第77話 初恋の人と同じ目をしていた
玄関の扉を開けた瞬間――
小さな影が勢いよく飛びついてきた。
「お兄ちゃん! 会いたかった!」
抱きついてきたのは、遥の弟・悠真。
思わず体がのけぞる。それでも、自然と手が伸びて、頭をなでていた。
「お、おう……久しぶりだな、悠真」
「うんっ!」
無邪気な笑顔。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
――あの日、車に轢かれそうになった少年が、
今こうして笑っている。
その事実だけで、救われた気がした。
「ほら、悠真。玄関で騒がないの」
奥から、落ち着いた女性の声がした。
「いらっしゃい、佐久間くん。ようこそ来てくれたわね」
白いエプロン姿の女性――遥の母親だった。
優しい目元に、穏やかな笑み。
どこか上品な佇まいで、話すだけで空気がふんわりと和らぐような人だ。
「お邪魔します。今日は、お世話になります」
靴を揃えながら、俺はそっと紙袋を差し出した。
「これ……近くの洋菓子屋で買った焼き菓子です。お好きかわかりませんが、よかったら皆さんで」
「まあ、気を遣わなくていいのに」
母親がふわりと笑い、受け取る。
その仕草が上品で、少し緊張していた胸の奥が、すこし和らいだ。
「どうぞ、リビングへ」
案内されて入ると、ソファに座っていた男性が新聞を畳み、顔を上げた。
遥の父親――大きな体格に、スーツ越しでもわかる存在感。
けれどその表情は穏やかで、どこか頼もしさがある。
「佐久間くん、よく来てくれたな!」
「お邪魔します」
父がふと目を細め、俺を見上げた。
「ん? ……身長、ずいぶん伸びたな?」
「え、そうですかね」
(そういえば、あのときから10センチは伸びてるんだっけ)
「去年の冬に会ったときより、だいぶだな。
さすが成長期だ。――それにしても、また一段といい男になったじゃないか」
「い、いえ……そんな」
父がニヤリと笑う。
「遥にはもったいないな、ははは!」
思わず言葉に詰まり、苦笑いがこぼれる。
けれど、不思議とその言葉が嫌じゃなかった。
「ちょ、ちょっとお父さん!」
「ははは! 冗談だよ」
母が笑いながら台所から顔を出す。
「もう、からかわないの」
そう言って、お茶を運んできた。
促されるまま腰を下ろすと、悠真がぴたりと隣にくっつく。
テーブルの上には冷たい麦茶。
湯気の代わりに、水滴がきらりと光っていた。
母が笑いながら言った。
「悠真は、佐久間くんが大好きなのね」
「うん! ぼく、お兄ちゃん大好き!」
父が腕を組みながら、満足そうにうなずく。
「そりゃそうだ。悠真にとって、佐久間くんはヒーローだからな」
少し声のトーンを落として続けた。
「去年の冬に会ったときは、ちゃんとお礼を言えなかったが……改めてありがとう」
「いえ……たまたま通りかかっただけです」
「それでもだ。危険に飛び込むのは、勇気がいることだぞ」
母も静かにうなずいた。
「本当にありがとう。あなたがいてくれてよかったわ」
言葉に詰まりながらも、俺は小さく頭を下げた。
「……当然のことをしただけです」
父は湯呑を手に取り、にこやかに笑う。
その穏やかな空気の中、話題は自然と“進路”へと移っていった。
「佐久間くんは高二だろ? 卒業したら、何かやりたいことはあるのか?」
問いかけに、少しだけ考える。
頭の片隅には――“会社設立”という言葉が浮かんだ。
でも今はまだ、夢の途中だ。
資金も、仲間も、足りない。
「……進学しようと思ってます」
「そうか。うん、それがいい。焦ることはない」
父は満足げに頷き、湯呑を置く。
そして、少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「まだ早い話かもしれないが――大学を出たら、うちの会社に来ないか?」
「え?」
「こう見えて、会社をやっていてな。海外との取引が多い総合商社なんだ。
社員は二千人ほどいるが、若い力が必要でね」
「そ、そうなんですね……」
思わず周囲を見渡す。
この広いリビング、手入れの行き届いた庭――。
どおりで、立派な家なわけだ。
和やかな笑いが続いたところで、母が湯呑を片づけながら言った。
「せっかくのデートなのに、これ以上じゃましたら悪いわね。遥、あなたの部屋で過ごしたら?」
「え、いいの?」
「もちろん。悠真は――」
「僕も行く!」
「ダメ。お姉ちゃんたちの邪魔したらダメよ」
「えぇ〜……」
悠真が口を尖らせる。
その様子に、全員が思わず笑った。
―
二階の部屋に案内されると、
中はきれいに整理されていて、どこか“遥らしい”空間だった。
勉強机の上には整頓されたノート、壁には模試の結果表。
ベッドの上には、淡いピンクのクッションが並んでいる。
「ごめんね、緊張したでしょ?」
「うん、ちょっとだけ。でも、いい家族だね。温かくて」
「……ふふ、ありがとう」
その笑みを見て、少し安心する。
外では風鈴の音がかすかに鳴り、部屋の中に夏の光が差し込んでいた。
そして、遥が少し照れくさそうに鞄を探り、
白い包みを差し出した。
「……これ、陽斗くんに」
「え?」
包みを開けると、中には淡いブルーのマグカップ。
その横に、小さな焼き菓子の袋。
「昨日、焼いたの。……ちょっと形いびつだけど」
「これ、遥が?」
「うん。お礼と……誕生日プレゼント、兼ねて」
「マグカップ、きれいだな」
「いつも勉強で夜更かししてるでしょ? コーヒー飲むとき、使ってもらえたら嬉しいなって」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
派手でも高価でもない。けれど、確かに“気持ち”がこもっていた。
「……ありがとう。大事にする」
「うん、焦げクッキーの味見も忘れずにね」
「焦げてるのかよ」
「ふふっ、頑張りすぎた味?」
笑い合う声が、夏の陽射しの中に溶けていった。
その一瞬、世界が少しだけ優しく見えた。
―
私は照れ隠しのように笑い、ベッドの端に腰を下ろした。
彼の隣にいると、不思議と落ち着く。
心の奥のほうで、あの日の記憶が静かに呼び起こされた。
――思い出す。あの、忘れもしない日を。
悠真が車にひかれそうになった、あの日。
私はまた、動けなかった。
周りの大人たちも、誰も動かなかった。
ただ一人、陽斗くんだけが飛び出した。
その姿が、過去と重なって見えた。
……私が11歳の頃。
悠真が3歳のときのこと。
公園で遊んでいた悠真が、知らない男の人に腕をつかまれた。
その瞬間、体が固まった。
ほんの数メートル先なのに――足が動かない。
“助けて”と叫びたかったのに、声も出なかった。
ただ、見ていることしかできなかった。
自分の弟が連れていかれそうになっているのに。
そのとき、一人の高校生が飛び出してきた。
悠真を抱きかかえ、相手を押しのけ、
「もう大丈夫」と言って笑った。
太陽の逆光で、顔はよく見えなかった。
でも、その目だけは、なぜか印象に残っている。
眩しい光の中で一瞬だけ見えた、優しい瞳。
どうしてだろう――胸が痛いほど温かかった。
その人は名乗らずに去っていった。
けれど、その背中が、今も忘れられない。
あれが、私の初恋だった。
「ねえ……覚えてる? 悠真を助けてくれた日のこと」
問いかけると、陽斗くんは少しだけ笑って頷いた。
「もちろん。忘れられるわけないよ」
その穏やかな声を聞いた瞬間、
胸の奥がきゅっと痛くなる。
(――あのときの。あの人と、同じ目をしてる)
悠真が再び危険にさらされたとき、
私の足は、あの日と同じように動かなかった。
でも、陽斗くんは動いてくれた。
そのとき、制服を見てすぐにわかった。
同じ学校の人だって。
そして、気づいたら探していた。
あの日のヒーローの面影を――もう一度、確かめたくて。
会ってみたら、やっぱり思っていた通りの人だった。
優しくて、努力家で、まっすぐで。
悠真に話すときは、必ず目線を合わせてくれる。
体育祭でも、文化祭でも――気づけば、その姿を目で追っていた。
モデルをしていると聞いたときも、
周りが騒いでいる中で、私は静かに思った。
陽斗くんは、なにも変わらない。
外見じゃなくて、中身がきれいな人。
あの日の背中と、同じだった。
真っすぐで、迷わず人を助ける強さを持っている。
(だから、私は……)
視線を上げると、
陽斗くんがまっすぐ私を見ていた。
夕陽が差し込み、彼の瞳が少しだけ赤く染まって見える。
その光は、まるであの日の逆光のようで――
胸がいっぱいになった。
「だから、私は――」
一度、唇を噛みしめる。
それでも、もう逃げなかった。
「……あなたが、好き」
言葉にした瞬間、涙が滲んだ。
でも、不思議と怖くなかった。
今度はちゃんと、伝えられた。
“あの日の私”にはできなかったことを――ようやく。
―
※【 】内は今回上昇分
【現在のステータス(八月上旬)】
・名前:佐久間 陽斗
・年齢:17
・身長:180.8cm
・体重:63.0kg/体脂肪率:9.0%
・筋力:29.0
・耐久:30.0
・知力:32.2
・魅力:43.2
・資産(現金):1,380,000円
・投資中:60,000円(評価額:160,000円/利益:+100,000円)
・総資産:1,540,000円
・SP:44
・スキル:25(展開可能)
・称号:注目の存在/ヒーロー/聖夜を共に/女子人気独占
・会社メンバー機能:解放済
- 佐藤大輝(実務担当【COO】/信頼度60/加入済)
- 相川蓮(技術担当/解放)
・特別イベント:
水城遥(好感度89/恋愛条件未達)
一ノ瀬凛(好感度89/恋愛条件未達)
星野瑠奈(好感度89/恋愛条件未達)
読んでくださってありがとうございました。悠真の過去、そして遥の想い。すれ違いながらも、少しずつ重なっていく二人の心。次回、陽斗にも小さな変化が訪れます。ぜひまた読みに来てください。