥に、少しだけ涙の光が宿っていた。
けれどその笑顔は、どこまでも穏やかだった。
「うん。……大丈夫だよ。
ちゃんと待つから」
言葉を交わさない時間が、静かに流れた。
カーテンの隙間から入る光が、少しずつ色を変えていく。
その淡い明るさの中で、二人の影がゆっくりと揺れた。
俺は小さく息を吐き、うなずいた。
遥の言葉が、心の奥に静かに溶けていくのを感じた。
―
帰り際、玄関まで見送りに出てきた遥の家族に頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
母が優しく笑う。
「また来てね」
悠真が元気いっぱいに手を振る。
「また遊ぼうね!」
そして、後ろから父の低い声。
「佐久間くん。……これからも、遥のことをよろしく頼む」
一瞬、心の奥で何かが静かに灯った。
思わず背筋を伸ばして答える。
「……はい」
ドアを出た途端、夕方の風が頬をすり抜けた。
静かな空気の中に、さっきまでの温もりがまだ残っている。
振り返ると、遥が小さく微笑んだ。
「また連絡するね。……気をつけて」
「うん。またな」
西の空がゆっくりと赤く滲んでいく。
街灯がともり始める道を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。
いつか、胸を張って答えられるように――そう思った。
(俺は……ダメだな。あんなにいい子たちを、待たせてしまって)
迷いはまだ消えない。
それでも、前に進もうと思えた。
(――強くなる。少しずつでも、ちゃんと)
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(八月上旬)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:17
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:29.0
・耐久:30.0
・知力:32.2
・魅力:43.2
・資産(現金):1,380,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:1,540,000円
・SP:44
・スキル:25(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占
・会社メンバー機能:解放済
- 佐藤大輝(実務担当【COO】/信頼度60/加入済)
- 相川蓮(技術担当/解放)
・特別イベント:
水城遥(好感度89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(好感度89/恋愛条件未達)
星野瑠奈(好感度89/恋愛条件未達)
読んでくださってありがとうございます。スキルで得た力は“本当の自分”なのか――。次回も、見届けてもらえたら嬉しいです。




